ルーヴィス夫妻とお呼び!
結婚式と披露宴を終え、新居に移り住んだ。
よ、夜? …えぇと、素面でも大変丁寧に接していただきました…。最初はめちゃんこ照れてたけども途中からいいぃや何でもない!
でも、あの…何かこう…しばらく、普通の生活リズムに復帰するまでに時間がかかった。
何せ我々、定時勤務の職には就いていないので…止めるものも人もなく…。
見知った使用人達のあたたたたか~い目が、結構キツイ。
いや、人には恵まれているというか、良いことなんだよ。不遇の時代を経て己の手で幸せを掴み取ったぼっちゃまを、彼らは物凄く祝福してくれているのだから…。
私の人生設計はガラリと変わってしまったが、アンディラートは幸せになるべきだし、必ず幸せにして見せるぞぃ。ぞぃ?
それに使用人の忠誠値が高い方が、精神面でも仕事の質的にも良いに決まっている。
私だって自分ちの使用人すら警戒しているのだから、私に直接好感を持ったよなんて近付く使用人なんかよりも「奥様なんですからね、そりゃ誠心誠意お仕えしますよ。えぇ、だって、うちのぼっちゃまの奥様なんですもの!」というハッキリした態度の方が理解しやすいし、成仏したとはいえ前世魂が諸々安心するよ。
だがなぁ。うぅ、奥様呼びが、ヤんバイこと慣れないんだなぁ。モゾモゾしちゃう。
しかし、私を「奥様」と呼ぶとアンディラートが何度でもキラッキラするので、使用人達はニッコニコで必要以上に奥様奥様言う。
そりゃもう、挨拶代わりみたいに言う。
私に用がなくとも使用人同士の業務引継ぎにすら、今のOKUSAMA情報みたいなのを付け加えてハキハキと発声している。
1人1日1奥様…どころか、10奥様くらいは軽くあると思うな。これはもうノルマ制を疑うレベル。
多分、奥様という言葉を発してアンディラートにそこかしこで聞かせ、主のモチベをアゲアゲにする会が発足していると睨んでいる。
まぁ、確かに家の中では今一番ホットなニュースではあるから…しばらくすれば、恐らくきっと落ち着くよね…うん、アンディラートも含めてね…。
なんて、他人事のように言うけど、私も「旦那様」呼びでアンディラートの話題を振られると、うっかりアワアワしてしまう。
これが…新婚家庭の魔力…。恐ろしい、誰も彼もが正気じゃない。そしてツッコミ不在。
空気など読まぬ俺様リスターの存在が、如何に貴重だったかを思い知る。
そんなリスター、結婚祝いに元テヴェル野菜(今は野生化からの開拓農家製)の詰め合わせセット+米を贈ってきた。
レシピが確立されたことで市場流通も近いらしいし、銀の杖商会様々だ。これ、他の人の手でもうまく育っているのだね! ヤツのことはそれはそれとして、現世で手に入るピーマンが凄く的確に嬉しい。広まれ、美味しいもの達よ。増えよ育てよ、異世界素材とマリアージュな見知らぬレシピ達。
贈り物の中には高価な宝石や調度品もあるのに見向きもしない奥様です。
でも知らん人からアクセサリー貰っても気持ち悪いから身に付けたくないし、調度品も間に合ってるよね。即売って誰かに見咎められて不和の種になっても困るし…家計に困ったら転売して下さい。
そして銀の杖商会が、本当にリスターを離さないな。アンディラート並に何から何までお世話してくれているよ。
商会もリスターも、このままトリティニアにうまく根付いてくれると良いなぁ。
開拓といえば、あの農民を叙爵しかねないアメリカンドリーム的開拓地政策は、王太子の実績作りとして始めた事業だと聞いた。
王様は「(王太子予算の範囲で)やってみなはれ」だし、周りの貴族は「王太子様がやるなら成功するさ!」みたいに媚び出資しているらしいよ。お父様はご遠慮した模様。
確かに、何が飛び出るかわからないような未開地は開拓して既知の場所にしといた方が、国として安全にはなるのよね。
幸いトリティニアは今のところ戦争もない平和な時代だし、気候からして耕せば飢えはしないのだから、農地を増やしても損はない。
けど。ねぇ。うーん。
農民強化するのと、教育や文化の発展とかを気にするのと、どちらが国としては良いんだろうね。前世を知るから教育水準やら人権やらが気になるけれど、我がトリティニアはまだ王政だし男尊女卑だし、前世感覚のものが日の目を見るには、まだ時代が追い付いていない可能性もある。
国政なんて大きなところは私には口を挟みようがないし、そもそも王族には関わらないが吉…そんな気がするので我々は当然開拓地関係のアレコレには参加しない。
なぜか山賊貴族はチャレンジするようだ。そんな暇あるの? 直接の交流がないので、婚約者ちゃんとどうなったのかはわからない。
ぱらぱらと届く贈り物を、使用人に指示を出しながら仕分けて片付けていく。
お礼の手紙も書かなくてはならない。どうやらこれは奥様業務だからな。
よし、この機会に奥様ロールを育てよう。
どこに出しても恥ずかしくない若奥様になるのだ!
それはそれとして、米が来たのでまずは奥様、食材が新鮮なうちに趣味の料理を…えっ、それは料理人の仕事? そ、そんなー。
まぁ、そんなーとか言ってないで、普通に料理人の仕事を奪うんですけどね。
気兼ねはない。なぜなら皆、私とアンディラートが2人で調理していたことを知っている使用人ばかりだから。
なんて楽なの。素晴らし…つーか、そこの料理人、その沸騰した鍋の湯をどうするつもりだ。やめるんだ。
米を茹でる子には食材を譲れないのよ!
ヴィスダード様は、領地を分割して子供達に分け与える予定らしく、アンディラートには謎の仕事があるっぽい。
無職の我らは暇人ズ!とはならず、執務室に籠っては、何かの書類の決裁とかちょいちょいしている。
本人は冒険者としてやっていく気満々だったので、まだ領地割譲を受け入れたわけではないらしかった。鋭意抵抗中なのだとか。
しかし、仕事は来る。どういうことなの。
そもそもヴィスダード様自身が代官にブン投げ方式で、そのまま息子に最終決裁を移動しただけ。領主のイロハも何も教えてもらえてすらいないんだぜ。実地が学び。酷い。
コレ完全に、代官が悪い人なら不正しててもわからないヤツですよね。
領主になるかどうかが未定なため、結婚したものの、貴族業務である社交は取りあえず棚上げになっている。アンディラートは、「どちらにせよやらなくていい」とは言ってくれている、けれども…。
もしも領地をアンディラートが受け取るのならば、活発な彼を机の前に縛り付けることと引き換えに定期収入が入るわけです。
私と2人ならいいったって、この邸の維持費と人件費は容赦なくのし掛かってくる。
ぼっちゃま大好きな使用人とてタダではない。彼らにも生活があるからな。
新米の主に、使用人達の方から「本家の頃より安くてもいいので!」と謎の忠誠値引を希望するようなことはあれど、基本は適正価格をお支払せねば。
胡座をかいていてはいつか愛想をつかされることもあるはずよ。
いや、人間不信だからじゃなくて。少なくとも私は、彼らの忠義を当たり前に思っていてはならないので。
しかし領地があるということは領民がいるということでして…引き受ければ、使用人のみならず、何百という人間の生活を背負わなくてはならない。
…生真面目なアンディラート君がな。
代官置いて自分は冒険者稼業だなんて、そんな片手間できるわけないじゃん。この書類だけは大事だから確認するよ、なんて言いながら結局全てを確認するに決まっている。
つまり私と領地のどちらも見捨てられないと、過重労働を課すことになる。
彼が領地を受けるなら、冒険者は諦めるか、気晴らしの趣味程度にしないと。
何かを素敵に手伝おうにも、私、内政チートは持ってないんだ…。




