蝙蝠は資源です。
蝙蝠の魔獣。
鳴き声も「ケケケッキー」とかで正直、あまり可愛くない。
罪悪感もなく屠れるので、いいっちゃいいんだけど。
「魔物もいるのに無防備に壁なんて削って…と思ってたけど、器用なもんだね」
つるはしで振り向き様に蝙蝠を仕留めると、付近で戦っていた剣士に笑われた。
「できるだけ他の方の邪魔にならないような位置取りをしたつもりだったけど」
「確かにそこ、邪魔にはならないけどな」
戦うには狭く、通路として歩くにもはみ出た岩が邪魔、というデッドスペースだ。
妙な隙間という言い方がしっくり来る。
ここにリフォームの匠がいれば、9割が収納に生まれ変わらせるだろう。残り1割? …そうね、小さくガーデニングをしてくるんじゃないかな。
「そこの天井の穴から蝙蝠がポコポコ出てくるんだ。早く教えてやれば良かったな」
「…ああ、成程。あんなところから。これはご親切に、どうも」
道理で、変な角度から蝙蝠が飛んできたと思ったよ。
一応、サポートで蟻んこを数匹作って見張りに配置しているから、敵襲対策は万全。
私の気配察知力は、期待できないのでな。
「戦わずに作業だけする気なら、もう少し進んだほうがいいぞ。まっすぐ行くと開けた場所があって、そこには魔物が出ないんだ。俺達もよく休憩に使っている」
一生懸命壁を削っていると、行きずりの冒険者パーティが安全地帯を教えてくれた。
色々吟味した結果、受けるに至らなかった採掘依頼なのだろうけれど、放置し続けたそれに多少の罪悪感はあるようだ。期限切れ6回だものね。
だけど仕方ないよ、誰しも慈善活動業に手を出せるほど余裕があるわけじゃない。生活がかかっているのだもの。
薬草採集だけでは栄養失調で死ぬ。(断定)
冒険者たるもの、なるべく高い報酬の依頼を求めて当然。
なぜか狩る手を止めて待ってくれているようだったので、ハイペースで壁を削り、お弁当箱…採集箱をひとつ土で満たす。
休憩場所では、さすがに壁掘りなんて迷惑だと思うんだけども。
ご親切で教えてくれているようなので、おとなしくついていくことにした。
情報は幾らあってもいい。
今のところそれほど危険は感じないものの、もう少し奥へ進む気ならば、尚のこと。
知っていると知らないとでは大違いだ。
歩きながら説明を受けるには、ここのダンジョンは、あんまりダンジョンらしいダンジョンではないのだそうだ。
…らしくないって何だい。魔獣も出るし、薄暗い洞窟だし、十分じゃないか。
あまり腑に落ちないながらも聞いていれば、じきに広めの場所に出た。
そのまま休憩を取り始める冒険者達と同席し、続けて教えてくれる情報に耳を傾ける。
魔力が十分に濃い場所にできたダンジョンは、獲物を引き込みやすくするために構造も整備されていることが多いそうな。
階段を下りたから今は地下何階だ、なんてわかるものがそう。
ここは地下に下りる階段なんか、ない。
驚くほど延々と、奥へ奥へと進む形だ。
対外的には1階しかないから、魔力も足りないのにできちゃったっぽい、ショボダンジョンという扱いなのだという。
奥に進めば進むほど魔物は強くなるのに階は変わらないから、何階層という区切りが難解そうで…う、うわぁ! 意図せぬダジャレがショック!
…コホン。
力量と相談するにも、目安となる階段がない。そのため、ギルドでは常に冒険者に注意を出しているのだという。
無理に進みすぎず、それでも異常が感じられれば報告を、と。
「私、ギルドで地図を買ってきたんだけどね。これだけわかっていても階層的な区分けはできないもの?」
見せ荷から地図を取り出して見せると、周囲の冒険者達は苦笑いした。
「ここはほとんど一本道だ。迷うほどの分岐もない。そんな地図、誰も買わないさ」
「そうそう、お前みたいに他所から来た初心者でもなけりゃあな。こういう休憩場所が幾つもあるから、それを目安に行動する」
「この先に出るのは大鼠と蛇だ。その辺までが狩り場だな。その次の猿は少し厄介だ。それ以降は首の2つある大蛇や小さめの熊…腕に相当自信がある奴でないと進まねぇ」
あらやだ、そうなの。
きちんと冒険者同士で話をしていれば、地図は買わなくても大丈夫なのね。
…私は一人でも行動できるようにしといて損はないから、問題ないもんね。
別に、地図の一枚、損じゃない。強がってないやい。
それにしたって、階層ねぇ…。
確かに今はまだ入口から近いと言っていいから、何にも変わっては見えない。
魔物は蝙蝠しか出ないし、別れ道はなかった。
だけど、奥へ進めば何かしらの違いが目に見えても良いような気がするのにね。
出て来る魔獣以外にも。
というか、初心者を馬鹿にする割に、蝙蝠ばかり狩っていた彼らは一体何なのか。
しかしその疑問は口にするより先に、蝙蝠詰め放題の袋を広げ始めた冒険者達の行動によって説明されることとなる。
「…ここで解体するの」
なんてこったい。グロ現場遭遇戦だ。
便宜上、第一休憩所と地図に書き込んだ私の前で、ちまちまと蝙蝠をバラす男達。
蝙蝠なんて、何にも素材にできそうな大きさじゃないけどな?
ガタイのいい冒険者達が、豪快さのカケラもなく、部位分けを行っていく。
「おっ、あったぞ、これだ」
1人が何かを摘み上げ、私のほうに寄ってきた。
モザイク! モザイクを用意しろ!
態度には出さず警戒する私に差し出されたのは、親指大の赤い魔石だ。
つるはしで一撃程度の蝙蝠なのに、魔石持ちもいるのか。
「何匹かに1回くらい出るこの魔石が、結構良い値で売れるんだ。他にも、なかなか出ないが、大当たりの魔石持ちがいる」
「蝙蝠は良いぞ。解体は面倒だが、羽根も牙も売れる。ダンジョンの魔物だから、間引きはしただけ歓迎されるしな」
…ああ…納得した。
これは、私の冒険者というイメージで見るから違和感があったんだ。
彼らは言わば地元の、小魚を獲る漁師さんなのだろう。地元の海に海図は要らぬ。
トランサーグと先に接してしまったせいで、イメージが先行してしまっていたのだな。
「えっと。では実入りの良い蝙蝠を避けてまで、奥に行く冒険者も中にはいるの?」
そういう冒険をする人が冒険者を名乗るものだよね、本来は。
しかし需要と供給としてもこの地元の漁師さん的冒険者達が悪いわけでは決してないので、馬鹿にしていると受け取られないように言い繕う。
「ああ、いる。今も潜ってるはずだな」
「バルザン達だろ。この間は自分らよりもでっかい大蜘蛛と戦ったって言ってたな。そんな魔物見たことねぇ」
「だいぶ奥のほうで探索してんだろうな」
一瞬、殺虫剤が脳裏をよぎった。
だ、駄目よ、オルタンシア。考えるべきはそっちじゃない。
人より大きい蜘蛛とかいうヤバキモイ存在だ。絶対出会いたくない。
どの辺で出るのか、もう少し詳しい話を聞いておかないと。
…だというのに。
「コナーズもバルザン達と組んでから強くなったよな。昔はちっさい虫見ても泣いてたのに、大蜘蛛退治かぁ」
「ゴンゴが方向性の違いとかで抜けちまったから、強くならざるを得なかったんだろ」
「コナーズはアミードに惚れてるんだよ。アミードは強い男が好きらしいし、アピールもあるんじゃないか? パーティ内でくっつかれると、バルザンは居心地悪そうだよな」
「フラれて険悪もまずい。男女混成パーティはそういうのが面倒だよな」
やめて。私にしかわからない笑いのツボを刺激するのはやめて。
頬の内側を噛むにも限度というものがある。
肩が少々震えてしまったが、幸いにも冒険者達は気がつかないでいてくれたようだ。
蝙蝠狩りに戻るという冒険者達と別れて、私は奥へと進むことにする。
私の受けた依頼は、指定の容器をダンジョン壁で満たすこと。
容器は…予備含めてあと6個ある。初めてのダンジョンだし、無理はしない前提。
1個の提出でも依頼自体はクリアになるのだけれど、どうせなら進めるとこまで進んでやろうと思っていたのよね。




