王子と姫「I'll be back」
ドレスの購入を希望したところ、お父様は予想以上に喜んでくれた。
やっぱり、お母様似の可愛い娘が男装することには思うところがあったのかしら…。
とはいえ別に贅沢で新調するのではない。男装していた間は私も役作りに徹底していて、ドレスを一度も着なかったのだ。
成長期なので、さすがに以前のドレスはもう着られない。
型落ちのつんつるてんでは、嘲笑モノどころか会場入りを拒否されてしまうかもしれない。
「今からでも最新のドレスをフルオーダーしたほうがいい。納期に無理をさせてでも、娘が笑われるような真似は出来ないよ」
「いえ、お父様の名を使ってまで急な仕立てを強要するのはいただけないです。それに、最新のドレスはいまいち好みに合わなくて…。流行とは言っても、流されるだけではいけないですから」
最新と聞いて、私は苦い顔を隠す。
いやぁ…アレは着たくないんです…。
既製品なんてとんでもないと言いたげなお父様を、セミオーダーに自分で手を加えてみたいのだと何とか説き伏せる。
描き溜めたデザイン画もいっぱいあるから、リメイクデザインには困らないよ。
レースとかも、いっぱい編んであるから。
お母様の娘として、恥ずかしい格好などするわけがないのだとまで言い切れば、お父様は納得したようだった。
ええ、お母様の娘として凛々しく美しく男装しましたが、何か?
「それにしても、相変わらず黙認されているのだね。年頃の令嬢が男ばかりの場で騒ぎ立てるなんて。…オルタンシア。お前も今後は間違っても、従士隊の回りを一人でウロウロするなんてことをしてはいけないよ」
私の話を聞いたお父様の、嫌悪を含んだその言葉に、ちょっと驚く。
理解が及ばない私に、お父様は説明してくれた。めぼしい従士に群がるあのご令嬢達は、家の命令でそうしているのだそう。
部活帰りの男子に集うファンクラブみたいな漫画的イメージで見ていたから、実は私、あの図に違和感を感じていなかった。
けれども言われてみれば、確かに。
貴族の子女が一人の男性を囲んできゃいきゃいと、遠回しにでもお誘いを求めるだなんて、はしたないに決まっている。
彼女らを連れてくるのは家の馬車だし、御者や護衛は近くで待機しているのだ。
「もはや風物詩のような目で見られているが、成人前の子供の小さな憧れだから、という建前で行われる婿候補の争奪戦だよ」
まさかのハニートラップであった。
親に言われたからいい顔をして見せているだけで、好意を抱いたから押しかけてきたわけではなかったのだ。
私の幼馴染みの良さを認識してくれた、微笑ましいファンの子達だと思っていたのに…ガッカリだよ。
貴族だから政略結婚は当然なのだけれど…これはアンディラートがご令嬢がたを見分けられなくても、一切罪悪感なんて抱く必要はなかったね。
「特別従士の任命のために王族がいらっしゃると聞いたのですが、本当ですか?」
「ああ、そうだね。今回は陛下自らお出になるそうだよ」
うわぁ。
やっぱり、王様って変なところで暇なのだろうか。
「姫と王子も顔を出すそうだ」
「えっ」
また襲撃フラグじゃないでしょうね。
アイテムボックスに、各種準備を忍ばせておいたほうが良さそうだ。
万一彼らが誘拐されたら、追跡にこっそり加わる可能性がある。着替えと非常食も足しておこうかな。
あれ、そういや王妃は?
王妃様だけ来ないの? 不思議…でもないか、勢揃うほうが何事かと思うか。
「アンディラートがお前をエスコートするのならば、ちょうど良かったね」
ん? どういう意味だ。
疑問符を浮かべた私に、お父様は笑顔見せた。
「王子からお前のエスコートの打診が来ていた。それくらいなら私がパートナーを務めるからとお断りしておいたのだよ」
「えぇ…?」
こんなところで王子が出てくるとは。
パートナーが決まっていて助かった。王子とは意思の疎通ができる気がしない。
断っておきながら会場で一人でウロウロしているのを見つかったら煩そうだし、かといって王子がパートナーではさすがに男装も不可…女装では周囲に誤解を与えかねない。
宰相の娘は、あまり王族に近付かないほうが良い。
でないとお父様が、娘を使って王族に取り入ろうとしているように見える。
高官が王の縁戚になろうとするのは世の常だ。
それを巡って、水面下で足を引っ張り合おうとするのもね。
「…まさか、お受けしたかったかい?」
「いえ、したくないです。一度会っただけなのに、打診された意味がわからなくて。本来であれば男装の予定だったので、お断りいただいて助かりました」
つい素の嫌そうな顔が出てしまったが、お父様も「そうだよね」と笑っていた。
お父様はこれ以上の権力なんて望んでいらっしゃらないのだから、娘の私が周囲に誤解を生む行動などするはずがない。
…本当に、なんで打診なんて迷惑な…あっ、もしかしてこの間のハンカチのお礼に誘ったつもりかな。有りえる。
全く、身分が高いとお礼も上から目線で困るわ。
顔と名前を覚えられて嬉しいだろうとか思ってんじゃないの。
エスコートなんて出血大サービスってか。
…いや、実際、普通の貴族令嬢なら大喜びの場面なんだけどね。
「お父様にエスコートしていただけないのは残念ですけれど」
「ふふ。本来であれば父親の役目ではないから、仕方がないね」
ですよねぇ。
幼い子供のお披露目だって、パートナーを務めるなら年の近い異性だ。兄弟ならまだしも、親が相手を務めることはない。
「…オルタンシア。娘の姿に戻るのならば、ついでに近々、紹介したい女性がいる」
来た。
私はできるだけ、何でもない顔に見えるようにと努力した。
「わかりました」
私に紹介するのならば、もう後妻は確定したということだ。
確定したなら顔合わせをして、籍を入れたらもう阻むものは何もない。この家に一緒に住むことになる。
お父様はお父様で、私に話をするタイミングを図っていたのだろうか。
「今回のドレスとは別に、今後のために用意はしておきなさい。あまり派手にはしないが、相手のお披露目はせねばならない」
大きな手が、私の髪を梳いた。
おとぎ話のようだった、お父様とお母様。
仕方のないことだとわかってはいるけれど、…大切にしていた夢が、覚めてしまうような心地だった。
後妻に無条件の愛など期待できない。
継子はただでさえ、微妙な関係だ。
あまり嫌われなければいいのだけれど…。
大好きなお父様との関係が悪くなるのは耐えられない。
だから私は、新しいお母様を、できるだけ大切にしよう。




