モンタージュ着ぐるみ
じわじわとアイテムボックスの充実を図ってきた私ではあったが、やはり好きに買い物しきれないというのは痛手であった。
例えば冷蔵庫や冷凍庫。
魔道具として存在はしているのだが、当然それはキッチンなんかに置くものであって。
お嬢様のお部屋に個人用として据え付けるような酔狂な使い方は、あまり一般的ではない。
魔道具自体は意外と発達しているのだが、便利なもの全てが個々人まで行き渡るほど、世の中が豊かではない。
前世のような、一人一人にクルマやテレビを配備しちゃうような意識はないのだ。
けれど、私は是非とも欲しい。
魔石式なので場所を選ばないのが魅力的だし、小型なものでもアイテムボックス内にひとつあれば、もう少しいざというときに備えられる。
だってこっちの長期保存食、石のように固いんだもの。
あれだよ、従士隊で扱ったカチカチのパンと打楽器の干し肉だ。旅に出たりしたら、とても食事に困るのが目に見えている。
缶詰開けたらふわふわのパンなんて、夢物語だよ。パンも肉も冷凍して持ち歩けたら。いや、そもそも冷凍できるなら調理済を保存してもいい。
この国の歴史は知っている。
女帝制ではない。つまりお母様は、どこか別の国の出身だ。
他国の歴史は習わないので、知りたければ自分で調べるしかない。
そして図書館はないので、現地に詳しい人を探すしかない。
なんでネットないのよ、雲を掴むような話だよ。
…だけどきっと多分そのうち、私は姫君を忘れない相手を見つけに行って、更には撃破しなくてはならないのだろうから。
そんなわけで、サポート、再特訓だよ。
「グリューベルで外に出られるのだから、そこから人に変身したっていいのよね。人さえちゃんと動かせれば、お買物できるのよね」
金ならある。うなるほどはないけど、そこそこ持ってる。
「ただ、観察できるレベルで知ってる人を作ると…それが誰かに見つかった時に、ドッペルゲンガーみたいになっちゃう」
私がすっとぼけておくのは簡単だが、色々と怪しまれて追い詰められ、万一サポート君を外で靄にしなければならなくなった場合、新種の魔物として討伐対象になってしまう可能性がある。
別に世の中に危機感を植えつけたいわけではないのよね。
お買い物したいだけ。
つまり、いない人を作ればいい。
即ち『中身のない着ぐるみ』だ。
「サトリさんがそういうことを意図して話していたのかはわからないけれど、ちょいちょい参考になるからなぁ…」
女性にはまだまだ生きにくい世の中。
であれば、作るのはやはり男性体が望ましい。
「…動きやすいのは大人よね。背格好は見慣れた人を…家令…いや、お父様を参考に」
なんせ愛着が段違いである。
家令似だったら「ちょっと失敗しても、まぁいいや」ってなっちゃうけど、お父様似だったらカッコワルイことはできない!
自ずと失敗も減るであろう。
「とはいえ『同じ』はマズイのでもう少しスリムかつスモールにしましょう…アレだね、一回りちっさいお父様だね」
全く背格好が同じだと、宰相の変装かと思われたら困るものね!
お父様、わざわざ変装なんてしなさそうだけど。「宰相自ら!?」「ええ、何か?」という会話が幻聴で聞こえてきた。
「よし、シャドウ君、カモン!」
黒い靄がお父様によく似た…はずの…、一回り小さい男性の形を作る。
うん、輪郭だけじゃ、よくわかんない。
とりあえず前回の休日のお父様風の服装に、ちょちょいと変換。
黒靄君は、白いシャツと焦茶のスラックスというラフな格好だ。
あ、いや、本当は私の贈ったカフスが付いてたり、家紋の付いたなんちゃらとか色々あったはずだから、これはアッサリの想像で出た前世系の服だ。
まぁ、とりあえずは服を着てればいい。
どうせ旅人らしい服とか、今はわからないのだから。
「髪型は…うーん、少年シャドウの再来でいいか。お父様のイメージから離れるし。長髪だから、何かあったらバッサリ切ってイメチェンもできるし」
シャドウのときは靄の形だけ整えれば良かったけれど、今度はお店の人にも違和感を持たれないよう、リアル感がいる。
自分の横髪をすくって見比べる。髪質とかも考えつつ作るので時間がかかった。
髪や目の色は、珍しくないから想像に手間のかからない私と同じ色でい…くない、私の目は特徴的だった。
はい、ピンクは抜きの青紫目で設定っと。
うーん…顔立ちがお父様すぎる。
一回り小さくて、長髪で、色違いのお父様だ。
こりゃ駄目だ。
待てよ。
体格はお父様に似せようと思ったけれど、何も顔までお父様のままでいる必要はなかったのだ。
まだ「とりあえず」の段階でしかない。
少しずつパーツを入れ替えれば人相なんて変わるものだ。
それじゃあ、せっかくだから、万人を虜にするお母様似の柔らかい目許がいいかな。
…や…やだ、ふんわり笑顔まで生き写し…こんな絶世の美男子は傾国だわ。
このお母様っぽさには私がときめいちゃうので無表情に戻して、っと。
ゆるふわが過ぎるのなら引き締めを盛り込みましょう。口許をお父様の腹黒笑顔にチェンジだ。ふふん、所謂甘辛というやつね。
あれ、これはこれで、傾国なんじゃないかな…マニア(私)垂涎の出来だよ。
よぅし、基本の所作は私の貴公子プレイが参考になるであろう。
「…おお。ぼくのかんがえた、さいきょうの、おにいちゃん…」
調子に乗ったら、顔立ちも色彩も完全にファミリー感が出てしまった…。
ええぇ。でも、すっごい愛着。
使いたい。
これ、使いたい。
お父様とお母様を受け継ぐ我が同士よ。
彼がいれば我が家は安泰だったであろう、幻の長兄だよ。
赤子で殺されてたらわかんないけども。
でも、ここまで成長してたら、絶対もう無敵よね。
だってお父様に似てるんだもん。誰かに負ける様が想像できない。
「あの…お兄ちゃん、よろしくね?」
何となくペコリと挨拶してみる。
返礼的に微笑むよう指示を出してみたら、ニヤリと笑われた。腹黒笑顔がいい仕事してる。
それに何より、目が死んでない。
ということは…あの頃はまだ、私は自分の幸せそうな笑顔が、想像できなかっただけなのかもしれない。
「…えへ」
無意識に、にへりと笑ってしまった。
お兄ちゃんは引き続きニヤリとしたままだ。
「はっ、いかん。真面目にやんなきゃ。えっとぉ…お兄ちゃんは使いたいけど…これは確実に宰相さんちの子なので…駄目よね」
その辺ウロウロしてたら、お父様を知る者に問い詰められそうな気がする。具体的に言うと家令に捕まる気がする。
…うう、でも、使いたい。
すんごいイイ出来だもの。お蔵入りなんてもったいない。
「あっ、顔を隠せばいいのか」
お兄様かつ顔を隠すイコール…。
「アズナブル仮面、装着! …う、うわぁ…これは酷い!」
うっかり、お帽子も付いちゃったわ。
こりゃあ異質性、満点。職質待ったなし。
しかし私の中では『ヘルメットと仮面がセットである』というイメージが強固すぎたらしく、仮面部分だけの分離はできなかった。
というか無理にヘルメットだけ消してみたら、レンズが赤と青の3Dメガネになっちゃった。もちろん眼鏡自体も厚紙製だった。
「…他に…他に仮面…町中でパピヨンは駄目、やめて、どうして私こんなにベネチアンマスクの種類が想像できるの…駄目だって…」
うう、能面は駄目。
お面じゃない、仮面だってば。
違うの、ライダーじゃない。何にも乗らない。
己の想像力に歯噛みしながら、鼻メガネから眼帯に黒子頭巾まで経てしまう。
流石は奇跡のカップルの寵児。ひょっとこ面すら華麗に付けこなして見せるぜ。
でもお兄様、狐面をデコ乗せのほうがホラ素敵…じゃなくて。
「だから、幻のお兄ちゃんの、仮面っ」
カッと目を見開いてシャドウさんを見ると、仮面が装着されていた。
「…ああ、うん。確かに幻か…」
ファントムですね。
完全にオペラ座の地下に潜んでいるタイプだ。
「…あーなーたねー♪」
「…わーたーしだー♪」
だだだだーん、でーでんっ。
じゃないよ、何一緒に歌ってんの!
「いい声ね、お兄ちゃん!」
サポート人形って喋れたの!?
しかしファントム兄貴は無言だ。そう、彼には自我はない。
当然のことで、私が指示を出さないと喋るわけがない。
更に言えば、声を想像できなければ喋らせることはできないわけで。
うん。ミュージカル調の、魅惑のボイスをすっごく想像しちゃってた。
私の無意識が彼にハモりを強要したということか。
どんだけファントム仮面の衝撃が大きかったというのか。
「…えっと。うん。喋りや動きを特訓したら、ファントム仮面でちょっとお外出てみようか」
そりゃあ少しばかり外見に違和感があるのは否めないけれど、きっと冒険者なら色々とアリなんじゃないの?(偏見)




