無事を知らせる第一報。
何度目かの休憩のために馬車が止まる。
本調子ではないうえに馬車揺れがひどいせいで、今まではおとなしく回復を優先していた私だが、そろそろ余力ができてきた。
「何か手伝えることはありますか」
シスターにより安静を言い渡されていた私がトコトコと手伝いに出て来たことで、トランサーグは嫌な顔をする。
「ない。まだただの小休止だし、元々、お前はいない予定の人間だ」
そうだけれども。
こちらが肩を竦めて見せると、相手はフンと鼻息で答える。
好意的とは言い難い態度を取るこの冒険者について、何となく、わかってきたことがある。彼はとても、シスターに弱い。
シスターが私を心配している間は、あまり駆り出したくないのだろう。
「トランサーグがシスターを守るのは、依頼のためというだけではないのですね?」
「…お前には関係のないことだ」
「ご尤もです。お嫌なら詮索しません」
問われたくないことは誰にでもあるからね。
私だって、彼に追求されても答えないことは多々あるだろう。
「…それ、やめろ、白々しい」
「えっ、何です?」
言われた意味がわからなくて問い返すと、いっそう嫌な顔をされた。
「その口調は、やめろ。馬鹿にされている気しかしない」
「…男装で年上相手では、この口調が基本形なのですが」
「やめろ」
貴公子と、素の私。
彼が見たことのある私はこの2つ。
そうなると、素の態度をしろと?
いや…孤児ロールとはいえ男装なのだから、女の子成分は意識して少なめじゃないと駄目だよね。
何の役を演じればいいのかよくわからなくて、やっぱりトランサーグに対する態度が定まらない。
「あまりイラつかせても悪いから、せめて丁寧にしようかと思ったのだけれど」
嫌われていることはわかっているのだし、馴れ合いの限度を見誤って馬車から蹴り出されたら、困るのは私なのだ。
「やめろ。寒気がする」
そこまで言われると、ちょっとショック。
なんで令嬢が丁寧口調に駄目出しされねばならないのだ。
でも、まあ、嫌だと言われて無理に続けることもない。
「…そう。では、やめよう。乗っているだけでも悪いから、手伝えることがあれば声はかけて。暇だし、私はもう元気だから」
乗車賃は払うつもりだけど、お客様ではないのだから乗っているだけというのもどうかと思うのだ。
「…貴族令嬢は馬の世話などしない」
「貴公子モドキならするんじゃないかな。今は孤児モドキだから、ぬくぬくとお客さんしてるほうがおかしくない? むしろ今のうちに少しでも慣れておかないと。人目に付く場所での貴方の態度が、孤児に対するものではないとバレバレになる」
「…それはそう、だな」
納得した様子ではあったが、結局私に馬の世話が振られることはなかった。
私が本当に回復したかどうかの見極めは、自己申告よりシスターのお言葉が優先なのだ。
まあ、そうよね。特に不満はない。
そんならアンディラートにお手紙を書くか…と地べたに腰を下ろして、紙とペンを取り出す。
「おい」
「何」
「何を書いている?」
「…友人に、お手紙。心配してるだろうから、そのうちどこかから出そうと思って」
どこかも何も、書き上げ次第にグリューベルに運ばせるのだがな。
ということは小鳥さんは伝書鳩的に足に手紙を括って…、…?
手紙ってどうやって付いてるのだろう。足に直接おみくじ結びでないことは確かだよね。
ならば入れ物…見たこともない手紙ケースなんて、どうにもイメージしきれない。作っても落書きになっちゃうな…駄目かな。
そもそも外付けなんて、万一にもどこかで落としたらお話にならない。
考えてみれば、実際は小鳥さんも着ぐるみなのだ、手紙は中に入れるか。
お返事欲しいな。同じサイズの紙を返信用に同封するか。
「…そうだな、お前が毒殺される寸前だったのだから、宰相がどうなっているかも心配だろ…、何だ、その顔は。まさか考えていなかったのか」
毒殺。
そ、そんな発想はなかったぜ。
麻痺らせて暴行して、死ぬか連れ去られるだけかと。
だけど、確かにお父様に危害を加えていない保証なんて一切なかった。
ああ、なんてこと。
「…大丈夫だと思う。宰相には毒が効かないという噂は聞いたことがあるし、騎士達を相手にしても戦えるほど強いとも聞いている」
どんな絶望的な顔をしていたのか、私が嫌いなはずのトランサーグが慌てたように慰めてきた。
「…ほ、ほんとに?」
「ああ。毒入りの紅茶をそうと知りながら飲み干し、それを入れた相手にも、笑顔で勧めたという話は有名だ」
え。どんな状況なの、それ。
パニックがむしろ引いて訝しげになってしまった私に、トランサーグが続ける。
「…知らないのか。お前はあまり、物を知らないのだな」
「箱入り娘なので。そんなことより、うちのお父様は毒に耐性が? しかもそんなことが有名なの?」
幼い頃から、ちょっとずつ飲ませて毒に慣らすとかいうヤツかな。
えっ、でも貴族は貴族だろうけど、別に王家とかでもないのに?
…お父様の趣味とか言われたらどうしよう。
あ、でも健康法だと思えば…。
「一介の冒険者にまで聞こえる噂は有名といえるだろう。いや、冒険者だからかな」
「ああ、お父様、元冒険者だから…って、そんなこと知ってるの?」
「直接は知らないが、お前との決闘になるときに、当時のことを知る冒険者達が色々と教えてくれた」
私の知らないお父様。
成人前から見習い文官のようなことをしていたが、大人に頼られすぎてキレて冒険者になった説。兄弟と仲が悪すぎて、毒殺未遂や不意打ちで鍛えられて強くなった噂。
妙に品が良いために絡まれやすかったとか、二刀流だったとか、いやいやナイフ使いだとか、違うぞ弓使いだとか、見た目の割には短気だったとか、当時気にしていたらしい低身長をからかって生還できたものはいないだとか…トランサーグは自分が聞いたのだろうどうでもいい話…諸々の情報をなぜか私にまで懇切丁寧に教えてくれた。
…えっと…上品で強くて多武器の、おチビの冒険者(身長コンプレックス)とな?
さ、様々な萌え所を押さえておくとは…ニーズに合わせて対応できる男、さすがですね、お父様!
ウンウンと無言で頷く私に、相手は眉を寄せる。
「…落ち着いた、のか?」
「ええ。考えてみたら、私のお父様が誰かに負けるはずがなかったかな、と」
そもそもお母様が関わらなければ、お父様が不意を突かれることもない。
私では、お父様が精神的に崩される隙にはならない。
何だかんだ言いつつ、お父様が毒殺されるところを想像できないのは確か。
でも気にはなるからアンディラートの返信案件としておこう。
ちらちらと私のお手紙を気にしているトランサーグ。
一体何なのだ。
手紙書いちゃ駄目とは言わないから、別に構いやしないのだろうし…。
不思議に思いながらも、書き上げたお手紙は、そっと小鳥に託して飛ばすのだった。




