不審者S氏
どこからともなく、アンディラートがピーマンを調達してきた。
しかも、イルステン連れでのご訪問である。
どこから突っ込んでいいのかわからない今日この頃。
「…ピーマン、どうしたの。また、テヴェルに会った?」
若干の警戒を滲ませて私が問うと、イルステンが不思議そうな顔をしている。
そりゃそうだよね。君はピーマンなんて知りませんもの。
でも私はイルステンにまで諸々を暴露するつもりはないのだよ。
なぜにこんなデリケートな話題(※ピーマン)に、イルステンが同席しているのかわからない。
初めて、アンディラートを叱りたい。
両頬つまんで引っ張ってくれる! 思う様ぷにぷにしてやろうぞ!
そんな私の内心を知ってか知らずか、天使は更なる爆弾を落とした。
「いや。サトリに会った」
「サト…、えっ、サトリさん? 本当に?」
私は動揺した。
どれだ。
サトリさんがうろついていることか。
一回しか会ってないのに、未だにアンディラートがサトリさんを覚えていたことか。
それともイルステンの目の前でその名を出したことにか。
私はどれについて驚いたらいいんだい!
「本当に知り合いだったのか」
ぽつりとイルステンが呟き、私はますます表情を取り繕えなくなる。
知り合いかどうかを確認するって、どういう状況で出て来る言葉?
つまり、イルステンもサトリさんに直接会ってるってこと?
追求したいけどダメじゃん! 他の人の前でこの話題はアウトじゃん!
いよいよもって大パニック。
すると、アンディラートが申し訳なさそうに説明を始めた。
「実は先日の遠征でイルステンと同じ隊になって。その任務中、森でサトリが不審人物として騎士に捕まっていたものだから…つい。彼はオルタンシアの師匠だから大丈夫ってルーヴィス家の名で身元の保証を出したんだ」
何やってんのよ、サトリさん!
そして助けてくれてありがとう、アンディラート!
「そ、そうなんだ…でもサトリさん、なんでまたそんなところに…」
「仕事で探し物をしているらしい。それで、イルステンが、そんな聞いたこともない剣士にエーゼレット家の者が師事するわけがないって信じなくて…今日はどうしても一緒に来ると言ったんだ」
師匠だって言ってやってよ。
そんな言外のお願いが、天使の視線からビシバシ飛んで来る。
しかしながら隠せない子である彼のお願いは真横のイルステンに不信感を持たれているのだった。
「サトリさんは私に様々な教えをくれた方なので、師匠という言い方でも間違いではないと思う。剣のというわけではないけれど」
我が友人たる大天使様のお言葉に間違いはない。
イルステンに向かって、私は頷いて見せた。
「ほら、私の剣の師はアンディラートだからね。サトリさんはもっと色んなものの師匠なんだよ」
「…色んなものって何だよ」
「色々だよ。でも、少なくとも私は現状、どんな手を駆使したとしてもサトリさんには勝てないと思うよ。つまりイルステンなど及びも付かない強い人だということは間違いない」
しかしイルステンはいっそう不審げな目をした。
「そんな強い奴が騎士に捕まっているわけないだろう」
「何を仰いますやら。不審だと思われて捕まったのなら、疑いを晴らすためにおとなしくしていたに決まっているじゃない。騎士を倒して逃げたら余計に不審でしょう」
そうだよね? だから捕まっていたのよね、サトリさん?
少なくとも私の中ではそういうことになっているので、自信満々に言い切って見せる。
「アンディラートヘの疑いは晴れた? では、イルステンの用事はおしまいだね?」
知り合いかつ師匠だと認めたのだから、イルステンにはこれ以上の疑問はないはずである。
もう帰ってくれてもいいのよ?
けれど文句がありそうな顔をしたイルステンは、「ふん」と一つ鼻を鳴らしただけで、帰る様子もなくお茶を飲んでいる。
「…俺がよくわからない者に同情で身元の保証を出したのじゃないかって、イルステンなりに心配してくれただけだよ」
アンディラートがフォローに入ってきた。
くうぅ、やっぱり男の子は男の子同士で仲良くなったのね。
癒しかつ唯一の友達を取られて、妬まし悔しいッ。
まぁ、それは冗談としても。
相変わらず、イルステンとアンディラートは意思の疎通ができているらしい。
いつ見ても不思議な組み合わせである。
「それで、サトリさんは解放されたんだよね?」
「ああ。オルタンシアにもよろしくと言っていた」
「そう。無事なら良かったよ。ありかとう」
しっかし、何があって捕まることになんてなったんだろうな。
サトリさんはこう、超常現象みたいなものだと思っていたのに。
現実は、職質で不審者扱いされるサトリさんだった。悲しい。
それとも…探し物について騎士に聞こうと思ったのに、不審者扱いされて捕まった?
騎士に怪しまれるような探し物って何ぞ?
頭の中は忙しいが、優雅に見えるように意識して紅茶を口に運ぶ。
何にせよ、サトリさんが接触してくることはないだろう。
特に私の人生を見守るお役目とかそういうのじゃないしな。
「ところで、今回みたいに2人が同じ遠征に参加するってことは、よくあるの?」
なぜか2人は顔を見合わせた。
息もピッタリ。イルステンの出現で、私の親友の座が危ない。
「よく、ではないよ。俺はしばらく今の隊について歩くことになるし」
「俺の次の試用は別の隊だな。何人も声をかけてくれるのはいいけど、適当に決めるわけにも行かないから面倒だ」
うわ。同じ「何人かに専属として誘われている話」だというのに、イルステンの方だけ「引っ張りだこな俺スゲェ」って話に聞こえちゃう
のは何でだろう。
「よっく言うよ。試されてフラれる側でしょう、イルステンは」
「な、何だと!」
ギャーギャーと喚くイルステンと私の攻防を、アンディラートはニコニコと見守っていた。




