お友達不在の日常
従士隊での日々は今更ながら、小学校ではなかった。
授業内容の特殊さではなくて、もっと根本的なところが。
出来のいい従士達は、次第に出欠がズレていくのだ。
必須科目などはさすがに補講でも受けているのだろうか。
長い時は、本当に全く顔を見ない。
…というわけで。
「今日もイルステンは来なかったね」
思わず呟くと、ひとつ飛ばした右隣の席の少年が頷いた。
「隊の違う専属従士の誘いが3つ来ているから、どの騎士と合うかを試しがてら、遠征について回ると言っていたよ」
「ああ、専属…。3つも試行中なんだ。これはいよいよかな。もしもどこかに確定すれば、同期から初めて専属従士が出ることになるね」
掛け持つ子はあまりいないけれど、ぱらぱらと騎士の側付きをお試ししている従士達はいる。
それでもまだ正式に、専属従士に任命されたものはいなかった。
才能のある子はすぐさま青田買いされるのかと思っていたら、意外と慎重にお互いの性格を確かめていくもののようだ。
お世話係みたいなことをするので、気が合わない騎士に付くと大変…というのは従士の視点。
従士の育て方も自分の評価に関わってくるので、育てにくい性格や問題児は遠慮したいのが騎士の視点。
というのも、過去には案外、専属にした途端に問題の発覚する従士が多かったらしい。
騎士の前ではいい子だけど、従士の間ではお山の大将してるとか。
勤勉で筋もいいけど、むっちゃ選民思想に凝り固まってるとか。
実は不満を溜め込むタイプで、一通りできるようになった頃に隊を辞めちゃったとか。
それに所詮従士は子供なので、連れ歩いても結局のところ、そこまで役に立たない。
専属が成立しない理由としては、性格の不一致だけではなく、従士の能力不足も大いにある。
専属従士を育てない騎士よりは、育てる騎士のほうが評価が良い。
言いなりでいつまでも新人気分の騎士よりも、指導能力を高めていける騎士のほうが必要に決まっているからだ。
それでも、ちょっと拾って近くで見てはみたけど、この程度なら自分の仕事に専念したほうがいいやという騎士も多くいる。
従士から見れば、憧れの騎士に最速で近付ける専属従士制度だが、騎士から見ればそんな甘いものではない。
能力の高い子供を発掘し、国に取り込むための制度だ。
つまりは優遇する要素のない子供から、無理矢理に選出するようなものではない。
なにせ専属従士にならなくたって、成人して試験に受かれば騎士にはなれるのだから。
「騎士の遠征についていけるのは、いいね」
「行きたいのか?」
「そうだねぇ。興味はあるよ」
私に許されている外出とは未だに、屋敷と従士隊への馬車での往復、そしてアンディラートを伴っての街への買い物程度だった。
特例として遠征参加も許可されているが、従士隊としての遠征なんて基本は日帰り。
野営の復習のためか1泊や2泊で組まれることもあるが本当に稀で、しかも街の外へ出れば詳細を紙面にてお父様に報告せねばならない。
そう、「お外楽しい」からの「レポート提出の刑」なのである。
…特に熊の一件以来、誤魔化しの隙がないか、タイムスケジュールの記載まで求められている。
ということは多分、遠征後に記載に間違いがないか従士隊に裏とか取られてるのだろうね。
まさに、誤魔化してばかりいると信頼を失うといういい例である。
あんまりお転婆ばっかりしていたら、同年の監視の子供とか付けられそうね。
厳しくなってしまったことにはションボリではあるが、これは紛うことなきお父様の愛である。
知っているので、レポートくらい何と言うことはないです。ふんす。
そこらの令嬢よりは余程、日常の行動範囲は広い。
それでも、ここではない村も街も知らない。
騎士の遠征についていけたなら、周辺集落を見ることができるのに。
…お父様がお忙しい方でなければ、領地を見に行ったりもできたんだろうけどね。
ないものねだりばかりしていても仕方がない。
濁した私の言葉に、級友は追求を見せなかった。
興味はあっても、私が騎士の遠征に付いて行くことはないだろう。
専属従士のお誘いは、きちんと騎士になりたい子が受けるべきものだ。
…騎士になりたいのに専属にならないという変わり者は、アンディラートくらい。
ちなみに彼は、イルステンの比ではないくらい、全然従士隊にいない。
持ち回りの遠征に次々付いていくってことは、何個の隊で何人の騎士にたらい回されているのか。
なんぼ引く手数多なの。もはや騎士隊を上げて引き止められている…。
多分、皆アンディラートの癒しパワーにめろめろなのだな。
天使だから、仕方ない部分はあるのだけど…幼馴染の取り分を残してほしいものですよ。
私も癒されたいのだー。
「オルタンシア君、寄っていきますか? 変わった噂が入ってますよ」
帰ろうと廊下に出た途端に、声をかけてきたのは副担騎士だ。
「噂…ですか」
「そう。以前に集落が幾つか魔物にやられたって話があったでしょ。似たような魔物、隣国にも出たそうです」
首を傾げる私に、真剣な顔をした副担騎士。
子供とは最低限の会話しかしない私が、大人とは割と長く話すことをそろそろ周囲も理解している。
私という爆弾の行動や思考を把握しておきたいのも、大人である。
アンディラートもイルステンもいないときは解放感から、知りたいことがあるとチョロチョロと実習棟を探検したり、担任以外の騎士を捕まえて質問したりしていた。
そのせいか副担騎士は、先手を打つように色んな話題を教えてくれる。
どんな話題に食いつくかを見られているという気がしないでもないけれど、餌を求めてウロつかれるくらいならこちらから与えておけということなのかもしれない。
実際、聞けば満足するしね、私。
小学生の肝試しのように、聞いたからには体験しにいこうとはならないのだ。
導かれるままに職員室ならぬ騎士専用室へと足を踏み入れる。
ちらりと幾らかの目がこちらに向けられたが、さして何事もなく離れていった。
放課後に職員室に入り浸って先生とお話しする小学生。それが私だ。
「そういえば、比較的王都に近い集落の話だから知っておいたほうが良いと、いつか聞いたような…?」
誰からだっけか。本当にチラッと聞いただけだからなぁ。
その頃はお母様を亡くして間もなかったから、周りは私に「人が魔物に殺された」話題を振らないように気を使っていたようだった。
でもさ、馬で1週間やらかかるような場所が「比較的近い」って感覚おかしくない?
そんな疑問を口に出してみたら、馬を休ませながら移動して夜は野営をするのだから、そうでもないんだって。
もしも「近い集落」と言っても隣町に電車で行くような気分ではいけないということか。
「…で、どうなったんです?」
「我が国と同様ですね。知らぬ間に植物系の魔物に滅ぼされて、村人がアンデッドになっていたという」
「同じように騎士の遠征で発見されたのですか?」
「いや、発見は集落で補給を試みようとした冒険者パーティーですね。ですから冒険者ギルドで対応したあと国に報告が行ったようです。それも…大分日が経っていたようで、集落の周辺がアンデッドだらけ。大規模な討伐になったそうですよ」
そのため国が調査などをするより先に、周辺諸国にも住民にも情報が漏れてしまったらしい。
うちの場合は「王都周辺の異常を国の騎士団が対処した」が、隣国は「領主が異常に気づかず冒険者に対応も任せてしまった」というわけで…民衆のご不満がぎゅぎゅんと上がってしまったそうな…。
この世界、電車どころか電話だってない。
救援も避難も簡単じゃない。
村人の自衛レベルは相当のものを求められるのだろうかなぁ。
「こちらで討ち漏らした魔物が移動して来たのではないかと言いがかりをつけて来たようですが、こちらも見つけたものは片付けた次第ですから…」
「そうですよねぇ」
その後こちらの国では同じようなことは起きていない。
該当の魔物の討伐は完了したと見て良いはずだった。
ましてや我が国の王都周辺地域から国境までなど、まったく目撃情報もないままに移動できようはずもない。
その後もあれこれと情報を仕入れる。
通りすがりの騎士がこちらを見て面白そうな顔をした。
「おっ。ごきげんよう、オルタンシア嬢。今日も密偵ごっこか?」
「ごきげんよう。そんな怪しい遊びではなく、ただの世間話ですよ」
副担騎士が従士に聞かせても問題ないと判断したような情報だ。
特に私が情報通になろうとしているわけでも何でもない。
「しかしなぁ、そろそろ女らしくしておいたほうが良いのじゃないか? 婚約者はできたか?」
「ご心配は無用ですよ、子供は子供でいられるうちが花ですから。ちなみに決闘は14戦した後落ち着いております」
ここでいう決闘は私に対する縁談を持ってきた、婚約者希望者の数だ。
じゃじゃ馬を乗りこなそうとして散っていった命知らず達の数でもある。
大人と決闘して勝った私に子供の身で挑んでくる無謀なものはいない。
つまり決闘した14人は皆、成人前の子供に求婚するロリコン達という残念な事実だ。
しかも「決闘に勝って私を嫁にしたいのに、戦うのは代闘士なの? フフン」とやったせいで、代闘士を立てる婚約希望者はチキンの汚名まで被るようになった。
面白半分に参加しても、残るのは不名誉だけだとようやく気付いたのだろう、ここのところは決闘騒ぎもなく静かなものである。
たまにこうやって絡んでくる騎士もいるが、適当に対応しておけば去っていく。
多分、色んなものを弁えない親戚のオッサンみたいな感じなのだろう。
成人年齢が14歳と早いために、こんな子供のうちからセクハラに遭うのだなぁ…。
この世界の令嬢というのは意外と大変なのかもしれない。




