スキマライフ!~パパ会議③ それぞれの悩み(シモ気味)
そう憂鬱そうな空気を出されても困る。
頭を抱えたラニーグ騎士団長が、杯を片手に、くどくどとヴィスダードに小言を言っている。
私は黙って次の酒の蓋を開けておいた。
「特別従士を返上されたのも前代未聞。再三説得しろと言ってもさっぱり何もしなかったくせに、どうしてお前が落ち込んでいる」
隣では完全に聞き流している風情のヴィスダードが、困惑顔で私に愚痴っている。
「まさか、まさか、あのアンディが。いや、考えられることだった。一度決めたら、あいつはやる子だ…」
騎士の入団試験に現れなかったアンディラート。
彼は成人の翌日に、姿を消した。
…うん。
親にくらいは、ある程度話していくかと思っていたんだけどね。
娘が失踪状態ということだけしか、断じて私は口止めしていないよ。
こうもオルタンシアしか見えていないと心配になるな。
娘の親としては複雑な気分だ。苦笑いしか出ない。
一応、この数ヵ月である程度の教育はしたが…彼は根が善性だ。
誰かに騙されて共倒れするのは、一番避けてほしい。
「騎士団には悪いけれど、アンディラートには、私が仕事を頼んだよ。優秀な人材を失うよりはマシだと思ったからね」
憎まれ役になることは、わかっていた。
それでも、あのままアンディラートを放置しておくほうが危うく感じたのだから仕方がないだろう。
「何だと! 文官にするって言うのか?」
ラニーグが信じられないというように目を見開いた。
「王族より受けた特別従士証が、何の説明もなく返されたのだぞ。そして、あれだけの腕があって、当人も騎士にならないなんて…もしかして何があったのか知っているのか」
「仕事って? 仕事って何だよ、聞いてないぞリーシャルド!」
悪いが口は一つしかないので、順に話させてもらうよりない。
「騎士団長。アンディラートが従士を辞した時のことを調べたのかな。彼の性格を考えれば、騎士を諦めるのは仕方のないことだったと思うよ」
「…なに…、一体何があったというんだ」
「いいじゃないか、アンディが騎士が嫌だというならそれはそれで。そんなことより、あいつは継嗣放棄の書類を置いて出てったんだぞ、わざわざ領地に引っ込んでいた妻まで呼び出して。お前の差し金か?」
「ヴィスダードは少し黙ろうね。お前については、少し話が長くなるから」
大体、それについては息子本人の口から説明があったはずだ。
自分が認めたくないだけなのだろうから、何を説明しても今夜一晩愚痴を聞かされることはわかっている。
まずは騎士団長として何ヵ月も胃が痛い思いをしたのだろう、ラニーグの肩の荷を下ろしてあげよう。
「最後に彼が従士として付いていた隊だけどね。打ち上げが娼館だったようだよ」
ラニーグはちょっと首を傾げた。
「よくあることだと思うが」
それの何が問題なのかという顔だ。
問題は、アンディラートが、一般的な同年代よりも潔癖だったことだ。
「本人が何も言いたがらないので、こちらで調べた結果になるけれど。一度目は娼館で大分ごねた様が目撃されている。翌日には二度とやめてほしいと隊長に直訴して、了承されていた。二度目の打ち上げでは、約束を違えたと言って、怒って帰ったようだね」
結局、一夜をどう過ごしたのかまでは調べなかった。あまり知りたくもない。
娼婦が泣き落としを用いて大いに説得する姿も見られたことから、確率は半々だが。
個人的には、別にそこまで娘に操を立ててくれなくてもいいかな…。
呆然とするラニーグと、うんうんと頷くヴィスダードが対照的だ。
「…たかが、打ち上げだぞ?」
「いや、確実に怒るぞ、アンディは奥手だからな。ましてや二度としないと言ったことを破ったんだろう。騎士団に対して完全に不信を抱いたな」
「…照れで嫌がる素振りを見せることなど、子供にはよくあることではないか」
隣に目を遣り、信じられないようなものを見たという顔をするラニーグ。
貴族の男子、それも継嗣には、家の存続が半ば義務として刷り込まれている。
成人前にはそういう教育を終えていて当たり前だ。
昨今では都合のいいお相手を探すのも面倒だから、騎士が娼館のお供に従士を連れて行って、済ませてしまうことが多いのも実情だった。
「しかも、親が用意しないのなら、結局は本人が困るだろう? 親はコレなんだぞ、用意してないだろう、絶対」
酔いが回ってきたのか、ラニーグも遠慮なく「コレ、コレ」と連呼しながらヴィスダードの頬に人差し指を突きさしている。
気を許しているからか、あえて避けないヴィスダードの顔が、ちょっと面白い。
「前に一応希望を聞いたんだが、用意したら家出するって言われたからな。しかもその後、照れて1週間口きいてくれなかった」
「男同士なのに…奥手過ぎる…」
そして、確実な家出案件を踏んだ騎士団は、アンディラートを諦めざるをえなくなった。青ざめるラニーグには、少し同情する。
ラニーグの杯に酒を足して、呷るように促す。彼は素直に杯を一気に空けた。
余程ショックだったのだろう。
これは、潰れるのももう間近だな。
どんなに普通に見えても、アンディラートはこの我儘な騎士の息子だ。
逃がしたくないのなら、扱いは慎重にすべきだった。
「だから私のほうで繋ぎ止めておいて正解だったろう。私の下で仕事をしていたのならば、いつか騎士に引き抜くこともできるかもしれないのだし」
多分、ないな。そう思いながらも、私は笑顔で慰めを吐く。
ラニーグの話が終わったと見るや、ヴィスダードが噛みついてきた。
「それで、アンディは今どこにいるんだよ。仕事って何の仕事だ」
「探し物だよ。知っての通り、私には手駒が少ないからね。猫の手も借りたいんだ」
「手駒が嫌いの間違いだろう」
苦々しく返されて、思わず笑う。
そうだ、嫌いだ。
私を手駒にしようと画策した、様々なものが嫌いだ。
手駒を使い、勝手なルールで了承もせぬ遊戯を仕掛けてきたもの達が嫌いだ。
だから、誰かを手駒にして遊ぶ側に回るなんて真っ平だ。
「手駒がいないのに敵を作るから、手が回らなくて足元を狙われるんだ」
「…もう大丈夫だよ。質のいい猟犬が、何頭か懐いたからね」
駒は要らないとどれだけ言っても、勝手に働くという物好きなのだから、したいようにすればいい。
「そうそう、アンディラートからは『今までは父がしたいようにしてきたのだから、今度は自分の番だ』と聞いているよ」
「ぐぅっ。そ、それにしたって今更っ…」
今更、突き放していた妻との間に子供を作らねばならない。どうしたらいいかわからないよ、というのが、本当のところ今夜の彼のメインの愚痴だ。
しかし、領地に引っ込んでいた母親を説得して王都の屋敷まで連れ出し、ヴィスダードにも面と向かってきちんと話をしたと聞いている。
14の子供がそこまできっちりとお膳立てしたのだ。
ヴィスダードが逃げ回るのも、もう限界だろう。
悪いけど、私はアンディラートの味方だな。娘の将来への打算も含めて。
それに、これから跡取りを作らねばならないのは私とて同様だ。
「諦めて別な跡取りを用意してやるのが、今までお前の行動にさして文句も言わず付き合ってくれたアンディラートのためなんじゃないかな」
そんな言葉をかけてやれば、友人は恨みがましい目を向けてきた。
ラニーグはテーブルに突っ伏して動かなくなっている。
「出てっちゃったんだぞ。成人したら、一緒に魔獣を狩りに行こうと思っていたのに」
それについては申し訳ない。
うちの娘も、なぜか出て行ってしまったものだから…。
他に何か周囲に危険なものがあったのかと調べてみたのだが、今のところは見つかっていない。
オルタンシアは破天荒な子だが、意味のないことはしない。
何かすべきことがあって家を出たと考えるのが妥当だ。
後妻に遠慮した可能性も高いが、私を心配させるのは本意ではないはずだ。
事実、私の心配をしていたし、近況と手作りの御守りも送られてきた。
…どちらもアンディラート経由で、だが。
アンディラートのことは気に入っているが、時々、ちょっとだけ気に入らない。
意識して口の両端を持ち上げて、ヴィスダードの杯に酒を入れる。
もう面倒だ、お前も早く潰れろ。私は一人で何も考えず静かに飲みたいんだ。
「家を継がないと言っただけで、勘当してくれと言ったわけではないよ? 目的を果たせば戻ってくるはずだし、戻ってきたら家が欲しいって言われているよね」
「そうだけど…え、お前詳しくない!?」
こちらは、連れて戻ってきたらお嬢さんをくださいと言われているのだ。
家くらいはそちらが用意しろ。近くないと許さない。
冒険者として生きるのでも、騎士になるのでも、文官になるのでも、選択だけはできるようにしておこう。
しかし、これでアンディラートがフラレて帰ってきたのなら、もう笑うしかないな。




