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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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88/303

ふりかえる。



 侯爵家の人々が次男の回復に湧いている、この隙に。

 こっそりと凍りついた部屋に戻り、取り出した魔物を風呂敷で包む私。


 戦闘中に背後を取られたりしないようにと一時的にアイテムボックスに詰めはしたが、そもそもこれは私のものではない。


 なにせ私は、顔も見せない、怪しい旅の少年。

 しかも偶然とはいえ侯爵家が切望していた回復魔法使いだ。

 こんなタイミングで現れた私を、今、普通に受け入れているほうがおかしい。


 良いことをしたはずが、きっかけ次第で上層部が簡単に手のひらを返し、部下を追い立てることは想像に難くない。

 規模は違えど、確か前世のバイト先か何かであったことのように思う。


 …あれは私がやられたのだったか、他の人がやられたのだったか…ちょっと思い出せないな。

 私がその職場を辞したのは確か。この店、潰れろ!と呪った記憶だけはある。

 うわーん、嫌だわ。誰か明るい話題をおくれよ。癒しよ、集え!


 とにかく皆が正気に返ったときに「どこにやったのか」とか「どさくさで逃がしたか? 実は魔物の仲間ではないのか」なんて問い詰められないよう、証拠の品は早めに提出だ。

 どんなときも自己防衛、大事よ。

 足の引っ張りと嫌がらせは思わぬ方向から行われるからね。


 永久凍土から発掘されました!みたいな状態になっているので、この魔物を多少室温で放置したところで、簡単には溶けない…はず…実は生きてて、溶けて暴れ出さないよね?


 ちょっと水掛けてもう一回氷竜印の餌食にしておくか。

 よし、むしろ永久凍土本体になったな。

 どうぞお早めに冷凍庫にお入れ下さいね。


 剣で切断後、床でビタンビタンしていたほうの蔦も出してみたのだが…こちらは死んだのか何なのか、ぴくりとも動かなくなっていた。凍ってないのに。


 一応、こやつも風呂敷包みに…。

 うーん。

 実はこれが仮死状態とかで、ひっそり脱走されたら嫌だな。

 魔獣なら死んだフリする奴もいたはず。


 きょろきょろと周囲を見渡すが、この部屋の中には霜が溶けて湿っぽくなったベッドと、蔦によって壊されたテーブルくらいしか、めぼしいものはない。


 …テーブル、もう使わないよね。

 ひしゃげてたり、もげてたりするし。

 侯爵家ともあろうものが、修理して使わないよね、入れ替えよね。


 釘と金槌をアイテムボックスから取り出した。恐る恐る、蔦の端っこを天板に打ち付けてみる。

 蔦は反応しない。


 こんこん。こんこん。


 何度も釘で打ち付けるが、やはり反応はない。

 どうやら切れっ端は死亡したようだ。


 それでも執拗なほど、さながら丑の刻参りの如く何度も釘を打った。

 刺々しい植物標本の完成である。


「…何をしているんだ?」


 うひぃっ。

 そんなに集中していたつもりはないのに、突然の事態に肩がビクッとした。

 声をかけたのはセロームだった。


 どうやら私には、気配を読むスキルがまるでないらしい。

 …おや。コレ、珍しく令嬢としては、正しいのでは?


「袋詰めと迷ったんだけど、万一また動いたら困るかと思って標本にしたよ」


 出てもいない額の汗を、フード越しに拭うような動作をして言う。

 しかし我が事ながら、この釘の量…ちょっとした狂気を感じるな…。


「へぇ。随分丁寧な仕事だから、そいつをモデルに絵でも描くつもりかと思ったよ」


 それは…前衛芸術かな。


 隣に歩み寄ってきたマッチョは、つん、と指先で謎の植物をつついた。

 だらりと垂れ下がるだけの蔦は、もう、ただの萎びた植物のように見える。


「お医者様は来た? 弟君は平気?」


 問いかけると、セロームはニッと笑った。表情が全てを物語っている。

 返事を聞くより先に、すっかりと私の肩の力も抜けた。


「お前のお陰だ。今、セディエは眠っている。魔力回復薬はあまり多用できるようなものではないらしくてな。一度目が覚めた以上は無理に薬で補給せず、自然回復を待つことになるそうだ。幸い、俺が取ってきた薬草がまだあるから、このまま食事療法になる」


 言いながら感極まったらしいマッチョに手を握られそうになるが、つい回避してしまった。

 …ちょっと気まずい沈黙。

 でも、うん。もしも二度目があったとしても避けると思う。ごめんよ。


「そ。そう、わかった。ところでこの魔物は、どうしたらいいんだろう?」


 ご立派な氷像と化した魔物に目を遣り、セロームは唸る。


「騎士団に渡した方がいいのじゃないかと思う。弟が回復したことを知らせるから、同時に問い合わせておくさ。…魔物に取り憑かれて、まだ生き残っている騎士がいるか、向こうで同様の対応が取れるかやらはわからないが。報告するためにも、お前の行動について、詳しく聞いておきたい」


 余程おかしなことをしたと思われているのか、真剣な顔をされた。

 でも、私がやったことというか、結局は魔道具の力なのよね。


「私物だから、騎士団に供出はしないよ」


 先に断っておいて、私はマントの内に手を遣る。

 アイテムボックスから氷竜印の魔道具を取り出した。

 当然、魔石は既に取り外している。


「これは以前に、露店で手に入れた魔道具。どこかの遺跡から出たとか怪しい口上で売っていて、私もその時は面白半分で購入したんだ。小さな魔石しか嵌まらないので、普段はちょっと涼しい風が出るくらいだし、すぐ魔力が切れて動かなくなってしまう」


「…ほう?」


 セロームは物珍しそうに魔道具を引っ繰り返したり、竜のレリーフをベタベタと遠慮なく手でなぞったりしている。


 …なんか次回氷作るのに、指紋ついたままって嫌…。

 植物にも巻き付かれてたことだし、あれ、あとでよく拭いとこう。

 消毒薬…はないから、強めのお酒かな。

 脳内のお買い物リストに、お酒を追加しておく。


「強い魔石を入れることができれば、あれだけの威力が出る。燃費の悪い魔道具だけど、お気に入りだからあげないよ」


 借りても良いかと問われたが、お断りだ。

 だって、そこに嵌めるお強い魔石にまで言及されたら、どう誤魔化していいかわからない。

 こっちのでは動かないのに、それは何の魔石なんだとか、どこで手に入れたとかね。


 もしも侯爵達なんかに見せてほしいと言われたら実演できるかと重ねて問われたので、それくらいは了承しておく。


「まさかこんなすぐに、最良の解決を見るとは思わなかった。まずは希望を聞きたいと思うんだが、報酬には何が欲しい?」


 金銭は見合った額を侯爵家で用意するので、それ以外に欲しいもの、とのことだった。

 どうやら回復魔法使いの募集だけでも報酬をつり上げていたようなので、魔物退治まで加えると結構な金額になるそうだ。


 お金だけで十分だけどな。

 基本的には前世の庶民感覚だし、ドレスやアクセサリーなんて贅沢ならば、実家で十分に体験した。


 あ。


「冒険者ギルドに私が行かずに、代わりに書き換えしてくれたり、する?」


「ああ、魔法使いにか?」


「絵師にだよ」


 魔法使いにはしないってば。

 あれ。セロームの笑顔が固まったぞ。


 …動かないぞ、どうした?


 もしやナウローディングかな。

 まさかディスク2を入れて下さい、かな?

 フロッピーでないことを切に願う。


「…本気か…? 剣士ですら、なく?」


 いやだ、マッチョがか細い声を出したわ。しかも困り笑いで。

 頼りないマッチョ、とても不可解。


「そうだよ? 冒険絵師。カッコいい響きだと思うんだ」


 あの欄はパーティーを組むときに参考にされるものだということだし、誰と組む予定もない私なら何書いたって良いと思うの。


 ボッチ・イズ・フリーダム!


 変わり種では吟遊詩人や羊飼いだって存在していたって話を聞いたよ、王都のギルドで、ファントムさんが。


 特に歌で素早さを上げる特殊な補助職とかではないらしいから、吟遊詩人も魔獣に出会ったときには、普通に剣か何かで戦うはず。


 羊飼いも、多分前職そのまま書いたんだろうね、よくわからなくて。

 スキルを使うとどこからともなく羊の群れが現れて敵に突撃アタック!とかなら、ちょっと可愛いのにね。


「可能じゃないかなとは思うんだが、イマイチ判断がつかないので、ちょっと父に相談させてくれるか」


 了解でございます。

 でも侯爵の貴族パワーでなら何とかなりそうな気がする。金とコネで。


「他にも思いついたら言ってくれ、できる限り叶える。それから、念のため…ある程度弟が復調するまで、すぐに回復魔法を使えるように屋敷に滞在していてくれないか」


 なんでだい。お医者様だって、呼ぶまでは来ないだろうよ。

 まして不調の原因は魔力切れなのだから、ますます私の、というか回復魔法の出番ではないような気がする。


 ちょっと警戒してしまいながら、首を傾げた。

 何が目的だ。

 魔道具は決して売らないぞ。私の大事な冷蔵庫なんだからな。


「…用事がないのに居座るのも何だから宿に移ろうと思うけれど」


「こちらの都合で待機してもらうんだ。屋敷への滞在もいっそ報酬の一環だと思ってほしい。風呂も好きなときに使ってもらって構わないし、食事も希望があるならば料理人に伝えてくれればいい。洗濯も使用人に渡してくれ。門番には伝えておくから、夜遊びしてきても締め出されたりしないぞ」


 くぅ、ここのお風呂はとても良うございました。

 街の宿が侯爵家以上の風呂を持っているはずがない…。


 概ねお風呂のせいで頷いてしまう。

 使用人も、お手伝いは要らないって言ったら素直に離れてくれるしな。


 顔が隠れた状態でそこまでしてもらうのも、どうかと思うんだけど。

 こんな怪しい人間であっても、セディエ君の回復に貢献したという事実がハードルをガン下げしているらしく、皆優しい。


 とりあえず買い物と両替に外には出たいと伝えたところ、基本的には好きに過ごしていて構わないのだという。完全にただのお客さんだ。


 そういえば、領内には他に回復魔法使いのあてがないのだったな。

 落ち着くまでは、万一の容態急変に備えたいということなのかもしれない。

 …怪我にしか役立たないんだけどね。


「今日はこれから、ばたばたするだろうからな。相手をしてやれなくてすまない」


 眉を下げて言われたが、正直、一人のほうが気楽だからいいです。

 絵の具も補充したいし、防具屋や家具屋や魔道具屋にも興味はあるしね。

 武器屋はいいや、ウクスツヌブレード以上のものはないであろう。


 魔物をセロームに押し付け、私は外出することにした。

 …なぜか出がけに走ってきて息を切らしながら「手元にあった小銭を集めてきたから、おやつでも買って食え」とお小遣いをくれたので、名物っぽそうなおやつでも探して食べよう。


 …こっちの世界のポチ袋って、こんなでかいのかな。重たいんだけど。


 外へ出ようとしたら、危うくお屋敷の馬車を手配されかけていた。

 私は素早く駆け足で逃走した。


 王都ほどには広くないし、メインストリートの突き当たりがここなのだ、迷うこともない。

 身体強化ダッシュで十分だよ。


 途中で開けてみたら、お小遣いは銅貨と小銀貨が山盛りだった。

 助かるけれども。これは重いわけだよ。

 こそこそとアイテムボックスに入れる。


 …結局セロームの中では、私は第一印象の『坊主』のままなのだなぁ。

 お役立ちの様を存分に見せつけた挙句、上げ底したのに。

 お小遣いを貰ったから、冒険者ギルドで両替しないで、市場とか覗いちゃうもんね。


 ふらりと街をひとりで歩く。


 国が変わっても、売られているものにはそんなに差異がないみたい。

 もちろん、市場の活気にも。


 賑やかな声の間をすり抜けて。時折、異国情緒を感じたりして。


 気楽だし楽しいものです。


 ですけれど、何だか寂しいものです。

 お買物に行くのは、いつもアンディラートと一緒だったのに。


 侯爵家が仲良しさんなのを見たせいで、ホームシックなのかなぁ。

 いつもより余計に幼馴染みが思い出される。


 アンディラート、どうしているかしら。

 遠征で怪我とかしていないかな。

 もししていても、今なら泣かずに、魔法で治してあげられるんだけどな。


 ミルクティークッキー、食べたいなぁ。

 一緒に作るって約束をしているから、ひとりじゃ食べられないな。


 今度食べられるのはいつかしら。

 いつか、また、食べられるのかしら。


 お父様もお母様もアンディラートも、肉詰めピーマンもミルクティークッキーもないのなら、本当に癒しの少ない世の中だわ。


 何でもないように過ごしてきたけれど、ふと立ち止まってしまえば嫌でも気がつく。

 振り向いても、私の居場所はもう見えないということに。


 お父様は婚儀を上げただろうか。

 お父様自体の心配は、正直、していない。

 お母様という唯一を失い、守るものもなくなったが、同時に弱みもなくなった。


 多分お父様は今後も、大して世の中を面白くも思わずに淡々と、すべきことをなして生きるのだろう。時折ヴィスダード様が癒してくれるといいのだけれど。

 お母様と出会わなければそうなっただろう人生に、戻っただけ。

 私という存在はきっと、そこにはあまり関係がない。


 新しいお母様は子供ができるまで、きっと私という存在に安心できないだろう。

 顔を合わせないで済むことは、彼女の平穏に繋がるだろうか。

 …後継ぎになる弟ができるまで、帰らないほうがいいのかもしれないな。元々、そんな簡単に帰れはしないのだけどね。



 もうすぐ、アンディラートの誕生日が来る。


 彼は14歳になる。

 あんなに一緒にいたのに、隣で成人するのを祝ってすらあげられないなんて、申し訳ないな。


 騎士の試験については心配要らないだろう。アンディラートが落ちるようじゃ、受かる人間なんているはずがないもの。

 あれだけ専属従士のお試しが引く手数多だったのだから、既に人脈は他の同期の比ではないはず。出世コースは間違いない。


 彼は幼馴染みだけれど、家族ではない。

 一人っ子だし、いずれは家を継ぐのだから…成人したら、婚約者も決まるのかな。特別従士からの騎士だから、きっと申し込みは殺到しているはずだ。


 シャイボーイ、大丈夫かな。

 ちゃんとエスコートできるかな。もっと練習台になってあげればよかった。

 まさか婚約者の見分けが付かなくなってフラレたりはしないよね。


 私という邪魔な幼馴染みの盾もないのだし、彼にお似合いの、気のいい可愛らしいお嫁さんが来るといい。

 息子が生まれたら鍛えてあげようか、なんて思ったけれど、それはきっとヴィスダード様が楽しみにしているな。


 成人祝いは送らないでおこう。

 誕生日プレゼントも、送らない。


 フラン名義であろうと、何かのたびに他の女からプレゼントが贈られてくるなんて、奥さんの気分がいいはずないだろうから。


 …だけど、買うのはいいよね。

 容量無限のアイテムボックスにしまっておくだけ。そんなの私の自由だわ。


 まだ、帰るめどなんて立ちもしない。


 側にいなくても、それでも一人じゃないと思いたいから…心の友とはこっそり、一緒に年を重ねていこうと思う。



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