それは、私のものです。
一人旅は清々しい。
私は森の中で作った小鳥戦隊を四方へ飛ばして、猫耳っ子の足取りを追う。
予想に反して真面目に街道沿いを進んでいるようなので、こちらが野山を突っ切ればまだまだ挽回できるだろう。
馬とかサポートで作れれば良かったんだろうな。
けれども…観察不足で落書きが出てきた…。
仕方ないよ、マイ馬でもなければ観察する時間なんてあまりない生き物だもの。
せめて埴輪素材でできていたなら、引き寄せられるかのように試乗したのだが。
じゃあ、クルマなんて出せばチートだろう!
見られなきゃ平気!と思ったけど、一人乗りゴーカートみたいの出てきた…。
こんな守備力でオフロードが走れるか。甲羅踏まんでも死ぬわ。
素直に身体強化様に頼りつつ走ります。
やはり故郷に帰ろうとしているのか、猫耳っ子は国境を目指しているようだ。
私の向かいたい方向とは完全に一致しており、正直、願ったり叶ったり。
次に通るであろう村を小鳥に偵察させてみたが、村人以外の出入りがほとんどないらしくって、門番が仕事してない。
…柵に腰かけて空見てる。暇そう。
でも、うん、一応いないと駄目だしね。
猫耳っ子は存分にリュックを活用している。
休憩時に水筒から水を飲み、携帯食を食べ、…そしてスケッチブックを眺めていた。
オワタ。
心の汗を拭きながら、その場に崩れかける自分を何とか支える。
もう猫耳アンディラートを全力で描く気なんてスッカラカン。
自業自得だけど、体力ゲージが真っ赤だわ。
癒しが欲しい。
うぅ、大天使にヨシヨシされたい。
あれ、なんだこれ、悪循環か。
今度宿に着いたら、見られてもいいモチーフで、アンディラートを全力で描こう。
癒しを求めるがために彼を描くという方向性には、特に変わりがなかった。
現物がないのなら妄想で補うよりないじゃない。
あ、ラファエルさん、そこ私の幼馴染みの席なんで退いていただいていいです?
「…なぁに、我が幼馴染み殿と獣人が出会うことなんて、そうそうないさ。あんな可愛く描いたなんてバレないバレない。絵さえ戻ればこっちのもの」
しっかりするのよ、オルタンシア。
取り戻さないと、アレよ、万一アンディラートにバレたらいかんから。
見知らぬ人に猫耳付きの肖像を渡したとか、シャイボーイ絶交案件になりかねないから。
よし、奪取アンド隠滅作戦、開始だ!
…しかし、猫耳っ子は休憩が頻繁でやたらと長く、…スケッチブックを見る回数が多く…くうぅ、あいつ、監視されていることに気づいているのじゃあるまいな。
観察しているだけで心を折られるってどういうことなの。
風景画とかそういうページを見ているのであってくれ。
もう祈ることしかできない。
獣人の身体能力がどんなものなのかを知らない私としては、不要な危険を冒す気にはなれず、小鳥達は一定の距離をもって対象を監視していた。
やがて私と猫耳っ子の追いかけっこは終わりを告げる。
対象との距離が駆ければ届くほど近くなり、あとは捕獲のタイミングを待つばかり。
しかしながら、村の入口も見えるほど近くなってしまった。
ここで猫耳を捕獲すると、私が旅人を襲っているように見られてしまうかもしれない。
大体、私はスケッチブックを返して欲しいだけなのよね。
この距離からでも荷物をアイテムボックスに入れられないものかしら。
…うーん、門番があっち向いててくれたらナイナイするんだけどな。
目の前で荷物消えたら異常事態よね。
奴隷じゃなければ、山の民自体は別に門番に捕まるようなもんじゃないと思うのだけれど。
騒ぎを起こしたら、普通の人間よりはまずいのかしら…別に猫耳っ子に危害を加えたいわけではないので、悩まれる。
そうこうしているうちに、村に入られてしまった。
お、おぅい、それ私の冒険者証だ。
身分証、何の抵抗もなく普通に使いよった。
門番もよく見もしないで通したわね。
さすがは村だよ、ザル警備め!
ここにフードを被った冒険者が来なかったか。
ばっかもーん、そいつがオルパンシアだ、追えー。
…おるぱん、丁寧ぽいね。おビールみたいね。
なんて現実逃避している場合ではない。
記載事項が最低限なのが仇になったか…他人に使われる想定はしていなかったものね。
少なくとも村に寄ったということは、補給か休息かの目的がある。
すぐには出立しないだろう。チャンスはある。
見慣れたフード付きマントが村の奥へ消えて行くのを見届けてから、私も追跡すべく門番へと近付いた。
「こんにちは、門番さん」
顔は見えないが愛想のいい謎の人物に、門番は朗らかな笑顔を返した。
「おう、お疲れさんよ。今日は2人も続けてお客さんとは、珍しいっぺな!」
門番さんは思いのほか、訛っていた。
…そういうの、嫌いじゃない。
素朴さにちょっと癒されながら、私は頷いて言葉を続ける。
「ああ、同じような格好をした子でしょう。それは私の連れでね、少し別行動をしようと思っていたのに、うっかり私の身分証も荷物に入れたまま行ってしまったものだから、急いで追いかけてきたのだよ」
「ははっ、そりゃあ災難だな!」
「だから今は身分証が出せないのだけれど、手続きはどうしたらいいのかな?」
「いらんいらん、お仲間ならあんたの身分証も冒険者証だべ? こんな小さい旅人2人なんて、何かあったらすぐわかるわぁ。小さいのに偉いわな!」
そ、そこまで小さくないですけど。
大体、身分証明の手段が冒険者証だから何だというのか。
それ、偽名で登録できるのよ。何の信憑性もない。
今まさに成りすましもされてるし。
むしろ村人の判断基準は『見慣れない子供がいたら他所から来た子』というヤツか。
でもそんな一括りで扱うと、何か問題が起きた場合に、犯人が私か猫耳かの判別が付かないと思うの。冤罪怖いです。殺られる前に殺らねば。
とはいえ身元を追求されないのなら、それはそれで構わない。
偽名も、フランが使えなかったら何を名乗っていいのか決めかねているしね。
「宿はどこになるのかな。あと、食料を補給したいんだけど」
「左さ曲がってすぐに看板出とるよ。携帯食だと宿の斜め向かいだなぁ」
「ありがとう」
片手を振って門番と別れ、とりあえずは指示された道を左に曲がる。
曲がった途端に、事件です。
地面に転がって素顔を曝し、周囲と本人が固まっている光景。
周囲の人の表情からは、好意的な感情は見えない。介入チャンス到来の予感。
「こらぁっ、駄目じゃないか、フラン! このうっかりさんめ!」
言いながら、現地乱入。
倒れた猫耳を素早く掬い上げて立たせ、頬を摘んでビローンの刑に処す。
「ふ、ふおっ?」
「荷物を間違えていったろう、全く、いつまで経ってもうっかりさんなんだから!」
混乱してされるが儘の猫耳に謎の説教。
「おや? 彼がまた何かご迷惑をおかけしていました?」
今気付いたというように周囲を見渡すと、ぱらぱらと私から視線が離れていく。
その視線の行き先は…猫耳横の地面…?
見遣ると、小さな子供が1人、目を見開いて転げていた。
…単に子供にぶつかって転んで、フード取れちゃっただけっぽいかな。
きっと私は、村人達が不気味の谷に惑わされていた場に出くわしたのだろう。
私は子供をひょいと持ち上げて立たせ、ぽふぽふと汚れを払ってやる。
アイテムボックスから飴ちゃんを出して包みを取り、子供の口にイン。
「やあ、連れがぶつかってしまったようで申し訳なかったね。怪我はないかな?」
「…おいしい」
「それは良かった。これもあげよう、あとで食べるといいよ」
3つほどポケットから取り出すふりで飴を出し、子供に握らせる。
ぱっと顔を明るくした子供は、元気に「ありがとう!」とキラキラを振り撒いて走っていった。
泣かれるとどうしていいかわからんからな、速やかに去ってくれて良かった。
解決と見たのか、周囲からは次第に人が減っていっている。
私は猫耳っ子の腕を掴んだ。
無意識なのか、抵抗しかける相手にだけ見えるように、取り出した懐剣を腹に当てて見せる。
ごく小さく、呟いた。
「話しますか、刺しますか」
「…………はなし、ます…」
観念したらしく、相手から力が抜けた。
「じゃあ、先に宿を取ろうか。この辺だって門番さんに聞いたよ…ああ、そこかな」
周囲に聞こえるように明るい声で言って、私は目に付いた看板を示した。
シンプルに「宿」って書いてあった。
フードを被せてやってから、宿の扉を開ける。宿泊拒否されたら、困りますので。
「いらっしゃい」
受付は細身の奥様だ。
「こんにちは、2人部屋でお願いします」
「はぁい、ここに名前を書いてください」
私は連れの腕を捕らえたまま、宿帳に『フラン・ダース』と記入する。ペンを隣に手渡した。
相手は困ったように宙で手をにぎにぎして逡巡していたが、観念したのかペンを受け取り、記帳。
『エルミーミィ』
猫の鳴き声みたい。
ちょっとだけ、ほっこりした。




