不本意ながら仲直りした。でもまたすぐ喧嘩した。
決闘が終わったら、隊の休養日を挟んで。
週明けに従士隊に出てきてみたら、級友達の態度が一変していた。
…多分、いい意味で。
挨拶してくれたり、無視しなかったりということがぽつぽつと増えてきたのだ。
聞こえよがしな嫌味や憎々しげな舌打ちは最近、少しずつ鳴りを潜め始めていたところだったのだけれど、どうやら私は彼らから『変なヤツだけど頑張っている』と見做されたらしい。
えぇと、うん。 確かに頑張ってはいますヨー、はい。
でも身体強化様がなかったら、勝てなかったんです。
最初っからチートありきの戦法でした。
運も実力のうちって言うし、それなら生まれ持ったチートも実力のうちってことにしていいかなぁ…。
同時に私がエーゼレットさんちのオルタンシアちゃんだということもバレた。
全力で隠していたわけでもないから、特に異論はない。
もしかしたら、皆、それで絡むのは得策ではないと思い直しただけかもしれないよね。
しかも流れる噂でじわじわとバレたわけではなくて、従士隊では正騎士先生の引率による決闘観戦が行われたのらしかった。
聞いてませんぜ。大衆向けのアピールだったっつうのよ。
見られていたからってやらない選択肢はなかったけれど、ちょっと恥ずかしい。
決闘の時には余裕と優雅を司る貴公子を演じていた私だが、本当に演じていただけだったので、割と必死であった。
そんなわけでアンディラート以外の知り合いを見た記憶など全く残っていなかった。
観客は、お野菜。
そして、私が戦った傭兵だの冒険者だのはそれなりに広く知られた人材のようだった。
最後の冒険者との決闘こそ辛勝だったものの、豪腕のナントカさんはそんな強かったイメージないのにね。
何にせよ級友達の中には決闘相手のことを知っている者が多々いて、イルステンを下しただけでは半信半疑だった私の腕は名実共に認められたのだ。
ちなみに級友のうちで1人だけ理解していた、イルステンだけは「今更だ」と拗ねていた。
あと、イルステンだけ態度が相変わらずで、絡んでくる。おのれ。
そんな若干穏やかな日々を過ごしていると、うちの大天使がとんでもないことをしでかしてくれた。
私は知る。しつこい人間が近くにいるのなら、いつ何時にも気を抜いてはいけないことを。
…油断大敵、イルステン。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「オルタンシア、ちょっと…」
「あっ、おかえり! 遅かったね」
思いっきりアンディラート用の笑顔で振り向いてしまった。
目線の先にはバツが悪そうな天使と、わかりやすい驚愕を浮かべたイルステン。
…当の私も理解が追いつかず、ちょっぴり動揺した。
ひくりと引きつった口の端をゆっくりと丁寧に定位置へ戻す。
笑んだ形のまま虚ろになってしまった目は、2秒間閉じてから勝気を意識して開く。
声のトーンを引き下げ確認。脳内発声練習OK。
大丈夫、持ち直せる。
アタシ、女優よ!
「…やってくれたね、アンディラート?」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった」
天使は実に素直に、ぺこりんと頭を下げた。
アンディラートはいつだって素直なのだ。
わかっている、わざとなはずがない。彼は漂白剤も真っ青な白さを持つ男だ。知ってた。
「それで? まさか今日は、そこの人も一緒に帰るんじゃないだろうね」
「…一応、そのつもりで連れてきた」
「…そっか」
何ということだ。アンディラートセラピータイムに異分子混入。
気を抜けないじゃないかよぅ。
「アンディラートが許可してしまったのなら仕方がない。今日だけは妥協しよう」
私の笑みが、一部眉の辺りでちょっと嫌そうになってしまったのは仕方がないと思う。
それでも一応の笑顔を作った私に対し、乱入者は言うのだ。
「まだその態度、取り繕うのかよ」
ムカッとしちゃった私は悪くないと信じたい。
「私の態度がコレ以外になる要素が、君にあるとでも?」
さながらハブ対マングース。どっちも見たことないけど。
イルステンと私の攻防を初めて見たアンディラートが、ちょっと目を見開いていた。
気に入らぬ、絡まれるなどと時折愚痴ってはいたものの、消極的な愚痴だったのでそんなに問題視していなかったのだろう。
心配かけたくないから小出しに愚痴っていただけだい!
「もうバレたんだから取り繕う必要はないだろって言ってんだ」
「何のことだかわからないな? 特段、君に秘密にしていることなどないのだが」
「あんな女らしい声と笑顔出しといて、言うかぁ?」
「何ら問題ない。私は、性別が女性であることを隠したことはない」
「…いつもっ、いつもはそういう男みたいな態度じゃないかっ」
「従士隊という場に適していると思うが。…そもそも君に対して女性らしく接する必要なんてないだろう」
「アンディラートにはあるのかよ?」
「それは女らしいか男らしいかではない。私をよく知る幼馴染に、私らしく接するのは当たり前のことだ」
睨み合ったまま動かなくなった私とイルステン。
ひゅうぅと風が吹き抜け、カラコロと落ち葉が足元を転がっていく。
え、何だこれ、西部劇か。早撃ち対決か何かか。
ちょっと面白くなってしまってニヤニヤしそうなのを堪えたら、とってもシニカルな笑みになってしまった。
イルステンの表情が、ますます噛み付きそうになっている。
「オルタンシア」
呼びかけに、表情を緩めつつ目を向ける。
アンディラートは何か決意したような顔でこちらを見ている。
「なに?」
「落ち着いてほしい。今日イルステンをつれてきたのは、彼がオルタンシアと仲直りをしたいと言ったからなんだ」
「…えぇ?」
嫌そうな声が出てしまった。
だって、そんな態度も気配も、欠片もなかったじゃない?
アンディラートは眉を寄せ、今度はイルステンへと目を向けた。
「イルステン」
「…うっ」
「そうやって意地を張るのなら、何も変わらない。二度は手伝わないぞ。俺はオルタンシアに嫌な思いをさせるために、お前に協力したわけじゃない」
別に仲良くするつもりも必要もないのにな。
紳士だから、諍いを見つければ止めようとしてしまうのだろうか。
よし、仲裁など不要だということを明確に伝えよう。
「アンディラート。私とイルステンは元々喧嘩などしていないよ」
アンディラートどころかイルステンまで、こちらを見てきょとんとした。
「…喧嘩ではないのか?」
「うん。だから仲直りは必要ない。だって別に友達じゃないもの、そもそも直る仲がない。絡まれて迷惑しているのだから、もう関わらないでくれるのが一番いいでしょう?」
イルステンが一方的に絡んでくるだけで、喧嘩ではない。
誓って、真実である。
イルステンは下を向き、アンディラートが「うわぁ」という顔で私を見た。
…何だと…大天使にあんな顔をされるような発言をしたか。
ちょっとショックを受ける私。
「オルタンシア…お前にも思うところはあるんだろうけど、お願いを聞いてほしい」
「どんな?」
「俺に免じて、許してやってくれないか。そして普通に対応してやってほしい。無理なら、せめて今日初めて会った人間として、印象をゼロに戻してやってほしい」
「…えぇえ…?」
どうしてそうなった。
理解不能の状況に、私は半笑いになる。
「もしかして、アンディラートはイルステンと友達なのかな? 友達同士仲が悪かったら嫌だな、とかそういうこと?」
「…うん…まぁ、そう取ってもらってもいい」
違うということなんだね。
でも、説明してくれる気はないようだ。
イルステンは相変わらず俯いている。
引き続き、謝罪をいただいてなどいない状況です。
だけどアンディラートのお願いを断るという選択肢は存在しない。
「いいよ。アンディラートがそう言うなら、私の態度は一旦、偏見なしの初対面までリセットする」
あくまでもアンディラートのためだ。
自分に免じてくれとまで言うのなら、アンディラートへの山ほどの借りの中から一部を返せる機会と取るよ。
…でも大丈夫かな、アンディラート。
なんでお願いしてまで、私とイルステンと仲直りさせたいんだろう。
こやつに何か弱みでも握られてるんだろうか。
取り返してあげようか?
まさか騎士団長の子供だからって、身分を笠に着てアンディラートが騎士団に入れないように手を回しているとかではないだろうな。
そんなことしたら怒るよ。多分、ヴィスダード様が。
ボッコボコにされるよ、イルステン。よし、パンダ目になれ。
いかんいかん、友好度は初期値に戻すんだった。
はじめまして、イルステン。オルタンシアと申します。
よし、大丈夫。
アンディラートが悲しい顔をするくらいならば、イルステンの記憶を喪失する程度、何の手間でもない。
だけど諸注意だけはしておかないと、きっと同じ轍を踏むよね。
「でもね、先に言っておくよ。やることなすこと女らしくないだとか女のくせにだとか言われても、一切直す気がないのだから聞き飽きるだけで面倒くさいし、訓練のたびにイルステンと組まされるのは嫌だ。何のための従士隊なのよ、色んな人と戦えないんじゃ戦略も何も育たないじゃないのよ?」
変わった声の高さと口調に、イルステンが顔を上げた。
「…それが、素なのか?」
何ですか? フワフワンシアでないことに異論でも?
嫌な顔になりかけるのを、初対面初対面と念じながら何とか戻す。
「そうよ。素の私が一般に受け入れられないことは知っているから、嫌ってくれても文句は言わない」
「そんなことはない」
すかさずアンディラート先生がフォローをくれたのでちょっと笑ってしまった。
「いいのよ、他の誰にどう思われていても。私を不利益だと思わないのはきっと君くらいなんだから」
幼馴染を宥めつつ、元邪魔っ子で今初対面のイルステンへと目を向ける。
「私は私の目的さえ達せるのなら、他人の評価の一切を気にしない。私を矯正しようとしないで。君に口を出される謂れはないって思うだけよ。少なくとも私は当分の間、誰より強くなくてはいけないわ」
「…なんで…?」
「私から見て、それが必要で確実な方法だから」
アンディラートにも言ってない諸々を、イルステンにぽろりするわけがない。
うっかり喋ったら天使からの信頼が霧散するわい。
何だかアンディラートが微妙な顔をしていたので、こちらも小首を傾げて見せる。
何かお気に召さなかったのだろうか。
「…いや…。普通の態度をしてやってほしかっただけなんだけど、…まさか性格のほうをバラすとは思わなかったから…」
思わずズギャンと目を見開いた。
な、なんだってー!?
「えぇぇ、素の態度を出せって意味じゃなかったの? やだもー、それならそうと言ってよ、出しちゃったよ!」
「…え…、そうか。言葉が足りなかったんだな、ごめん…」
それって俺のせいかな?と問い返さない辺り本当に紳士である。
慌てて私は、彼が文句も言わずに着ようとする濡れ衣を剥ぐ。
「違うよ違うよ、君は悪くないよ。私が勝手に勘違いしたんだよ」
「いや、お前が勘違いするような態度を取ったのは俺だ」
「私は独創性の申し子だよ。うっかり斜め45度に受け取ったのよ」
俺が、いいや私が、と謝り合っていると、横から実に呆れたような声が響いた。
「もう、どっちでもいいからやめれば?」
おやおや、まぁまぁ。
私はニコリと笑い、アンディラートは困ったような顔をした。
「よし、イルステンの頭を強打して記憶を消そう。あれ、こんなところに程よい棒切れが」
「なんでだよ! クソッ、受けて立つぞ、ゴリラ女め!」
「うわ、真剣とか卑怯。汚いな、さすがイルステン、相変わらず紳士の風上にも置けない」
「何だと! お前だって淑女なんかじゃないじゃないか!」
「そんな汚い相手に、私が敗北するなどありえない。ハンデを貰ったと思うがいい!」
「ああ、もう。2人ともやめろ! こらっ!」
アンディラートが私の額にゲンコツを落とし、取り上げた木の棒でイルステンの手をベチンして剣を落とさせるという喧嘩両成敗。
手加減していただいたようですが、おでこが赤くなっている予感満載。
おのれ、イルステンめ…!
ゼロに戻してやった好感度、早くもマイナス補正である。




