まさかの危機
歩けども歩けども、草。
景色、見飽きたわ。暇です。
どうしよう。
「人付き合いは確かにしばらくご遠慮したい気持ちではあったけれど…このルート、ものすごく集落がないな…」
補給のために、途中で一旦ちっこい村に寄る予定だったのに…なんと、廃村になっておりましたよ。
地図が役に立たぬ。
皆でお片付けして引っ越しましたという風情だったので、八つ墓村的危機で滅んだわけではなさそうだった。本当に良かった。
手元に何の癒しもなくそんなことされたら、本気で泣く。おうち帰る。
しかし困った。
まさか、こんな…何ヵ月も集落に出会えないとは。
街道沿いを選ばなかった弊害が、こんなところに出た。
人間は一人では生きていけない。
私は今、そんな思いを噛み締めている。
「お金はあるのに、食料が尽きてきたのだよ…何というサバイバル」
供給してくれる第一次産業の方々がいらっしゃるから、人は生きていけるのだと思い知れ。
嘘次回予告・「セレブ、山間に散る」!
この世は、銭だけでは渡れへん。(決め台詞)
「…ホントなぁ、私の明日…どっちですか…。もういっそ棒倒しで占おうかしら…」
侯爵家から搾り取った、アホみたいな稼ぎが、まさかまるで役に立たないなんてね。
ウフフ。ちょっと山奥に行き過ぎたみたいだぜ。
田舎でカードが使えずに困る人の気持ち…とか思ったけど、そもそも周囲には店などない。第一村人すらいないのだった。
自給自足しないと駄目かなぁ。でも、どうしても日当たりという問題がなぁ。
私のアイテムボックスは時間が止まらないから、園芸ができる反面、有りったけ食料を買って溜め込んだりとかはできないのだ。余裕で腐っちゃう。
不意の事態に備えて食料を保持していたとはいえ、こう何か月もは想定していない。
試験運用中であった冷凍庫の中の非常食さえ、早晩食べ尽くす勢い。
ちなみに実験失敗のカチコチ冷凍肉は幾つかある。
…けど…4日も前から常温解凍中なのに、全然溶けてくれない。
その前にも、鍋に入れて一晩中焚き火にかけてみたのだよ。
それなのに…朝になってもうっすら周囲の氷が溶けかけただけで、全然肉まで行き着かないの。
お陰でその日は晩ご飯抜き。だって、ここまでやったならもうちょっとかなって思っちゃうじゃんよ。…朝日と共に諦めがついた。
永久凍土すぎるよね。
この薪の山(※隣国の所有林)を焼き払っても、アイツだけ溶け残る気がする。
日持ちするからと地道に買い集めていたジャガイモだけは、もう少しある。
アイテムボックスの中で芽も出てる。
幸い、異世界芋だから芽も食用だ。
でもさ……ジャガ芽と芋で何日食い繋いでると思ってんのよ。
芽なんか炒めたら嵩減るってのよ。貴重な食料だけども。
食べ物があるだけマシ。
でも、本当に飽きたよ、芋。
しかも他の具材がないから、単体で煮るか焼くだけ。
口の中がパッサパサ。喉詰まりまくり。
恋しきかな。肉よ、野菜よ、乳製品よ。
冷凍庫の調整はできるようになったので、二度とあんな永久凍土は作成しない。
次こそ、冷凍可能なものは、冬眠前の熊の如く買い溜めることを誓う。
デザートに果物も冷凍用の購入対象に含める。
上手にシャーベット化して、美味しくいただいてみせる。
しっかし、こう見えても蝶よ花よと育てられたお嬢様なのだよ…芋とか、普通のお嬢様は溜め込んでないからね。ホント、私でなかったら餓死してるわよ。
あ、私でなかったらそもそも家出してないや。ぬぅ、一長一短か。
そういえば、料理を鍋ごと冷凍しておいたら、温めるだけで食べられていいよね。
さすがに今まで調理はできなかったからな…今度どこかの街に寄ったら、ウイークリーマンションみたいなの探してみるか。
自炊できる宿だって、ないはずがない。
あのお給料だ。一般冒険者の生活は節約・節制なのだ、多分。
とにかく、この危機を脱したら、まずは同様の事態に備えてひたすら料理を作り溜め、多量に冷凍したい…。
まずは下準備がいるな。
街を脅かす怪人・鍋買い占めマンの登場だ。
オイルショックならぬ鍋ショック。
でも鍋なんてそうそう買い替えるもんじゃないから、一時鍋不足が起きても大丈夫でしょう。
もちろん買い物はファントムさんに頼む気満々。
世間のお兄ちゃんへのイメージが大変なことになっていきます。
お金とスペースは潤沢なのだ。
だから材料と、キッチンと、様々な料理が載っているレシピ本が切実に欲しい。
俺、この山から出られたら、料理をたくさん作って提供するんだ…いや、違うな、提供はしない。全部私のご飯だ。
私がこんな夢想を始めたのには訳がある。
何せ山間、森林よ。
鳥や兎なんかがいれば、狩って肉を食べられると思うじゃない?
きゃー。可哀相、さばけなぁい、なんて。そんな可愛い子ぶりっ子はしない。
餓死寸前になってから慌ててやる気を出したって、遅いのだ。
そんな極限状態で、解体なんて力仕事ができるとは思えないからな。
もしいれば積極的に狩るよ、鳥獣。
しかし。
だが、しかし。
…いない。
よりによって、この辺はなぜか、鼠や蛇や蛙の魔獣ばかり出るのだ。
空腹と嫌悪感を秤にかけては、新鮮な死体から目を逸らし続ける私。
鳥肉みたいな味? でも鳥じゃない。
食べないぞ。絶対に食べるもんか。
試されるオルタンシア。
きのこ類に手を出してみる気にはなれない。
木の実も、あまり見つけられなかった。
多分、蕨っぽいの…があったけど蛍光に近い緑色だった上、調理方法がわからない。
君、アク抜きとか要る感じの子です? 醤油とかないんですけど、塩で食べられますか?
せめて水煮状態で売られていてくれたのなら試せるのだが。
ただでさえ山菜、見分けもつかずに採取して、毒持ちだったら目も当てられない。
だが、まだ極限じゃない。
まだ、私にはカチカチ肉があるもんね。
むしろアレが最後の砦。
いよいよとなったら、ウクスツヌブレードでカチ割って、中の肉だけ掘り出せば良いのだ。
…うう、お腹空いた。
しかし何か見つけるまでは食材を節約せねば、詰む。
「ダイエットしてるつもりで…ガムとか、何か代替品があれば気が紛れるのに…」
ん?
代替品。ニセモノを作る。
…サポートって、どうなのかしら。
きちんと想像できれば、何だって作れるのよね。
だったら料理だってできるのでは。
でも…着ぐるみ? 食べられるの?
悩むなぁ。
いや、悩むくらいならば実験だ。
真実はいつもジッチャン次第!
どうせなら好物を出していきましょう。
肉詰めピーマン、ウエルカム!
「…うわっ、駄目だった」
黒い靄をまといながら現れた、秘密結社の親玉っぽい肉詰めピーマン。
意を決して噛みちぎってみたところ、ぶわりと靄になって消えてしまった。
…エア詰めピーマン…悲しいや。
「うーん。でも、原因は噛み切ったこと…つまり破損扱いよね。そんな感じがする」
じゃあ元々小さいものを、噛まずにゴックンとしてしまえばどうなのよ。
私は想像した。
小さな粒がたくさんついた、緑色のあいつ。
種を出そうとして噛むと酸っぱいから、皮から出したらまるっと飲み込むという派閥があったはずだ。
青ぶどう、ウエルカム!
懲りもせずに、むしった実に口を付けて中身を吸い込む。
「…なんと。食べられるではないですか」
枝から実をむしっても、中だけ食べて皮を残しても、ぶどうは靄にならなかった。
破損判定、どういうことなの。アンディラートの赤面境界くらい謎じゃないのよ。
実験のやりがいがあるな。
コレ、最悪、水も出せるんじゃね?
水分は今のところ、冷凍庫に山のような氷があるから大丈夫なんだけど。もちろん力業で砕いて、食べたり溶かしたりしてる。
腹持ちや栄養素的にどうなのか。
そういうことはとりあえずおいといて、脳を騙すことはできそうだ。
ぶどう味、する。
もごもごと飴玉の如く存分に口内を転がしてから飲み込むと、食べた感が出る。
文鎮とか言うから当初はハズレ玉だとばかり思っていたのに、万能じゃないですか、サポートさん。
「しかし結局、ファントムさんが戦闘要員になる日は、来ないのかもしれないな…」
空腹が紛れたせいで、気がついてしまった。
…つまりサポート製品は大きく破損すると靄に還ってしまうのよね。
怪我をしても血が出ないだろうとは思った。だから、人前で魔獣と戦わせたりはできない、と…そう思っていたのに。
がぶりと魔獣に噛みつかれた途端、モヤッて消えてしまうファントムさん。
観客はドン引き間違いなしである。
やはりどう考えても、ファントムさんのほうが魔獣扱いされてしまうな。
ふと、横から飛び出してきた攻撃的な蛇魔獣を、身体強化様が脊髄反射で躱す。
スパリと短剣で首を落とし、さばいて魔石を取り出す流れ作業。
きゃー、可哀相でさばけなぁい…サバイバル環境の私の頭に、そんな台詞が浮かぶ隙はなかった。
目指せ、マグロの解体ショー。
「…それにしても、ここらの魔獣の魔石、身体の割に大きいのよね…」
魔石をアイテムボックスに放り込み、血やら汚れはペッと取り出して捨てる。便利。
園芸シャベルでザクザクと地面を掘って素早く蛇を埋めてしまえば、証拠隠滅も完璧だ。(剥がない皮素材から目を逸らしながら)もう一流の冒険者と言っても過言ではない。
誰にともなく、ドヤ顔をさらす。
私のデビルイヤーが、久方振りの人の声を捉えたのは、その直後のことである。
逼迫した雰囲気はない。
そう判断し、偶然を装っての遭遇を試みる。
魔獣に襲われてるというなら駆け付ければ恩も売れるけど、森で見知らぬ人が「第一村人発見!」とか言いながら駆け寄って来たら、相手も逃げの一手である。
そういうわけで、邂逅までに時間がかかったのは、計画通りだったのです。
デビルイヤーは間違ってない。
…でも、ダンジョンでも一回では目指す場所に辿りつけなかったよね。
もしかして、方向感覚に問題あるんだろうか、私。




