魔石を作ろう。
買ってきた魔石は品質にバラつきがあるみたいだった。
具体的に言うと、氷竜マークの魔道具に入れる用の魔石(小)が不良品?
作動はするが、ややしばらく魔道具の周囲がひんやりしたかと思ったら、もうエネルギー切れになっちゃう。
魔石の小サイズなんて、予備を含めて2つしか買ってこなかったというのに。まさか2つともハズレ石とはね。
即行でただの置物と化した魔道具にションボリ。
儚いクーラーであった。
と、そこで私は気がついた。
もしかして、サポートで魔石を作れたら好きなだけ動かせるんじゃね?
真夏に重宝する子になれるんじゃね?
参考にすべき魔石、確実な良品にならば心当たりがある。
「…確か階段下の時計には、小さい魔石が入っていた気がする…」
グランパの古時計って感じの柱時計だ。
あれが止まったところは一度も見たことがない。
先代家令にも、あの時計は百年休まずに動いているようなことを聞いた。
あの魔石が作れてきちんと使えたなら、もう無敵。
だって百年以上動力源になってるわけでしょ?
思い立ったが吉日。私はファントム戦利品の品定めを中断し、階下へと移動した。
「あ、丁度良い所に。ちょっとそこの柱時計を開けてほしいんだけど」
通りがかりのメイドを掴まえ、柱時計の中身を見たいと伝えると、ものすごい顔で困惑を表現された。
「…あの…スケッチブックを持っていらっしゃいますが、お嬢様、まさか…」
「うん。時計の中を描こうと思ってね」
まだ男装モードなので、この口調です。
ドレスや普段着は既に女物の発注を再開しているのだが、納品がまだなのだ。
成長期をなめていた。昔のドレスなんてつんつるてんもいいところで、着られない。いや、実はこっそり試しに着てみた。
結果…「なんだ、ちょいキツだけど着られるじゃない」と、軽く腕を回したら肩から背中の辺りをバリッとやったので、慌ててアイテムボックスに隠しました。
ダンスなんかしたら、まいっちんぐ確定だわ。
つまり体型に合う服は、ほぼ男装しか持っていない。
パーティーの時のドレスは、半既製品みたいなもんだったしね。
今は何かイベントを間近に控えているわけではない。
貴族なのに、周囲の目も気にせずに既製服ばかりを揃えるほどには逼迫してもいないし、普通の令嬢に戻るのは、新しいお母様が周知されてからになる。
まだお父様の結婚が非公式だからね。公式発表までは、嫁をねじ込もうとする他人を牽制しておかねばならないし、丁度いいさ。
「時計を見せてもらうことに、何か問題でもあるのかな?」
「い、いえ。すぐに」
「うん、よろしく」
先日ドレスを着たことで、使用人達には「お嬢様が今にもまっとうな道に戻るのではないか」と期待させてしまったようだ。
男装なのに、態度と所作だけ完璧なレディだったらオネエ系ぽいじゃないの。
いやいや、そんな顔しても。相変わらず君んちのお嬢様は酔狂なんだよ。早くその微かな幻想を窓から投げ捨てるんだ。
諦めたメイドがようやく謎構造の柱時計をパカリと開けてくれたので、早速スケッチを開始する。
ほうほう、こんなに歯車が。
カラクリはロマンだよね。
動力は手巻きでも電池でもなく、魔石なのだけど。
私が立ったまま集中して何かを描くのは今に始まったことではないので、メイドはそそくさと逃げていった。
覗かれる心配がなくなったので、魔石を重点的に描く。…でもカラクリはやっぱりロマンだから手は抜かない。歯車ふつくしい。
ちらりとアイテムボックス内の魔石に意識を向ける。
それから、目の前の時計の動力へ、もう一度目を向ける。
ふむん。大きさは、ちょっと時計の魔石のが大きいのね。でも、そんなのは一回り小さく作ればいいだけだから、問題ないわ。
透明度が意外と違う。
時計のほうは、うっすら黄色がかった透明度の高い石だ。私が買ってきたのは水色で、一部白濁りしている。それはそれで綺麗なので、買うときにはあんまり気にしていなかった。
「…エネルギー量には透明度が大事なのかしら…だけど、使い切ったからって別に曇るわけじゃないのよね」
空になった魔石は、わかる。
どういう理屈なのか自分でもわからないけれど、なんか見ればわかるのだ。
これは私だけではないから、この世界の人間とは、元々そういう機能が備わっているものなのだろう。
とはいえ見てもよくわからないって人も全くいないというわけではないようだし、または何かの専門職には詳細値が必要なのか、魔石の残量計みたいなものも普通に雑貨屋で売っていた。買ってないけど。
「こんなもんかな」
数枚のスケッチを終えたところで、部屋に戻ることにする。使用人を呼び寄せて、柱時計を閉めてもらった。
スケッチブックを小脇に抱えて階段を上がる途中で、ふと、視線に気がついた。
…まただ。
気がつかないふりをしながら、階段を上りきった。何でもない顔は得意だ。
自分の部屋に戻って扉を閉めて、その場にしゃがみ込む。
「…何なんだよう、コックのヤロウめっ」
悪夢を見始めてから、ちょっと気が気じゃない。
うちのコックには、私を凝視する癖がある。
それは別に、今に始まったことではなかった。
調理場の辺りにしかいない相手だ。元々は顔を合わせることすらなかった。
彼が私に興味を示したのは、肉詰めピーマンを調理したせい。
いつかアンディラートが持ってきてくれたあのピーマン。調理方法を説明して、両親に出してもらってから…だ。
一般的ではない揚げ物を伝えたせいで、コックの興味を引いたのだろう。
メモを片手に「アンディラートの家のコックさんが特別に教えてくれたんですぅ。よそのおうちの秘伝のレシピなので、私が指示して、調理が終わったらメモは燃やしますね」と演出して手伝ったにも関わらず、接点のなかったコックはその後、時折陰から私を凝視するようになっていた。
とはいえ見てくるだけで何もされたことはないし、お嬢様とは本来、おうちの料理人と共にご飯作りに勤しむものではない。
はじめは「変わった料理の話がしたいけれど、使用人という立場上我慢しているのだろうなぁ」と思う程度だった。
…うん。さすがにこうも続くと、気持ち悪い人だなぁと思うようにはなったよ。
だけど一日中ストーキングしているわけではないし、料理に問題はない。
仕事をきちんとこなしているのなら、休憩時間に破天荒なお嬢様の観察日記を付けていたって個人の趣味の範疇だろう。口を出すことでもない。
というか、正直、コックなんかどうでもよかった。
わざわざ隠れているコックに自分から近寄って行って、「こっち見んな」とか注意するほうが面倒だったのだ。
そもそも、今となっては本当に料理の話がしたかっただけかどうかもわからない。長く観察するうちに私の異常性にどこかで気がつき、嫌悪と警戒を抱かれていないとは言い切れないからだ。
むしろ私という生き物を鑑みれば、嫌われていると考えるほうがしっくりくる。お嬢様が決定的に人外な場面を押さえて、魔女狩りをする気なのかもしれないではないか。
「…あの夢の男は、コックではない、と思うんだけど…」
だって、わざわざ嫌いな婦女を暴行する気になるかね?
それに…あの思い出したくもない、モヤモヤとよく見えない視界での、ボワボワ途切れ途切れの声。
私が見知った成人男性というのは数が限られる。あれはやはり、覚えのない相手なのではないかと思う。
しかし私に敵意を持つコックが、忘れられた姫君を探す何者かを手引きする可能性はゼロではない。
基本的には使用人達と距離を取って接する私が、突然コックだけに懐くというのもおかしいので、怖くなったからといって今更関係の改善もできなかった。
そもそも近寄りたくない相手だったのだし、愛想振りまくのも苦痛。
「…やめやめ。魔石作って気晴らししよ」
サポートを発動し、魔道具に嵌め込んでから取り外すまで常に魔力供給を続けるよう、柱時計の魔石を再現…ちょっと小さめでね。ふふ、こやつを使えばきっと一生動き続けますことよ。
サポートはきっちりと継続的な役目を指示しておかねば、私が眠ったりすると靄に返ってしまうことが判明している。
具体的には、『誰かが来るまで警戒を続けろ』と指示したグリューベルは人が来なければ何日経っても存在し続けるが、その時々で『飛んで』『下りて』『寝たフリ』などとマニュアル操作していたグリューベルは、私が寝たらモヤッと消える。
見た目だけなら完璧なそれを、氷竜印の魔道具にセット。
「さて、どうか…おおっ、成功じゃん」
ふわっと魔道具の周囲が冷えた。
真価も発揮できずエネルギー切れとなった先程までとは違い、ぐんぐんと部屋の気温が下がっていく。
ふわっていうか、ひゅごっていうか。
えっ。寒くね?
これ…もしかしてヤバくね?
ぴき、という音に振り向けば、窓に白く霜が降りるのが見えた。
ゆっくりと雪の結晶のような模様が窓の表面を這い、氷の成長を見せつけてくる。
「わぇ、ちょっ…、ひゃ、息白いよっ」
戦略的撤退。
思わずアイテムボックス内へと魔道具を放り込んだ。慌てて凍りかけた窓を開け、外気を室内へと取り入れる。
あっという間に窓は溶け、室内気温が上昇する。もう息は白くない。
「…おおぉ、びっくりした…。う、うわ、こいつアイテムボックス内でも猛威をふるっていやがる…」
大変、大変、何も考えずに放り込んだから、指示なしで氷=水系と判断された。仲間として分類され、同じ部屋に入れられてしまったから、私の消費期限実験中の湯冷ましと水が、氷になってしまった!
「これはもう…正しい結果はわかんないよね。仕方ない。えぇと、実験結果(中断)…アイテムボックスを介して不純物、空気、微生物を抜いた湯冷ましは、水と同様に2週間経過時までは平気であった、と」
取り出したノートに結果を書き足す。
この間まで、水が腐る原因に微生物を思いつかなかったのだ。
前世の知識なんて、使う人次第だよ、ホント。
今回はこれだけ色々と抜いたのだから、永久保存水ができたのではないかと、ワクワクしながら実験していたのにな。
「…冷蔵庫と冷凍庫は買えなかったけど、結果オーライってことだわ」
ただし、もうアレ、冷たすぎて素手では持てない領域になっている気がする。百年休まずに動ける魔石も与えてしまったことだし、あのアイテム部屋は冷凍庫決定だ。
よぅし、なまにくでも凍らせ…。
あっ、従士隊辞めたから狩りもできないし、帰りにこっそり市場も寄れないのだった!
アンディラートに護衛してもらって買い物付き合ってもらうのも…婚約者でない以上、年頃になると頻繁には遣りづらい。
隊を辞めた以上、来るべきときまではできるだけ人目につくことは避けたいしなぁ。
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その後、アンディラートに会った際に魔道具の話をしたら、溜息をつかれた。
「魔石は消耗品だ。柱時計の魔石は、お前の知らないところで交換されていただけだろう。時計が休まず動き続けたことと、動力を取り換えないことは違うと思う」
な、なんですって?
だけど私の生き字引たるアンディラートが、常識・良識を間違えるはずがない。
考えてみれば確かに…この時計は百年以上も故障しなかったのだよ、というだけの話であったのかも知れない。
「そもそも貴族の屋敷で、使用人が魔石をエネルギー切れになるまで取り換えないなんてことはない。残量がある状態で、余裕をもって定期的に交換するものだ」
ワォ、貴族って贅沢ね!
でも言われてみれば、魔石が切れるって現象自体、今回初めて見たかも。
「その魔道具は消費が激しすぎて普通の魔石では使い物にならないから、価値が理解されていなかったのかもな」
私が買った魔石(小)2つも見せたところ、彼はそんなことを言った。
残量がないので元の容量がどれくらいだったかはわからないけれど、店を構えた魔石屋さんならば信用のために、残量が少ないものはきちんと表示して売るとのこと。
一回使ったら残量がなくなっちゃうような魔石でも、魔道具の実演販売やサンプルに使うこともあるからってことらしい。
ちなみに入手方法などには口を噤んでいる私です。ファントムさんで今後も出歩く予定だということは、さすがに話せない。
「確かに…でも、じゃあなんでそんなもの作ったのかしら」
「さぁ。ただの失敗作を投げ売りしたのかもしれないし、本当に遺跡から出たのなら、昔それを使えるほどの魔石がたくさん採れた時代があったのかもしれないし…」
そう致しますと、私が作った魔石は、謎ビームの出るウクスツヌブレードと同様、思い込みの産物か…消耗しない消耗品とは一体…。
どうしよう、いつの間にか『ぼくのかんがえたさいきょうの○○』が、シリーズ化していたなんて…。
結構学んでいたつもりだったのに。
この世の常識って、どこで売ってるのかしらね。




