スキマライフ!~足取りを追おう【アンディラート視点】
今日も俺は門へと入り浸り。
リーシャルド様の『極秘任務の命令書』を片手に、あの日の記録を探している。
一番近い場所から手を付けて、もう3つの貴族門、4つの中街区の門と調査を続けてきたけれど、めぼしいものは見つからない。
正直な話、出入りの記録は膨大だ。
彼女が居なくなった日と、その翌日の2日間に絞って、それでもなお、膨大なのだ。
王都に住んでいることが恨めしくなる。
命令書は、俺がどうしてもと頼み込んで書いてもらった。
貴族といえど、これがなければ門の記録なんて、自由に見せてはもらえない。
従士は廃業した。
とはいえ彼女が居なくなってからも、二度は遠征に出た。
こんなことになるなんて予想もしていなかったから、既に2回分の出欠を出してしまっていたのだ。
体調不良でもなく、弔事があるわけでもない。
ただ行きたくない、などという理由で周囲に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
…だけど、行かなければ良かった。
いつもとは違う隊との行動だった。
遠征はどうということもなかったが、普段はない打ち上げで、精神的に消耗した…。
激しい自己嫌悪を抱えての帰宅。
沈んだ気分のままエーゼレット家を訪ねてみれば、なお打ちのめされた。
リーシャルド様は、オルタンシアを…探そうとは、していなかったからだ。
一夜で悪漢を退治したリーシャルド様だ。
もしかしたら俺が遠征に出ている間にも、オルタンシアを連れ戻せているのではないか。
そんな一方的な期待もあった。
「自らの意思で出ていったのであれば、考えがあるのだろう。私は、あの子がしたいように、させるつもりだよ」
そんな風に言われても、俺にはとても割り切れない。
オルタンシアがいない。
いないのが当たり前になってしまう。
そんなのは、いやだ。
怪我はしていないか。
辛い目にあっていないか。
ひとりで悩んで、泣いていないか。
心配だ。グリューベルも、もう送れる距離ではないと言われているのに。
対外的には、『知人に頼まれたので、行儀見習いがてら手伝いに貸し出された娘』となっているオルタンシア。失踪では外聞が悪いからだろう。
新しい奥様も、何だかその話題には居心地悪げだ。
自分が追い出してしまったと思っているのかもしれない。
リーシャルド様は今も変わらずに「可愛い娘」だと言って憚らないのだけれど。
繰り返す困惑と焦燥。
それでも、わかっていた。
これからも、誰も彼女を探さないのだ。
ならば、自分で探しに行くよりない。
リーシャルド様の言うように、彼女がしたいように、するのはいい。
だけど側に居られないのは嫌だ。
今までは、訪ねれば会えた。いつだって笑顔で迎えてくれた。
俺の都合で構わなかった。事前に約束を取り付けようが、当日不意の訪問だろうが、行けば喜ばれることはわかっていた。
なんて贅沢な日々だったんだろう。
彼女の居場所もわからない、いつ会えるのか見当も付かない…それが、こんなにも辛いことだとは思わなかったんだ。
…ゆっくりでいいと思っていた。
もっと一緒にいられると思っていたから。
離れる日が来るなんて考えもしなかったから。
穏やかに賑やかに、ずっと笑い合っていけるのだと。
俺が待てばいいのだと思っていた。
話してくれるまで。信じてくれるまで。
いつまでだって待てると、思っていた。
ずっと、そう思っていた。
でも…もう、やめる。
どうやって、どこを探せばいいのか。それだけが問題だった。
俺には権力なんてものもなければ、頭だって良くはない。
俺一人では何もできない。
事を知らされていない父上には相談できなかった。
だったら、やはり、リーシャルド様の助けが必要だ。
悩むだけ悩めば時間切れで、二度目の遠征…そして、どうしても馴染めない打ち上げで見切りを付け、俺は従士隊を辞した。
当然、特別従士証も返納した。
取り下げるようにとの通達が何度も来ているが、気もそぞろで参加するほうが却って危険だし、周囲にとっても迷惑でしかない。
それに、不参加で良いと確認したはずの打ち上げにまた詰め込まれかけた今、もう参加は遠慮したい…。
いつもの隊が俺を尊重してくれていただけだったのなら、騎士になってもいつまた強制されるか…考えるの、やめよう。俺が馴染めないだけなんだ。悪いことではない。
ああ、オルタンシアに会いたい。
リーシャルド様は、どうして平気なのだろう。娘を信頼しているから?
探さないことが信じている証ならば、探したくてたまらない俺の方が、オルタンシアを信じていないということになるのか。
そう考えると、悩むな。
だけどオルタンシアは、『やるべきこと』が優先で、我が身を省みることをしない。
誰に嫌われても構わないという。どんな評判も気にしないという。今、するべきことがあるから、と。
…そんなの、心配するなというほうが、無理なんじゃないかな。
俺はリーシャルド様に、命令書を発行してほしいと頼んだ。
どうしても、どうしても諦められなかったから、必死に頼んだ。
「私とて娘の行方がわかるのならば知りたいと思っているよ。…そうだね、アンディラートに頼めるのなら、助かる」
そう言ってもらえたから、リーシャルド様に失望せずに済んだ。
探さないと言うから、娘に無関心なのかと疑ってしまったのだ。
そんなはずはないのに。
そんなはずはないと、知っていたのに。
成人したら、契約書を作って正式に俺に捜索を依頼してくれるそうだ。
あと数ヵ月が、ひどく長い。
今すぐにでも彼女を探しに飛び出していきたい。
…飛び出したって、当てどもなければ仕方ないことくらいは、わかってる。
ふと入出管理記録を捲る手を止めた。
吸い寄せられるように、視線が一つの名前の上に止まる。
フラン・ダース。
頭の中で何を纏めるより先に、本能的に、結論が出た。
「…これだ」
入都記録があるが、後で足されたと思しき、ねじ込むような名の書き方だ。
入出記録者は忙しいから、こんな書き方、別に珍しいわけではない。しかし、このページだけがひどく俺の目を引いた。
知り合いに、そんな名前の奴はいない。
でも、有りそうでなさそうな、この響きには何だか覚えがあるんだ。
…本当に、彼女なのだろうか?
唇を噛んで、もう一度きちんとその名前を見つめた。
姓があるということは貴族だろう。
いや…ダースという貴族はいない。
騎士と関わるから、貴族名鑑を眺めることが多くなった。
系譜はわからなくても、その姓が存在するかどうかくらいならわかる。
だけど確かに、この名に覚えがある。
いつか聞いたことのある名前。
それは…ここではない世界の物語。
そう。フラン・ダースと犬…だったか。
犬の名前はパト・ラッシュだ。
オルタンシアが踊っては楽しそうに叫んでいたから、それは良く覚えている。
犬にも姓があるなんて、変だなぁと思った記憶がある。
なぜかフランが、一向にストーリーに出てこなかったことも。
「フラン・ダース」
他の誰が知らなくても、俺だけは、この名前を知っているんだ。
もしかして俺に手がかりを残してくれた…なんてのは、さすがにないかな。
けれど、不安がよぎる。
どうして入都記録なんだろう。
まさか、既に王都に戻って来ているのだろうか?
いや、違う。
…王都を出たという手紙はこの記録の日よりも後に来た。
それに、戻ったのなら俺に知らせるはずだ。
…知らせるよな?
じゃあ、これはオルタンシアじゃないのかな。
急に目に留まっただけだ、何か決定的な証拠を見つけたわけではない。
そんな風に理性が慎重を求めるが、俺の目は入出管理記録に固定されたままだった。
…勘でしかない。それでも。
何度考え直してみても、どうしても、これだと思う。
理由は説明できないけれど、俺の中の確信は翻らない。
周辺の文字を追う。
備考に『報告の過失による記録訂正、当日出都予定』の記載。
入都して幾らも経たずに出都するのか。
ページを捲ってみれば、然程離れていない位置で、再び同じ名を見つけた。
保護者はシスター・ミルベラ、同乗者は冒険者のトランサーグ。
…これはまた、聞き覚えの有る名だな。
あの決闘にはハラハラした。
代闘士として出てきた、冒険者トランサーグ。
容赦のない猛攻を、よく覚えている。
「どうしてシスターに保護されてるんだ…どちらかというと因縁がありそうなのはトランサーグなのに…」
全然、何があったのか想像できない。
当初は共に入都したと書かれているのも、やはり教会関係者のようだ。
考える間にも片付けを終え、教会を訪ねてみることにする。
「急な訪問、申し訳ありません。私はアンディラート・ルーヴィスと申します。本日はお聞きしたいことがあってお訪ねしました」
扉を開いた修道士に、会釈して告げる。
「ええ、こんにちは。どのような、こと…」
相手は愛想良く受け入れかけて、何かに気付いたように大きく目を見開いた。
急な態度の変化に動揺する。
「…あの…、出直したほうが?」
「ああ、いやいや。それで、どのようなことをお尋ねになりたいのでしょうか?」
本当に大丈夫かな。
ちょっと迷ったけれど、話してくれるのならば早いほうがいい。
端的に、王都を訪れた日のことについて聞きたい、と告げた。
「…やはり、そうでしたか」
頷かれて、やっぱり動揺する。
「どういうことですか?」
「貴方は孤児フランのことについて尋ねられたいのでは?」
孤児だって?
さっと頭の中に入出管理記録がよぎる。
保護者はシスター。
フラン・ダースはオルタンシアじゃないのか?
…まだわからない。
だって、この修道士は何かを知っている。
「貴方が来た日に、シスターと共に王都を出た、フランのことですよね?」
「ご存じでしたか。ええ、ええ。そうだと思いました」
疑問の色を隠せない俺に、修道士は笑顔ではっきりと告げる。
「あの時、フランは貴方に手紙を書こうとしていましたからね。私達が後ろから覗いても気付かないほど内容に悩んでいたようでしたが、宛名だけは書いてありましたので、先程お名前を聞いてもしやと思いましたよ」
フランという孤児に知り合いはいない。
だけど、その子が俺に手紙を書いていたというのなら。
「…げんき、に…していましたか?」
やけに、か細い声になってしまった。
格好悪い。バツが悪くなって俯く。
「そうですね…あ、いや」
「えっ」
歯切れの悪い言葉に慌てて顔を上げた。
相手はぱたぱたと手を左右に振って、フードを目深に被っていたため、あまり詳細な様子はわからないと続けた。
しかし、シスターの後ろに隠れたなど、話を聞けば聞くほど、いつもの彼女とはちょっと様子が違う気がする。
孤児フラン・ダース。
オルタンシアは今、そういう態度を作っているのだろう。
従士隊で男装していたように、今は孤児のふりをしているのだ。
確かに貴族令嬢よりは身軽に動けるし、身元を問われても明かさずに済む。
「あの。もしも知っていたら教えてほしい。シスターと同行したようなのですが、彼女は、今どこに?」
「えっ。…ああ、失礼。その…フランは女の子だったのですね」
「えぇっと! あの、彼です、そう彼!」
ごめん。オルタンシア、男のふりをしていたんだな。
やってしまった。
言い繕ってももう遅い。
しかし修道士は、わかっていると言いたげに微笑んだ。
「身を守るために男の格好をすることは珍しくありませんからね」
「…忘れていただけると本当に助かる」
「はい。行き先でしたね。シスター・ミルベラはロルブの街で孤児院の管理をするために移動しました。恐らく、フランもそこで過ごすのではないでしょうか」
ロルブか。
頭の中で地図を思い浮かべる。
ここから馬で6日程度の場所だ。急げば、もう少し早く着くだろう。
あの辺は少し強い魔獣が出ると習った。
ちらりと、テヴェルのいた村の惨状が脳裏をよぎった。
だけどロルブは、騎士の遠征ルートには入っていない。
街道沿いだし、小さな集落ではないからだ。
冒険者も少なくはないはず。
大丈夫。
街中に魔獣が押し入るような脅威は少ないといえる。
それに、トランサーグという冒険者も同行していた。
行き先がわかったのは大きい。
成人したらすぐに迎えに行けるように、準備を整えよう。
気分の明るくなった俺は修道士に礼を言って、少しの寄付をして教会を出た。
もう少しで会える気になっていた。
この話を聞いても、油断しなかったリーシャルド様は、正しくオルタンシアを理解していたといえる。
オルタンシアが、じっとしているはずがなかったんだ。
…悔しい。




