フランの旅立ち
うっかりしてた。
薄汚れた服を着ても…美少年になってしまう。ふう。
あと私、目の色が特徴的なのでした。
これじゃ、門兵も顔を覚えちゃうかも。
お母様とお父様による傑作だもの、汚れ程度じゃ隠せないわよねぇ…。
身仕度に借りた教会の一室で、鏡に流し目をくれながら悩む私キモイ。
とりあえず寄付された服などが入っているタンスから、体型に合うものを使う許可をいただいたのだ。シスターの善意、すごい。
お返しに、タンスには私が作った服各種を詰めておいた。
あ、ハンカチと巾着もほんのり入れておきますね。
「顔を隠すって言っても、子供がファントム仮面はさすがにないよなぁ。孤児の子供なら…うーん…怪我とか?」
試しにサポートで包帯を作って、額に怪我した設定でぐるぐると巻いてみる。
あ、結構顔が隠れる。
この案、いけそうじゃない?
でもこの包帯白すぎるし、伸縮に富んだ前世素材で悪目立ちだわ。
では秘蔵のハギレ達がお役に立ちますねぇ。巾着にもハンカチにもならないものも実は、モッタイナイ根性で残してました…貴族令嬢って何だっけ。
さくさく縫い合わせて、転んだときの汚れをなすりつける。
よく揉んだら何となく薄汚れ、くたびれた布、完成~。
髪も、もう少し汚すか。
アイテムボックス内のプランターから、泥汚れは幾らでも調達できます。…ちょっと日照不足で作物は弱っています。
ボサボサと包帯の隙間から適当に髪を出して、みすぼらしさをアピール。ちょっと髪を前方に集めて、目許を隠す。
そこに汚れたフード付きマントを装備。
ふむ。門兵の前ではこれで、怯えた感じでシスターの後ろにちょろちょろ隠れるか。
少年として見れば、一般的な同年代より体格は小さめだ。
年下に見られるだろうから、ちょっと頼りないくらいでいいだろう。
…目隠れ主人公、見参。
シスターの元へ戻ると「あらあら?」と驚いた顔をいただく。
早速の孤児ロールで、下から窺うように見上げ、怯えて壁に隠れるような仕草をしてみた。
そういう生き物に慣れた様子のシスターが、側に屈み、目を合わせようとする。
「どうです? それっぽいですか?」
飛び退って警戒を露にして見せながら、口調はのんびりと返す。
態度と声の落差にきょとんとした後、シスターは目を細めた。
「ええ。痛ましいことに、そういった子はたくさんいるわ。フランはどこかで孤児を見たことがあるの?」
「いいえ、私はただの箱入り娘ですので」
全て偏見と妄想の産物です。
馬車に乗せる予定の引っ越し荷物を裏口の近くにまとめて積みながら、トランサーグがハンッと鼻で笑った。
「よく言う。ただの箱入り娘が決闘したり、あまつさえ俺に勝ったりするものか。どんな育ちをすれば貴族令嬢がこうなるんだ」
私もハンッと鼻で笑い返した。
「乙女の秘密を探ろうだなんて、トランサーグは野暮天です。だから私に負ける」
「…途中で馬車から蹴り落とすぞ」
「シスター、シスター、あのお兄さんが僕を苛めるんだ!」
意識して低めに下げた少年ボイス。シスターの後ろに隠れ、ふるふるしながら修道服の背中をキュッと握る。
シスターは苦笑しながら私の頭を撫でて、大人気ないトランサーグを叱った。
「喧嘩はいけませんよ、トランサーグ。貴方のほうがずっと年上なのですから」
「…とんでもないガキだ、善良なシスターを騙すなんて」
「すみません。しかしこの腹黒さが、貴方もご存じのお父様似だと考えてみると…わぁ、私、嬉しい!」
「知るか!」
どうせトランサーグには嫌われているので、私も遠慮などない。
シスターは子供補正で私を見てくれているようなので、あんまり不利益を感じさせる前に別れたいところね。
「おはようございまーす」
表玄関…と言っていいのか、聖堂側から誰かの声がした。シスターが返事を返してそちらへ向かう。
もしかして、後任の方かな。
トランサーグもふらりと裏口から消えたので、椅子に座って待機。
あれ、もしかして昨夜、トランサーグが私を見張っていたのはここだな。
私、あの辺の床に座っていたものな。
振り向けばすぐ気がついたのだろうに…恥ずかしいところを見られた。
足をぶらぶらさせながら、しばらく座って…。
ふと思い付いてアイテムボックスから紙とペンを出した。
ちょうど机があるのだし、アンディラートにお手紙を書こう。
慌てて書いた置き手紙、もしかしたら受け取っていないのかもしれないのだし。
…そうするとシャドウさんは確実に無残なことになっただろうけれど。
私も、積極的にアンディラートに助けを求めていいのかよくわからなかったので仕方がない。
シャドウには『アンディラートがシャドウに気付き、かつ退出したのを追って部屋まで訪ねてきた場合』という限定的要素でしか手紙を渡す指示を出していない。
顔を見たら助けを求めるとか、すればいいのかもしれないけど。
頼めば助けてくれるって、わかっているのだけれど。
そういう目に合う私を、決して積極的に見てもらいたいわけではない。
だけど、叶うことならば。
そういう目に合うだろう私を、是非とも助けてほしい。
…なんか、アレだよね。面倒くさい女だよ、私も。
でも、コトがコトだけに、頼みにくいよね?
夜が明ければシャドウは消える。
突然部屋から消えたお嬢様について、屋敷は混乱するだろう。
お父様に説明できるのは、私の能力を知るアンディラートしかいないわけで。
お手紙くらいなら、グリューベルに託すこともできるわけで。
なんて書いたらいいかな。
コトを知ってても知ってなくても差し障りなく書きたいな。
うーん…まぁ、まず宛名ね…アンディラートへ。
「何書いてる。フラン、来い」
うひゃっほい!
ななななんだ、この冒険者ヤロウめ、気配を断つな!
あわあわしながら手紙を隠すと、シスターと後任らしき修道服の男性も近くにいた。
私が手紙に書くことを考え込みすぎてただけで、別にトランサーグが気配を消して近付いたわけではなかったようだ。
くしゃりと紙とペンをポケットに突っ込んだふりをして、そのままアイテムボックスに送る。
「この子が馬車に? いつから乗っていたのでしょう」
不思議そうな後任男性に、シスターがにこにこと嘘をつく。
「以前に面倒を見たことのある子です。私に会うため、途中で潜り込んだようです。門兵には既に知らせましたが、このまま共に連れていくことになりました。…フラン」
呼ばれた私はおどおどと後任男性の前に立った。窺うように見上げ、ペコリと頭を下げると、急いでシスターの後ろに隠れて見せる。
「おや、嫌われたかな? 君、怒っていないよ、大丈夫。私も全然気が付かなかったのだからね」
後任も穏やかそうだ。
私はシスターの服にしがみつきながら、「ごめんなさい」ともう一度ペコリと頭を下げて見せる。
相手は微笑み、うんうんと頷いた。
宗教関連の人ってどうも押しかけ勧誘のイメージしかなかったけど、普通にいい人だ。
騙すの心苦しいな、と思う反面…おっとりと騙すほうに加担したシスターすげぇ。
仕込みは万全。ついに王都出立である。
ちなみに門兵は気のよさそうな兄ちゃんで、「事情は聞いたぞ、駄目じゃないか」などとフランを諫める程度であった…甘いぜ。
人の出入りが多い王都では『問題なし』であったなら、いちいち気にしていられないというのが本音なのだろう。
シスターとフランが馬車内にいて、トランサーグが御者席で、報告と一致しているということしか確認しなかったもの。
「言っておくが、住民だったシスターの信用と、俺の人望だからな」
そういえば、有名な冒険者なんだっけ。
しっかりした保護者が2人もいれば、孤児ひとりなんてどうでもいいってことか。
がたごとと馬車は揺れる。
この揺れでは、手紙は書けそうにない。
…それに。ようやく安心して、気が抜けてしまったのかもしれない。
シスターに膝枕されながら、私はグースカ眠ってしまった…。




