もちろん、すぐに戻ってきた。
いやいやいやいや。どゆこと!
呆然とした私は、それでも失敗を悟る。
クッキーだかビスケットだかよくわからなくなって、しまう物の指定ができなかったのだ。
だから私は位置を設定した。
テーブルの下で、地面から55センチの高さ。
そこに入ったものをアイテムボックスに収納する、と。
まさかアンディラートが入っちゃうとは思わないよね!
「えぇぇ、どうなっちゃうの、これ、大丈夫なの?」
確認してみれば、確かにアイテムボックスにはアンディラートが入っている。
うわぁ、ええぇ、人間も入っちゃうんだぁ。
そういえば、サトリさんがそんなこと言ってた。
どうすればいいの? これって、人体に害はないのよね?
アイテムって入れたらアイテムボックス内で床に落ちるの? 空中に浮いてるの? マス目に埋まってるの?
うう、わかんないけど、早く取り出さなきゃ。
アンディラート1個を取り出…、待って、人を取り出すときってアンディラートだけ指定してもちゃんと服とか付いてくるかな。マッパで出てきたりしないよね?
勝手にアイテムボックスにぶち込んだ挙句マッパで取り出したら、絶交されても文句言えないよ。
「えっと、アンディラートと服を取り出…待って、服って大雑把な指定して、パンツはちゃんと付いてくる?」
相手はシャイボーイだ。服は元通り着ているのにパンツだけ穿いてない状態で出したら、いよいよ絶交されかねない。
それに、まるで私がパンツ怪盗のようになってしまう。
通行人をアイテムボックスに入れてはパンツさんだけ抜き取る怪盗だ。
メルシー。メルシー・スリップ。
って、そんな収集癖はないよ! しかも脱ぎたて厳選か!
落ち着け、落ち着くんだ私!
アンディラートと服と下着と…あの子あと何持ってたっけ、ベルト…靴?
よ、よし、とりあえずそれで行こう。
例えポケットの中に何か持ってたとしても、それはあとで返してあげれば済む話だ。
「…ん…? 人ってどうやって出したらいいの…?」
今までは大体手に持てる大きさだったから、手に乗せたり…。
あれ、本当にそうだったっけ? いつもどうやって取り出してたっけ?
ええぇ、お、思い出せないよぅ! やっぱり私まだパニック中かな!
ああ、早くしないとメイドが戻ってきちゃう。
ひと…消えた、消失…人間…それを、取り出すには…。
…そう、そうだ、アレしかない!
「ちゃ、ららららら~ん♪」
周囲に人目がないことを確認して、サポートで箱を作った。
「ちゃらららら、らーららーん♪」
背の高い、黒い箱。
想像は万全。
ここなら、絶対に間違いない。
絶対に失敗なく、かつ安全にアンディラートを取り出せる。
「ワン、ツー、スリー!」
掛け声と共に黒い箱はパタパタと壁を外側に倒し、中身を私に見せつけた。
きょとんとした顔の、アンディラートである。
マジック、成功!
アンディラートが恐々と芝生に降り立ったところでサポートを解除。
半泣きになりながら駆け寄った。
「うわぁん、アンディラート、大丈夫? ごめんね、ごめんねぇっ」
「え。あ、うん」
「どっかおかしくしてない? 痛いとことかない?」
「ないけど…」
色々と、今の何。
そう呟いたアンディラートが咄嗟に口を噤んだ。
私の肩を掴んでテーブルまで急いで戻り、椅子に座らせる。
メイドが戻ってきたのだ。
間一髪だった。
青ざめる私とアンディラートを不思議そうに見るメイド。
「…何か、あったのですか?」
「いや。クッキーを落っことしかけただけだ。ほらもう、大袈裟だな、オルタンシアは」
「あ、うん。…ごめん」
メイドがティーカップを置いて、ぺこりと礼をして壁際へと下がる。
私は先程のアンディラートのように、テーブルに突っ伏した。
「どうしようかと思った…ごめんね、まさかアンディラートをアイテムボックスにしまっちゃうなんて…」
「…ああ…そっか、アイテムボックスの中だったんだ。不思議な場所だった」
急に暗くなったから驚いた、と言われて私は顔を上げた。
麗らかな午後のティータイム中に、突然真っ暗なとこに放り出されたら恐怖しかない。
アリスも真っ青な不思議体験だったであろう。
ごめんね、と繰り返す私にアンディラートは笑う。
「大丈夫。暗くはあったけど何も見えないわけではなかったし、危険は感じなかった」
…怒ってないみたい。無理をしていそうでもない、かな。
それで、ちょっと肩の力が抜けた。
そういえば私は溜まりに溜まり過ぎてタンス向こうの秘密基地2にも置けなくなった絵を始めとして、色んなものをごちゃ混ぜにアイテムボックスに突っ込んでいたのだ。
非常用品もそうだし、お忍び用の庶民服もそうだ。
そういえば水をアイテムボックスの中に入れた後、思いつく限りの不純物を取り出して、どれほど腐らないかという実験もやっている最中だった。
あれって隔離されてるの? それとも、ぶちまけられてんの?
飲み水のつもりだから、床に撒かれていたらイヤだなぁ。
「き、聞いてもいい? 中ってどんなとこなの?」
それらが乱雑に散らばる中に立たされたのであれば、さぞや困惑しただろう。
初期のアイテムボックス失敗以降、物を入れるときに『1マスに99個入る』などというタイプの想像は全くしていないのだ。
そっと確認してみるけれど、並べ替える機能も特には存在していない。
しまったアイテムは入れ込んだ順に、ひたすら床に並んでいるのだろうか。
もしもそうなら、いっそ棚を買ってアイテムを並べてから一気にしまったほうがいいのかしら…。
未だ混乱収まらぬ私の前で、アンディラートは小さく首を傾げた。
うーんと悩んでから、握ったままだったビスケットを齧る。
「薄暗くて、長い通路だった。左右に部屋があって、中には入らなかったけれど色んな荷物が置いてあるのが見えた」
左右には壁があって通路だと感じるのに、壁自体は見えなかったという。
並んでいる部屋もそう表現はしたが、壁も扉もないらしい。
「それは、広い空間に無造作に荷物がおいてあるわけではないの」
「うん。通路で、部屋なんだ。仕切るものは見えないけど、ちゃんと区切られている気がした」
歩いているうちに、ふと前方に黒い壁が現れたらしい。
不思議に思い足を止めると、いつの間にか周囲を壁に囲まれたことに気付いた。
通路や部屋ではなくなった。閉じ込められたのか、と警戒したところで明るくなり、庭に戻ってきていたのだという。
…それ、私のマジックショーです。
でも、アレなら確実に丸ごと人が戻ってくるイメージが持てたんだもの…。
タネは知らないけれど、失敗なしで無事に戻ってくるの。
「暗いというなら明かりもしまっておいたほうがいいのかな。今度きちんと中を確認しておくよ」
私が入っても出られるのか…出られるよ、ねぇ…?
ちょっと怖いけど『私にだけ出し入れできる』としか言われていない。
私は外にいなくてはいけないとか、私が入ったら出られないとか、そんな注意があったらサトリさんが教えてくれたはずである。
…教えてくれたよね? うっかり忘れたとか言わないよね。
うん、大丈夫、サトリさんは生真面目なイイ人のイメージ。
そうでなくばアフターサービスしてくれるもんか。
「中を確認?」
「うん。まぁ、ゆくゆくは安定して入れるようにしたいし。ちょっと今すぐには自分でアイテムボックスに入る方法のイメージが湧かないけど、小道具使えばいけると思うから」
ドアの向こうはアイテムボックス…なんていうのは、ちょっと想像力の限界により無理そうだ。
なんせ向こう側の様子が全く想像できないから、繋がるイメージが持てない。一回見てくれば別なのかもしれないけど。
それよりもアンディラートをボッシュートした方法が簡単だとは思う。もう、目の前で見ちゃってインパクト強かったし。
でも、出来ればもう少し安全で穏やかなイメージで出入りしたいな。
テーブルの下にバミューダトライアングルとか、ちょっと怖すぎる。




