常識とは。
私達は順調に旅を続けた。
小さいながらも点在する集落に立ち寄っては、食料を補給したり休息を取ったりした。
そして、トランサーグに怒られる私。
「村では中銀貨なんか使えない」
「…面目次第もございません…」
宿の取りかた初級編。
前回はシイルールゥが宿の人と交渉したので、今回は私の番だった。
交渉自体は問題なかった。
しかし、いざお支払いという段。
そろそろ細かいのが少なくなくなったから崩そうと、お財布から中銀貨を出した…ら、宿の人が裏返った声で「ひょっ!」て言ったのだ。
聞きつけたトランサーグが覗き、素早く中銀貨を回収して自分の財布からお支払い。
私はその場で強めの拳骨を食らった。
貴族令嬢だと知っているのに、ちゃんと叱れるところ、評価する。
でも口で言ってくれるんでもいいのよ。痛い。
部屋に入った途端のお説教タイムである。
これ絶対おでこ赤くなってるヤツだ。
それに私、石頭だから、絶対トランサーグの手も赤くなってる。後ろから舌打ち聞こえてる。
シイルールゥは硬貨を出した決定的瞬間を見逃していたので、中銀貨という言葉に1人だけ今更の衝撃を受けていた。
「フランって、孤児じゃないのか?」
ですよね、仲間ならパン代しか持ってませんもの、気になっちゃいますよね。
だが、正体を明かす気はない!
「乙女の秘密を探ろうなんて野暮天です。師が野暮天なら弟子も弟子だな」
やれやれと首を振ってやると、シイルールゥは困った顔をした。
孤児院にだって、自分のことは話したくない子がいるのを思い出したのだろう。
「…えっ…、あっ、ご、ごめんな?」
おや、弟子のほうは初々しいな。
初代野暮天が無意味に繰り出してきた拳を、華麗にかわす。
さっきはフード被ってるのに後ろから来たから、死角だったんだい。
今回はパーティ部屋ではなくツインとシングルを取ったので、私の部屋は別である。
ヤローはヤロー同士でお泊まりやがれぃ。
なんか前回もその前も、宿に泊まったときは当たり前のようにパーティ部屋を取られたんですよ。
野営時はマイテントあるからって、別にテント立ててたのに。
何なの、世の冒険者ってそういう感じなの? 一緒に居すぎじゃない?
お陰で、せっかく宿だっていうのに、フードも取れない。
予備のマント着たまま寝ましたけど、何か?
私はプライベートなお時間が欲しいよ。
内心のプンスカを押し殺し、私は今回の失敗から学ぶ。
田舎で中銀貨、ダメ、ゼッタイ。
「先生、小銀貨も駄目ですか?」
確認しておこうと声を上げると、トランサーグは苦々しい顔をした。
「…村では銅貨を出せ。ないのか?」
「いや、まだあります。減ってきたから崩そうかと思っただけ。また今度にします」
拳骨痛いので、同じ過ちは決して繰り返したりしない。
「そうか。王都の宿なら、確かに可能だったんだろうがな。両替は街の各ギルドか両替商が望ましい。…お前にはそういう常識が必要だったのか…」
ええ、そうなんですよ、先生。
何気に、彼が私のお支払い風景を見るのは初めてのことだったようだ。
えー。でも冒険者ってお財布の中身、銅貨じゃらじゃら祭りなの?
長旅するのに重くない?
という疑問は、察したトランサーグにて冒険者ギルドの銀行機能を提示されることで落ち着いた。
支部のないちっちゃい村では無理だけど、集落何個かおきにはお金下ろせるから平気だよってことだね。
「でも、何となく理解したので次は大丈夫。では私はこれにて」
あとは逃げの一手である。
扉を閉める寸前、シイルールゥが「夕食時に迎えに行く」と慌てて告げてきた。
え、来ていらぬ。ご飯、別でいい。
与えられた部屋の番号を見つけて、久し振りにマントを脱ぐ。
「ぷはぁ。開放的ィ」
フードのない視界って、なんて良好なの。
鎧もアイテムボックスに収納だ。
おお、やはり脱ぐと身軽。
身体の汚れは小まめにアイテムボックスに頼ってきたけど(マントの埃や汚れは落とすと異質なので落とせない)、お風呂入りたいです。しかしこの宿にもお風呂はないのです。絶望した。
村や安宿では水かお湯(有料)を用意してもらって身体を拭くものらしいが、私は湯船にザバンと浸かりたいんじゃーい。
桶と濡れ布とか悲しい。孤児院でもそんなんだった。
清拭したいんじゃないの、お風呂に入りたいのっ!
「…お風呂ってどこで買えるのかなー…」
アイテムボックスの中に浴槽をおいて入ればいいのよね。
浴槽じゃなくても、もう樽でも何でもいい。大量のお湯を入れておけるものなら。
街だ。街で買わねばならぬ。
しかしヤカン何個分のお湯を沸かせば良いのだろう。
湯沸かし器はどこだ。魔道具はないのか。
…もう一個、旅の乙女が気になるモノがあるだろうって?
アイテムボックス様、サポート様、本当にありがとうございます。
大自然とか無理なんです。
とりあえずマントを着直して、宿のカウンターへ。お湯欲しい。
「薪代をいただきますよ。お風呂だけで使うもんでもないですし、割るのが大変で」
受付は女性に代わっていたが、銀貨をチラつかせた話は伝わっていたのだろう。
完全に私をボンボンだと思ったらしく、こんな時間から風呂かよお貴族かよ、という顔をしていた。
うーん。なんて愛想の悪い看板娘。
心証か…チップか労働…迷った末に労働を選択。
ボンボンじゃないですアピール!
「確かにお嬢さんの細腕では大変でしょう。薪割り、お手伝いしましょうか?」
「あら、本当? 助かるわ」
申し出てみると快諾された。
え、えぇ…?
言ってみたのは私だけど、平気な顔でお客さんに手伝わせちゃうんだ…。
村と王都はだいぶ違うのだな。
そんな思いを胸に秘め、宿裏で薪割りに勤し…あれ、割ろうにも木があんまりないじゃない。
宿で薪が足りないなんて洒落にならないよね…どこかにしまってあるのかな…。
だけど看板娘に聞きに戻るの面倒くさい。
「そういえば、ちょうど私も手持ちの薪を切っておこうかと思ってたのよね」
きょろりと辺りを見渡し、人目がないことを確認。
アイテムボックスから薪用樹木を宙に取出し。
そーれ、無双ゲージ開放! ウクスツヌブレード乱舞!
積みきらないだろう分は地に落ちる前にアイテムボックスに収納。
乱舞直後に宿の薪割り用斧に持ち替え、宙を舞う薪達を定位置ぽいとこに打ち落としていく。
ふははは、楽しい!
対人で溜まったストレスが洗い流されるようだ!
癒し不足のこの世の中で、最早こんなことでしか私のストレスは…
「何を、やってるんだ、お前は!」
楽、し…。
「意味のわからない遊びをするな! 迷惑だ!」
トランサーグのお部屋の窓から、2階まで高く上がった薪が見えて噴いたらしい。
慌てて窓を開ければ私が斧を振り回していたのだという。
切ったところ(ウクスツヌブレード)は見られてないから、セーフだよ。
…お湯ができたら持ってきてくれるようにカウンターで頼む。
部屋に戻ったら、部屋の前で拳骨されました。
死角、死角やめて…。




