ダークサイドが仲間になりたそうにこちらを見ています。
その後もファントムシャドウ数回の活躍により、着々とアイテムボックスの充実を図っていた私である。
そこには仕入れたお安い資材での裁縫・木工などの成果も含まれる。
夜中にちょっと金槌と釘をゴンゴンしてもアイテムボックス内なら音も漏れないし、大変楽しいです。相変わらずベッドは買えないし、作れもしないけどね。
目立つことを恐れぬ買い付けができれば、もっと大きな物も作れるのだろうけれど。
最近ではじわじわと私の令嬢復帰が広まったらしく、時折来客や納品が来るため、あまり長時間裏庭に引きこもることはできなくなっていた。
普通のお嬢様って何してるんだい。
私は隠れてやりたいことばかりなんですけど。
今日は裁断済のパーツを、お部屋でちくちくとお裁縫している。
作業着代わりの前世風の服だ。
万一いい生地の服のまま作業に熱中して、かぎ裂きなんか作ったら怪しまれちゃうからね。
人前では見慣れぬ形のパーツを単品で出して縫っているので、使用人の目についても完成形は理解できないはず。
意味はないけれど、レディース、メンズともL・M・Sと取り揃えております。
布がいっぱい手に入ったから、嬉しくてハッスル。
スケッチブックにお絵描きしてデザインしたものを、気兼ねなく買ってきた布で縫う。素晴らしい。人目にさえつかなければ、私が暇で困る時間など全くない。
そういえば、先日、ついに冒険者登録に成功しましたよ。
存在しないファントムさんの身分証を手に入れるなど、何という犯罪気分であろうか。
ちなみに冒険者ギルドで絡まれる初心者というお約束は、特に起こらなかった。
しかし登録しただけ。以降は、全く活動をしない冒険者ファントムさん。
だって下手に依頼をこなして目に付き、誰かに正体を探られては困るから…それに、単純に王都の外でのサポート操作も遠慮したいかな。
そもそも外へ出る際の手続きがわからないから、そこで躓いて怪しまれると、二度とファントムさんが使えなくなってしまうという背水の陣。
うまく出られたとしても、戦闘可能域となれば、注意を向けなければならないものは多すぎた。
表面こそ詳細に作りはしたが、素体はシャドウだ。
怪我をしても血は出ないだろう。
そんなファントムさんが魔獣にベシベシされつつニヤリと笑っている様を、誰かに見られても困る。
魔獣とセットで討伐される予感しかしない。
かといって人目や魔獣に警戒して小鳥戦隊を配置すればするほど、弱肉強食の憂き目に合う確率を上げてしまうだろう。むしろ、それってもう撒餌だ。
更に言えば、ファントムさん側に意識を集中しすぎると、本体に何かあった場合にすぐ戻れない。
具体的には、買い物程度なら切り上げて脇道でこそっと靄になれば問題ないのだが、観戦者付きで戦闘になった場合、本体に使用人が近づいてきたら、何も隠せず両方詰む。
じゃあなんで冒険者登録なんてしたのかというと、念の為の身分証が早く欲しかったというのもあるのだけれど…意外と冒険者ギルドの売店が面白かったんですよ。
なんと冒険者が自作したものでも、販売に値すると判断されればギルドの売店で買い取ってもらえるのだ。
妙に上手な木彫りとかがたまにあって、お土産屋さんぽくて笑う。
滅多にないことだが、珍しいものとか作って高評価が出ると、商人への権利の売却も斡旋してくれる。権利が売れれば結構なお金になるし、そうでなくても酒代の足しにと、片手間に作ったものを売店に持ち込む冒険者は案外いるらしい。
今は刺繍ハンカチしかないから駄目だけど、私もいつか何かを売ってみたいな。
ちなみに自作の傷薬とかは買ってもらえない。
別に薬師ギルドがあるから利権問題にもなるだろうし、そもそも素人の薬で何かあっても責任取れないもんね。
サポート蟻が部屋に近付く使用人を察知したので、私はそっと、見られたくないものをアイテムボックスへと格納した。
ややしばらくして、ノックの音が響く。
「お嬢様、メーラ商会が面会を求めています。ご注文の画材が届いたようです」
「応接室へお通しして。すぐに行く」
商人さんがやってきたようだ。縫いかけのものもアイテムボックスへ収納し、代わりにレース糸で編みかけの玉を机に載せる。
ただのフェイク用品なので、何かが出来上がることは永遠にない。
「小型カメラ。私ではない人間が入ってきたら録画。解除まで繰り返す」
レース玉の中にサポートで作った小型カメラを仕込む。カメラの詳細な想像はできないので、クレヨンで描いたナニカみたいな物が出来上がるが、機能すればそれでいい。
ドラマかアニメで見たイメージが元なので、録画後は配線を繋がなくても、それっぽいモニターを添えると映ります。
部屋を離れる際には、こうして不審者が入り込んでいないかの確認をしている。
…見たくないから、予知夢の途中でどうしても起きてしまうのだ。
つまり、情報が圧倒的に不足している。
視覚も聴覚も役立たない夢では、どちらにせよ大して情報収集にはならないと割り切って、こうすることにした。
考えてみれば、今までは『こんなことが起こるのならば、何としても勝ち抜かねば』と思っていた。
悪い夢であるほど、現実にしたくなくて奮い立った。
辛くても、少しでも情報を求めて見続けた。
…だが今回は、とてもじゃないが見ていられない。
楽しいことを探して現実逃避していなくてはテンションを保てない程度に、既に私は寝不足だった。
お母様が亡くなるほうが、お父様の自殺のほうが、余程辛いことだったはずなのに。
今だって、もちろん負けるつもりなんてないけれど。
「…前世に引きずられているのかな…」
ちゃんと戦えるだろうか?
そればかりを、考えている。
どうして夢の私は動かないのだろう。
ただ…夜中の寝室に暴漢というだけで貴族の女には外聞が悪い。
対応に時間がかかればかかっただけ、世の中は私に醜聞のイメージを持つ。
もしかしてその後は修道院に入ることになるかもしれない。
それでも。お父様とアンディラートに、前世のような死に様をさらすよりはいい。
一緒にいられなくても…そうだ、一緒にいられなくなるのか…暴漢のせいで。
本当に、どうして夢の私は動かないの…あ、いや、動けないのだったか。
そう、動けないからどう戦えばいいのかと…この夢について考えていると、段々と朦朧として来るので、いつも結論が出ないでいたんだった。
「私が動けないなら…私以外の動くものがあれば…それに、情報も、あえて暴漢から聞き出さなくったって…」
私が見つかったのなら、きっとまた他の人間が来る。
次を待てばいい。
姫君を探す悪者の情報が欲しければ、今回の暴漢からじゃなくたっていいんだわ。
暴漢に遠慮など要らないのではないか。
そうだ、他人の人権を無視する性犯罪者には、人権など要らない。
まえは、たんじゅんに、ちからがたりなかった。
ここは日本じゃないのだ。
過剰防衛でも、私が捕まることはない。
くるしい。こわい。しぬのは、いや。
生き延びたところで、幸せにはなれないと知っていたから、自分で諦めた。
結果なんてわかっている。周囲は彼を慰めたのだろう。クズにたぶらかされて人生を棒に振ったと。私の死体がどう扱われたかなど、考えたくもない。
わたしは、まだ、たたかえる。
人を殺したら、後悔するかな…?
お父様とアンディラートは、人殺しの私を嫌うかしら。
「…ううん、私を殺すより、きっといい」
無事であることのほうを、喜んでくれると思う。
そう、信じる。
「そうだ、罠…枕から矢とか飛べばいいんじゃない…?」
暴漢相手に正々堂々なんて必要ない。
…だって私はクズなんだもの。
クズがクズを殺しても世の中が少し綺麗になるだけ。
誰も構いやしないでしょう。
襲いに来る相手を殺してしまってはいけないなんて、そんな理屈はない。
決闘従士が勝つのはもはや常識。
私が黙って暴漢に汚される噂よりは、世間も返り討ちの噂のほうを信じるだろう。
瞬殺しても…でもやっぱり令嬢としては、醜聞で修道院行きかな。
いや、いっそそこから令嬢をやめて、冒険者として出奔してもいいんじゃない?
そこまでいったら、もう猫かぶる必要を感じないものね。
気が、楽になった。
「よし。応接室へ行かなくちゃ」
大きく伸びをして、部屋を後にする。
次のロールは、悪役に決まった。




