スキマライフ!~メスゴリラって付けた奴、表出ろ。【アンディラート視点】
久し振りに、オルタンシアのドレス姿を見た。
周囲の目が驚きに彩られている。
俺自身も見惚れて、不自然に立ち止まってしまったりしたけれど。
彼女をエスコートできる、この機嫌の良さは、隠しようがなかった。
騎士や従士仲間でもなければ、彼女の勝ち取った決闘の結果でさえ、未だに信じない者も多い。
身分を笠に着て我儘を通し、剣を振り回す女らしくない令嬢。
オルタンシアの強さに納得できない、認められない男性からの評価は概ねそんなものだ。
声高に彼らが叫べば、見知らぬ者も先入観に惑わされるのだろう。
一転して、女性からの評価は、ヒロイック。
理不尽に泣き寝入りしないだけの高い身分を持ち、乱暴なだけの男よりも優雅に強く、同性ゆえに女性にも優しい。
彼女自身の「演じる」という発言通り、往々にして男が強い立場にあるこの世の中において、痛快な物語としては好まれた。
彼女が望んだように、皆騙された。
オルタンシア・エーゼレットは下手な貴公子よりも貴公子らしい、と。
…女らしくないなんて、嘘なんだ。身分を笠になんか着やしない。我儘に見えたって、きっと彼女のしたことには理由がある。
なのに、誰も知らない。
剣を扱えるから、何だって言うんだ。
俺の知っているオルタンシアは、料理が好きだ。刺繍が好きだ。楽しそうに歌いながら、美しく精緻な絵を描く子なんだ。
剣くらい気にすることじゃない、絵筆も針も調理器具も、同じくらい上手に扱うさ。
ズボンを履いたから何だって言うんだ。
薄桃色も、水色も似合う。豪奢なレースも、華奢なアクセサリーも。素朴な服も、飾り気の多いドレスも似合ってしまう。
オルタンシアは何だって上手に着こなしてしまうだけなのだから、隊服でも可愛らしさは損なわれない。
見分けもつかない、服の色見本みたいな女の子達よりずっといい。
なのに彼女の良さを、誰にもわかってもらえない。俺は、ずっと、悔しかったんだ。
けれども、今日は違う。
文句のつけようがない令嬢を、演じる。そうオルタンシアは言った。
演じる必要なんてない、だって俺を見つけて可愛らしく笑っただけで皆が見てる。
ドレスを着ただけ。
なのに、ようやく周りが認識を改めたんだ。
気分が良くないはずがない。なかった。だけど。
少し経てば俺も気づいた。
結果として、彼女に好意を寄せた男が激増したことに。
俺、失敗したのかな…いや、いつかはドレスでパーティーに出たんだろうし、俺が隠し通せるようなことじゃないかな…。
難しい。酷いあだ名を付けられたことに腹が立っていたのに、見返してやったと思った途端に、ライバルが急増するなんて。
悪意も好意も軽やかに躱して、オルタンシアは歩く。
彼女が完璧を演じるというなら、俺も完璧でないといけないんだ。
でなければ他の男に、彼女をダンスに誘う隙を与えてしまう。
…とはいえ、俺はあまり社交が得意じゃない。
最低限の挨拶は終えた。下手な相手に声をかけて、藪蛇になりたくもない。
そうだ。ダンスまでは食事をして声がけを避け、そのあとはずっと踊っていれば、誰とも歓談なんかせずに済むんじゃないか。
そう思いついて提案すると、オルタンシアは微笑んだ。
「そうね。あまり話しかけられても面倒だし、ご飯食べていようか」
「…いいのか?」
「うん。でも食べすぎ注意だよ、お腹重たくて踊れなくなったら困るもんね」
確かに。それにたくさん食べて急に動いたら、ちょっと危険かもしれない。
「これ、何だろう。美味しいよ。すごく」
オルタンシアが葡萄のような実をキラキラした目で見つめている。
デザートのトッピングみたいだ。
これだけ食べてるのか?
生でもなさそうだけど、あんまり干したようにも見えない。
「…にっが」
ひとつ摘んでみたら、意外な苦さと酒臭さに盛大に顔を歪める羽目になった。
何だこれ、果物を酒に漬けたのかな?
まっずい。にっがい。でも出すわけにはいかないから、何とか頑張って飲み込む。
通りがかった給仕がくれた水を、回りに不審に思われない程度に慌てて流し込む。
「あら、君は駄目な味か。えー、美味しい、何これジューシーなラムレーズンみたい。バニラアイスに入れたい。バターサンドしたい」
小声ながら、いつものようによくわからない言葉を織り交ぜて、まっずい実を口に入れるオルタンシアのペースが…少し早い。
「酔うぞ、こんなのたくさん食べたら」
「え、この程度でそんなわけ…いや、わかんないよね、お酒の味するんだから酔うかもね。こんなところで万が一にも醜態をさらすのはいけない。諦めよう」
困ったように微笑んだ彼女の…正面にあったはずの皿が、パッとなくなった。
思わず目を擦って見直す。
果たしてそこに皿はあった。皿だけ。
「…一皿、丸ごと消えたよな?」
「いいじゃん、きっと他の従士も子供舌だよ、食べないよ」
一切諦めてないじゃないか。
「誰かに見られたらどうするっ」
「周りから見えないように、しっかりアンディラートを盾にしたから大丈夫よ。抜かりなし子さんです!」
知らないうちに片棒担がされてた。
小声の台詞は酷いものだが、動作と笑顔は優雅で儚げだ。
ましてや離れた位置の人には、バレることはないだろう。
うーん。オルタンシアは、こっそり持ち帰りたいほど気に入ったのか。
何だったんだろう、あれ。
屋敷に戻ったら料理人に聞いてみようかな。
食事を始めてしばらくは平和だったけど、それを破るように現れたのは王子だ。
「お前達。先日は、世話になったな」
教わった常識やマナーはおいておくとして、王族に声をかけられてしまっては、受け答えしないわけにはいかなかった。
振り向いて挨拶をしたけれど、相手の目は俺ではなく、その隣をじっと見ている。
そうして俺は、王子までがオルタンシアに興味を持っていることを知った。
…ちょっと、そんな気は、してたんだ。
だけど王族だから、今後も関わることはないと思っていた。
「うん。そうしているとお前も、その、まぁ、見られなくもないな」
照れてしまって褒められない気持ち、よくわかる。
もっと褒めてやってほしい気持ちと、共感とでつい黙ってしまい、王子の言葉をフォローしてやることができない。
結構ひどい物言いだとは思うのだが、これで喜ぶ令嬢も一定数いる。
きっかけが何だって構わずに、ただ、王族の目に留まりたいのだ。
しかし言われた言葉がオルタンシアを喜ばせることはなかったようだ。
笑顔こそ崩していないが、多分また、斜め上なことを考えているんだろうな。そういう目をしてる。
「百合のひとつもあれば、髪に差してやったのに」
流行の花をあしらうドレスには、注意すべき点がある。
剣を見てくれている父の知り合いから、訓練中の雑談で、くれぐれも気をつけるようにと言われていた。
百合の花は仮契約だ。
男が百合を選んで抜き取り、相手の女がそれを受け取ったならば、それは婚約打診と了承の返答となって周囲に見える。
実際に婚約が成立するかどうかは別として、そのくらいの好意を示す指標として使われるのだ。
元々、パーティーにおける密やかなルールで、百合の意匠の小物を贈るという好意の示し方があるのだそうだ。
密やかなはずのそれが、ドレスの流行で派手に表に出てしまい…何にせよ花を取って相手に飾るこの流行は、あまり上品な行為ではないという話だった。
他の花にも意味はあるらしい。「子供ばかりのパーティーだから大事には至らないと思うが、とにかく百合にだけは手を出さないように」と強く言い含められている。
オルタンシアに百合を飾りたがる…つまり、この王子は彼女を妃にと望んでいる。
王族に望まれて、否と答える貴族は、きっといない。
リーシャルド様も、娘が王族に嫁ぐことは最高の幸せだと思うだろうか。
オルタンシアは百合の意味を知らないようで、そっと首を傾げていた。
王子の意図を知られるのが嫌で、万一にも応えるのは見たくなくて、オルタンシアを背中に隠す。
王子からは、婚約者ではないのなら邪魔をすることもないだろう、という意味合いの発言をされた、のだと思う。
実際、俺は何でもない、ただの幼馴染み、だ、けど。
少なくとも今日の彼女は俺のパートナーだ。
俺のために、男装して進めた某かの計画を曲げてまで、綺麗に装ってくれたんだ。
どうしてもそれ以上、オルタンシアを王子の目にさらす気にはならなかった。
幸いにもダンスを踊ったことで、王子から距離を取ることができた。
ピュルトレイカを踊り通したあとには、王子がまた話をしようと近付いてくることはなかった。
「オルタンシア、踊っているときに何かした? かく傍から汗が引いたんだけど」
あれだけ踊ったのに大して暑くもならず、バテにくかった。
奇妙なこととは、大体オルタンシアが起こすものと相場が決まっている。
「うん。アイテムボックスにしまってみたよ。前にも手についた獣の臭いとかがしまえたから、できるとは思っていたけど。これはなかなか快適だよね」
ほら、案の定、彼女の仕業だった。
「けど…うーん。アイテムボックスの中が思ったより悲惨かな。狭めの一部屋をゴミ箱に設定するつもりでやってみたけれど…この熱気と汗…結構むわっとしてるわ…密閉空間だからか、なかなか冷めない」
「何してる。今すぐ返せ、恥ずかしい」
適切な言葉かどうかはわからないが、反射的に言う。何かとてつもなく嫌だ。
今、汗だくでないのは助かるけれども…代わりに汗まみれのシャツを女の子に押しつけたようなもんなんじゃないか。
顔をしかめて「臭い」とでも言われたら、事実であっても衝撃は大きい。
「んん。えっとね、ゴメン、返せない」
「どうしてだ、困る」
もしもアイテムボックスに臭いが残りでもしたらどうする。
元々オルタンシアがやったことだし、それで嫌われるわけでないとわかってはいるけれど、割と本気で困る。
「私と君のほかほか汁は分けてない。もう、どっちのか判別つかないよ。これは私が責任持って地中深くにでも埋めますゆえ」
理解はできたけど、言い方を何とかして欲しかった。
普通に汗が混ざるって言…、え、いや、なんかそれもアレな…。
様々な理由で赤面してしまうのは、俺だけのせいじゃない。
内心で慌ててしまうけれど、笑顔のオルタンシアには、そんなことはわからない。
「そんなに真っ赤にならなくても、こっそり嗅いだりしないって。ちゃんと捨てるよ」
されたら困るけれども!
そもそも、そんな心配はしてないよ!




