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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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54/303

VS王子(二対一だ!)



 特別従士任命イベントは案外あっさりと終わった。


 アンディラートの有望性を認めるという内容を、喉に詰まるくらいのオブラートでぐるんぐるんにした遠回し言語で王様が発表。

 特別従士証なる物を賜って終了だ。


 王子と姫の顔は実のところすっかり記憶から飛ばしていたのだが、豪華服な白…銀髪の子供達が王様の横に並んでいれば、さすがに間違えようがない。


 しかしイルステンが脅してきた割には、何があるわけでもなかった。

 一緒に並んで立ち、従士証を受け取るアンディラートをにこやかに見つめ、エスコートされて外周に戻るだけのお仕事だ。


 その間に値踏みされているというのなら、存分にするといい。

 ケチなんてつけようがない淑女っぷりだもんね。

 自信満々。


 ただ…王子がメッチャ見開いた目でこちらを見つめてきていたのは、ちょっと…あちらのご教育に難があるのではと思う。


 目を向けられたのが、例えばお妃の座狙いのご令嬢であっても、ドン引くんじゃないかな…あのクワッ!て睨みは。


 この場はアンディラートの特別従士任命式でもあるが、害獣掃討の年度終わりの打ち上げパーティーでもありつつ…今年は4年に一度の豪華版パーティーなのらしい。


 なぜオリンピック頻度…と突っ込みたいところだが、豪華版パーティーには大人達の深い悩みが込められていた。


 過去に脳筋すぎる従士が自宅での教育を上手いことサボり続け、パーティーの作法も覚えぬまま成人する前例があり、騎士になってから大変困ったのだという。

 …主に周囲が。


 騎士とは人目のある場では、誰よりもカチッとキチッとしなければならないものだ。

 騎士になろうってんなら正式な場もちゃんと経験しておけよ、せめて一度くらい! という教育の場なのだろう。


 でも、毎年豪華パーティーで教育してやれるほどの余剰金はないのです。


 従士隊は国営ではない。寄付金運営だ。

 元々は、騎士になりたい子供達をもう少し前から応援してあげようよ、という有志によって創立された機関で、先生役の騎士は騎士団にお金を払って派遣してもらっている。


 普段の打ち上げなんてもっとずっとライトな感じだし、4年に一回の方も、本当は食事や装飾ももっと控えめで、ここまで豪華なものではないのだという。


 今回は来場者も妙に多いらしい。

 王族が来ているから、そのせいでのイレギュラーなのだろう。


 王族来る→周囲の偉い人も来る→取り巻きが集う→顔繋ぎしたい人や野次馬が寄り付く→従士の身内や従士に興味がある人向けに開放しているはずなのに、本来の客層の肩身が狭い。(今ここ)


 …うん。イレギュラー、なんだよ…。


 有名な楽団が呼ばれちゃったらしく、失敗できない発表会みたいな空気のせいで、従士達がダンスに尻込みしている。


 そんな彼らを引っ張り出そうと大人達が率先して踊って見せているものの、却ってハードルが高くなっていた。


 本来なら従士隊の内輪イベントなのに、全然輝けない従士達。

 お陰様で目立たずご飯が食べられます。


「お前達。先日は、世話になったな」


 うわ、王子このヤロウ。

 食べてるときに話しかけるのはマナー違反だよ!


 背後からかかった声に、私よりも早くアンディラートが皿を置いて対応する。


「殿下。その後、怪我…お身体の具合は如何ですか」


「大事無い」


 人に話しかけられたくないから、歓談の空気が落ち着くまで食べていようと思ったのに…。


 王族のくせにまさかの失敗をしてくれた王子は、私がもぐもぐしているのに今気がついたらしい。

 一瞬困ったような顔をしたくせに、フンと鼻を鳴らして顔をしかめてきおった。


「…そんな格好だから、どこのご令嬢かと思えば、決闘従士のエーゼレットではないか。女のくせによく食べるな」


 ははは、こやつめ。

 マナー違反をしておいて、更に女子を貶めようとは見下げた王子様である。


 全く、気をつけていただかないと。王族の発言とは、一般人よりも影響力があるというのを知らないのだろうか。

 決闘によるオテンヴァ・イメージで今更だから、私に影響はないけども。


 それでも今日は令嬢モードなので、お淑やかに笑いかけてやる。


 よし、ここで顔にグーパンだ。その帆立貝みたいな形に結ばれた首の白いスカーフ、鼻血染めにしたれぃ! …なんて脳内でメスゴリラごっこをしていたら、思いのほか気が晴れていたなんて言えない。


 一人でお手軽に機嫌を直した私は、当たり障りのない答えを返すことにする。


「ええ、今日はパートナーとたくさん踊る予定ですから体力をつけておこうと思いまして。…ねぇ、アンディラート様?」


 食べるか踊るかしていないと、アンディラートが青田買い貴族か結婚願望淑女にハンティングされてしまうしね。


 馴染みのないご令嬢が覚えられないと嘆いていた彼は、自分に害のないご婦人なんかは判別できていた。

 人の顔が覚えられないのではなく、同年代のご令嬢方が同じような格好すぎて区別が付かないだけのようだ。


 私のダンス祭り発言に、隣でちょっと嬉しそうにアンディラートが笑ったので、彼も踊り狂う気でいるらしいことがわかった。


 では計画通り、ピュルトレイカが始まったら、五楽章ぶっ通しで踊ろうか。


 汗をかきすぎないようにと皆が一楽章ずつで入れ代わる中、無心に踊り続ける一組。

 …あれ、これ修行か何かかな?


 しかし決行すれば、アンディラートが対応にお困り中の初対面淑女なんかは、きっとあまり寄り付かなくなるだろう。

 下手に関わって、あんな苛酷な踊りに誘われると困る!と怯えられるはずだ。


 …と、王子がギロンギロンとこちらを値踏みするような目を向けてきたので、驚いて思考が現実に引き戻された。


 やっぱりこの王子、変な生き物だな…。

 私のクズセンサーは今のところ反応していないけれど、なにせ相手は王子様だ。

 地位的にチヤホヤされすぎて「俺最強」みたいな思想に染まっているかもしれない。


 顔も整っているような気がするし、理不尽的存在(イケメン)の可能性があるな。

 あんまり近付きたくない。

 軽く引いているところに、王子様は半ば暴言染みた発言をしてきた。


「うん。そうしているとお前も、その、まぁ、見られなくもないな」


 …え。


 何だい、その、ツンデレが褒め逃したみたいな台詞。


「そう、ですか?」


 生憎だが、こちとら全力の美少女だ。


 しかも今は完璧令嬢モード…見られなくもないどころか、褒め讃えられて然るべき存在。

 もうこの美の化身っぷりは、目が合ったら勢いでプロポーズしちゃっても仕方ないって感じよ?

 あ、いや、さすがに言い過ぎた。調子に乗りました。


 だけど、この、お母様とお父様の奇跡の遺伝子シンフォニーたる私の容姿に文句をつけようとは…こやつ、もしや敵かな?


 真顔になりかけるのを必死に堪えた。


「花飾りはないのだな…」


 王子がちらちらと私のドレスを見ながら言う。

 様々なドレスを見る機会に恵まれる王族であっても、あの珍妙な生花ドレスには特に違和感を抱かないらしい。


 …そうか。やはり、ここでは私の感覚がおかしいのか。

 どう考えても変だと思うんだけどなぁ。生花。


「ええ。踊る際にフロアを散らかしてしまってもいけませんから」


 確かに私は少女マンガにでも出てきそうな睫毛バシバシの美少女だけどね、物理的に周囲に花を飛ばすのはご遠慮したいな。


「百合のひとつもあれば、髪に差してやったのに」


 …えぇ…? 百合なんて縫いつけて踊ったら、花粉も飛ぶよ。

 それに私の髪型はこれで完璧なのだが。どこに花を差す気だね。


 まさか、てっぺんとか悪ふざけは…ぬおっ、アンディラートが急に一歩前に出た!

 …背に庇われる格好になったため、王子が一切見えません。


「何だ、ルーヴィス。お前とて百合を飾ってはいないのだろう」


「オルタンシアは生花を好かないので」


 いや、そんなことはないよ。ドレスに縫いつけたくないだけです。

 そのまま、王子と私の間に立ち続けるアンディラート。


 これは…とても視界不良だ。


 まだ話し中でご飯も食べられないし、とりあえず後ろ姿でも観察して暇を潰すか。

 しっかし、前に立たれるとこうも向こうが見えないくらい、大きくなっていたとはなぁ。


 あー、でも考えてみればアンディラートは私よりもひとつ年上だから、もう1年…とちょっとくらいで成人するのか。天使が騎士になるのだな。


 こっちの成人は早…、えっ?


 い、いつの間に、うちの天使から子供らしさが失われきったの!?

 背が伸びたのは知ってたけど、肩幅なんかも、こんなにがっちりしてきているとは。


 …そんな…ほんわか天使かと思ってたら、ぬりかべだったでござる…?


 い、いや、ぬりかべが天使でいけないなんて理屈はないし。

 大丈夫、彼の後頭部は相変わらずまるっとしているし、笑顔も可愛い。

 癒しは失われていない。それは確かだ。


 全私が天使の正否について脳内論争を繰り広げている間も、不可解な沈黙で相対し続ける王子と幼馴染み。


 そういえば王子は、アンディラートも百合を飾っていないとか言っていたな。


 知らない間に、男子が百合を髪に飾る時代が来たのだろうか。

 …いや、ないよなぁ…でもなぁ…珍妙ドレスが流行する世界だからなぁ…。


 念のため、まだ向こうにいるだろう王子様に問いかけておくか。


「…殿下。百合を、殿下の髪に差したかったのですか? 男性の流行ですか?」


「…な、なんでだ! 違うわ!」


 ですよね。


 やっぱり生花ドレスじゃなくて良かったわ。

 服についてる花を他人にむしられるのも、それを頭にぶっ差されるのもごめんだ。


 小さくアンディラートの肩が揺れた。こちらからは見えないので、わからないが…もしや笑ってるのかい、アンディラートさん。


 ちょっとだけ視界が確保され、私は斜め前方に生花ドレスの女子を見つけた。


「あ、殿下。あちらのご令嬢のドレスに百合が縫い付けてあるようですよ」


「…ふうん…。…エーゼレット、もうじき曲が終わるな」


「はい、そうですね」


 見知らぬ令嬢のドレスを生け贄に差し出すも、華麗にスルーされた。

 せっかく百合を発見したのに、むしって来ないのだろうか。


「ルーヴィス、そこをどけ。次のダンスにパートナーを借りていく」


 言われた言葉を脳が理解するのに、一拍程かかってしまった。

 しかし次の瞬間、アンディラートと私は同時に口を開く。


「駄目です」


「お断りします」


 …予期せぬ猛反対を受けた王子は、ポッカーンとしていた。

 うん。反射で出ちゃった。今のはちょっと淑女らしくなかったよね。




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