あ、特別従士ってホントにあったんだ。
皆がようやく日常を取り戻し、事件を忘れかけていた頃にそれは起こった。
呼び出しではなく、帰りがけに騎士に呼び止められてのお話であったため、成り行きで一緒に話を聞いてしまう。
「特別従士に任命することに決まったよ」
「…特別…ですか? 専属従士のお話なら先日もお断りしましたが…」
突然、謎の従士に任命され、呆然とするアンディラート。
打診も何もなく決定されるというのも、困惑した理由のひとつだったろう。
「専属従士にしたいとの申し出は複数あったのだが、本人が望まぬものは仕方がない。しかし一般の従士と同じ扱いも如何なものかと上で話し合われていてな。結果、こうなった。特別従士制度というものは対象者が少ないためにあまり知られていないが、伝統ある制度だ。安心していい」
有望さや功績を認められた従士は本来、専属従士として引き抜かれる。
引き抜いてくれた騎士の身の回りの世話をすることと引き換えに、騎士隊の所属になり、一足早く騎士の仕事や訓練に関わることを許されるのだ。
成人と同時に騎士となることを約束された専属従士は、従士隊に所属している者達の目標だ。
しかしアンディラートは幾度か打診された専属従士の話を断っていた。
十四歳になったらきちんと試験を受けて騎士隊に入りたいというのがひとつ。
幾つかある専属従士のお得ポイントである、人脈作りに興味がないのがひとつ。
更には、他人の世話をしている時間があったら自分の訓練に当てたい…そんな理由からだ。
アンディラートは従士隊の訓練以外にも、ヴィスダード様とその紹介による騎士や冒険者に稽古をつけてもらっているらしい。
そんな彼にとって、騎士隊訓練の早期体験はそれほど魅力的なものではないようだ。
「不勉強で申し訳ありません。特別従士とは、どのようなものなのですか?」
気を取り直したアンディラートの質問に、目の前の騎士は「うむ」と頷いて答える。
「育成上有用と思われる騎士隊の任務に同行することが許される。同行の際は部隊長付きの扱いだ」
「…所属は、どちらになりますか?」
「普段から騎士と行動を共にするわけではないので、所属は従士隊のまま変わらない」
ちらりとアンディラートは私を見た。
何ですかな?
わからないけど、反射的に、にっこりと笑っておく。彼は一つ頷き、騎士に目線を戻した。
えっ、本当に何だったんだい?
「騎士隊の入隊試験は免除にはならないが、推薦枠というものになるので、まあ余程のことがない限りは騎士になれると思うぞ」
騎士隊に入るのであれば試験を受け、きちんと実力を知りたいと言っていたアンディラートには、悪い話ではないだろう。
しかし、問題は、そこではなかった。
専属か特別かという話ではない。
これは、アンディラートの功績が認められた、わぁ良かったねと喜ぶだけの話ではなかったのだ。
そのときの私達はまだ、気が付いていなかった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
イルステンが私の隣を陣取っている。
…離れて歩いてくれませんかねぇ…。
ちょっとイラッとするけれど、顔には出さずに何とかスルーを決め込む。
「チッ。見ろよ。また囲まれてる」
しかも悪友みたいな感じで、つらっと話しかけてきやがったか。
何なのよ、その舌打ちは。
「選択肢は多いほうがいいのでは?」
仕方なくそう言葉を返すと、訝しげな視線が寄越された。
「お前…それでいいのか?」
「質問の意味を理解しかねるな」
遠くで女の子達に囲まれているアンディラートをじっと見つめる。
とりあえず、遠征中以外は日々一緒に帰るという約束をしているので、待つよりない。
焦れたようにイルステンはハーレムの如き集団を指差した。
「だって。あんなに女に囲まれてるんだぞ」
「パートナーは早急に必要なものだよ。この状況で、男に囲まれているよりは余程いいと思うが」
「ここのところ、連日だぞ!」
当たり前である。
名の売れた従士は、優良な婿候補。だって、騎士になったら出世コースに乗ることが予想されるからね。
ファンは付くもの、青田買いの手も伸びるもの。
あれは、今度アンディラートが出なければいけないパーティーの、パートナー候補の令嬢達だった。
周りに集まって「私を誘って♪」とアピール大会を開催しているのだ。
ただし、正しく貴族らしい、ものっそい遠回しな言い方で。
そのため、女性の扱いに不慣れなアンディラートはイマイチ集われている理由を確信しきれず、困惑していた。
誰かがわかりやすく「私、パートナーに立候補してます」と言ってくれたら、即その人に決まるかもしれない。
こればかりは脳筋ヴィスダード様には育成しきれない分野だったのだ。
「君がもてないのはわかったけど、それを彼と並べて考えても仕方がないんじゃないかな」
「ばっ、馬鹿野郎っ、俺はもてないわけじゃないっ!」
「そうかい。ならば彼に噛み付く必要もないだろう」
「あんなに言い寄られているのに、パーティーはもうすぐなのに、だらだらと相手を決めないから悪いんじゃないか!」
暇潰しに会話をしてしまったことで、イルステンは更にヒートアップしてしまった。
無視したほうが良かったかな?
しかしながら、イルステンの悪し様な言いようでは、まるでうちの大天使が女の子達を弄んででもいるようだ。
変な噂になっても困るので、私はアンディラートを擁護したいと思う。
「彼はねぇ…とてもシャイなのだよ。親しくもないご令嬢に声をかけるのは、なかなか難しかったのだろうさ。当日までにパートナーが決まっていれば何の問題もないじゃないか」
「お前は? お前でいいだろ!」
「打診はされたがね。私だと男装で行くことになるだろう? さすがにお勧めできない。お相手はよく選ぶようにと言い聞かせてある」
「はあぁっ!?」
イルステンが大きな声を上げたので、アンディラートはこちらに気が付いた。
慌てたように令嬢達を振り切り、こちらへ駆けてくる。
「オルタンシア! 遅くなってすまない」
「待つのは構わないよ。可能ならあの中のどなたかにパートナーをお願いしてきたら?」
「…少し考えさせてくれ」
「そう? じゃあ帰ろうか」
追求せずに帰宅を申し出た私に、アンディラートは頷いた。




