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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~昼寝枕。【アンディラート視点】



「お待ちしておりました」


 深刻そうな家令に迎えられて、少し動揺する。

 それを表に出さないようにちらりと周囲を窺うと、使用人達が皆こちらに注視しているのがわかった。


「…待っていたって…何かあったのか? 屋敷に言伝などは受けていなかったが?」


 問いかければ、家令からは逡巡が返る。


「いえ、緊急というわけではなかったものですから…我々もどうしたものかと」


 歯切れの悪い言葉だ。

 こちらへ、と促されて庭に出る。

 テラスで待たされるのも慣れたけれど、どうやらそれだけでもないらしい。


「オルタンシアに…何が?」


「ご本人は何もないと仰います。周囲も問題となるようなものは見かけておりません。しかし…顔色が悪く、最近はあまり食も進みません。医師を呼ぶことも拒否されるものですから…可能であれば、何かお嬢様から聞き出していただけたらと思います」


 体調不良なのか?

 どうして医師を拒否するんだろう…。


「旦那様から許可をいただいておりますので、裏庭をお使いください。すぐに簡単な食事を用意します。少しでもお嬢様に食べさせてほしいのです」


「わ、かった」


 一礼して家令が下がる。


 風が木の葉を揺らす音だけが響く、静かな庭。

 いつもの椅子に勝手に掛けて待つ。


 リーシャルド様の後妻が決まったと、公にされたのは一週間ほど前のことだ。

 再婚なので大事にはせず、ささやかなパーティーを自宅で催して、お披露目とするらしい。


 オルタンシアの様子が気になって、俺は今回の遠征を見送った。


 今回は国境沿いの砦まで行くというものだったから、少し興味はあったのだけれど…どのみち彼女と天秤にかけられるものじゃない。


 ことは宰相の再婚だ。お祝いを持って駆け付けるのは俺の役目ではなかった。

 まして屋敷が来客の対応に追われているであろうさなか。

 子供が遊びに行くには時機が悪い。


 公表から一週間も経てば落ち着いたかと、訪ねてみたのが今日のこと。

 …だけど…もう少し早く来るべきだったんだろうか?


 不安になる俺の視界の端に、待人の姿が映る。

 何気なくそちらに顔を向けた。


「やあ、久し振りだね、アンディラート」


 息が、止まるかと思った。


「どうした、オルタンシア!」


「え、何?」


 自分が椅子を蹴倒したことにも気付かずに側へ走ると、相手のほうがもっと驚いた顔をしていた。


「ひどい顔色だ。具合が悪いのか?」


「…え、いや…別に?」


 青白い頬に伸ばした手を避けようともせず、彼女は首を傾げる。


 触れた頬は、冷たい。ひどい隈だ。

 ああ、それに少し痩せたのかもしれない。肩の辺りが華奢になった気がする。

 その下の減らなかったのだろう部分は目を逸らし、ざっと全身を確認する。


 何だか動きにも力がないし、まだ午前なのに、全体的に疲れたような気配がする。

 いつもかっちりとした男装を好むのに、今日は形こそ男物ではあるものの柔らかな生地の服だ。…身体がだるくて、固い生地を着るのが辛いのかもしれない。


 使用人が辺りにいるから、ここでオルタンシアを追求しても、きっと何の答えも得られない。

 家令の言う通り裏庭へ移動したほうが良さそうだ。


「裏庭へ行くから、敷くものをくれ」


 使用人に声をかけると、用意している最中だったのだろう、ちょうど別の使用人が敷物を運んできた。


「あの。もう少しお待ちください」


 早速移動しようとすると、使用人は困ったような顔をした。

 ああ、軽食か。

 食べさせろって言われたけど、まだ準備ができていないんだ。


 どうしてかはわからないが、この家の使用人は決して裏庭へは来ようとしない。俺達が裏庭へ引っ込んでしまったら、届けられないのかもしれない。


「オルタンシア、先に裏庭へ。俺はまだ受け取るものがあるから、後から行くよ」


「受け取るもの?」


「うん、何か軽く食べる」


「わかった。先に行ってる」


 にっこりと笑って見せるオルタンシアは、しかし顔色が悪すぎて痛々しい。


 ふらふらと歩く姿を見送って立ち尽くす俺を、使用人が再び椅子へと促した。


 一体どうして、あんなことに。

 思い当たること…最近の変わったことと言えば、リーシャルド様の婚姻か。


 親の再婚が、やはり嫌なのだろうか。

 だが、宰相がいつまでも寡夫でいるわけにはいかない。奔放の代名詞のような父上でさえ、許されなかったのだから。


 本人に聞かなくちゃ何もわからない。

 そう理解しているのに、頭の中でぐるぐると疑問が回る。


 しばらくして、家令が軽食の入ったバスケットを運んできた。


「お嬢様をお願い致します」


「…うん」


 それ以上言葉を思いつけず、バスケットを受け取って裏庭へ向かう。


 必死に走って追いかけたりしたら、驚かれるだろう。

 駆け出したいのを堪えて、自分を落ち着かせながら歩く。


 きつく問いつめてしまわないようにしないと。

 きっと俺しか聞いてあげられないのに、俺が話しにくい雰囲気ではいけない。

 しつこいほどに深呼吸を繰り返して、裏庭へと辿りついた。


 敷物の上に、座ったオルタンシアは俯いている。


「…オルタンシア?」


 こちらを見る気配もない。

 そっとバスケットを下ろして隣に座り、顔を覗き込んだ。


「…寝てる?」


 何だか疲れたような顔をして目を閉じている。

 急に引っ繰り返らないように、横たえておいたほうがいいだろうか。


 そっと肩に手を掛けた瞬間、はっとしたようにオルタンシアが顔を上げた。


「やっ」


 反射のように手を振り払われて。


 えっ。

 今、嫌だって言われた?


 …思いのほか、ショックを受ける俺。


「い、嫌だったのか、ごめんな」


 ちょっと泣きたい…けど、そう、女の子に軽々しく触れたのだから自業自得だ。

 オルタンシアだって、いつまでも駆け寄って抱きついてくる子供じゃないんだ。


「オルタンシア…な、なんで泣いてる?」


 そんなに?

 泣くほど嫌だった?


 立ち直れる気がしないんだけど!


 …なんて、考えていた俺は、すぐに間違いに気付く。

 ぽろぽろと涙を零した彼女は、不思議そうに俺を見上げていた。


「アンディラート?」


「どうした。どこが痛い?」


 まばたきのたびに、雫が落ちる。

 身体が痛むのではないのだろう。何となく、そう思った。


「アンディラート?」


 確かめるように、彼女は再び俺を呼ぶ。

 ならば、確かだと肯定しなければ。

 何を確かめたいのかなんて、知らなくてもいいんだ。


「うん、そうだよ、オルタンシア」


 答えても、様子のおかしなオルタンシアは、不思議そうに泣くだけだ。もしかして寝ぼけているんだろうか。


 涙を止めたくて、先程振り払われたことも忘れて、つい抱き締めた。

 腕の中でギクリと強張ったその身体に、失敗したのかと内心で慌てたのだけれど。


「…アンディラート?」


「うん」


「アンディラートだ」


「俺だよ、オルタンシア。ここにいるのは、アンディラートだ」


 オルタンシアは、そのまま俺に凭れた。


「アンディラートの匂いがする」


「…ぇ、く、臭いのか?」


 急にドッと変な汗が出た。

 待て。

 今出たら余計に汗臭くなるじゃないか。

 どうやって止めたらいい。


 朝の鍛練の後は拭いて着替えた。風呂入ったほうが良かったのかな。

 焦れば焦るほど汗が出てる気がする。


「ううん。アンディラートだった」


 否定の言葉にほっとする間もなく、オルタンシアはしゃくり上げた。


 え。もっと泣いた。なんでだ。

 どうすればいいんだ、これ。


 もう、わけがわからないけど、とりあえず抱き締める腕に力を込める。

 泣くなよ、と思うけど。

 泣きたいのを我慢していたのかもしれない。それなら泣かせてやったほうがいいんだろうか。


 抱き締めても嫌がられないのは、嬉しい。だけど泣きやませてやれないのは、困る。

 しゃくり上げる声を聞きながら、ふと、そこに言葉が混じっているのに気がついた。


 …こわい?


「オルタンシア?」


 呼んでも答えないオルタンシアの泣き声に耳を澄ませて、俺の胸に伏せて聞こえにくいそれを、必死に聞き取る。


 やっぱり、怖いって言ってる。怖いという言葉と、俺の名を呼ぶ、それだけが繰り返されている。


「オルタンシア。何が怖い? 大丈夫だよ。何もいないよ」


 繰り返される泣き声に、変化はない。

 ここには使用人も来ないのを彼女だって知っているのに、一体何が怖いのか。


 いや、使用人も来ないから怖いのか?

 もしかしたら裏庭での、襲撃の予知夢でも見たのだろうか。


「怖いんなら俺が見張るよ。オルタンシア。大丈夫だよ。俺が一緒にいる」


 腕の中で、彼女が身じろぎした。


 何かに反応した。何だ?

 わからないけれど、同じ言葉を繰り返しかけた。俺にしがみつく力が強くなる。だからつい、俺が抱き締める力も強くなった。


 どのくらいそうしていたのだろう。


 ふっと急にオルタンシアが力を抜いたので、抱き潰しそうになった。


「わ、ごめん、痛くなかったか?」


 慌てて声をかけるけれど、返事はない。

 …泣き声も、いつの間にかやんでいる。


「オルタンシア…寝てる?」


 顔を伏せていてわからないけれど、何だか呼吸が規則正しい。

 眠ったのなら、やっぱり横たえてあげたほうがいいんだろうけれど…。


「…このままが嫌なら、嫌って言って?」


 返事はない。

 眠っているので当然だ。


「…じゃあ、このまま抱いてるから。嫌になったら、ちゃんと嫌って言うんだぞ」


 やっぱり返事はない。


 泣いたせいか、随分とあったかいオルタンシアを、片膝を立てて支える。

 オルタンシアは、すっかり日が暮れてしまうまで目を覚まさなかった。






「すっごいスッキリ」


 ぱっちりと目を開けたオルタンシアは、そう言って笑う。

 顔色も良くなった。

 いつも通りの様子に、俺もホッとする。


「何があったか、聞いてもいいのか?」


 言いたくなければ無理に聞く気はなかったけれど、乾きかけのおしぼりで顔を拭いてやりながら、一応問いかける。


「うーん。ごめんね、何か最近怖い夢ばっかり見るからあんまり眠れなくて…メチャクチャ寝不足だったみたい。だから情緒不安定だったのかな。他には、特に何もないよ」


 食欲も問題なさそうだ。

 薄暗い中で、俺達は冷え切ったお茶とサンドイッチを平らげる。


「できることがあるなら協力するから、あんまり心配させないでくれ」


 どんなに剣の腕を上げたって、オルタンシアが無事でいなけりゃ意味がない。

 そんな風に思ってしまう一日だった。


「…あ、えぇと…じゃあアンディラート」


「ん?」


「どうやら君がいると安眠できるのですが。今後の遠征のご予定などお聞きしても…?」


 俺がいると、安眠できるって…。

 これって喜んでいいのだろうか。


「昼寝用の枕をしに来いということか?」


 一緒に過ごせるのなら昼寝だろうと構わないのだけれど。

 ちょっと男としてどうなのかという複雑な気持ちが、微妙に拗ねた言葉になってしまう。


 頬に俺の服のボタンの跡をつけたオルタンシアは、ちょっと目を細めた。

 あ。碌なことを言わないときの顔だ。

 気付いたけれど、止める暇はなかった。


「そうね、さすがに夜に泊まって同じベッドで一緒に寝てとは言えないよね」


「…っ!」


 できるわけがない。何てことを言うんだ。冗談にしたって他の奴に言ったら駄目だ。

 色々言いたいことがあるのに、完全に固まってしまった俺は声の一つも出せない。

 オルタンシアは「あははっ」と何でもないことのように軽やかに笑う。


 笑って、そして、…一人で抱え込もうとする。


「言ってみただけよ。今日で随分すっきりしたから、またしばらくもつと思うし。君にだってそんなに迷惑かけられないもの」


 迷惑なんて思ってない。

 …正直なところ、役得しかない。


 だから俺は、言うしかなかった。


「明日も来るよ」


 従士隊は、少し休もう。

 騎士の遠征に行かないのならば、従士の訓練はもう、俺にとってはあまり魅力的なレベルではない。


 オルタンシアが俺の知らない間に泣いているよりは、枕代わりにされているほうがずっといい。

 本当は、意識してくれるともっといいのだけれど。

 でも…意識した結果、手を振り払われるくらいなら、今はまだ、このままでもいいかな。




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