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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~悪夢のあと。【リーシャルド視点】

※性犯罪者の思考と所業が説明されているので、ダメな方は注意です。



 どことなく陰を纏ったまま、アンディラートは朝の挨拶を呟く。

 昨夜はあのまま、彼を客間に泊めたのだ。


 妙なものだ。

 妻も娘もここにはいないのに、私は友人の息子と朝食の席に着いていた。


「よく眠れたかな?」


 一応そう問えば、力ない笑みが返ってきた。

 目の下の色濃い隈が、何よりも雄弁に彼の状況を物語っている。


「困るね、アンディラート。今日はオルタンシアの手紙を見せてもらわねばならないよ。不調にしている暇はない」


「…えっ? しかし、まだ昨夜の侵入者が…」


 きょとんとしたアンディラートは左胸の辺りを押さえた。

 朝から、ポケットにあの封書を忍ばせてきているらしい。


 彼宛の手紙だ。誰よりも、彼が一番読みたいはずだった。

 それでもアンディラートは、オルタンシアが『全てが終わったら』と書いた封書を開けようとしない。

 終わらせなければ、例え何年でも読まずに耐えるのだろう。


 グリシーヌ、いつか君が言った通りだ。

 破天荒で秘密主義な私達の娘を、誠実に思い続けるような奇特な男は、この子しかいないのかもしれない。

 何より、娘が、私達にも隠した秘密を明かしているのだというよ。


 ほらね、だから言ったでしょう…そう笑うグリシーヌの姿が思い浮かんだ。


「甘いねぇ、アンディラート。私の可愛い娘を害そうとした者達が、夜明けを拝めると思っていたのかい」


 ぽかんと口を開けた様子に、彼がこれから警吏でも呼ぶつもりだったのであろうことが窺えた。

 知らず、くすくすと笑いが零れる。

 友の脳筋ぶりを受け継がなかったことは喜ばしいが、純朴さはそのまま引き継いでしまったようだ。


「もう片付けたよ。ちゃんと家に、首をお返ししておいたとも」


 さっさと拷問して吐かせてしまえば、娘の部屋に上がり込むようなゴミを生かしておく必要はない。

 手引きをしたコックも同様。既に昨夜の内に始末をつけている。

 どちらも胸糞の悪い相手だ。


「…本当に、コックは内通者でしたか? オルタンシアも確証はなさそうでしたが」


「そうだね。オルタンシアはどうやって知ったのだろう?」


「よく怖い目で見られている、と言っていました。原因が思い当たらないので、恐らくどこかで素の自分が出てしまっているのを見られ、ひどく嫌われたのだと思う、と」


「ははっ。あの子もまだまだ素直だな」


 首を傾げるアンディラートに、コックの心配などしてやる必要はないのだと教えてやる。


「あれはどうやらオルタンシアに歪んだ恋情を抱いていたようでね」


 アンディラートがわかりやすい驚愕を表した。

 理解できないだろうね。

 好いた女を暴漢に差し出す手引きをするだなんて。


「侵入者に唆されたのだそうだよ。この家にいる限りお嬢様と仲良くできる可能性はない。手引きをすれば自分の家の料理人として迎えてやる。そうすれば気の向いたときに、時々彼女を貸し出してやろう、とね」


「貸し…出す…?」


「一人の女性を複数人で共有しようという誘いだね。最近、悪い遊びを覚えた貴族の子弟に流行しているようだが。今回はその親も、欲に目が眩んで嗾けたらしいね。蛙の子は蛙かな」


 彼の目にあるのは驚愕と衝撃と、怒り。

 わかってはいたが、お前には無縁のようだね、アンディラート。


 そこはもう少し顔に出さないようにしないと。

 これは鍛えてやらなければ、貴族社会でなくても苦労するかな。

 お前の父親は教えてくれない領域だものな。


「そんなこと、女性が了承なんて」


「しないだろうし、しなくてもかまわないのさ。暴行を受けた女性はショックと恥辱で、それを他人に伝えることなんてできないだろうというのが、そもそも彼らの基本思考なのだからね。ましてや政略結婚の多い貴族の令嬢ならば、そんな醜聞が広まれば婚姻など絶望的だ。言いふらされることに怯えて、本人が囲われることを了承してしまえば儲けものなのだろう。それだけではない。娘の縁談を駒としか見ていない親だっている。どうせ使えぬ娘ならばと、ある程度の金銭や口利きと引き換えに、暴行相手に娘を売り渡してしまうこともある」


「な…、そんなっ、信じられない…」


「だから言ったろう、お前には感謝している。今回お前が捕らえてくれたお陰で、犯人から様々なことを聞き出すことができたからね」


 せめて訴えが上がれば相手や仲間を追及できるが、内容だけに当事者だけで内々に処理されてしまうことが多い。

 誰の娶った妻や愛人がそんな手段の被害者かなど、他人からではわからない。

 噂は、顔や名を隠したやりきれない親や婚約者からぽつぽつと聞こえる程度でしかないのだ。

 いつ何時、どの女性がターゲットに選ばれるかなんてわかるはずもなかった。

 一概に、治安維持を担うもの達ばかりを責められないのだけれど。


 …しかし、甘く見られたものだね。

 私の娘に手を出したのだから、まぁ、特に身内の一人も残して要らないのだろうな。

 存分に見せしめに使おう。


 既に犯罪に手を染めた者は、もちろん生かしておくわけがない。

 二度と同じような事件が起きぬよう、思考が同類のゴミどもを徹底的に震え上がらせてやろう。


「どうだろう、悪夢は既に終わった。私に娘の秘密を明かしてくれる気になったかな?」


 空気を変えるように微笑んで見せると、アンディラートもぎこちなく笑みを作ろうとして…失敗していた。

 それでも昨夜の封書を見せてくれる気にはなったようだ。






*-*-*-*-*-*-*-*-*-*






『悪夢が終わったことを信じてこれを残します。

 私の部屋の右から二番目のワードローブの奥です。

 小部屋の処遇はお父様に一任致します』


「…これだけか」


「そうみたいですね」


 簡素な内容に拍子抜けした。

 小部屋とは一体何のことだろう。

 ワードローブに何かを隠してあることだけは理解できたので、私達はオルタンシアの部屋へ向かうこととなった。


 既にメイドによる清掃が終えられた室内は静かで、昨夜の出来事が夢のようにも思えてくる。


 壊れた椅子は撤去したが、まだ新しいものを入れてはおらず、机の前が妙に広く開いている。

 加えて、部屋の主が不在であることだけが、私達にとって異質だった。

 アンディラートは不安そうな顔のまま、唇を真一文字に引き結んでいる。


「2つ目のワードローブ。これだね」


 扉を開けてもおかしなところはない。

 吊られた洋服が邪魔なので、まとめてハンガーを外す。

 側にいたアンディラートの腕の中へ、服の山を押し付けた。


「…ぅわわっ」


 一瞬固まってから顔を赤らめ、慌ててそれをベッドへ運ぶ様を見て苦笑する。

 服相手にその様子では、まだまだ進展には時間がかかりそうだね。

 父親としては、一向に構わないが…。

 初々しいアンディラートに和みかけたそのとき、私はそれを発見した。


 …ワードローブの奥。背板の部分に、小さな突起がある。


「リーシャルド様?」


 アンディラートの声を背中に、ワードローブの中へと身を乗り入れた。


 薄暗くても、気づいてしまえば理由がわかる。

 取っ手だ。背板には切込みが入っていて…そう、この突起はドアノブの役割なのだ。


 指先で挟み、捻るように力を入れる。

 背板の向こうで、ストッパーが持ち上がった。

 同時に、背板が扉のように奥へと開き、ワードローブの向こうに視界が開ける。


「…小部屋だ」


 ぽつりと、アンディラートが呟く。


 何とも、まぁ。

 そういえば窓を隠すように娘が模様替えをしたとき、少し部屋が狭くなったようには思ったのだ。

 それでも重厚に作られたワードローブによる錯覚だと疑わなかった。


 …幼い娘がこんな重い家具を1人で動かすことなど、考えもしなかったから。


「あの子は、もしかして少し力持ちなのかな?」


「身体強化が使えるそうです。だから、剣を取ったんですよ」


「…剣は、お前が特訓したのだろう?」


「しましたけど、それはなるべく効率よく剣を振るえるようにです。力任せでも戦えるけれど、高い技術の相手にはきっと心許ないとオルタンシアが言うから。俺から言わせてもらえば、身体強化した状態のオルタンシアになんて、勝ちようがありませんよ。速さも力も違いすぎる」


 成程。

 娘が自分のことを親に話せなかったのは道理であろう。

 ふわふわと笑う無邪気な幼い娘が、ひょいとこんなワードローブを動かしたら、さすがの私も2秒くらいは固まったはずだ。


 そしてその2秒は、オルタンシアを傷つけるのに十分なのだろう。

 己の未熟さを娘に見透かされたようで、少しばかり苦い思いがする。

 まだまだ、グリシーヌのようにはいかないな。


 ワードローブを抜けて小部屋を見回すと、アンディラートも付いてきた。

 窓にかけられていた黒い布を捲ると、眩しい朝日が飛び込んでくる。

 同時に、薄暗い小部屋の全貌が明らかになった。


「うわぁ、全部手作りか。…多趣味だなぁ」


 新しい一面でも知ったかのような、弾んだ声。

 …いや。いやいや、アンディラート。

 なんで簡単に受け入れちゃってるのかな?

 大丈夫かな? これ、ちょっと普通じゃない状況だよ?


 レース編みや布製の小物が、無理矢理のように棚に詰めてある。

 作るのは好きだけど、出来た物にはそれほど興味がない…そんな風に見受けられる。

 作業台の上には木枠に留められた布。引っ繰り返してみると、縫いかけの刺繍だった。

 釘だの金槌だのが床の箱に無造作に入れられているところを見ると、この棚も自作したのだろうか。

 ベッド代わりのハンモック。

 その側には布の覆いが掛けられた、四角い…


「…グリシーヌ…」


 覆いを除けて、現れたのはキャンバスだ。

 満開の藤棚の下で微笑む、最愛の女性の姿。


 二度と手に入らないはずの、笑顔だった。


「ああ、人物もさすがの上手さですね」


「…何…、そうか、お前達は昔から、よく庭で絵を描いていたね」


「あの頃から鳥なんかを本物そっくりに描いていましたよ。シャドウを形にするために、色んなものを観察することが当初の目的だったようですが」


 小部屋の処遇は私に任せると、手紙に書いてあったはずだ。

 私は前妻の絵をワードローブの中へと押し込む。


「…貰っていくんですね」


「問題があるかい」


「いいえ。多分オルタンシアも、本当は貴方に見せたかったはずだから」


 そうだろうとも。

 嬉しそうに微笑むアンディラートを見れば、余計にそう思う。


 父親の私から見ても、彼はオルタンシアを好きすぎる。

 娘が万が一にもと怯えた拒絶が、私から見て取れないことを心の底から喜んでいる。

 …こんな理解者が娘の側にいたことは、本当に幸いだった。


 だからこそ、現状を、少し苦く思う。

 オルタンシアは今、どうしているだろう。

 理解者と離れて、独りきり。

 辛くはないだろうか。…辛くないはずが、ないだろうか。


「オルタンシアは絵を描くのがとても好きでした。絵画のような絵も、紋章のような絵も、簡略化したイラストも。どこかに残してないかな、オルタンマークを見せたいですね」


「オルタンマーク?」


「紫陽花を簡略化した絵で、オルタンシアが気に入った物に入れていたんです」


 きょろきょろと辺りを見回すアンディラート。

 私は、何気なく目に付いたスケッチブックを手にした。

 ぱらりと表紙を捲り…一度閉じて表紙を見直した。


「どうしたんです?」


 挙動不審な私の様子に気づいて、アンディラートが近寄ってくる。

 表紙に書かれた文字を確認して、私は再度それを開いた。


「これはお前専用のスケッチブックのようだ」


「ぅえっ!?」


 まばたきをした彼が私の手元を覗き込む。

 様々なポーズで、様々な衣装を纏う少年。その横には縫い方の注意やチャームポイントなどメモも加えられていた。

 たまに暗号のように読めない文字もあるが…どの絵も確実にモデルはアンディラートだとわかる。


「なにせ、スケッチブックのタイトルが『アンディラートに着せたいデザイン集』だからな…」


「…何してんだ!」


 赤面して頭を抱える姿に苦笑する。

 変わったデザインの服ばかりだが…アンディラートにとって問題なのは、格好良いデザインから着ぐるみ染みた仮装まで幅広く取り揃えられていることだろうか。


「なぜオルタンシアは、お前に半ズボンを穿かせて蝙蝠の杖とカボチャの鞄を持たせようと思ったのだろうな」


「…知りませんよ…」


 今はもう無理があるだろうが、もう少し前までなら確かに着られたかもしれない。

 オルタンシアの中では、アンディラートは幼い頃の可愛らしいイメージのままなのだろうか。


「おや、こちらは猫の仮装のようだ。耳に尻尾もついている。茶トラ推奨だそうだよ」


 これは少々不憫になってしまうのだが。

 オルタンシアにとって彼は一体どういう扱いなのだろう。

 うちの娘が、すまないね、アンディラート…。


 余程ショックだったのか、彼は膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。

 とりあえずアンディラートをからかうのはやめ、スケッチブックを棚に戻す。棚の大半はスケッチか。全て見るには少し時間がかかりそうだ。


 オルタンシアにとって、この小部屋は確かに息抜きの場だったのだろう。

 好きなことを好きなように、誰にも見つからずにやるための場所。


 『全てが終わったら、秘密をひとつ明かすから笑ってね』


 あの子がそう記した通りに、笑ってやろう。

 過ごした日々を見つけては愛でよう。

 そうして私に任されたこの小部屋は。

 娘が戻るまで、きちんと管理してあげなくてはならないな。



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