新生・冒険絵師フラン
モテ期である。
むさいオッサン、むきむきマッチョ、小汚い無精髭。
剣士に弓使い。小綺麗な鎧から薄汚れたローブまで。
…フラン、困っちゃう。
死を待つばかりの侯爵家次男を救った回復魔法使い。
お祭り騒ぎのシャンビータで、冒険者ギルドに所属する一握りの人間だけが、その正体を知っていた。
ええ、どこぞのうっかりマッチョが、以前にポロリしてくれていたせいでね!
「オマエがいれば、ダンジョン攻略が捗る。報酬は弾むぜ」
「うちのほうが稼ぎがいい、組むんならうちにしとけよ」
「いやいや、こっちはリーダーが料理上手だ。旅の間の飯には困らないぞ」
見知らぬ冒険者達から、現在やたらとダンジョンに誘われております。
そう、なんと、シャンビータの近くにはダンジョンがあるらしいのだ。
ここのところの私は、例の高級レストランからの依頼で絵を描いてみたり、セロームに代理を頼まれてセディエ君用の薬草採集をしたりと忙しく過ごしていた。
しかし、今の私は『冒険絵師』という新ジョブを得た身だ。
あくまで冒険者目線…ぽい絵を描いて、ギルドの売店に置いてもらうことを目論んでいたはず。
ダンジョンを覗いてみたい。できれば、あまり危険のない範囲で。
ついでに近辺で何か簡単な依頼があれば、お小遣いが稼げてなお良し。
そんな野望を抱いて冒険者ギルドに来てみれば、この有様。
…そんな、回復ばっかりあてにされたって、パーティなんて組まないよ。
何かあれば撤退する気満々なのに。
マイペースに旅程を組みたい、ベテランにはついて行けそうにない、などと言い訳を並べて受付まで逃げようとしたの、だが。
突然、横から掴み掛かってきた男。
「ガキがいい気になりやがって! 先輩の言うことを聞いて、おとなしくついてくりゃいいんだよ!」
…などと意味不明な供述をしており。
なんと、手にはナイフまで。
周囲の冒険者達も、これは見過ごせないとばかりに臨戦態勢。
しかし、身体強化様は裏切らない。
「断固! 『ノーサンキュー』!」
ふははは、刃物など触れなければ切れぬのだよ。
今生の身体は、キレが違うぜ。
我が動き、さながら格ゲー。
しゃがみ躱しからの足払いからのサマーソルトキックだい!
顎狙いで、ぶん回る際に身体強化を盛る。
倒すのは当然、かつ、魅せてこその決闘従士だ!
ずしん、と音を立てて男は床に沈んだ。
想定パターン3、強引な勧誘からの乱闘。
…かと思いきや身体強化様が無敵すぎて、乱闘になる前に鎮圧が完了しました。
静まり返るギルド内で、私だけが固まりもせずに動き続けている。
うん。一応、色々想定してたからね。
『冒険絵師』という類を見ない生き物としての行動様式なんかも。
私は絵師である。
まず、それを周囲に認識付けるのだ。
男をうつ伏せに返して、その背中をキャンバスに見立て、マントの内から取り出した…ように見せてアイテムボックスから出した絵筆を握る。
アイテムボックス内での絵の具準備は万端だ。
だって想定パターン3だからね!
「負け犬…っと」
でかでかと文字を入れ、拗ね顔の眉毛犬を見返らせる。
己の行いを悔やむがいい。
そして乾いた油絵の具は、驚くほどに落ちぬと知れ。
私は周囲を見渡した。
何が起こっているのかわからないという顔をした者。理解しドン引きの顔をした者。
くるくると絵筆を回し、マントの内を経由してアイテムボックスへしまう。
徐に口を開き、全ての者に向けて、告げた。
「絵師を敵に回すとは、こういうことだ」
…ふっ、決まったぜ。
床に刺さったナイフをピョンと飛び越えて受付カウンターへ。
「ダンジョンで、絵師にもできそうな軽めの依頼はありますかね?」
「…え…えし? ですか?」
「はい。絵描きさんのことです。身を守ることと逃げ足には自信があります。あと腕力」
自信満々に冒険者証を出す。
前回とは違うお姉さんだったので、剣や回復魔法についての言及は避けられた。
燦然と輝く『冒険絵師』の文字。
うふふ、素敵。
「…そうですね。討伐系の単独履歴がないので、参考にしにくいのですが…」
なんせ絵師戦闘を見た、さっきの今だ。
本当に戦えるのですか、なんて聞くのも野暮だと思っているのですね、わかります。
「よく採集をされているようなので、ダンジョン壁の採掘はいかがでしょう」
履歴なんてカードには表示されていない。
こちらではギルドでの依頼なんて受けていないのだから、履歴はシイルールゥと一緒にやったもののことなのだろう。
隣の国で受けた依頼がわかるということは、やっぱりギルドサーバーがあるのかしら。
「採掘…何が出るんですか?」
宝石や金鉱なんかだったら国が独占したいだろうから…石炭とか、資源的なもの?
いや、それだって独占したいよね。
お持ち帰り自由なもの…価値、あまりなさそうな気がするんだけど。
「いえ、壁自体の納品が目的となります」
何も出土していなかった。
目が点になった。
「え。壁を削ってくる…だけですか」
「ええ。こちらの依頼になります」
お姉さんはそっとファイルを開いて見せてくれた。
壁に張り出してある依頼票と、同様の内容をファイルしているようだ。
『ダンジョン壁の採掘(期限なし)・6掲示目
魔力分布の研究のため、ダンジョン壁を指定の容器に一定量持ち帰ること。
※ダンジョンの深い場所から持ち帰るほど報酬を上乗せ。
※ニャール山の依頼と一緒に受けた場合は更に報酬を上乗せ。
依頼者:研究家ロドリト』
…本当に、単に壁を削ってこいという指令の模様。
何を研究しているのだい、謎の研究者ロドリトさん…あ、魔力分布の研究でしたね。
別に機嫌を悪くしたというわけではないのだが、無言のままだった私に、慌てたようにお姉さんは言う。
「ダンジョンまで行くのに壁なんて削っていられないと皆さん受けてくださらなくて…。ほら、6掲示目となっているでしょう。これは誰も受けずに掲示期限が過ぎたので再依頼を出しているのが6回目ということです」
冒険者も研究者も、どちらも引かないのか。
間に挟まれるギルド可哀相。
「ニャール山の依頼というのは?」
「あっ、それはこちらです」
別のページを示される。
同じように、山の土を掘ってこいという指令のようだ。
ニャール山というのは、私が越えてきたところだったので、こちらも私にとってはなんてことない依頼に見える。
報酬増えるし、両方受けようかな。
ついでにまたセディエ君の薬草むしってきてもいいしね。
「指定の容器ってどんな大きさですか」
「こちらです」
ドンとカウンターに出された。ちょっとしたお弁当箱だ。
三分の二くらいの深さに線が引かれている。
この線までお入れくださいってことだね。
確かに壁をこれだけ削ってくるのは普通の人には面倒かも…けれど私には身体強化様の加護がある。
「壁って削っても問題ないんですか」
「ええ。ダンジョンですから、じきに元に戻ります」
へえ。知らなかった。壁掘り放題だね。
王都ではダンジョンの話なんて聞いたことないものな。
「道具ってどんなものが必要ですか。小さなシャベル程度はありますが、生憎と壁となると削れるような道具は手持ちにないので」
ちなみに、シャベルは園芸用である。
日光に当てる暇がないので、最近はプランターが空いているのです。寂しい。
非常食の備蓄はあるけど、自給自足できれば一番安心。
でもアイテムボックスの中だから、日当たりばかりはどうしてもなぁ。
日に当てないでも育つようなものなら或いは…あっ、モヤシっ子!
庶民の味方のモヤシさんなら育つのかしら?
「もし同時受領の報酬分から差し引いてよろしければ、私が売店で用意してまいりますが…あの、受けてくださるのですか?」
お姉さんが縋るような目を向けてきた。
あら、可愛い。
狙って作ってないヤツだよ、これ。わざとらしい媚びがないもの。
冒険者諸君、受けていればこの可愛い顔を一人占めできたのに…駄目な男どもめ。
「ええ。面白そうです」
私は笑顔で請け負った。
あ、フードなので見えてはいないだろうけれど、声で伝わってくれるはず。
「助かります、フランさん。魔力分布の研究というのは、魔獣の生息量にも関わるものです。強制はできませんが、ギルドとしては受けていただきたかった依頼なのです」
私の中のお姉さん好感度が更に上昇。
お仕事に誠実な人は好きよ。
よぅし、ロールも固まってきた。
冒険者フランは、困っている人を助けましょう。無害な人には、基本優しく親切に生きますぞ。
そして有害には男女共に容赦しません。絵師的制裁を課する。
え、それロールなのかって?
ロールだよ…素の自分なら、誰彼構わず親切になんて、とてもできないもの。
…対人リハビリ的にも、ロールプレイから始めたほうがいいさ。まだまだ、他人を信じすぎるのは怖い。
お姉さんの計らいで、売店では小さめのつるはしを購入。
売店の人もちょっと値引きしてくれた。
一応戻って侯爵家門番に数日のお出かけを伝えてから、改めて出発。
馬はないのでね。歩きなら往復するだけでも数日だからね。
私が依頼を受けた様を見ている人は結構いたので、今回の見せ荷は結構多い。
しかしピッケル程度じゃなくて本気のつるはしなのよね…。まあ、ちゃんと壁を削ろうと思ったら、それなりのものがいるよね。
これは冒険者の人も嫌がるね、確かに。
通算4人目の、すれ違い様の冒険者のからかい。
即座につるはしで、その足の間の地面に大きな穴を穿つことで黙らせながら、私はダンジョンへ突入した。




