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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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87/303

魔物に勝利、弟君に敗退。



「身長が、伸びている…?」


 食堂に入った途端、セロームにすごく不思議そうな顔をされた。

 朝食に呼ばれたから来たのに、席につきにくい空気を出すのはやめるんだ。


「昨日、新しい靴を買ったので」


 ちょっとデリケートな話題なのだから、スルーしてくれればいいのに。

 心中でぼやきつつ、仕方なく私は答えを口にする。


「確かに靴を買っていたな! 一晩で急成長したのかと思ったぞ!」


「あ、それです。なにせ成長期ですから、一晩で10cmくらいは伸びますね」


 …爆笑された。

 上げ底の、一体何が悪いってのよ!


 しかもシャレオツな上げ底などなかった。冒険者用の靴屋に寄った私が手に入れたのは、実用的な上げ底だ。ナイフ仕込むヤツ。


 食後に気軽に誘われて、弟君と魔物を観察することになった。

 どんな状況なのかちょっと見ようよ!とのことだったが…誘い方が軽い。


 いずれは会わないといけないんだけど。

 もっと心の準備とか要らないのかい。


 そう思っていた私の前で、盾を装備し、水の入った盥と布を持つセローム。


「毎朝、弟の身体を拭くんだ。そのついでに魔物を見ていくといい」


 招かれたものの…とても気軽に来ていい雰囲気じゃなかった。

 弟君の部屋行くまでに会う使用人達が、この子も霊安室行くの?みたいな空気なんだけど。


 こやつ、さも何でもないことのように思わせて了解取ったな!

 昨日のご両親の態度が深刻すぎて、もしや私が逃げ出すとでも思ったのかもしれない。

 セロームと違って、ほぼ諦めているというか…最期の良い餞って感じ出てたものな。


 うっかりマッチョ、意外と策士よな…。

 まぁ、私は特に諦めてなどいないし、どうせ行かねばならぬのだ。


「これが」


「ああ。だが、大丈夫だ。お前の速さなら十分対応できるはずだ」


 そういう問題ではない。

 取り憑かれているというか…なんでこれ、そのままにしているのだい。


 弟君は肩から触手が生えていた。

 というか、正しくは右の肩の後ろ辺りから緑色の蔦が3本ウネウネしている。


 …いやぁ、魔物って怖いですね。


 ヤァ、オハヨウ。ボク、ツタタロウ。

 完璧に寄生している感じの植物に、思わず現実逃避してしまった。

 これは、ご家族も泣きたいだろう。


 弟君を清拭するのはセロームの役目らしい。

 なぜなら、蔦が襲ってくるから。

 魔物が育つ前はそんなことはなかったが、このサイズに育つと人間も捕食しようとする、とセロームが呟く。

 魔力を吸収するって言っていたから、体内魔力を狙っているのかもしれない。


 襲い来る蔦を、ビシビシと盾で叩き落として、無表情で弟君を拭き上げるセローム。お兄ちゃんの根性を見せつけている。


 まだ小さいうちに刈り取ろうと試みたこともあるらしいのだが、蔦を傷つけるとひどく痛むらしい。また、武器を絡め取ってくるので、弟君を傷つける危険があるそうだ。


 室内は酷く簡素だった。

 蔦が成長するにつれ、手当次第に魔力を取り込もうとするようになったので、魔石灯も使えない。蔦が掴んで振り回せそうなものも危険であると撤去された。


 前面を拭き終わった弟君を引っ繰り返し、素早く距離を取ったセロームが「どうだ」と私に感想を求めてきた。


「…どうって言われてもね。背中のあれは何、あの魔物の魔石?」


 蔦の根元。

 ぼこりと黒ずんだ腫れ物が肩甲骨に付いているのだ。

 目を凝らせば、皮膚の内に黒っぽいものが埋まっているのだということまではわかる。


「わからないが、蔦が育ってきた頃からあれが外に突き出してきた。あれを摘出することができれば良いのかもしれないが…背に触れようとすると攻撃してくるし、反撃しようにも弟を盾にするんだ…蔦が育つ前に埋まっているものに気づいてさえいれば、何かが違っていたかもしれないのに…」


 いや、蔦が育つ前には表面化していなかったんなら、仕方がないよ…。

 セロームを宥めつつ、下半身の清拭が始まる前に、部屋の外に出た。


 見知らぬ弟君よ、半裸を見てごめんね。

 キャーとか言う性格ではないので、普通に対応できたのは幸いでした。

 …いや、そもそも瀕死の病人相手に半裸キャーも何もないね。死にかけてることのほうが、よっぽどキャーだわ。キャーがゲシュタルト崩壊してきた。


 脳内を騒がせている間に扉が開いた。

 セロームが清拭用具(盾含む)を持って出てきたので、室内で弟君の様子を見ていても良いか聞いてみる。


「もちろんだ。何か気になること、気付いたことがあれば言ってほしい」


 近付きすぎると襲われるので、距離だけは取るようにと言い聞かされた。

 セロームが廊下を曲がったのを確認してから部屋に入り、扉を閉める。


 説明は受けたが、私にはいまいちこの魔物の生態がわからない。

 魔法を感知すると襲ってくるというのはどういうことなのか。


 とりあえず、距離を取って回復魔法を…。

 っつーても、あれって、もう怪我じゃないじゃんね? 何を回復すればいいのよ?

 悩みながらも、背中の黒ずんだ何かに対して治癒を試みる。


「『マザータッチ』…?」


 魔法が通らなかった…弾かれた?


 吸収されたのかしら。それともやっぱり、そもそも怪我というか回復対象じゃないから失敗扱いなのかな。

 しかし深く考察する暇はなく、慌てて私はその場を飛び退いた。


「うわっと!」


 弟君が襲いかかってきた…というのは語弊があるな。

 蔦が弟君を持ち上げたままこっちへ這ってきたのだ。


 うわぁ、キモイ。持ち上がっちゃうの。

 めっちゃヤバイ。何だこのホラー。まさかこんな活発に動くとはね。


 2本の蔦が移動用、1本の蔦が攻撃用かしら。

 振り回される蔦が、テーブルをなぎ倒して壁にぶつかる。


 音ばかりは派手だが、無論、身体強化様の無意識回避の前には無力。


 そして勢いは強いかもしれないけど、セロームが振り払えていた程度には単調。

 正しく、当たらなければどうということはない良い例だろう。


 蔦の攻撃を難なく躱しつつ、アイテムボックスから剣を取り出して振う。


「てりゃっ」


 ざくっと蔦は簡単に斬れた。


 え。

 身体強化様を山盛る必要もないほど、普通に斬れたんだけど。雑草的な手応え。

 い、いいの?


 どったんばったんと床でうねるソイツを、アイテムボックスに隔離収納。

 弟君の背中では1本短くなった蔦がジタバタしている。一瞬で急激に成長することは出来ないようだ。


 斬っちゃ駄目とは言われてないもんね? 平気よね? この隙に弟君の魔力を回復させることができれば、もっと時間的な余裕もできるだろうし。

 背後で音を立てて扉が開いた。


「フラン! 無事か!」


 異変を察知したのか、慌てた様子のセロームが現れた。


「魔力回復薬って、あるの?」


「…え…。あ、あるが、飲ませようとするとあの魔物が…」


「持ってきて、早く。ハイ、急いで!」


 魔物は魔力を奪う。これが一時凌ぎでしかないとしても、まずは命の危機にあるほど魔力を失っている、昏睡の弟君を回復させるほうが先だろう。


 セロームを部屋から押し出して扉を閉める。そうして振り向き、気が付いた。


 …弟君の顔色がヤバイ。

 土気色とは、まさにこのこと。


「え、えぇー…これは…蔦を斬っちゃったからその回復のために、既に昏睡の弟君から更に魔力を奪ってるとか、そういうこと?」


 まずった。まずったよね。逆に時間的な余裕がなくなったよね。

 侯爵家次男の殺害容疑で指名手配される未来を想像した。


 いや、よく考えるのよ、オルタンシア。蔦は魔力を奪うし、魔石も取り込む。魔石を与えれば弟君から奪うのをやめるかしら。


 蔦のヤロウと、肩甲骨に埋まっている何か。両方を早急に排除する方法。

 背中に触れようとすると蔦が邪魔をする。蔦を斬ると弟君が弱る。


 蔦が回復しようとするなら、回復できないようにするべき…雑草の駆除…除草剤は人に使えないし、そもそも持っていない…。


「野焼き? うぅん、室内で火は駄目よね、じゃあ…あっ、氷。逆に凍らす!」


 うちの国は冬もそんなに冷え込まない土地柄だった。隣だもの、似たような気候なら、こっちの植物だって極寒では死ぬはず。

 越えてきた山が気候に影響を与えていないかなんて、どうせ今すぐわからない。


 アイテムボックスから、いつぞや露店で買った氷竜印の魔道具を取り出した。


 既にアイテムボックス内で一室分の氷の山を築いたツワモノ。

 今では安全のため魔石を外し、隔離している子だ。

 出来上がった氷室は重宝しています。


 サポートでお強い魔石を作り出すと、魔力を感知した蔦がこちらに向かってきた。

 サポートに反応したのか、作った魔石に反応したのかはわからない。


 急いで魔道具に石を嵌め込み、ベッドの上へと放り投げる。

 蔦は向きを変え、私ではなく魔道具に向かっていった。


 …私よりあっちのほうが美味しそうだと判断したのかな。なんか複雑だな。


 ひやりと室内が冷えていく。

 この距離で、この冷気。

 魔道具の周囲は間違いなく、もう凍り始めているだろう。


「フラン、開けるぞ! …って、寒ッ!」


 セロームが返事も待たずに室内に飛び込んできた。室外の暖かい空気が流れ込む。

 同時に、マッチョは体温を奪われたようで身震いしていた。


 その手に見つけた小瓶を奪い取り、蓋をもぎ取って、身体強化ダッシュ。


「そぉい!」


 蔦が魔道具を絡めている隙に、弟君の口に瓶を突っ込む!


 …どうか誤嚥していませんように。

 ごぶごぶと瓶の中身が減っていくが、蔦はこちらに攻撃をしてこない。


 いや、動こうとはしているのだが、既に凍りついて動けないのだ。

 魔道具を抱き込んだ蔦は白く凍っている。


 凍りついた部分は徐々に蔦を這い上がり、弟君の身体まで届こうとしていた。

 ついに、ピキン、と肩甲骨の黒ずみが凍りつき…。


「セローム! 黒いの抉ってくれたら、私がすぐに回復をかける!」


 混乱した顔のセロームはそれでも弟の側へ駆け寄ってくる。

 おうちで刃物は持ち歩いていないのだろう、辺りを見回したので、マントの内を装ってアイテムボックスから短剣を取り出す。エルミーミィから取り返したヤツだ。


 悲壮な顔をしたセロームは、唇を引き結んで弟の背にそれをかざした。


 消毒とかしてないけど、すぐ回復魔法かけたら何とかなると信じたい…ああ、いや、落ち着け、私。

 短剣から雑菌を狙って、アイテムボックスにインだ! 効果があるかはわからないが、何もしないよりマシなはず!


 刃先が、背を抉るまでには、間に合ったと思う。


 …うえぇん。

 見てるだけで痛いけど目を逸らすわけにもいかない。


 セロームも私も泣きそうな顔だ。

 幸いにも魔道具のせいで弟君の背は凍りついていて、多量の出血というものはない。


 摘出した塊が、凍りついた蔦と共に、床に転がった。


「とれ、た! クソッ、寒さで短剣が手に貼り付い…おぉっ?」


 ええい、うるさいマッチョめ。

 短剣と魔道具をアイテムボックスに放り込んだ。


「手はあとで何とかしてあげるよ!」


 魔道具は未だアイテムボックス内で絶賛稼働中だが、弟君の回復が先だ。


 抉ったこれは明らかな怪我。

 凍傷だって怪我。

 ならば治すイメージが持てる。


「『マザータッチ』」


 寒さのせいか死人みたいな顔色をした弟君に、どきどきしながら回復魔法。


 死んでないよね。

 大丈夫だよね。

 出血は少ないし、魔力回復薬も飲ませたよ。


 私、間に合ったよね?

 お母様、どうかご加護を!


「…ぅ…」


 小さな声。

 霜の降りたベッドの上で、ゆっくりと弟君が目を覚ます。


「セディエ!」


 マッチョが勢いよく私と弟君の間に割り込んできた。

 ちょっとぉ。無意識回避がなかったら突き飛ばされてたよ、危ないな。

 それでも、まぁ、邪魔をする気はない。


 落ち着いて室内を見渡せば、思っていたより魔道具さんは活動していたらしい。自分の部屋で使ったときよりも大惨事だ。


 氷の城とばかりに白く凍りついてしまった部屋は申し訳ないが、何ならこれの弁償を報酬と相殺してくれてもいいや。


 …おとうとにく、付いたままの魔物を、とりあえずアイテムボックスに入れる…のは、やっぱり嫌なので、凍りついた魔物と根っぽい黒いものを入れる。うぅ、床に残ったものがグロい。


 でも魔物さえ撤去しておけば、まずは安心だもんね。

 アイテムボックス内で、まだ動いている魔道具と一緒にしておきましょう。

 ガッチガチに凍るがいい。


「感動の場面の最中に申し訳ないのだけど…セローム、お医者様を呼んだほうがいいのじゃないかな」


「…そ、そうだな! それに両親にも知らせてくる! 部屋…部屋も移ったほうがいいだろう、やることがいっぱいだな! フランを問いつめるのは後回しだな!」


 後回した上に忘れてくれていいのよ。


 泣き笑いのマッチョが、勢いよく立ち上がった。

 マッチョの抱擁から解放された弟君は、目は覚めているものの力は入らないようで、ベッドの上にごろりとしている。


 …ベッド、冷たいでしょう。ごめんね。

 窓を開けて、暖かい外気を入れていると、セロームはダッシュで去っていった。


「…だれ…?」


 掠れた声で、弟君がこちらに声をかけてきた。

 寝てればいいのに、と思ったが見知らぬ怪しいフードが室内にいては寛げないか。


「雇われ回復魔法使いだよ。部屋の中を寒くしてごめんね。貴方のお兄ちゃんが何か手配してくれるまで、耐えていてくれるかな」


「…あの…移っていただくお部屋のほうは整ったのですが…」


 ひょいと使用人が扉の陰から顔を出した。

 猛烈にビビッたが、幸いフードで表情は見えていないはずなので、声だけ取り繕う。


「じゃあ移してあげたら」


「…え、ええ…その…」


 煮えきらない。

 怯えたようなその態度に、ハッとした。


 セロームが言っていたはずだ。

 使用人も、魔物に怯えて近付きたがらないと。


「じゃあ、私が運ぼう。案内くらいはしてくれるのでしょう」


「は、はい」


 メスゴリラなめんな!


 というわけで、半裸のお兄さんを姫抱っこする悲しい令嬢の図がこちらです。

 弟君が半裸なのは蔦のせいで、パジャマの上が着られなかったからだよ、私が剥いたんじゃないよ。


「…細いのに、力持ちだね…」


「よく言われます」


 お黙り、このパラサイトされ男め。

 しかし上げ底靴のお陰で、子供扱いはされなかったようです。もう手放せない。


 案内された先のベッドに弟君を下ろす。

 ふと、弟君が手を伸ばした。


 何がしたいのかと、その緩慢な手の動きを見つめる。

 そっとフードが持ち上げられた。


 …見つめ合う私と弟君。


 おい。

 わざわざ隠しているものを、暴きますか、今。


「…女の子」


「フラン・ダース、14歳、男子です」


「…女顔…だからフードか…」


 しっつれーい!

 憤りかける私の前で、弟君はポサリと手をベッドに落として目を閉じた。


 慌ててその鼻先に手を差し出して、呼吸を確認する。

 良かった、死んでない。


 顔を見たショックなんかで死亡されたら、立つ瀬ないのである。

 美少女なのに、自信なくなっちゃう。



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