お土産、付けるね!
獣人の集落では、当初随分と毛並みを逆立てられたものだ。
しかしながら何日も集落の強面ニャンコ達と手合わせを続けていると、強者と見なされて次第に打ち解けてきてくれた。
拳で語る、脳筋って便利。
獣人達は、なんと身体強化を習得していた。
チートだと思っていたのに、身体強化自体はこの世界にも存在していたのだ。
プロがいるのなら、教わりたい。
お願いしてみたら、皆、面白がって私を鍛えてくれることになった。
身体強化様にも効率とかがあったのだ。
やったよ、私、もっと強くなれましてよ!
ゴリラはいつになったら返上できるのか。でも生き延びるのがまず第一だよね!
だが「限界まで身体強化を使ってみろ」と言われた私は、皆の前で…黒靄を噴出するという事態を引き起こした。
な、なんだ、この禍々しい令嬢!
自分でもちょっと泣きそうになった。
今まで身体強化様で黒靄が出たことなんてないので、私、超ビックリ。
周囲も大混乱だ。
しかしその中からスッと一歩進み出た獣人のライデーデンさんが「あれは、まさか噂に聞く…」などと解説を始めたので事無きを得た。
知っているのか、ライデーデン…。
脳筋達に手ほどきを受けてわかったことは、身体強化とは本来、身の内の魔力だけを使用するものだということ。
魔法が使えなくても、魔力は誰でも持っているというのだ。
もしかしたら常識なんでしょうか。
魔法使いが身近にいないので、誰も魔力があるかどうかを気にして生きていませんでした。
…家庭教師でも従士隊でも、そんなお勉強はなかったもの。
初めて限界まで強化した場合、普通は魔力枯渇で倒れるのだという。
しかしながら、ライデーデンさんの「噂に聞く、身体強化の真髄を極めしもの」とは、その枯渇時に周囲からの魔力を取り込むことで対応。
度を超えて更にムキムキできるというわけだ。
黒靄は、周囲の魔力と私の魔力を相互変換する際に起こる現象だったのだ。
私の身体強化様は、生まれ付き自身の魔力だけでなく周囲の魔力をも吸収して使用することができるという、チートであった。
サトリさん、説明不足ですよ。
あ、もしかして、これが(上)の威力だったのかな。
(中)ならどうだったのかは聞かなかったものな。
聞かない私が悪かったのか?
そうして黒靄の発生理由を理解してしまえば、他にもわかることがある。
つまりはサポートも、魔法の一種だ。
魔力枯渇の瞬間にはサポート達がモヤッと消えることはあっても、即座に周囲から補充される私は昏倒することがない。
作成や解除の際に黒靄が出るのも、相互変換のためなのだ。
本来存在しないものを作ったから、解除と共に周囲の魔力に戻される。
それが靄として見えるのだろう。
私は何だかよくわからないチートを持っているのではなく、この世界で発現可能な方法で、チートを運用していたのだね。
あと、回復魔法のときに、本来なら失敗するか昏倒するかレベルの非効率さで、無駄に魔力を使いまくってるってことだね。
力業で発動していたからモヤッてたのか…。
あれ、じゃあ予知夢とアイテムボックスは何になるの?
…わからぬ…。
持っている魔力に関係しているようには思えないよね。
何にせよ、きっとこれらにも似たようなものがあるのだろう。
世界で唯一の使い手とかだと困っちゃうし、まあ、別にいいか。
さて、エルミーミィだが、無事にパクリストを卒業。
途中で入手した綺麗な石をお友達に渡して仲直りもした。
彼女の若気の至り時代も、ようやく終わりを迎えたのだ。
今後は繰り返さず、思い出しては身悶えるばかりであろう。
奴隷という苦労を経て、集落を出る前よりも格段に成長したその姿は、周囲の目も優しくなるのに十分だった。
私は山の民の集落にしばし滞在していた。
エルミーミィの強い希望により、アンディラートの絵を描いていたのだ。
猫耳抜きで。
新たな黒歴史にならないものをと強くは思っていたのだよ。
…だがしかし、エルミーミィが王子様王子様と言うものだから。
右手が疼いてしまった私は喜々として調子に乗ったよ。
本物の王子様は見たことがあるけれど、大して良いものではなかったはずだ。
容姿は確か…えぇと、若白髪。
他人の頭に花をぶっ差したい病を患っていたな。着ていた服も華美ではあったが、それだけだ。現実の王子ってしょっぱいな。
まぁ、つまりうちの紳士な天使には、現実的な王子像なんてものは似合わないのだ。
リアル王子はシマシマのカボパンでも履いてろ。
アンディラートには、是非とも可愛さを追求させてもらうぜ。
好みでゴテゴテと飾らせてはもらうが、着せるのは白シャツに裏が赤い緑の上着。
地面に細めの剣を向ける姿を描くことにした。
ファンタジー・プリンス。
星のアンディラートだ。
でら可愛い。
エルミーミィの更生がかかっているので、そりゃもう、あげちゃうのが惜しくなるくらいリキ入れた。
すんごいイイ出来と自負してる。
しかし脳内で「ねぇ、羊の絵を描いて!」が繰り返された私はそれですら物足りず、自分用にも描くことにした。
黒い歴史は繰り返す。
結果として、『寝そべるモコモコ羊さんに凭れる、眠そうなファンタジー・プリンス』というミラクルが生まれた。
おお…尊い。
こんなに癒し要素を詰め込んでもいいのだろうか。
自分で描いておいて何だけど、もうこれ家宝にする。
寝室に飾ったら快眠の加護が付くに違いないわぁ。
これ、いいな。『動物とアンディラート』シリーズ。継続して描きたい。
エルミーミィはファンタジー・プリンスを崇め出し、私は裏ファンタジー・プリンスを崇めていた。
カルトの誕生である。
だってこの世には癒しが足りないんだもの。仕方ないよね。
それはさておき、見た目こそあんまり人っぽくないエルミーミィだったが、中身は可愛い女の子であった。
令嬢人生においても、私には女の子と親しくなることはあんまりなかった。
感覚が根本的に合わないからだ。
しかし彼女とは、追い剥いだり剥がれたりした、もはや遠慮のない関係。
庶民感覚を持ち、アンディラート愛で隊の同志たるエルミーミィは、私の初めての女友達となった。
幼馴染みと、恋に恋する乙女が持つ感情は多少ズレてはいたが、根本は大体同じ。萌え的なヤツ。
本人相手には出来なかったし、誰かにしようと思ったこともなかったが、心の友の良い所を思う様語り尽くすというこの行為。それを喜んで聞いてくれる同志。何という爽快感なのか。
天使を肴にキャッキャする日々。
素晴らしい。これが女子会というものか。
そんな私達の仲良しっぷりに、集落の女子獣人達も次第に距離を縮めてきてくれた。
私は、邪眼のみならず麻痺にも効くという、状態異常対策の御守りの作り方を教えてもらえるまで、集落に溶け込むことに成功したのだ。
木彫りの御守りに謎の模様を入れて魔力を込めるという方式だった。
これは是非とも、お父様とアンディラートに作らねばなるまい。
上手に彫れるようになるまでに何日も掛かり、きちんと効力を発揮する御守りが作れるまでには更に時間が掛かった。
獣人達はスンスンと御守りを嗅いで「これならバッチリ効果あるよ!」と保障してくれた。
嗅覚、すげぇ。
結果として、孤児院よりも長く滞在してしまった…。
色を付けても構わないというので、お父様には赤、アンディラートには青で模様に油絵の具を塗る。
うん、なかなか綺麗。
次の街で、宅配業者を探そう。
冒険者ギルドだったか商業ギルドだったかはハッキリしないのだが、どこかで配達は請け負っていたはずだ。
久し振りに、手紙を書こう。
ホクホクしていると、私の御守りの完成品を見たニャンコ達の瞳孔が開いていた。
ここは、草の実潰す程度の染料しか取れない山の中だ。
当然、カラフルな絵の具などない。
ちょっと垢ぬけた御守りは瞬く間に獣人達に人気となった。
…絵の具が…絵の具が売り切れた。
黒や茶色までも売り切れた。
私は、旅立ちを決意した。




