魔法使え…た?
朝から街の外へ出る。
血止めと鎮痛の薬草を採集してギルドに納め、孤児院に戻ったら、午後は絵を描く。
夕方からシスターのマジカル講座を受け、孤児院の夜はお子様仕様の就寝時間。
私はもう少し起きて絵を描いているのだけどね。
自分の魔石灯も持ってるのだし。
…しっかし、規則正しいわぁ…。
そんな生活を続け、早数日。
なかなか回復魔法を手に入れない焦れはあれども、生活基盤の安定を感じつつある。
感じつつはあれども、初心者冒険者稼業、思ったよりもものすごく儲からない。
一日の報酬で確かにパンくらいは買えるけれども。
成長期の子供だというのに、節制して命を繋げる程度の額だ。
根こそぎ草むしってきてもダメらしいし、薬草は稼げないな。
もちろん貯蓄なんて無理で、防具がいつ買えるものか。
宿にはとても泊まれないし、人はパンのみにて生くるにあらず。
肉と野菜も摂らないと栄養失調になりますよ。
魔獣狩りをメインにしたらもっと稼げるようになるのかしら。
でも、この街ではできないな。
意外と親切冒険者が多いみたいで、孤児達が無茶しないようにと見守っている感がある。
それに成人男子に見えるような、体型を隠す防具を手に入れてからでないと。
現状、あまり人目に留まるのは望ましくない。
「あっ」
部屋から何気なく外を見ていたら、一人で遊んでいた子供がスッ転んだ。
てっきりすぐに大泣きして、他の人間が助けに来るだろうと思っていたのだけれど。
泣きもせずに、への字口を作っていた孤児。
周囲どころか、神にもシスターにも助けを求めないその姿を見つけたときに、ふと私は気付いてしまったのだ。
…効果が出ればそれでいいんだから、別にこの教会の神の奇跡とか、こだわる必要なんてなくね?
シスター先生は「神の奇跡イメージ」を高めるようにと指導される。
講義は神がいかにして人を救ったかの場面説明や、解釈討議の場となってしまった。
しかし、どうにもこればかりは腑に落ちなくて、うまく進まない。
どうしても私、神に救われるとは思えないので。
信心の問題だ。
神職でなくとも回復を使える人間はいる。
そう思うから余計、神は胡散臭い。
回復魔法のとっかかりに必要なのは神じゃない。
ならば必要なのは何か。
恐らく、治癒できる存在のイメージだ。
だからもう「自身が使える」となったらば、奇跡には出てこない『診断』やらにすら発展させていけるのだろう。
物凄い自信家やナルシストなら「俺はできるよ! なんせ俺だから!」とか思うだけでできちゃうのかもしれない。
そうと決まれば実践だと思うのよ。なぁに、失敗しても誰も見ちゃいないさ。
周囲に誰もいないことを確認して、アイテムボックスから手元にコップを用意。
保存水を中にちょろり。
フードを被り、窓からヨイショと出て、他の人に発見されないうちに子供に駆け寄る。
「君。転んだの? 大丈夫かな」
誰かに助けを求められないこの子も。
もしかして神の奇跡では救われないタイプなのではないだろうか。
私は…神が自分に何かしてくれるイメージはどうしても持てないが、亡きお母様ならイメージできる。
何ができたのかは知らないが、亡きお母様は魔法使いであった。
人の身であったときに治癒を使えずとも、天に昇りて女神となった今となっては、怪我くらい治せても何の不思議もない。
「砂や汚れを落とそうね? 染みるかもしれないけど、我慢してね?」
頷いてぎゅっと眉を寄せる姿にちょっぴり心が痛くなる。
すまんね、手早く流すからね。
砂利にまみれた膝の擦り傷に、そっと水をかける。
魔力は、繰り返しシスターが出して私の手に載せてくれたことで何となく理解した。
ほのかにあたたかい、不思議を叶える力だ。
シスターにあって、私の中にもあって、周囲にも含まれているモノ。
流される砂粒を見ながら、傷口の再生を想像する。
魔力は感じられる。
今ならできる気がする。
そして発動に必要なのは、それを形にする言葉、呪文だ。
イメージを固めるための前段として詠唱を加える人もいる。
固まっているのなら、トリガーとなる言葉だけで良い。
これは「効果が出る」と自分が納得できているものでないといけない。ミスる。
魔法がミスるってどういうことかとは思うのだが、魔力だけが消費され、効果は不発に終わるのだという。使った魔力はどこへ行っちゃうのだろう。
ちなみに納得さえできていれば、割とどんなワードでも大丈夫らしい。
普通の人はイメージが固まらないからやらないけれど、「ファイアボール!」とか言いながら水鉄砲撃ってもいいのだね。
是非やってみたい、じゃない、集中しないと。
治癒。怪我が治る。
治すのは女神だ。
お母様が柔らかく微笑んで、そっと子供の傷を癒す姿は。
まさにこの世の奇跡。
「『マザータッチ』」
口の中だけで小さく呟いた。
痛いの痛いの、飛んでいけ。
お母様の触れた場所からは、痛みが消えて当然。
だってお母様、女神なんだもん。
「…え…、あっ?」
子供の混乱する声に、私は無意識に閉じていた目を開けた。
砂利の流された膝小僧には、滲む血などは見当たらない。
ただ、視界の端に…今…
「痛くない! フラン、フラン何したの、魔法? 魔法使いなの?」
子供が目をキラッキラさせて飛びついてこようとするのを、どうどうと手のひらを向けて落ち着かせる。なんか急激な好感度の上昇を感じる。
それにしても、ここの子供らは飛び付き癖があって、いけない。
身体強化で突き飛ばすところだったよ、危ない。
せっかく治したのに、もっと大きい怪我させてしまうわ。
「本当に痛くない?」
「うん、もう全然!」
怪我の治癒、成功ですね!
でも、喜びと同時に、私は自分の口許が引きつるのを自覚していた。
…なんかね目を開けたときに視界の端に黒い靄がいたがするの。
私、サポート発動した? え、魔法に黒靄いらんよね?
シスターの『診断』や『解毒』のときは何も出なかったよね?
本当にコレはちゃんと魔法だったのかい。
要確認。要確認だが、試そうにも怪我人がいない。
どこかに都合よく落ちていないものか、怪我人よ!
「わたしも魔法使いたい、フラン!」
わたし?
ふと子供を見下ろす。
伸びかけのショートヘアみたいな短めの髪。
薄汚れた、サイズの合わない丈余りの服。
膝丈より少し上に切られたズボン。
「そんで、痛くて泣きそうな子を、フランみたいにして治してあげたい!」
あ、これ女児だったんだ。
小汚れているから気付かなかったわ。短い髪に薄汚れたマントという格好をしておきながら、失礼なことを考える私。
「…シスターに」
混乱している自分を宥めながら、何とかフランボイスを取り繕う。
「僕も今、回復魔法を教わっているところなんだ。君にもできるかもしれない。シスターに頼んでみなよ」
「…フランが教えてくれたりは?」
「僕は君が魔法を使えるようになるまで、ここに留まることはできないから」
じっと、少女が見上げてきていた。
目を合わせて、気が付く。
…目ェぇ!?
「フラン…変わった目の色をしているのね…とても綺麗」
むっちゃ顔見られてますわ!
子供って、しばしば私より目線低いのですもの!
こんなとき、フランがどういう態度をすればいいかわからないの。
わからないから、諦めて、貴公子モードに切り替えた。
早めに冒険者フランのキャラの作り込み、頑張ろう。そうしよう。
そっと口許に人差し指を当てて、柔らかく微笑んで見せる。
「気味悪がらせてしまってはいけないから、顔を隠しているんだ。内緒だよ」
「そんな。気味悪くなんてないのに」
知ってるよ。
私の目の色は個性的で綺麗だよ。
なんせ、お母様とお父様の混合色なんだから。
しかし今必要なのは事実ではない、秘密を守るお約束だ。
「優しいね。けれど、君のように綺麗だと言ってくれる人ばかりではないんだ。どうか、君と僕だけの秘密にしてくれる?」
「…は、はいぃっ…」
言質は取ったからな。マジで頼むよ、孤児女児。
陰謀くさい母方系の何かに、ただでさえ生きにくいだろう孤児を巻き込むとか本当に嫌だからね?




