歓談後は穏便に帰ってくれた。
庭へ移動した私達だが、まずはやらねばならないことがある。
そう、アンディラートへの言い訳タイムだ。
「イルステンは座ってて」
「…何だよ?」
私がアンディラートを離れた位置に引っ張っていこうとすると、イルステンは座りかけた腰を半分浮かせた。
可笑しいポーズで止まるのはやめてくれまいか。
「…ちょっと経緯を説明して、叱られてくるから」
目を逸らしてそう言うと、イルステンは苦い顔をした。
そうだよ、お前のせいで方々へのフォローが大変…
「どうして最初から言っておかないんだ、変なヤツ」
居留守コノヤロウー!
ヒクつきそうな口の端を何とか宥めて、幼馴染との作戦会議だ。
花壇の横っちょで、草むしりでもするかのごとくしゃがみ込む。
「アンディラート、あの…えー…」
しかし何をどう話したものか。
迷う私に、天使は導きを下さるらしい。
「先程イルステンから聞いたところを纏めると、遠征中に遭遇した熊型魔獣より撤退するためイルステンとオルタンシアが足止めを引き受けたと。しかし戦う中で彼の剣は折れ、お前の剣は手放していた。するとお前が秘伝の技で、寿命を削って剣を召喚した…とか…ちょっと最後のほうが良くわからなかったんだけれど」
どこまでもイルステンめ。
せっかくの封印されしところがもうグダグダじゃないのさ。
「サポートで剣を作ったんだけれど、言い訳できないでしょう。だから、この身に封印されし、エーゼレット家一子相伝の、発動したら寿命が3年くらい減る最終奥義だってことにしたの」
「…ん?」
「この身に封印されし、エーゼレット家一子相伝の、発動したら寿命が3年くらい減る最終奥義」
妙に悲しそうな顔をしたアンディラートが、段々と俯いていった。
えっ。そんなにダメだったかい、この設定は!
やめて、黙らないで、何か言ってえぇ!
「寿命減るとか言ったら、悪いと思ってそれ以上聞いてこないかと思ったのよ」
「…悪いとは思ったみたいだな。すごく」
あぁ、うん。まさか嫁取りに来るとは思わず。
しかしながら、その話は先程終わったので、もう投げやりなプロポーズをしてくることもないだろう。
「怪我はなかったんだな?」
「え? あぁ、私? ないよ、私が思いつく中で最強の剣を出したからね!」
色んな映画やらのイメージが混ざってるから、きっと宇宙船の壁とかも斬れちゃうヤツだよ。
えへっと笑顔を向けてみると、困ったようながらも笑顔が返ってきた。
「なら、いい。色々と仕方なかったのだろうし、お前は出来るだけのことを考えたうえで、仲間を助けたんだ。怒ったりしないよ」
頑張ったな、と頭を撫でられた。
…何だと…褒め…られた…。
褒められたよ! いつも叱られるこの私が!
パアァッと自分の顔が明るくなってしまったのがわかった。
もし私に尻尾があったら、確実に振りまくっているよ!
えへー、と顔を見合わせて笑いあって、満足した。
放置したままだったイルステンのところへ戻る。
そして胸を張る私。
「叱られなかった。むしろ褒められた」
ドヤァ…。
「そうかよ」
なんかムッとしたらしいイルステンが、むくれて言った。
多分、ドヤ顔にむかついたのだろう。でも止められない。小鼻膨らんじゃう。
それからようやく、お茶を手にして歓談の流れになった。
今回の遠征の反省点を上げてみたり、先輩従士からのアドバイスをもらってみたり。
お互い「こいつはこんなに無謀だったんだぞ」とアンディラートにチクッたり。
正騎士先生が弟に私を押し付けようとする生贄ヒドイの話とか。
「…弟ね。お前達の担当の正騎士って誰だ?」
首を傾げたアンディラート。
肩を竦める私。それを驚愕の目で見るイルステン。
「…は…? お前、名前、覚えてないの…?」
「必要ないと思って」
「はあぁ? まさか、他の従士は?」
「…必要、ないと思って」
イルステンがメッチャ噛み付いてきているので、仕方なくアイテムボックスからメモ帳を取り出す。
覚えたくないけど一応メモっとくスタイルである。いざというときのカンペなのだ。
そっとズボンのポケットから出したように見せかけた。
横から覗いたアンディラートが納得したように頷く。
「さすがに30歳が10歳には求婚しないだろう。弟さんは17歳だから、まだマシだと考えたんじゃないか」
「うっそ。正騎士先生って三十路なの?」
思わず素が出た。
そして正騎士先生呼ばわりしてたことまでバレるという。
「正騎士先生…まあ、いいけど。騎士ビニエスは父上より2つ上だと聞いたことがある」
「ヴィスダード様28歳なの? えっ、じゃあ、うちのお父様って幾つか知ってる?」
この世界の成人は14歳。
確か、お母様の御伽噺では『冒険者のリィは13歳、忘れられた姫君は12歳』だった。
あれ。お父様、成人前に家出して冒険者やってたのかしら…。
「なんで自分の父親の年を知らないんだよ!」
イルステンが心底解せないという顔をして歯を食いしばっている。
そうはいっても、うちの教育方針だったのだから仕方がない。
「お父様は永遠のお父様歳に決まっているだろう。お母様が永遠のお母様歳だったんだから」
「あ、グリシーヌ様の教育だったのか…」
アンディラートは納得していた。
女性はいつだって正しい年齢を教えないものである。
そして女神の如きお母様の年齢は、お母様歳で間違いない。




