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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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これは嘘だが、寿命は3年程縮む。



「困ったもんだよね…」


 思わず呟いたのは、現状、どう考えても詰んでいるからだ。

 私の脳内では、朗らかにアクセサリーを拾って追いかけてくるという、あの歌が響いている。


 私もできれば、すたこら☆さっさっさ~のさぁ~♪な部分で行きたいのだが、それは許されない。

 緊迫しているのは、私以外の全員であった。


 そうであるならば方法はひとつしかない。


「私ならば凌ぐことができると思います。殿を務めますので、先に皆をお連れ下さい」


「なっ」


 隣で目を剥いたのはイルステン。

 キミ、ナズェ、トナリニイルンデスカ。

 ジト目になりかけるのを堪えて、正騎士先生とピタリと目を合わせる。


「無理も無謀もありません。アレは…何時ぞや決闘した冒険者よりも、遅くて弱い。でしょう?」


 事故は慣れたときに起こるというが、さて、今回は幾度目の遠征だったか…。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 思いのほか深くまで進んでしまった従士が、大型魔獣を引き連れて戻ってきてしまったのだ。

 野営準備の班と討伐班で分かれて行動していたお陰で、まだ全てのテントは張り終えておらず、それを放棄することで比較的素早い撤退ができた。


 しかし追いかけられていた従士を庇って、まさかの副担任騎士が負傷。

 命に別状はないにせよ、利き手に結構な傷を負ってしまった。あまり、今後の戦力に含めるわけにはいかない。

 副担任、決して弱い人ではないだけに、従士達がめきめき不安に。


 だからここで、出せる戦力は惜しむべきではない。


 街道には魔物避けがされている。この魔獣とて滅多なことでは、街道に出た人間まで襲おうとはしないだろう。

 副担騎士と従士7名を、街道まで正騎士先生が連れて行くのが一番いい。


 がるがるとこちらに向かってきているクマ魔獣さんは私がお引き止め致しましょう。


「オルタンシア君…」


「1人で、怪我人と8人もの従士を守りながらでは誰にだって荷が勝ち過ぎます。まずは従士7名の安全を確保した後に…そうですね、迎えに来ていただけましたら、皆が無事に済むのでは」


 正騎士先生と2人で戦えば、そりゃあ全員守りつつ勝てるかもしれないんだけど。

 何が起こるかわからない場所なのだから、私も全力のチートを出す可能性がある。うっかり見せてしまうわけにはいきません。

 腕っ節も良くて性格も考え方もわりと好きな相手だけど、先生とはいえプライベートで誰と繋がっているかもわからぬ赤の他人に、秘密を打ち明ける気なんてないからね。


 私の提案に、正騎士先生は眉根に深い皺を刻み込んだ。如何にも苦渋の決断という表情。


 殊更軽い調子の私の発言を、不安の裏返しと取ったのだろうか。

 隣のキャンキャン丸が吠え立てようとする気配を感じた。


「馬鹿かお前は! どうしてすぐそう…」


「問答している時間はないのではないでしょうか。とはいえ、もしかすると倒してしまうかも。迎えに来ていただくより自力で戻るほうが早いかもしれませんね」


「オルタンシア!」


 案の定、標準装備の罵倒を向けてきたイルステンを、さくっと無視。

 なんかね、そろそろ内弁慶の小型犬に思えてきている。

 でも他所んちの犬は噛むかもしれないから、私、撫でたりしないよ。


 逆に従士を預かる正騎士先生は、落ち着いて頷いた。


「オルタンシア君に何かあった場合、従士隊のみならず騎士隊の人員に多大な刑罰が下される可能性がある。理解した上での提案と考えて良いのだな?」


 いや、全く理解してないです。

 何なのそれ、怖い。


 魔獣の討伐がある以上、従士隊の入隊時には不慮の事故に対する同意書も提出している。

 それなのに、刑罰なんてあるわけ…あれ、それって、もしかして宰相様のお怒り的な意味ですか?


「…そこまで苛烈な対応はないと思います、よ?」


 だって、お父様でしょ?


 お母様の身の安全に対してであれば、見境なく怒ることも有り得たかもしれないけれど。

 お父様は腹黒らしいことだし、正直私に対して、そこまで盲目的では…。ちゃんと適正な判断を下すと思うよ?


 もちろん娘として愛されていると理解&自覚しているけれど…お父様はお母様以外のことで、そこまでは取り乱さない。

 …と思う。これはお母様が昔、私を寝付かせるために話してくれた物語からの想像。

 変わった御伽噺だと思っていたけれど…今にして思えば、あれはきっとお母様の過去だ。


 そして、麗しき唯一の女神なお母様以外のことでなんて、取り乱してほしくない。

 そう。願望だ。


 私は、お父様とお母様に、御伽噺カップルみたいな夢とロマンを抱いているのだ。

 だって、この私をこんなに大事に育ててくれた夫婦だよ。

 そんな素敵な生き物は、存在自体が奇跡。


 あと…何かね、正直うちの両親ってちょっと浮世離れしたようなところがあって。

 恋愛結婚にしたって、お互いだけが別格、すごく特別に大事、みたいな。


 でも奇跡の夫婦だから、俗世の凡人達とは違っていて当たり前なのだよ。

 私はそんな2人を眺めるのが大好きだったので、何も問題ないのだ。


 あ、そんなこと考えてる場合じゃなかった。

 首を横に振って、余計な考えを払う。

 こっそりと森の中に放ってあったグリューベル達が、迫り来る魔獣の勢いを伝えてくる。

 そろそろ皆を逃がさなければ。


「ですが…そんな対応はないとは思うのですが、そうであったとしても、無事に戻る自信があるので問題ありません」


 怯えと不安を顔面にベッタリ貼り付けた従士隊の面々。

 ぐるりと見回して、不敵に笑って見せた。


 イメージを崩してはいけない。土壇場で女々しいんなら、最初からただの女の子でいいのだ。

 男装の麗人とはいつでも凛々しいもの。

 そう、散り際まで美しく。


 …あっ、いや、散りません!

 勝つ気満々ッス!






 そうしてその場に残った私…と、イルステン。

 なぜにー。なぜにー。

 君がいると全力で戦えないのですけれど!


「そろそろ来るよ。警戒して」


 集中するために、付近のグリューベル達を解除して、敵に備える。

 剣を抜いた私が言うと、イルステンは少し訝しげな顔をした。


 なぜわかる、とか文句を言いたいのかもしれない。絡み男だから。

 けれど、彼はハッとして戦闘態勢を取った。

 枝を折り、草葉を蹴散らしながらこちらへ向かうものの足音に気が付いたのだろう。


 程なくして、それは姿を現した。


 固そうな焦げ茶色の毛並み。

 従士どころか正騎士先生すら超えているであろう身長。

 見合うだけの、横にもドッシリした体格。

 

 あら、クマさん。


 脳内で呟いてみたものの、クマさんなんて可愛い感じではない。

 足音とか、絶対、トコトコじゃない。

 百歩譲っても、牧場CMとかで片手上げて愛想を振りまくのではなく、川で獲った鮭を頭からボリボリ食べてるタイプ。


「下がってろ!」


 言い捨てて飛び出していくイルステン。

 …女子ならキュンとすべき場面だったのだろうか。


 しかし、私には「なんてことすんの!」という言葉しか浮かばない。

 まるでトラックに轢かれに行くような無謀さに、ザッと血の気が引いた。

 間髪入れずに、私も飛び出す。


「ご冗談。君では勝てない相手でしょう?」


 なんでそんな無茶するかな!

 副担騎士の重傷を見たでしょうが。


 騎士でもない子供には普通、勝てない相手なのよ。

 私が「出来る」と言ったのは、あくまでも異質なチートがあるからだ。


「女の背に隠れていられるか!」


 言葉だけは勇ましく、クマに剣を叩きつけている。

 見るからに、毛皮に阻まれて剣が通らない。

 騎士が敗れた相手に、子供の筋力で刃を通せるはずがない。


 あっという間にイルステンは傷だらけになっていく。


 繰り出される左右の爪と牙。

 対してイルステンは剣ひとつで、正面からの攻撃さえ防ぎきれていないのだ。

 歯痒い。

 何とか横から削ろうにも、私を庇おうとちょろちょろ位置を変えるものだから、却って入る隙がない。


 何とか私とクマの間の邪魔っ子を避けて攻撃できないものかしら。


 早くしないと。何か、何か手段は。

 私に回復魔法とかはないのだ。大怪我をして手遅れになる前に。

 地形、アイテムボックスの中身と忙しなく思考や目線をウロウロさせる。


「…ぐはっ!」


 そんな声を上げてイルステンが吹っ飛んできた。

 だから射線上に入るなって…銃じゃなかったわ!


「いったぁ!」


 そして私も悲鳴を上げた。

 うっかり集中していなかったせいで、ヤツの体当たりがクリーンヒット。

 胸元にモロ頭突きを食らって、一瞬息ができなくなる。

 強制心臓マッサージ、いくない。却って心臓止まる恐れがある。


 顔面から飛んできたら、このラッキースケベめ!とか言ってやれたかもしれないけど。

 肺が仕事してないと、そんな茶化しもできないよね。

 久々に、本気で大分痛いんでございます…。


「んぎぎぐ…」


「大丈夫か? 悪い…」


 そして気付いたときには、私の手からすっぽ抜けている剣。

 マジ、何してくれてんの、石頭ヤロウ!


「うわわっ、退いてくれ!」


 切羽詰ったイルステンの悲鳴。

 君が私に乗っかってんだけどな?

 涙目で顔を上げると、ぶわりと跳んだクマが見えた。


 こりゃ、マズい。


「ぐぇっ」


「ごめんねっ」


 慌ててイルステンの襟首を掴んで退避。

 ズドンと鈍い音を立て、クマのヒップドロップが地面を抉った。


 うわぁ、死ぬ!

 あれは私でも死ぬ! 口から内臓出ちゃう!

 っていうか、クマ、意外と身軽だなぁ!


「下がれ!」


 イルステンが私の手を振り払い、突き飛ばした。


 こんにゃろおぉ。日頃の恨み的な何かをぶつけてきてない?

 それでも、何とか転げずに三歩ほど下がって体勢を立て直した。


 ガヅンと刃に齧りつくクマ。

 唸りながらそれを押し返すイルステン。


 再びのピンチじゃないの。

 慌てて私の剣を探すけれど…いやあぁ、クマ向こうの木の幹に突き刺さってる!


 ええー。

 素手で助けに入るのは、もう言い訳のしようがなくなっちゃうよ。


 そんなこと言ってる場合じゃない?

 ゴリランシアで行っちゃう?


「イルステン!」


 そんな中、無意識に叫んだ自分の声に驚いた。


 ああ、ここからは良く見える。


 今、振り抜かれんとするベアクロー。

 牙を防ぐに手一杯で、気付いてすらいないイルステン。

 半ば程までしかない刃。

 剣、折れてたんだ。


 あれが当たれば、子供なんて簡単に死ぬんじゃないだろうか。


 イルステンは騎士団長さんちのお子さんだ。

 団長さんは知らない人だけれど、子供を失えば辛いだろうか。

 それとも魔獣と戦って死んだのならば、立派と褒めるのだろうか。


 前世の両親なら、きっと、私の死なんて嘆かない。

 今の両親なら、きっと、私が死んだら泣いてくれる。


 …イルステンの両親は…?

 泣くなら助けてあげたほうがいい。

 泣かないなら、…助けない?


 わからない。

 ここで私の異質さを他人にさらしたら、私の今後がどうなるのかもわからない。

 ましてやイルステンは私のことが嫌いなのだ。

 悪意を持って異質さを広めないなんて、言い切れるわけがない。


 自分の死を目前にしたわけでもないのに、走馬灯のように、頭の中だけ忙しい。


 でも。

 もしかしてイルステンが死んだら、アンディラートが悲しむのかもしれない。


 …あぁ、もう。


「私も君に背中は任せられない!」


「なっ…、何だと!」


 私は、素手でクマに掴みかかった。

 お母様似の美少女なのに。

 こんな勢いのベアクローを受け止めちゃうゴリラ系女子、酷いものである。

 私の目がちょっと死んでいるのは、許してほしい。


 代わりにその勢いを乗せてイルステンを背後に蹴り出し、入れ替わりでクマの正面に陣取る。

 魔獣のほうはさすがの野生。

 即座に攻撃対象を私に変えて喰い付こうとしてきた。


 クマに大外刈りを仕掛ける。

 地面を抉るほどの体重をお持ちなのだ。それなりにダメージを受けてくれるだろう。


 結果は見ずに素早く距離をする。

 地面にクマが叩きつけられた音を聞きながら、イルステンを見る。

 …傷だらけではあるけれど、うん、無事。


「イルステン。これから見ることは君の胸に秘め、墓場まで持って行ってください」


「…なに…?」


 無意識の怯え。

 クマにではなく、私の周りから消えることのない、同族であるはずの人間に対する、それ。

 魂に染み付いたままの、嫌悪と侮蔑の視線に対する恐怖。


 どこの誰にだって、本当は嫌われるのが辛い。

 演じた役柄を嫌われたのだと、自分自身ではないのだと、意識をすり替えてみても。

 他者への無関心の盾で身を守り、耳を掠めた嘲りを気にしないふりが、どんなに上手くなっても。


 大丈夫。それでも私にはもう、両親とアンディラートがいるから。大丈夫。


 だって、剣がなければ、いけないのだ。

 サポートを発動しようとして、少し考えた。


 私のチートは魔法ではない。

 それでも何もないところから想像したものを作り出す異能よりも、呪文のひとつもあればそんなもんだと思ってくれるかしら。

 そうだ、むしろ呪いの剣みたいなものなら同情してくれるかしら。

 でも、呪われておきながらそれを自在に操るのではおかしい。ダメだね。


 騎士団長さんちのお子さんが食いつきやすいように、ちょっと中二病を織り交ぜるか。

 この身に封印されし、エーゼレット家一子相伝の、発動したら寿命が3年くらい減る最終奥義だ。

 よし、これで行こう。


「『色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ』」


 ごめんね、いろは歌。それ以上は知りません。


 最終奥義と名乗る以上、容易く止められるような材質では困る。

 この世にないアレだが、鉄をも切り裂くビーム的な剣。こいつならクマ如き敵ではないだろう。

 そう、今の私にはカッコイイ柄が想像できるようになったのだ。


「いでよ、ウクスツヌブレード!」


 あかさたなブレードよりは良かろうね。

 カッコイイ呪文も名前も浮かばない悲しさよ。

 しかしこれなら、どんな素敵な剣とも被ることはあるまい。


 黒い靄が集まり、私の前に柄が出来上がる。

 それを掴んで構えると、ビームの刃がヴォンと伸びた。

 ヒュー、カックイー。


「な、何だその剣は! …ウク…何て言った?」


 あ…あわぁぁ!

 真顔のイルステンの反応が却って恥ずかしい!


 我に返ってしまった。

 素直に聞いたことのある剣にすれば良かった。何だよウクスツヌブレードって。


 エクスカリヴァーさんは、でもでもだけど恥ずかしい。

 ベッタベタだけども、恥ずかしいけれども…い、今からでも変えるか?

 そう…ウクスツヌブレードだけれど、愛称的な感じで、エクスカリヴァーって呼んでもいいのよ。


「エクスカリブァ、ヴ、ヴァー…にぎぃっ、もういいっ」


「え?」


「何でもございません。封じられていた剣を解放したことによる余波です」


 地団駄を踏むことだけは堪えた。

 アンサラーでもバルムンクでも、噛まない感じの名前がいくらでもあったじゃんよ!

 男装の麗人中だったのに、失敗した!


 あれ、それに封じていたのは奥義の設定にしたんだっけ?

 …もういいや、思わせぶりなことだけ言って、あとはイルステンの想像力に任せよう。


 幸いにもこのおかしな青光りする剣は、魔獣の警戒を煽るのにも一役を買ってくれたらしく、こんな茶番劇の間も稼いでくれた。


 ええい、取り繕います、取り繕えます!

 一刀両断、インパクト勝負! 噛んだことなど忘れさせてくれよう!


「オルタンシア・エーゼレット、全力で参ります!」


 強めの身体強化で地面を蹴った。

 先程戯れていたイルステンとは比べ物にならないスピードに、クマの動きが遅れる。

 突きでベアハグに捕まることを恐れた私は、クマの横を駆け抜け様に剣を翻した。

 青い光が、クマの喉元を一閃する。


 すぐさま向き直り、クマの背後で剣を構える私。

 ゆっくりと地面に首を転がしたクマ。

 驚愕の顔で尻餅をついているイルステン。


 ふっ…次は熊犬に転生してもやっていけるかもな。


 イルステンから見えないように、木々の間にグリューベルを製作して周囲の様子を窺う。

 うん、他の魔獣の脅威は、今のところなさそうだ。

 地面に刺さっていた剣の半身を拾ってきて、イルステンの足元に置いてあげた。


「はい、破片」


「…嫌味か?」


「え。これも剣を直すときに使うのかと思ったのだけれど」


 こやつに親切にしてもダメだな、やっぱり。

 絡まれても嫌なので、肩を竦めて自分の剣を取りに行く。


 …見事に木の幹に突き刺さっていて、なかなか抜けない。

 両手で引き抜こうとして、右手に持つサポート製の剣が邪魔になった。


 あ、そういえばこのウクスツヌブレードには鞘がないな。

 今度、カッコイイ鞘もイメージできるようにしておかなくちゃダメだな…。

 とりあえず、当たり前のような顔をして、こっそり身体の陰で黒い靄に戻した。


 空いた両手で剣を引き抜き、腰に下げていた鞘へと戻す。

 よし、と振り向くと、神妙な顔をしたイルステンがこちらを見ていた。


「さっきの剣は、なんだ。どこへ消えた。」


 どこから出した、が先ではないのだろうか。

 私は小首を傾げて、もったいぶって見せる。


「墓まで持っていく覚悟が出来たのかい?」


「…命を救われたんだ。お前が内密にしておきたいことくらいは、誰にも言わない」


 おや。意外と…大人しくなってしまったというか、なんというか。

 それくらい彼にとってはピンチだったということだろう。

 即行で忘れかけていた設定を何とか脳内から引っ張り出して、私は口を開いた。


「私に封じられているものだ。発現させると寿命が3年程縮むので滅多なことでは出さない」


「はあぁ!? アホか!」


 え、この設定が? …あ、うん。アホだったかもね?

 いつものイルステン。妙に神妙にしているよりも正しい姿に見えるから不思議だ。


 しかし彼はその後黙り込んで一言も発さなくなり、何だか百面相をしていた。

 …クマ、解体するの手伝ってくださいませんかね。


 致し方なし。毛皮も魔石も回収すべきと思うので。

 解体用のナイフを取り出したところで、正騎士先生が戻ってきた。


 おお、セーフ。

 ウクスツヌブレードが出ていたら説明に困るところだった。


「オルタンシア君。イルステン君は…怪我をしているな」


「剣も折れましたね」


「オルタンシア!」


 正騎士先生はクマを見て、剥ぎ取りを始めようとしている私を見て、頷いた。


「オルタンシア君が倒したか。さすがだな」


「いいえ。イルステンです」


「…何?」


 振られて目を見開いたイルステンと、そちらを見て眉を寄せた正騎士先生。

 男2人の無言の会話。そろそろと目線を下向きに外したイルステンにより、正騎士先生は不審を強めたようだ。

 こちらに向き直って口を開こうとするのを、遮って重ねた。


「イルステンが倒しました」


「オルタンシア君、しかし」


「そうだね、イルステン?」


 私はちらりとイルステンを見た。

 彼ははっとしたように頷き、立ち上がる。

 足元は少しふらついたが、今度はしっかりと正騎士先生を見つめた。


「…成程」


 納得はしていないようだが、正騎士先生はそれ以上の追及をやめた。

 そうして、苦笑を浮かべる。


「さすがに、これは嫁の貰い手に影響すると思ったのか」


 先生、そこじゃないです。


「オルタンシア君さえよろしければ、少し年は離れるが、うちの弟など紹介してもいいのだが」


「ダメだ!」


 先生、別に生贄は要らな…おぉ?

 私と正騎士先生は、突然の横槍に首を傾げてイルステンを見る。


「こ、こんなゴリラを相談もなく嫁にだなんて、弟君が嘆かれます!」


 おのれ、完全に復活したな、イルステン…。

 いやしかし私も、自ら名乗り出るならまだしも弟勧めるとか、それなんて生贄?って思ったよ。

 正騎士先生の義妹になる気はないので、ムカツクけれどあえて嘆かれる部分への否定はしない。


「ご存知ですか? 現在、我が家の婚姻に関わる出来事は私との決闘を通してからお話し合いをすることになっております」


 笑顔で決闘推し。

 せんせい、しっているか。昨今の私は『メスゴリラ』か『決闘従士』のどちらかで理解されるらしいよ。

 望んだこととはいえ、女らしさのカケラもない。


 ただ、私の嫁入りは絶望的だと思っていたのに、現実とは皮肉なもので。

 お父様への縁談だけではなく、なぜか面白がって私に縁談を持ち込む狂気の貴族がボロボロ出て来よったので、そういうことになった。

 お見合いは腕試しの場ではないのだぞぃ!



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