まだまだ、全力で参ります!~決闘:大将~
三度目の相手は…やはり代闘士であった。
もうホントそこの二人、自分で戦わないなら甲冑脱ぎなよ…。
「ゴルドー・マグオスの代闘士、トランサーグ。冒険者だ」
進み出たのは長身の青年だ。
武器は槍。鎧も、重すぎず動けそうな形かつ使い込まれている感じ。
…うん。ちゃんと、戦士っぽい。
気を引き締めて、私も名乗りを返す。
「オルタンシア・エーゼレット。…此度も全力で参ります」
冒険者も代闘士をするのね。ギルドで依頼とか出てるのかしら。不思議。
魔獣…魔物も魔石もあって、職業に冒険者もあって。
けれど魔法はまだ、見たことがないな。
噂によると、実は魔法使いって数が少ないものらしい。習得が難しいのかしら?
「始め!」
審判の声と周囲のどよめきに、私は息を飲んだ。
目の前に槍が現れたからだ。
身体強化様!
咄嗟に剣の腹を当てて槍の軌道を逸らす。
一度引き戻されたそれは、今度は斜め上から私を狙った。
速い。
この人はきっと、ちゃんと強い。
潜り抜けて躱し、こちらもお返しとばかりに剣を振るう。
しかし即座に戻ってきた槍の柄がそれを阻んだ。
「…前の二戦は、まぐれではないということか」
相手が呟いた。
侮る色のない、冷たい声だった。
「貴方も、小娘が勝算もなく決闘に挑んだと思いましたか」
身体が小さいからこそ素早さが売り。
そう考えていた私を嘲笑うように、本職の冒険者は速く重い攻撃を繰り出す。
理解した。…彼は、素の私の体力にちょっと色をつけた程度では、勝てない相手だった。
弾くに重い一撃を、身体強化を加えて捌いていく。
「ああ。無謀で哀れだと思っていた。今は、少し見直した」
「それでも貴方には勝てないとお思いですね?」
「当然だ」
幾度も剣と槍がぶつかり合い、攻撃を躱し、躱される。
飛び退けば瞬時に距離を詰められ、攻めれば上手く間合いを取られた。
今までのように、身体強化した膝のバネで勢いを溜めての攻撃なんて出来ない。
勢い付けにしゃがむ間に攻撃されるからだ。
私は微笑んで見せた。
相手は警戒し、少し距離を取った。
槍を構えて動きを止める相手と。
剣をだらりと下げて動きを止める私。
「諦めたか?」
「まさか。全力でお相手すると申し上げたのに。…それに、負けて良い戦いではありません」
「…次が勝負ということか?」
「いいえ、次がダメでも、何度でも。私にとっては全て全力の攻撃でしかありません」
要所要所で身体強化を発動しても、今までは懐に入らせてもらえなかった。
私の、本来の身体能力が、その程度では引っ繰り返せないくらい劣っているからだ。
今度は、身体強化様を並盛り常時発動で行く。
ぐっと地面を踏みしめると、相手は即座に反応した。
やはり、多分とても強い人なのだろう。
剣戟というには鈍くて激しい音が連続する。
周囲が唖然とするのを背景として認識しながら、私は少し苦く思った。
…並盛りの身体強化様では、抜けない。
叩きつける剣が、全て槍の柄に阻まれている。
「…くっ、言うだけのことはある」
それはどうも。
口には出さずに、身体強化様を大盛りにした。
「…まだ速くなるのか!」
まだ、こちらの勢いは捌かれる。
幾らか細かな傷を付けることが出来た程度だ。
それでも既に槍の間合いではない。
金属音を重ねるたび、じりじりとこちらが押していく。
防戦一方だった冒険者は、しかし、槍を捨てて腰の短剣を抜いた。
やばい、速い。
短剣の間合いが近くて、ヒヤリとした。
距離は取らせてもらえない。
唇を噛み締めて、目をカッ開いて短剣を追う。
剣の腹も背もなく、必死で攻撃を弾いた。
大盛りの身体強化でも、獲物によって速度で負けるのか。
今度はこちらが防戦一方の有様。
油断しているわけじゃないのに。
…勝てない。防ぐだけでは。
大丈夫、大丈夫、アンディラートだって短剣を使っていた。
訓練した。戦える。
相手も余裕がないんだ。
押せる。
手数を増やせば…そうだ、私だって短剣を増やせる。二刀流にすればいい。
奥歯を食い縛り、左手を背に回し、腰の辺りへ。
マントで隠れているのを確認しつつサポートを発動。
思い浮かんだままに、アンディラートのソードブレイカーを再現した。
タイミングを見極めて。
まるで元々後ろに武器を隠し持っていたかのように、抜き放つ。
ガッと櫛刃に短剣を捉えた。
「…しまった!」
今だ。
食らえっ、身体強化様、特盛りだあぁァ!
ギィン!
一際高く響いたその音に、周囲は静まり返った。
なんということでしょう。
さすが、お強い冒険者。
まだ武器を隠し持っていたなんて。
「…しょ…勝者、オルタンシア!」
短剣を捨てた相手は、小さな武器を取り出していた。
私の剣を、懐剣のようなもので止めている。
けれども私も最後まで油断はしなかった。
念には念をと考えたのが功を奏した。
ソードブレイカーの刃は、相手の喉に突きつけられていた。
つまり。私の勝ちだ。
「…俺の負けだ」
溜息をついて、冒険者は両手を上げた。
私はゆっくりとソードブレイカーを引く。マントの中へ隠すようにして手を後ろへ。
腰の辺りでサポートを解除した。
サッと剣を鞘に納め、決闘開始の位置へと戻る。
対戦相手へ向き直り、ゆっくりと、ボウ・アンド・スクレープ。
わっ、と観衆が湧いた。
「全ての決闘においてオルタンシア・エーゼレットが勝利した。これにより、オルタンシアの言い分、その正当性を国が保証するものである。また敗者は今後このような侮辱行為を慎むこと。この件は後程、書面にて正式に4名に通達される」
突然王様が仕切り始めた。
わたわたと全員がその場に膝を付く。
私も、未だに一人だけ優雅さを気にかけながら、片膝をついた。
「オルタンシア・エーゼレット。驚いたぞ…よくぞ勝利したものだ」
「はっ。有り難きお言葉」
「しかし、なぜ女だてらに決闘を思い立ったのだ?」
「3名のみならず、広く知らしめることができるからです。此度の決闘、己の未熟さが身に染みているところではありますが…それでも、母に関わる名誉のためであれば、天は幾度でも私に道を示すでしょう」
ふむ、と王様は頷いた。
「つまり後妻の紹介をしたければ、今後もそなたとの決闘に打ち勝たねばならないということだな」
「御意にございます。なにせ、ご覧の通りの娘ですので…私の母親というのは、決して軽い役目ではないのです」
「はっはっは! そうか、成程。しかし、良い試合であった。…今は従士隊に所属しているそうだな。よく励むが良いぞ」
へへー。ありがとうごぜぇます。
淑女教育に文句つけられるかと思ったのに、剣に励んでいいと王様のお墨付きを貰ってしまった。
むしろ、これで対外的にも私のお転婆が認められる形になってしまったのですが。
王様が退席し、騎士達が場の撤収に入っている。
野次馬達もパラパラと離脱して、人数が減っていく。
決闘相手達は一人を除いて、既に姿がない。
「オルタンシア!」
駆け寄ってきたのはアンディラートだ。
笑いかけようとして。
けれど失敗した。
…怖かったよ。負けるかと思った。
負けたらお父様を守れない。
そんなのは、絶対に嫌なのに。
「…大丈夫か。怪我は?」
叱られるかと思ったのに、アンディラートは私を案じて周囲に聞こえないよう声を落とした。
「ないよ。少し…少し疲れたかな」
膝が震えそう。蹲りたいし。ちょっと泣いちゃいたいかも。
目聡く私の様子を察知している幼馴染は、私を周囲から隠すようにして連れて行く。
残っていた最後の決闘相手…冒険者のナントカさんが、遠くからこちらを見ていた。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
えぇい、こっちを見るのはおよし。決闘が終わった以上、もう貴方と私は無関係なのよ!
しかしながらその視線のお陰で、無様をさらさずに済んだといっていい。
私は腹に力を入れ、今度こそニッコリとアンディラートに笑って見せる。
家に帰るまでが決闘です。
貴公子はここで幼馴染に泣きついたりしてはいけない。
「いつも心配かけて、すまないね」
「…そんなの。歩いて帰れそうか? どこかで少し休もうか」
「平気だよ。…アンディラート、最後の冒険者、知ってる?」
低く問うと、アンディラートはちらりと冒険者を確認した。
うっ。ま、まだこっちを見てやがった。アイツ、怖い。
「…結構有名な…腕のいい冒険者らしいぞ。さっき、周りの人が言ってた。子供だし、お前の言い分のほうが正当っぽいから手加減したんだろうって」
「手加減され…てたんだ。そう。やっぱり世の中には強い人がいるんだね」
少し憂鬱な声になってしまったのは仕方がない。
身体強化様特盛りでも、剣を止められた…そのことに酷く怯えていた。
いつかきっと、身体強化様だけでは、勝てなくなるときがくる。
相手の力量と技量が、私の身体強化を上回っていれば、負ける。
少し世界が広がるたびに、勝てない相手が増えていく。
思いつくだけでもヴィスダード様、正騎士達だって踏んだ場数が違うだろう。身近なところでは家令、そしてたった今勝利したはずの冒険者は手を抜いていたという。
守りたいものがあるのならば、もっと強くならなくちゃいけない。
…身体強化様に頼りきるだけでは、きっと、いつか負けてしまう。
翌日、私は筋肉痛で寝込んだ。
…訓練は治ってから頑張ることにします。




