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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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そして彼はいなくなった。



「…という、お話だったのサ」


「えっと、食事係を任されるのが不満だったということでいいのか?」


「違うね。イルステンムカツクって話だった」


「そう…かな? オルタンシアの機嫌も悪くないようだし、無闇な勝負を挑んでこなかったんだろう? 彼も少し大人になったのじゃないか」


 言いがかりをつけてはみたものの、その通り。割と遠征中のイルステンはおとなしかった。

 それにしても、私に突っかかってこないというだけのことで、大人になったとか。何気に扱いがアレなのでは。

 まして君、ひとつしか年上でもないのに。微笑ましいわ。


 何だかものすごく久し振りな気がするアンディラートを愛でながら、男装の私は庭で優雅なティータイムである。

 なんて穏やかなのですか。良い午後ですよ。


 深窓の令嬢は幼馴染とはいえ男性と2人きりになったりしない。


 しかし私はもはや「このお嬢様、なんぞ?」と思われているので、話が聞こえない程度に使用人を遠ざける。

 でもアンディラートがレディの体面すら守れぬ駄紳士だと思われたら困るから、呼んだら来る位置には置いておく。


 本来お茶を入れる係のメイドは、困惑げにお屋敷の壁に張り付いて立ち尽くしていた。

 貴族よ、貴族。なぜこんなにも面倒くさいのか。


 でも、裏庭だと使用人が一切ついてこないの、一体何なの。

 裏庭秘密基地だけは、お客様であるアンディラートにお弁当運ばせようとも「お運びしましょうか」とすら言ってこない。


 助かっていたので今まで疑問に思ったこともなかったけれど、おかしくない?

 実は立ち入り禁止令でも出ている場所なのかしら。

 もはや2人で簡単に使えなくなってしまったので、誰かに尋ねるチャンスもないのだけれど。


 エーゼレット家のコックさんが作ったクッキーをつまみながら、アンディラートは複雑な表情をしている。


 私の顔を見るとクッキー食べたくなるとかパブロフさんなことを言うから、取り急ぎ作ってもらったのに。

 というかクッキーという名で出されるのだけど、これビスケットだと思う。

 なんかね、かあさん印のヤツに似ている。味もさることながら、奥歯へのくっつき具合が。


「ねぇ、どうして急に私とイルステンを仲良くさせようとしたの?」


 ずっと聞きたかったことだ。

 イルステンと引き合わせたあと、アンディラートは遠征へお出かけしてしまった。

 2人きりで腹を割って説明してもらう時間は取れず、消化不良のままだった。


「もしかして、友達、クビにされたのではないかと戦々恐々だったわけですが」


 目を真ん丸に開いた相手に、やはりそうではなかったと安堵する。

 も、もちろんわかってたよ、うん。

 でもそれと怯えはまた別だからねっ。


「えっと。もう私と仲良くしたくないからって、餞別にイルステンを置いていったわけでは」


「そんなわけない!」


 アンディラートは思わずというように立ち上がっていた自分に気付き、そっと座り直した。

 ほんのり頬を染めつつ、眉を寄せるのは何だね。

 どんな顔をしても可愛いというアピールか何かかね?


 負けないぞ! …と思ったけど、さすがのオルタンシアさんも変顔は可愛くない気がするので思い留まった。

 代わりにあざとく「拗ねてますからね!」の顔をして唇を尖らせておく。


 アンディラートはキュッと唇を引き結んで私としばし目を合わせたあと、急に照れた目をして視線を逸らした。

 何だ? 今、何に照れた? なんで口の両端ちょっと上がってるのだい?

 この唐突な無邪気さ。…どうしよう…そろそろ私の、プリティ・ユニバース2位が確実に危ない。

 お母様、どうか私に美女の加護を!


「そんなわけはないのだけど、その、誤解をさせたのであれば申し訳なかった」


 言葉の割には笑顔である。

 まぁ、可愛いから、許すけれども。もはや私、孫を見守るジジババの如き甘さなのだけれども。


 いかんいかん、如何に今回の行動が危険をはらんでいたのかをきちんと説明しておかねば。


「全くだよ。ただでさえ君といられる貴重な時間は年々減っているのだから、万一これで喧嘩になど発展したら洒落にならない損失なのだよ」


 不意打ちで本性が見られたのとかは、もはやどうでもいいです。

 だって元々私を嫌っていたイルステンだ。不利益を感知してこれ以上私を嫌ったって、どうということもないだろう。


「…ん、うん。喧嘩にはならないと思うけど、うん」


 ごめんなと微笑まれてしまえば、私も笑顔になるよりない。

 あぁ、やっぱりとても穏やかな昼下がりですよ。癒されるわぁ。


 照れている意味は相変わらずわからないが、さすがアンディラートセラピー。とても平和な気分になる。

 α波垂れ流し。


「それで、ならばどうして突然アレを私に押し付けようと思ったのか聞かせてくれるんだろうね?」


 とは言ってみたものの。もう、イルステンの話題とかどうでもいいんじゃないかな。

 誤解も解け…いやいや誤解ですらないもんね、知ってたし。

 信じてたし。ちょっとした万が一の確認だし。それも済んだし。


 よし、返事はいいや! お昼寝しようぜ、裏庭で!


「押し付けるというか、彼がお前の世界が狭すぎるというから」


 …あぁん?


「俺しか友達がいないだなんてのは歪すぎると。それは良くないことだというから」


「…へぇ?」


「だから、そんなにもオルタンシアと友達になりたいのなら手伝ってあげたほうがいいのかと思ったんだ」


「…へ、…え?」


 カキーンと結論が曲がっていった気がする。

 ちらりと掠めた苛立ちをも瞬時に吹き飛ばすアンディラート。


「だって。何だかんだと理由を付けていたけれど、結局は友達になりたいってことだったろう?」


「い…いや、それはどうかな…?」


 私は今の話「そこなボッチヤロウ、恐れ多くもこのイルステン様が友達になってやるぞよ。従士隊でカリスマ発揮しちゃうぞ。成績のために」って受け取ったけど。

 あれ? 私が、性格悪すぎただけ?

 でも、からかうならまだ、こやつ暇なのかなって思うだけで済むけど。

 友達がいないことに文句を付けてくるって、理解しがたくない?


「言葉遣いや態度に対しての注意なら、俺だってしてきた。ただ、イルステンは、今のオルタンシアに事情があるということ自体を知らないからな」


 言われてみれば、淑女らしさがどうこうというのは今までアンディラートにだってかけられたことのある台詞だ。

 はいはい、照れ屋さんめと思いはしても、ムカついたりなんてしない。


 素直に聞けなかったのは、髪を引っ張られたことがあるから?


 …いや、そこまで根に持っていたつもりもないな。

 言い方?

 それは大いにあるな。


 一瞬アンディラートと同列に考えてしまったけど、イルステンの印象が最悪なのは、元はといえば彼自身の言動のせいだった。

 別に私が食わず嫌いしてたわけじゃなかったよ。

 危ない、丸め込まれるところだった。


「あのね、アンディラート。一方通行ではダメだと思う。友情も恋愛も同じだよ。片思いじゃ成立しないものだよ」


「えっ?」


「だって私がイルステンと友達になりたいと思わない以上、私は彼を誰かに伝えるときには「知人です」って紹介するんだよ?」


 同じクラスにいれば皆友達というのは、確かに小学生的な発想ではあるけれども。

 私個人としてはお断り案件である。


「アンディラートが希望しているという理由でイルステンの好感度を『嫌い』から『無関心』までは戻したけど、それだけだよ? 仲良くなりたいと思わないし、懐きに行く気にはなれない」


 毎朝挨拶するくらいは級友としてやるよ。世間話も、たまにならいいよ。1ヶ月に1回とかな。

 一貫して、絡まないでくれればそれでいい、という間柄である。

 お友達になるには魅力が足りないということを伝えておく。


「…オルタンシア。俺にだってそんなものはないと思う。俺はどうしてお前と友達になれたんだ?」


「…君に関してはもう、初めて見た瞬間から懐く気満々だったからなぁ…」


「な。なんでっ?」


 可愛かったからです。


 滲み出る純真さに、真ん丸おめめ。

 容姿もさることながら、全てが顔に出ちゃうところや、ご不満の発散方法までいじらしい。

 見るからに、性格がひん曲がっていないことが確信できた。


 私がフワフワロールをしても嫌われたとしたら、それは溢れ出るクズな私の性根が悪いのだ。

 懐きに行かない理由にはならない。


「それを言うなら君だって。どうして私と友達になろうと思ったの? まして本性が出た後なんて、ほら、可愛くなかったでしょう?」


「いや、変わらず可愛かった」


「…ありがとう? たまに、ストレートに褒めてくれるよね」


 2秒くらい経ってから、彼は自分の発言を理解したようだ。


 顔を真っ赤にしたアンディラートはテーブルに突っ伏した。

 わかってるよ、シャイボーイ。

 素で可愛いと言ってしまったことに照れたのだよね。

 でもお母様の娘なら外観が可愛いのは当たり前なんだ、軽薄とか思わないから安心しなよ。


「とにかく、望まない友人を押し付けようとするのはこれっきりにしてくれるね。私だって、友達になりたい人間がいたら自分から話しかけに行くくらいできることはわかったでしょう」


 身をもってしてな。


 突っ伏しているアンディラートの耳が赤いので、私はほんわり癒された。

 意地悪を言うのはやめにしよう。


 仕切り直すために、壁際に待機していたメイドに手を上げた。


「お茶が冷めてしまった。新しいのを持ってきてくれる?」


 素早く歩み寄ってきたメイドは、私の言葉に礼をして一旦下がる。

 使用人の目がなくなった。


 これは千載一遇の…チャンスだ!

 私は突っ伏しているアンディラートの後頭部を、ここぞとばかりに撫で撫でした。


「なっ、何してる!」


「いや、別に?」


 慌ててアンディラートが顔を上げたけれど、もう真ん丸後頭部はいただき済だぜ。

 しれっとビスケットを銜えて、何食わぬ顔をしておく。

 アンディラートは「油断も隙もない」と溜息をついた。

 多分、褒め言葉だろう。


「まあまあ。落ち着いてクッキーでも食べるといい」


 癒しも後頭部もいただいて上機嫌の私は、ビスケットを一枚取って、アンディラートにあげようとした。なのに。


「俺が食べたいのはこれじゃない」


 そんな風に言うものだから、驚いて取り落としてしまった。


「えっ」


 やっぱりこれはクッキーじゃなくてビスケットなの? コックに騙されてた?


 若干混乱した私は、テーブルから外れたそれをアイテムボックスで受け止めようとして。

 けれど、つれない言葉を発しておきながらも受け取る気はあったらしいアンディラートの手が、慌てて取り落としたクッキーを追う。


 アイテムボックスが発動して。


 クッキーとアンディラートが消えた。



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