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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~冒険者リィと忘れられた姫君



 あるところに、樫の扉に格子の窓で捕らわれた姫君がおりました。


 建物の外へ出るなんて、もってのほか。

 理由がなければ、部屋の外へすら出してもらえないのです。


「ああ、代わり映えしない景色はとっても退屈。森もこの建物も吹き飛ばされてしまうような、強い嵐が来ないかしら」


 彼女はいつも2階の窓から外を眺めていましたが、景色は木々と木の葉に覆い隠されていて、強い風に枝葉が揺れたときにだけ、辛うじて空の色が見えるのでした。


 一日の始まりには、フードをかぶって顔の見えない侍女が起こしに来ます。

 それから、『先生』が教養や作法や、色んな授業をしに来ました。

 『先生』は決して1人ではありませんでしたが、侍女達同様、使用人達同様、誰ひとりとして顔も名前も明かさないのです。


「愚かな民、狭き世界に忘れられてしまった可哀相な姫君。いずれ来る日のためにどうか学んで下さい。いつか外に出たときには、再び、皆があなたにひれ伏すでしょう。正当な後継者は、あなたなのですから」


 『先生』はいつもそう言いましたが、捕われの姫君とってはあまり魅力的な提案ではありません。


 愚かな民も狭き世界も。

 それで幸せに回っているのなら、無理にひれ伏してもらう必要なんて、ないのではないかしら。


「世界が私を忘れてしまったなんて嘘。綺麗さっぱり忘れてくれなかったから、こんなところに閉じ込められているんだわ」


 いずれ来るという外に出られる日は、あまり素敵なことには思えませんでした。

 それでも、部屋に押し込められるだけの日々は、ひどく退屈なのです。


「未だに顔も名前も隠してわからない、この家の人達も、もうたくさん。お散歩くらいはいいでしょう?」


 唯一、顔と名前のわかる老齢の男に、姫君は言いました。


「おお、姫様。外はとても危険なのです。悪い奴らがあなたを見つけたのなら、きっと殺してしまうでしょう。あなたのお父様とお母様をそうしたように」


 姫君は誰にも教えてはいませんでしたが、実は魔法が使えましたので、そう言って笑う男の言葉が、けれども嘘だと知っていました。


 同じ建物の中で、とある部屋に閉じ込められている気のふれた女性が、本当のお母様であることを知っていました。


(あの女性は『娘を殺して、死ななくては。このままでは不幸になる』と言った)


 ここに閉じ込められていることは、あの女性にとって、恐らく死ぬよりも不幸なことなのです。


(同時にこうも言っていた。『もしもあのひとが生きていてくれるなら。せめて、あの子を連れ出してくれるなら』と)


 父親は、生きているのかもしれません。

 どちらにしても、老人の言葉を信じるだけの理由は足りていませんでした。


(それに、あなた、言っていたわね。『時が来れば、傀儡の女王を手にして必ず返り咲く。我儘な子供の相手も、一時の我慢だ』と)


 老人以外の誰をも頼れぬ環境にして。女王を仕立てあげて政治を操りたいのでしょうか。

 摂政として? 伴侶に収まって?


 姫君の魔法は、けれど戦いには向いていません。

 追求のためにと手の内を明かせば、より強固に囲われてしまうでしょう。


 こうも閉じ込められているのは、老人の手駒としてあるためなのだから。


 そうして打開の手段がない日々は続き。

 唐突に、彼女は、冒険者と出会ったのです。


「あなたが忘れられた姫君ですか?」


 真夜中の部屋に響いたのは、聞いたことのない少年の声。

 辺りをどれだけ見回してみても姿はどこにもありません。


「…誰? どこにいらっしゃるの?」


「外に。私は『忘れられた姫君とその母親を、逃がすか殺す』という依頼を受けて参りました。死か、生か。お選び下さい」


 なんとも、まあ。


 あんまりにも簡単に告げられた内容に、姫君は笑ってしまいました。

 打開の手段が、少年の姿となって飛び込んできたのです。


「あなたは、どなた? 助けていただくにしても殺していただくにしても、顔とお名前くらいは知っておきたいわね」


 この建物の中で出会う人間は、どんなにお願いしても顔も名前も教えてはくれません。

 知る必要がないと、ただ、それだけ…。

 口にしてはみたものの、きっと少年も同様であろうと、彼女は思いました。


 だから、窓が陰ったときには、とてもとても驚いたのです。

 少年は足場など何もないはずの、2階の窓の外に立っているのですから。


「失礼。お邪魔しても?」


「…え、ええ、もちろん? 騒ぎ立てたりはいたしません」


 少年は、魔法のように簡単に格子を外して背に負い、外から窓を開けました。


「まあ。あなたも魔法を使えるの?」


「…いいえ? 木製の留め具なんて、無理に抜かなくたって燃やせば取れますよ」


「だって、浮いていらっしゃるし…窓も、固定されていたと思うの」


「足場は作ってありますし、窓は昨夜のうちに開くようにしました。数日窺っていたのですが、ここの方々には、この窓は開かないという固定観念があるのでしょうね。むしろ、ここが一番手薄です」


 音もなく室内へ入り込んだ少年は、格子をそっと絨毯の上に下ろしました。

 顔を上げて、姿勢を正して一礼。


「私は冒険者のリィ。縁あって、志半ばで倒れた男性の依頼を引き受けました。依頼は女性を2人、逃がすか殺すこと。もう1人の女性は、殺すつもりでいます」


 リィの言葉には、嘘を感じませんでした。

 彼は倒れた男性の依頼を達するだけ。姫にも母親にも、興味はないのです。


「なぜ、殺すのですか?」


 別々の部屋に閉じ込められ、抱き締めてくれた記憶もない、母親。

 自分は彼女と共に逃げたいのだろうか、と姫君は考えました。

 答えはすぐに出ました。


「数日窺っていた、その結論です」


 彼女はまともに言葉をかわすこともできない状態だったはずです。

 連れて逃げるにはリィの負担が大きい。


 それにこれは、志半ばで倒れた男性からの依頼。

 ならば、彼女は、もう外に希望など…。


「私は殺さないのですか?」


「どちらでも、依頼を達せると考えます」


 そうかしら。立派な足手まといだわ。

 本当は、あまり死にたくはないのだけれど…。


 姫君は自分の身体を見下ろしました。

 それをどう受け取ったのか、リィは着ていた外套を脱いで渡しました。


 着ていた上着、それも男の子のものを貸されるだなんて。そんなことは初めてです。


 外套は少し大きかったけれど、外の匂いがしました。

 憧れた、匂いがしました。

 この外套は、リィと共に外の世界を旅してきた外套なのです。


「着替える時間はないですよ」


「はい。…それに、残念ですけれど着ている夜着が一番動きやすいと思います」


 リィは少しだけ笑いました。

 純粋に、面白いと思って笑った、ただそれだけの笑顔でした。

 この建物の中では、見たことのない笑顔でした。


 姫君を窓から連れて森へと隠したあと、リィは1人で建物へと戻りました。

 2人でひとつのこの依頼を、達成するためです。


 真っ暗な森の中に隠れる姫君はもう老人の駒ではなく、顔の見えない者達にかしずかれるでもない、ただの女の子でした。


 身を守るものは、リィが残した魔物除けと外套だけでしたが、不思議と怖くはありませんでした。


 虫の音も、木々の葉擦れも、遠くで吠える獣の声も、高鳴る胸ほどにはうるさくありません。

 先の見えぬ暗い森も、闇と同化した空も、いま惨劇のさなかにあろうあの建物も、少年の笑顔ほどには気を引きません。


 冒険者にとって、女の子を助けるのは冒険だったのでしょうか。


 だとしたら、リィは今後もたくさんの女の子を助けていくのでしょうか。


 太陽が冒険者を連れてくるまで、女の子の考え事は尽きません。


「冒険者になるのって、女王になるより難しいのかしら」


 2階の窓の外に立ったり、そこから人を抱えて飛び出したり。彼女には、少しばかり難しそうに思えます。

 リィは夜明けと共に、悩む女の子のところへ戻ってきて言いました。


「冒険者になるだけなら、登録するだけでなれるけれど。興味がお有りですか」


「はい!」


「ふふ。どうせ街の出入りには身分証も必要ですから、ついでにほんの少しだけ冒険しましょうか。姫君の自由のお祝いに」


 リィはまた、面白そうに笑いました。

 自由って、なんて幸せなのかしら。


 そうして『忘れられた姫君』は、冒険者リィの手によって、本当に世界から忘れ去られることができたのです。


 めでたし、めでたし。




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