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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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45/303

スキマライフ!~遠征とS氏の出現。【アンディラート視点】



 廃村となった集落には、獣が住み着きやすい。

 寝床には雨風防げる屋根や壁があって、畑の跡や周囲の森には食べ物もあって、けれど邪魔な人間はおらず暮らしやすいからだ。

 同じことは、魔物や魔獣にも言える。


 だから今回の遠征では、以前に魔物に襲われて壊滅した集落の跡地2箇所を巡っている。

 まだ新たに人を入れて集落を復興させるような段階にはないが、放置が過ぎればただの荒地となってしまう。

 時折、人の手を入れる必要があった。


 どうやらお決まりの物語とは違って、騎士とは馬に乗って剣を振るうだけが仕事ではないようだ。

 草刈りと小型の害獣掃討に勤しんだ騎士達は今、鎧をつけていないせいもあり、…野良仕事上がりの村男にしか見えない。


 廃村の手入れは個人レベルの問題ではない。

 行政の指示で行うべきものだし、魔獣を退けて目的地を整備するには剣の腕と体力の両方が必要になる。


 草刈りやらのためだけに労働者を雇ったところで行き帰りの護衛はしなければいけない。

 ならば作業自体も、訓練を兼ねた遠征でやったほうがいい。主に経費の面で。


 長期に渡り滞在しなければならない開墾ならば、護衛も兼ねて冒険者上がりの人間を雇うこともあるだろうが、生憎と今必要なのは一時的な力仕事だ。


 国に雇われている以上は魔獣と戦うだけが仕事ではない。


 …ということを、俺は同行した従士に、道中延々と説明していた。

 いや、多分彼も内心では理解しているのだろう。

 一応、騎士団長の息子なのだし。


「アンディラート」


 馬に餌をやっているところに声をかけられ、俺は顔を上げた。

 イルステンだ。


「何か手伝うことはあるか」


「いや、こっちの世話ももう終わる」


「そうか」


 頷きを返して、彼は側にあった荷車に腰を下ろした。

 本来であれば、組んだ騎士の元へ戻り、指示を仰がなければいけないところだ。

 けれど飼料袋の口をきつく縛ってから、俺もその隣に座った。


「おい。聞けば、お前はこの隊とばかり行動しているそうだな」


 イルステンが不満そうな顔をして言う。

 また、説明のお時間がやってきたようだ。


 彼はいつも、しかめっ面をしているような気がするな。

 そんなことを考えながら、言葉を返す。


「他の隊にも付いて行ってはいるけれど…お誘いが多いということは、ここで学ぶべきことが多いという騎士方の判断なのだろう」


 イルステンの仮の主となる騎士が見回り班になってしまったため、見回りから戻るまで彼の面倒を見るのが俺の役割になっている。

 同一の隊に複数の従士が同行する場合、年上のものにその役割が与えられるのは珍しいことではなかった。

 イルステンとは顔見知りであるだけ遠慮もなく、やりやすくもある。


 相変わらずオルタンシアには突っかかるらしいイルステンではあるが、俺や他の従士に対しての口調と態度は初期より随分と軟化していると思う。

 騎士に対しては、元々態度が悪くはないようだし。


「専属にはなれそうか?」


 問いかけてみれば、相手は小さく唸って考え込んだ。


 正直俺も、成立しないのではないかと思ってはいる。

 傍から見ていても、如何にも互いの相性が悪いのだ。


「…ん? 戻ってきたかな」


 人の声が大きくなったようだ。

 見回りの騎士が戻ってきたのだと見当を付けるも、妙に騒がしい。


 何かあったのだろうか。

 従士同士、顔を見合わせて、同時に立ち上がる。

 声は遠くてよく聞こえないから、ざわつく騎士達のほうへと見に行ってみることにした。


 長身の騎士達の輪。

 よく見えないからと位置替えを繰り返しつつ近付いて見ると、そこには。


「廃村になったことは知っていたのだろう。なぜあえてここに?」


「探している者が、人目を避けて移動していると思われましたので、それを追うような経路を取っております」


「口先だけでは、自身にやましいことがないという証明にはなるまいな」


 騎士に問い詰められている軽装の男が一人。

 ふらりと散歩でもするような出で立ちの旅人は、ただ異質だった。


 男は落ち着いた様子だが、却って、人気のない場所で何をしていたのかと不気味に思える。

 不審者として捕まるには十分だ。


 十分ではあるのだが。


「…サトリ!」


 思わず駆け寄ってしまっていた。

 周囲の騎士が不思議そうに道を開けてくれる。


 あれから何年経っただろう。

 記憶だって薄れてしかるべきだった。


 だけど、忘れもしない。


「お久し振りです、アンディラートさん。私を覚えていらしたのですね」


 相手はそんなことを言った。

 こっちの台詞だった。


 俺が覚えていたって、相手は忘れていて当たり前だった。

 だって、サトリにとって俺はオルタンシアのオマケだったはずなんだから。


 …俺にとっては?


 一度目は、オルタンシアが、とても必死に追おうとした男。

 二度目は、オルタンシアを、周囲が見えなくなるほど泣かせた男。

 俺の知らないオルタンシアを知っている男。


 俺は背も伸びたし、強くだってなった。

 それでもまだ、きっと彼女は、何も知らない俺よりもサトリを頼るだろう。

 そんな思いが拭えない相手。


 恥ずかしいけど、だから、こんな女々しく顔を覚えていたりするんだろうな。

 サトリには何の落ち度もないのに、俺が勝手に複雑な思いを抱いてるんだ。


「知り合いか、アンディラート」


 隊長が目を細めている。

 俺はできるだけ落ち着こうと、深呼吸を三つ。


 オルタンシアの話の通りならば、サトリは普通の人間じゃない。

 何しに来たんだかは知らないが「仕事中」で、かつ「いい人」のはずだ。


「はい。特殊な仕事をしてはいるようですが、他者に無闇に危害を加えたりはしないと思います」


 本当はサトリのことなんて何も知らない。

 だけど、オルタンシアがとても感謝していると言っていた相手だ。

 きっと騎士に捕まって困っているだろう。できる限りのことはしたいと思う。


「どういった知り合いだ? ヴィスダード隊長の関係か?」


 そうだと答えたほうが簡単なのだろうが、俺も父上も嘘が苦手だ。問い詰められればボロが出る。

 だから、確実に俺がわかることだけを言った。


「いいえ。従士オルタンシア・エーゼレットが教えを受けていた人物です。彼には二度会ったことがあります」


 一度は見かけただけだが、会ったことに変わりはないだろう。

 周囲がどよめいた。


「あの決闘従士の師…」


「では、宰相と縁のある人物か」


「特殊な仕事と濁すのもそれなら理解できるか」


「宰相の部下ならもう少し怪しまれないようにするのではないか?」


「だが逃げもせず堂々としていたのは、何も話さず捕まったところで簡単に釈放されるからだろう」


 そして、案の定色々と憶測が飛び交っている。

 俺はどの声を肯定も否定もせずに、ただ隊長に申し出た。


「必要であればアンディラート・ルーヴィスの名で身の証を引き受けます。…サトリ、それでも大丈夫だろうか」


 もしもサトリが犯罪に関わっていたらマズいどころの騒ぎじゃない。

 祈るような気持ちでサトリに振る。


「お手数をおかけ致します。先程申しましたように人探しをしているだけですので、やましい所はございません。助かります」


 大丈夫ってことだよな?

 真実なんて何もわからないのだから、信じるか信じないかしか選択肢はない。

 そして、俺は信じる。


 サトリにはあっという間にするりと去ったり、道端でアイテムボックスの練習をしても周囲に気付かせなかったりと、不思議なことができる。

 今だって、逃げようと思えば逃げられるのではないだろうか。

 そうしないのはきっと、本当にやましいところがないからだ。


 サトリを連れて人の輪から出ると、今度はイルステンからの追及を受ける。


「…本当にオルタンシアの師匠なのか? まともに剣が振れそうには見えない」


 胡散臭そうに見られているサトリは、じっとイルステンを見返した。

 黙って見詰め合うこと10秒。結構長い。


「そうですね。ですが人を外見だけで判断するのはお勧めできません。オルタンシアさんも剣を振る場合には、私と同様に体格に左右されるところではない方法を用いるでしょう。逆に、そういったことができなければ、私もこの場にはいないのです」


 なんか、それっぽいことを言った。

 周囲は聞き耳を立てていたので、騎士達も少しはサトリが師であることに納得するかもしれない。

 …意味するところは多分、身体強化なんだろうけど。


 そんな曖昧な言葉でのらりくらりと追求をかわしていたサトリだったが、不意にイルステンへと言葉をかけた。


「ところで、オルタンシアさんに思うところがあれば、きちんと伝えていただいたほうが間違いがないかと思います」


「なっ…! 何だよ、思うところなんてないっ!」


「そうですか。あなたの言動から察するに今まで、オルタンシアさんは掛けられた言葉をそのまま受け取っているのではないでしょうか。お気の毒ですが、あまり良い傾向には思えません」


 2人は、予想とは違う方向に賑やかになった。

 慌てて間に入り、騒ぎ立てようとするイルステンを宥めて落ち着かせる。


「サトリ。イルステンは少し素直じゃないところもある。あまり刺激するようなことは言わないでほしい」


「申し訳ありません。確かに出すぎたことでしたね」


「えっと、そういうわけじゃないのだけれど…」


 なんて言ったらいいんだ。

 少なくとも悪意は見えなくて、俺も困惑する。

 サトリはイルステンとオルタンシアを仲良くさせたいのだろうか。


 しかし、一応、イルステンは専属従士になるかどうかがかかっている。

 遠征中の態度だって評価に影響するんだ。

 相性の問題で成立しなかったとしても、隊内で喚いて心証を下げていいということではない。


 そんなことは、サトリが知るはずもないのだから、仕方なかっただろう。

 サトリが何を言いたかったのかはわからないが、イルステンには思い当たる節があったようだし。


 俺が身元の保証をしたためにサトリは解放されることとなったが、結局は騎士隊の野営地にて一泊していくことになった。

 捕縛して事情聴取をしていた以上、サトリ個人での野営設営が間に合わないだろうことへの配慮…という名目だ。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*




「私も同行しても良いでしょうか」


 サトリが声を掛けてきた。

 少し自由な時間ができたから、俺は集落内の散歩を許可してもらったところだった。


 隊長は不審そうにサトリを見たけれど何も言わず、こちらに目でどうするかと問いかける。


 特に断る理由はない。

 むしろ 顔見知りであると説明し身元の保証までしたのに、同行を拒むのもおかしな話だろう。

 了承し、幾らかの視線が背に刺さるのを感じながら、俺は記憶にある道を進む。


「今日は助かりました」


 そう言ってサトリは軽く頭を下げる。

 俺の行く先についてくるつもりだからだろうか、半歩ほど後ろを歩いていた。

 途中でふらっと消えられたら、俺の管理責任になるのだろうか。できれば隣を歩いてもらいたい。


「…野営地、俺達と一緒で良かったのか?」


「じきに夜になりますからね。軽装で火を起こす支度もない私が騎士の野営に招かれたのですから、断るほうが不自然です」


 騎士達もそのほうが見張ることができて安心するのでしょう、と彼は続けた。

 自分の異質さを、理解はしているようだ。


 俺が知り合いだと名乗り出たからといって、騎士達が完全にサトリに対する警戒を解くわけではない。

 オルタンシア・エーゼレットの師。

 そんな言い方をしたから、皆、エーゼレット家と関わりがあると誤解をした。


 エーゼレット家には親類がない。だから、エーゼレットの人間と言えば、今ではリーシャルド様とオルタンシアのみを指す。


 捕縛するほどの罪状は見えなくても、不審の度が過ぎ危険と判断されれば、理由を付けても捕まえる権限が騎士にはある。

 だが軽装備でも、どこかで連絡を取り合うのなら補給が受けられ、不思議ではない。

 つまり、リーシャルド様の密偵である可能性を考えて、見逃された。


 彼はどこかに荷物を取りに行こうとする様子も見せないし、武器も見当たらない。

 本当にこのまま旅をしているのだろう。


 魔獣の出る旅路に、剣を腰に下げないのは、異質だ。格闘家ならば或いは…だけどサトリはひょろりとしていて、肉弾戦が得意そうには見えない。


 もしかして魔法使いか?

 魔法使いは少なくて、滅多にお目にかかることはないから、その可能性は考えていなかったな。


 でも鞄もないなら、やっぱり異質だ。食事は現地調達か?

 獣の解体にもナイフくらいは使う。だというのに、ない。水も鍋も、毛布も着替えも。

 着火具くらいはポーチに入るだろうが、誰が見ても不審なほどの荷の少なさだ。


「騎士の巡回に当たってしまうとは思いませんでした。こちらの集落が魔物によって壊滅したとは聞いていましたので、人には会わないと思っていたものですから」


 そんなことを言うので、困ってしまう。


 騎士達の尋問に「人探しをしている。最低限の荷物は身に付けている。同行者はいない」との答えを返していたはずだ。

 誰にも会わない予定での、軽装。


 集落に寄って補給する予定だと答えてくれていたのなら、騎士達もまだ警戒しなかっただろうに。


 ああ、そうか。

 オルタンシアと同じで、アイテムボックスが使えるのかもしれない。

 うっかり入ってしまった謎の空間を思い出して、ちょっと挙動不審になってしまう。


「迷いなく歩かれていますが、アンディラートさんは、ここは初めてではないのですか」


 明確な行き先を持っている俺の歩みを察してか、サトリはそう問いかけてきた。


「…四回目くらい、かな」


「そうでしたか。ここは、以前にはどのような集落だったのでしょうか」


「どのような? えっと、ごく普通の農村に見えたけど…子供は、少なかったかな」


 思い出そうとすると、何だか胸の奥が重くなった。

 ここには、知り合いがいた。

 けれど、彼の行方はわからないままだ。


「農村ですか。特産品は何だったのでしょう」


「…え…? な、何、かな…」


 特産品なんて聞きもしなかったな。

 麦はあった。芋とニンジンと…何だろう。そんな珍しいものは…珍しいものは…テヴェルの野菜だ。


 俺が見たときには、ピーマンと…随分小さなトマトがあったはず。他にも色々植えられていたけれど、何かはわからなかった。


 だけど特産品じゃない。彼の作った野菜を、商人は買い取ってくれなかったはずだ。


 …あれ? サトリは、テヴェルのことを知っているのか?


 サトリはオルタンシアの、生まれる前の知り合いだという。そしてテヴェルは、生まれる前は、オルタンシアと同郷だったという。

 そんな少数派の似たもの同士。

 もしかして、二人ともサトリと面識があっても、おかしくないのではないだろうか。


 何となく、サトリを見つめてしまった。

 じっと目を合わせた彼は、ゆっくりと口を開き…。


「アンディラートさんのお話は有用でした。身元の保証もしていただいたことですし、何かお礼を差し上げたいと思うのですが」


「ええ?」


 全然関係ないことを言われた。


 特産品一つ答えられない今の会話が有用だなんて、社交辞令にも程がある。あんまりに予想外で、つい笑った。


「いいよ、そんなの」


 ましてや荷物もない相手からお礼をもらおうだなんて思い付きもしなかった。好意だとしても、少ない荷物から巻き上げるような真似は出来ない。


「私にできる範囲でしたら、お望みのものをご用意しますよ?」


 そう言われてもな。

 俺が保証した相手が、誰かに悪さをしない。それ以上は望むこともないし、サトリならば…心配もないだろうと本当はわかってる。


 何も知らないけれど、彼女が泣いたのを見て、反射のように反感がわいた。

 それは俺の身勝手さであって、サトリの落ち度じゃない。


 きちんと思い返せば、彼の表情や言葉が纏うものは、配慮だったと思う。

 意味もなく人を傷つけることはないだろう。彼女が信頼している人間なのだ。


 そう。あの、オルタンシアが、だ。


 あの子は、ほとんど誰も信用していない。

 両親にでさえ、どんなに愛していても、何も話していない。


 …いや、他人ではなくて、自分を信用していないのか。自分が、裏切られない人間であると思えないから…他人に全てを話すことができない。相手が俺であってもだ。


 …懐かれている自信はあるのに…。まぁ、焦ってもな。俺なら大丈夫、という実績を積み重ねていくしかない。


 俺からの要望がなかなか出ないからか、サトリはじっとこちらを見ていた。


「物でなくとも良いのですよ。…例えば、ほんの少しでしたら…彼女のことについて質問にお答えしましょうか? アンディラートさんのわからないこと、気になることが少しは解けるかもしれません」


 心臓が跳ねた。


 オルタンシアのこと?

 それは俺が一番知りたいことだ。


 彼女について。サトリはどれだけ詳しくて、どんなことを知っているのだろう?

 彼女も忘れたという、昔の名前? 説明してもらえないままそれでも聞き続けた、違う世界のこと? 彼女が、他に何を隠しているか? それともいっそ、彼女が…俺を、どう思っているか…なんて?


聞けるわけがない。


「いら、ない」


 いいや、違う。

 聞くべきことは、ない。


「…アンディラートさん」


 ぶんぶんと首を横に振る。

 本当に、何を考えてるんだ、俺は。


「いい。聞きたいこと、ないよ」


 恥ずかしくて、相手の顔は見られそうにない。


 聞きたいことは、オルタンシアから聞くべきだ。そしてもしも彼女が言いたくないことならば、誰からだって知るべきじゃない。


 知らなくたって、一緒にいるって決めた。

 彼女と何かを共有にしていて、彼女に頼られているサトリは羨ましいけれど。

 だからって彼女の知らないところで、それも何かの報酬に聞き出そうとなんて、してはいけないことだ。


 例えば、もしも俺に誰にも秘密にしたいような辛いことがあって、何でもない顔を作って彼女にも隠していたとしたら?

 誰かの口から知られたら、きっと悲しい。

 他人にとって、どんな些細な話だとしても、どんなことが辛いかは誰にもわからない。


「…あなたは、私についてどのような説明を受け、何を知っているのですか」


 困ったように、サトリが問う。

 唐突に感じて、俺は首を傾げた。


「…え?」


「何も知らないのでしょうか? それにしてはいかにも不審人物であろうに、行動を共にする騎士から守ってくれました。場合によっては自分の立場が危うくなるというのに」


 知らない、と言いかけて。オルタンシアが言った言葉を、もう一度思い出してみた。


「サトリはオルタンシアの恩人で。多分、普通の人間とは少し違っていて。休暇ではなく仕事中だから忙しくて、なのに頼むと手を貸してくれるいい人」


 …だったかな?

 サトリのお陰で、もう一度頑張ろうと思った。確か、そんなことを言っていたはずだ。

 詳細は何も知らないけれど、辛いことがあったときに励ましてくれたんだろう。オルタンシアは…それを、すごく感謝していた。


 普通の人と違うというのは、オルタンシアにアイテムボックスの使い方を教えていた点でも、その通りなのだろう。

 彼女と同様に、簡単には人に言えない秘密があるんだろうな。


 だから、同じようにする。

 追求なんてせずに、彼が口にしたことだけ、理解に努めればいい。


「…そうですか」


 サトリは、小さく息を付いた。

 それ以上は何も問われなくて。俺達は無言のまま散歩を続けていた。


 やがて俺の目的地であったテヴェルの畑についたけれど、予想通りに何もない。

 やはり他の畑同様に雑草も作物も一括りに抜かれてしまったようだ。もしもピーマンが残っていたら、少しでも持ち帰れたらと思っていたのだけれど。


 遠征は騎士の仕事だ。俺の我儘なんて通らないから、もしもそうできたら…という願望でしかなかった。


 収穫なしか。本当にただの散歩だった。

 騎士に囲まれたりして疲れているだろうに、無駄に歩かせてしまって申し訳なかったな。そう思いながら、サトリに声をかける。


「そろそろ戻ろうか」


 こくりと小さく頷いて、サトリも返す。


「ええ、わかりました」


 帰りは俺についてくる必要がないからか、彼は隣に並んで歩き出した。


 サトリの背は大きいのに、俺に合わせてかゆったりと歩く。騎士達も父上もそんなこと気にせずスタスタ歩くので、少し新鮮だ。


 父上に至っては面倒になったら抱えてくるので、俺は少しも遅れないように必死だ。

 あの人にとっては、何年かの俺の成長なんて誤差みたいなもんだからな。

 もう息子が抱っこで運ばれる年ではないことには、素で気付かないんだろう。


「…ふ。あ、失礼。思い出し笑いです」


 突然の笑いに見上げると、片手を振って何でもないと返される。


「アンディラートさんに何も説明していないのに、お会いした時のオルタンシアさんが、あの対応だったのかと思いまして」


「ああ。あれは俺が、わからなくても無理に聞かないから、隠さなくてもいいって言ったせいなんだ」


「そうなのですか」


「オルタンシアは大変そうだから。一人くらい、そういうのがいてもいいだろう。お陰で、俺もピーマン食べられたりしたしな」


 そういやサトリにピーマンを貰えると言われて、大喜びした彼女にくるくる踊らされたんだっけ。あんなに欲しがってるものがあったなんて知らなかったんだよな。


 ああ、今回はオルタンシアを喜ばせてあげられなくて、残念だな。


 ピーマン以上に、オルタンシアが喜んだものを見たことがない。


 だというのに、彼女はテヴェルとは関わり合いになりたくないと言っていた。俺も、あまり得意な相手ではないし…そのほうがいいとは思っていたけれど。


 …いなくなったのなら、畑に残っていれば貰って帰りたいなんて。そんなの勝手だし、テヴェルが可哀相だよな。

 うん。今回は、なくて良かったんだ。


 あの時、サトリだって持っていた。きっと、どこかにはある。俺にだって、またいつか入手できるかもしれない。


 ふと気が付くと、同行者は数歩後ろで立ち止まっている。


「…サトリ?」


 歩くのをやめてしまったサトリを見た。

 どうしたのだろう。

 眉を寄せて俯き気味に、視線を斜め下に投げている。


「…具合でも、悪いのか?」


 今、手元に何の薬持っていたっけ。

 普通の人間とは違うって、何だろう。怪我や病気の薬は効くのだろうか。


 慌てて駆け寄って手を伸ばし、とりあえず背中をさすってみた。


「大丈夫か? どこか痛い?」


「いえ。色々と考えていただけです」


 ぎこちなく笑って、サトリは俺の腕を掴んだ。支えが必要なのだろうか。肩を貸したほうがいいのかな。


「わかっていても、慣れないものです」


「…え?」


「アンディラートさんにお願いがあります」


 具合は大丈夫なのか?

 それとも体調が悪かろうとも、押してでも優先すべき頼みなのか?


「…うん、俺にできることなら?」


 あんまり大したことはできないだろうけれど、何かの役に立つのなら。

 そんな風に考えた俺にかけられたのは、衝撃の言葉。


「テヴェルさんを見つけたら教えて下さい」


 息を飲んだのは俺だ。


 知り合いなのか、やっぱり。

 これは俺には知りえない、オルタンシアとの繋がりの一部なのだろうか。

 待て、なんで俺がテヴェルと顔見知りなことを知ってるんだ。見つけたら教えろってことは、生きてるのか。喜んでいいのかな。

 見つけたらって言うからには、彼を探しに行けってこと? サトリの探している人というのはテヴェル?


 ぐるぐると頭の中が忙しい俺に、更にサトリは言う。


「この集落にいたはずの人間です。四度も訪れていたなら、会えば顔はわかるでしょう。どこかで会うことがあったら、そんな話を聞いたらで結構です。ですが、顔を合わせて話をした人間には縁ができやすい。もしも繋がりができていれば、また出会うことがあります」


 サトリは、少し迷うような顔をした。

 そして、すぐに言葉に出した。


「ですから、オルタンシアさんには、会わせないで下さい」


「…え、と?」


 テヴェルを、オルタンシアに会わせてはいけないのか?

 どうして?

 テヴェルはあんなに会いたがっていた。オルタンシアは、簡単に拒否した。

 それには、俺の知らない理由があったのだろうか?


「本当はあまり現地の方と深く関わるのは推奨されないのですが。…あの時、お力にはなれませんでしたが、オルタンシアさんはどのように過ごされていますか」


 突然彼女に興味を示されて、狼狽える。


 どのようにって。


 なぜか男装して剣振ってますって言っていいのか?

 たまにわざと「アンドレラート」って名前を間違えてくるんだけど、サトリなら理由がわかるのだろうか。


 目を合わせていたサトリが、次第に俯いていった。


「…わかりました。結構です」


 しまった。驚いて間が開きすぎたか?

 グリシーヌ様の死を覆すような手助けができなかったことを、もしかしてサトリは辛く思っていたのかもしれない。


「あっ、いや、言いたくないわけじゃなくて、咄嗟に出て来なくてっ。ええと、元気だぞ。あの時、聞いたことは防げなかったけれど、大丈夫だ。ちゃんと元気にしてる」


「…そうですか」


 しかしサトリは俯いたままだ。

 俺、失敗したかな?


「…わかりました。気を落とさずにいらっしゃるのなら、今はきっと大丈夫でしょう」


「う、うん」


 ややしばらくして、彼は顔を上げた。

 しっかりと俺と目を合わせて。


「ですが、テヴェルさんに縁ができると、無事に過ごせなくなる可能性があります」


「そ、うなのか?」


「ええ。言うなれば、オルタンシアさんは厄介事が寄ってくる星の元に生まれているのです。ご存じの幾つかの異能は、それでも生き延びられるようにと生まれ持ったもの」


 ちゃんと聞かなくちゃいけないのに、ひどくドキドキして、よく聞こえない。


 おかしいと思ったんだ。

 あのリーシャルド様の屋敷なのに、小さな頃から家の中で命を狙われるだなんて。


 この間の熊の魔獣も。

 オルタンシアは遠くの遠征になんて行かないのに、王都周辺でそうそう戦うような相手じゃない。


「彼女自身ももしかしたら、夢に見ない間は危機が起こらないと思っているのかもしれません。ですが予知夢は…」


「…決定的に悪いことだけを見る?」


「そうです。よく覚えていらっしゃいましたね。起こる要素が不確定なもの、対処可能と思われる程度のものは見ません。それでも必ず、危険は彼女の身近にあります。そういう生まれなのですから」


 …そうか。


 だったらやっぱり、俺は強くならなくちゃ。


 使用人が変わってから、遊びに行っても何だか目が多くなったような気がしていた。

 俺達が無邪気に遊んでいい年じゃなくなったからかと思っていたけれど、使用人達が彼女を守っているのかもしれない。


「テヴェルは…生きてるんだな?」


 死体は見つからなかった。行方はわからなかった。周囲は、生存者はいないと断定した。常識的な判断としては、そう思う。


「ええ。そのように考えます」


 何の準備もなく森へ逃げ延びたところで、他所の集落へは辿り着けない。ただでさえ、歩くなら結構な距離だ。

方向もわからず地図もなく、水も食料もない。それだけでも生き延びられるかわからないのに、彼は武器を持っていたのだろうか。持っていたとして、彼は武器を扱えたのだろうか。

 俺だってここから一人、手ぶらで王都へ帰れと言われたら、どれほどかかるか。生きて帰れるかどうかもわからない。


「テヴェルさんにもまた、異能があります。食料には困らないはずですし…」


 今度の逡巡は、少し長かった。

 だが、結局は言わないことにしたようだ。

 ならば俺も、深くは追求しない。


「テヴェルさんのことは、そう心配しなくて良いです。私も追っています。これは個人的な気持ちになりますが、アンディラートさんにはこのまま、オルタンシアさんをお願いしたいのです。彼女のほうが…大変です」


「そうなのか?」


「具体的に言うと四倍大変です。だというのに、幸せになれない道が追加されたのを先程確認したところです。時折すれ違うことがあろうとも、私はオルタンシアさんを見守る立場にありません。自ら手を出して危機から守ることも、ないと思って下さい」


「…そっ…」


「本来なら私とは会ってはいけないのです。一度目に会った時と変わらずに、彼女が幸せな人生を望むのならば」


 幸せな人生。

 オルタンシアの望みが?


「…一度目って…」


「まぁ、不幸な人生を率先してお望みになる方もいらっしゃいませんね。テヴェルさんの情報がありましたら、こちらにお寄せ下さい。深く関わることは推奨されませんが、協力者を得ることは禁止されておりません」


 少々強引に押しつけられたのは、つるりとした石だ。うっすらと紫がかっている。

 随分と小さくて真ん丸だ。


「魔石か? 綺麗な球形…」


「この飲み物で飲んで下さい」


「え、石を?」


「石ではありません。どうぞ」


 どこから出したのか、更に押しつけられた木製のコップには、半分にも満たないくらいの液体が入っているが…水ではなさそうだ。


「あの、サトリ…」


「飲んで下さい。さあ」


「あ、はい」


 石じゃないと言われても、何なのかは教えてくれない。毒ではないのだろうけど、正体不明のものを飲み込むのは少し怖い。


 俺の動揺を理解したのだろうか。サトリは言った。


「今すぐ飲めば、オルタンシアさんへのお土産にピーマンを用意して差し上げます」


 即座に石を口に入れて、コップをあおった。量が少ないせいか、存在感の薄い液体に四苦八苦しながら飲み込む。


「…この素直さは少々心配ですね。さて、これで協力者登録が完了しました。所謂誤作動を避けるため、お呼び出しの際は…そうですね、「サトリ召喚」と声に出して下さい」


「…そうするとどうなるんだ?」


「急いで来ます」


 冗談だろうか。それとも、本当に急いで来るのだろうか。

 ちょっと困っている俺の様子なんてお構いなしに、サトリは続ける。


「情報の受け渡し以外ではお呼びいただかないよう注意して下さい。特に有事の際に戦力として呼び出す等は慎んで下さい、期待外れの結果となります。なお、情報の受け渡しであるのなら例え誤報であっても問題ありませんので、事前の裏取り等も不要です。どんなに小さな情報であっても積極的なご利用をお願い致します」


 では戻りましょう、と言いたいだけ言ってサトリは野営地までの道を先に戻り始めた。

 身に染みついた反射で、俺は置いていかれないよう、早足に追いかけた。



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