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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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出立!地図を確認したよ。



 できた絵は3枚だ。

 孤児院には、結果として2週間も滞在してしまった。


 でも、これは致し方なかった。

 絵の具が乾くのには、それなりに時間がかかるのだもの…乾いたら塗って、手直しして乾かしたりしてたら、あっという間さ。


 斯くなる上はアイテムボックスに放り込んで、水分だけ取り出す…なんてことも考えたのだけれど、実行はしなかった。

 急激な乾燥で、もし絵の具がヒビ割れたりしちゃったら、意味がないもんね。


 そうして合間の冒険者活動で、私は薬草類の見分けと採り方が上手になった。


 けれどもお財布の中身は、正直、あまり増えなかった。

 画材分、大赤字だ。


 まだ手持ちは十分にあるのだけれど、減りゆく貨幣を見るたび、ひしひしと収入を得たい気持ちが。根が小市民だから焦るわ。


 おうちにいるときだって、散財系の我儘令嬢としては生きてこなかったつもり。

 むしろ絵を売って稼いでいたから今生活できる。

 前世感覚がある分、どうもパン代だけ手に入れたところで楽観的にはなれない。


 宵越しの金は持ちまくりたい。

 次の街ではお手頃価格の依頼など探して、収入アップを目標にしよう。


 そう、次の街。旅立ちのお時間である。


 お世話になったし、急に今日出ていくとかいうのは人として駄目かなって思って、2日前にはシスターに出立予定をお伝えしておいたのだよ。


 あっしの行き先? 風に聞いてくんな。

 そんな気分でいたはずの私は今、ご不満全開で、トランサーグとシイルールゥの横に立っている。


 お出かけじゃないって。旅立ちだって。

 なんで迎えに来るのよ。

 子供達にすらいなくなった後に伝えてもらえばいいと思って、シスターだけにこそっとお伝えしたはずだったのに。


 トランサーグに駄々漏れ、なぜなんだぜ。

 異世界で、個人情報保護を叫ぶよ。


「…何だ、その顔と、格好は」


 トランサーグは私を見るなり、訝しげにそんなことを言った。

 未だに私の顔を見たこともないシイルールゥが、驚いたように声を上げる。


「えっ…フランはフード被ってるのに、トランサーグには何かわかるのか?」


 こんな顔ですよ。ぐぬぬ。

 格好は、体型に合わぬ男物の軽鎧だ。

 なんせ関節位置が合ってないから動きが悪い。


 通常の女児ならこの重さもあって、ぎこちなくしか動けないのだろうが、こちとら身体強化様の加護付き。割と何とかなる。


 これ実はファントムさん用の備品。

 マント越しにも肩幅が出て、胸が隠れます。

 だいぶ、男らしいシルエットの演出に成功したよ。


 しかしシークレットブーツがないため、身長はやはり足りないがな…。これで身長が伸ばせれば、顔が見えなきゃ大人の男として扱ってもらえると思うんだ。

 声は少年ボイスがせいぜいだけれど、優男キャラならそれでも十分さ。


 身長を誤魔化せる装備をゲットするときには、鎧も着心地が悪くなく体型をカバーできるものに変更するつもりだ。

 この街では冒険者登録をしてしまったので、収入なさげな薬草採取系初心者が、バンバン身体に合う鎧や靴を買って歩くわけにはいかなかったのである。


「防具がないと危ないって親切な人に言われたから、もらった鎧を装備してるだけ。いつもとは体型が違って見えたんでしょう」


 ご不満顔には触れず、格好についてだけシイルールゥに説明しておく。

 マントの上からコンコンと音を立てて胸の辺りをノックして見せると、納得したような声を出された。


「…ふうん。いつもと同じマントを着ているから、気がつかなかったな。言われてみれば、何か固そうかも? そういうのも、すぐ気付けなきゃいけないのか」


 深刻そうな顔をする少年に、トランサーグは肩を竦めた。


「注意深く生活するようになれば、嫌でも気付くようになるさ」


「…な…れるかなぁ…」


 シイルールゥはちょっぴり私よりも年上だったらしく、数日前に14歳を迎えた。

 成人したら、孤児院にはいられない。


 ちょっとしたお別れ会のあとで、彼はトランサーグと共に宿屋へと移動していった。

 トランサーグは孤児院からの依頼で、孤児の独立の手助けも請け負っているそうな。


 見習い印である早期登録者マークが外れ、冒険者生活を正式にスタートさせたシイルールゥ。

 冒険者として生計を立てるためには、まず経験を積むことが必要だ。

 しかしながら、この辺の魔獣はちょっぴり、成人したての子には荷が重い傾向にあるらしい。

 彼は今まで独立した孤児達と同様、初心者向け…つまり低レベルの魔獣がいる、狩りのしやすい街へと移動するのだという。


 薬草採取の報酬だけでは、冒険者が生活していくには厳しいものがあるもんね。

 当然、その街までの護衛は独立サポーターのトランサーグだった。


 凄腕冒険者という噂なのに、彼は手の空いているときは孤児院ネットワークでの依頼を受けているのだという。

 別に面と向かって追求したりはしないけど、もしかして孤児院出身者が恩返しをしている図なのかな、なんて思っている。


「それにしたって、私が出立する日に一緒に街を出なくてもいいじゃないか」


 低めボイスは維持しているが、既にシイルールゥにも女であることがバレたので、一人称は元に戻した。


 一時ならまだしも、常に「僕」で居続けるのはボロが出ること判明。

 フラン君の一人称、このまま「私」でいいんじゃないかな。

 アンディラートだって大人ぶってるときは「私」だったものね。


「どこか途中で別れるとしても、道中少しでも安全に過ごせるだろうという、シスターからの配慮だ」


 あー。シスター命令では、トランサーグが逆らわないのは道理でした。

 そして相変わらず、義母すら怯える決闘従士たる私をただの子供扱い。とても新鮮。

 そもそも、シスターは私の身元を知らないんだけどもさ。


 今回は馬車ではない。


 なぜならお金のない冒険者は徒歩が基本だし、先を急ぐような旅でもない。

 更にはトランサーグ先生による野営レクチャーが、日程に含まれているからだ。


 私は従士隊で経験済なので大丈夫です。


 大丈夫ですってば。

 一緒に行かなくてもい…うわぁ、初心者野営セットが私の分まで支給された!

 うーん。微妙に面倒見のいいトランサーグ、困る。


 私一人なら夜はアイテムボックスに入ってお布団で寝れば、焚き火も魔物除けも要らないし、身軽に旅ができるのに…。


 いや。でも考えてみれば、初心者冒険者が荷物もなしにウロつくのはおかしいか。

 街道沿いの野営地では複数パーティが同時に宿泊することもあるというしな。


 手ぶらで余裕げな、顔を隠した子供が夜にフラッと現れたら、魔物と間違われても文句言えない。


 よし、素直に受け取ろう。

 微妙に面倒見のいいトランサーグ、どうもありがとう。手のひらクルー!

 せめて野営セットのお金を払うと申し出てみたけれど、鼻で笑われた…解せぬ。


 引率のない旅はしたことがない私とシイルールゥ。

 トランサーグ先生は、王都からの旅との時とは違って、何だか親切だ。


 いつもなら何かを聞いたら、うざったそうに邪険な態度をされるのに。

 不思議に思ってそう問いかけてみる。


「これは、お前達に冒険者の手ほどきをするという仕事だ」


 きっぱりと言われた。

 そうだった。不本意なことでも、仕事ならきちんとこなすんだった、この人。


「ちなみに、お前はいつも、俺の仕事中に話しかけてくるので普通に邪魔だった」


 あっ、それは否定できない。

 聞くほうは気軽でも、聞かれるほうはちょうど忙しいときだったりするのよね。


 今回はトランサーグが案内してくれているけれど、自分で移動するときには方位磁石を忘れずに、ギルドで地図を買うなどの情報がもたらされた。


 あー。方位磁石は従士隊のとき、騎士が使うタイプのものを購入して使った。

 しかし今は手元にはないのでした。買わなきゃ駄目だね。


 冒険者ギルドでは冒険者が、商業ギルドでは行商人などが使う地図が売られているらしい。街の位置などは当然一緒だが、魔物の情報や仕入れられる商品の情報などが特記されている場合がある。


 中堅の冒険者は必要な情報を纏めて自分用に近隣マップを作っているのらしい。ただしあんまり細かい地図を使うと、枚数が増えて嵩張る。地図帳状態。


 プロの冒険者はむしろ、方向さえ間違わなければ街道を進めば街につくものだから、あんまり細かい地図は要らないんだって。


 トランサーグの地図は縮尺が大きくて、現在地がよくわからなかった。

 その代わり、広く国土が理解できる。


 どうやら初心者シティは王都より南下の進路。そのままずうっと街道を辿れば、端っこにあるのは海の街だ。


「わあ、こっちは、いずれ海に出るのだね。逆に国境を越えたければここで東に行かなくちゃいけないんだ」


 急に前のめりになった私に、トランサーグが無感動な声を寄越す。


「どこへ行くつもりだ?」


「海はとっても魅力的なのだけれど…私の探し物をするには、国を出なくてはならないから、行くなら東だね」


 幾つもの貴族の領地を越えたり、海へ向かったとしても、目的は達されないものね。


 ああ、海かぁ…新鮮なお刺身食べたいなぁ。

 醤油も山葵もないけど…いや、もう塩でもいいじゃない、お刺身。


 だが国境を越えるなら、大陸内部へ進むことになるはずだ。当然、魚は、おあずけ。

 …くそぅ、なんてことだ、ヨダレが止まらない…。


「トリティニアを出るなんて考えたこともなかったな。トランサーグは他所の国にも行ったことがあるの?」


 シイルールゥもどこか興奮したように地図を覗き込む。


「ある。隣のゼランディは小さな国だからそれほど見所もないが、もっとずっと進めばダンジョンの沢山あるグレンシアだ。冒険者なら、一度は行こうと思うのではないか」


 トランサーグは別の地図を取り出して、広げて見せた。

 大陸地図だ。


 幼少時に学びの場で一度見たきりの地図。

 まさか国外に関わることがあるなんて当時は思っていなかったから、そんなに気に留めていなかった。

 それでも今生の身体は優秀なので、掘り起こせば記憶が結構取り出せる。


 この大陸には今、3つの大国がある。


 1番大きいのは大陸のド真ん中辺にある魔大国グレンシア。

 魔力が溢れた土地柄で、ダンジョンがよく発生するらしい。

 周囲の助けを求める声に応じてダンジョン討伐してるうち、希望併合で平和的に国土が拡大。観光的にも軍事的にも超大国だ。

 魔石輸出を元手に、きちんと民に向いた善政を継続しているという、上が有能で力のある出来スギ君。


 有名国ゆえに荒れれば噂が聞こえるはず。

 そのため、私の目的地からは外れている。


 2番目に大きいのは、その北にあるトトポロポ。

 なんか可愛い感じの名前の響きに反して、結構物騒。

 昔はすぐ領土広げようとする系の国だったようだが、大国同士が隣合っているお陰で、グレンシアを前に進軍ストップ。


 こっちは統一とかマジ要らないんです。

 野心のないグレンシアは盾としても優秀な国。


 そこからぐっと離れて、3つ目に大きいのがうち、南に位置するトリティニア。

 領土こそ広く資源は豊富だが、未開発地も多い。

 悪いけど、前述の2国に比べると発展途中にあって、ちょっと急に格が下がる感じ。


 残念だがあとは、正直お隣りくらいしか話題に出ないのでよくわからない。

 幾つかの国が、わちゃわちゃと戦争しているようなのだ。

 だからまだ大陸地図も安定はしなくて、国が出来たり滅んだりするんじゃないかな。


 お隣りは2国あるが、1つは…ペ…ペテュドスだったかしら。

 ギリギリ田舎の端が接している程度なのであまり仲が良くもない。


 交流のあるゼランディは山に住む先住民との対立が激しいと聞いた。

 せっかく領土に山がある国なのに、そのせいでうちから木材や食料を輸入している。毎度あり!


 ちなみに貴族令嬢の情報収集の場たるお茶会は、外国の話題よりは領地の名産自慢ばっかりですの。あわよくば流行を起こして皆に買わせようとしてきますわよ。


 この他にも外海図という、この大陸+海を挟んだ周辺国の載った地図はあるが、海の向こうが全て解き明かされたわけではないので、世界地図というものは存在しない。


 …なので、少なくとも、私の目的地がこの大陸内のどこかであって、世界を股にかける必要はないことだけは確実。助かる。


 あとは、子供時代のお父様がどれだけフットワーク軽く、遠くまで足を伸ばしていたかってことよね。


 できれば、トトポロポまでは行きたくないものである。

 大陸の端から端までなんて、移動したくないでござる。

 北だし、なんか寒そうでイヤ。



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