披露宴②~祝わぬ者の末路。
「幼い頃は持て囃されたようだが、今は冒険者崩れなのだろう? 誰もが帰国を待ち望んでいたエーゼレット家のご令嬢を、戻ってきた途端に手に入れるなど、どんな手を使ったのやら。羨ましいことだなぁ」
「うん、そうだな。リーシャルド様はオルタンシアと同年代の貴族子息のことはよくよく調べていたようだから、その中で良しとしてもらえたのは有り難いことだ」
冒険者崩れだなんて…と私にはカチンときたのだが、当のアンディラートにはさっぱり響かないらしい。
表情が本気で「幸せです」な顔なので、嫌味ポイントと会話ポイントに大きくズレがある感触。さてはこの子、浮かれてるな。多分「羨ましい」しか聞いてない。
うーん、可愛い。祝ってない人からも祝われてみせるその様、お見事なり。
思わず横から手を伸ばし、後頭部を撫でてしまう。並んで着席しているから、身長差は普段より苦にならないのさ!
「…わ。オルタンシア、急に何してる」
「君の可愛らしさが天元突破していたから」
「意味がわからない。…今は、話をしているところだからな。なぁ、ダメだってば。ほら、オルタンシア」
徐々に頬に朱が差していくアンディラート。
とはいえ、本気でやめてほしそうではない…嫌そうな顔も逃げ出したそうな様子もしてないな。テレテレしてはいるが、ニコニコだ。
へぇ、珍しいな。君、満更でもないのかね。
そして全く嫌味マンの方など見ず、久し振りの後頭部撫でに夢中の私。当然だ、この撫でチャンスを逃す手はない。
「ちょ、ちょっと。信じられないな、客を放置してイチャイチャするんじゃないよ」
「いぃィイチャイチャなんてそんな。コホン、オルタンシア、そろそろ…」
「やだー、もう少し、あと少し」
「す、少しだけなら…」
あと5分。いや、あと7分。うーん、10分でも足りる気がしないなー。(ツヤツヤ)
やはりコレ嫌味になんて全然気付いていないのだな。良い子だなぁ、純真無垢だわぁ。
止めようと思えば私の手を力ずくで止めることもできるのに、それもせずギリギリまで自分が我慢しちゃうとこもまた可愛い。
あー、染まってきた頬をプニりたい。
くっ、だがしかし雛壇でそこまでやると、きっと怒られそうだから我慢…。
わちゃわちゃしていると、不意に後ろから「ところで、コレはお前の親しい奴なのか?」と問う声。
私を諌めるのに忙しいアンディラートは「え、いや別に」と素で返してしまい…。
「じゃあもういいだろ。お前ら全然聞いてないけど、こいつブツブツうるっせェ」
「…も゛ッ!?」
哀れ、嫌味マンは魔法の力でクルクルと自転しながら遠くに押し流されて行った。
その口にはいつの間にか大きなチキンレッグが突っ込まれていて、悲鳴も聞こえない。
会場に人が多いのを考慮して幅を取らぬようにか、足は地を、顔は空へと向けられたままの直立スピン。
チキンレッグが遠心力で飛んでいかないのも魔法のせいなのか。いや、案外デリシャスなあまり自ら離さない可能性も微レ存。
なんて美味しい猿轡なの。そうか、これが…幸せのお裾分け…。
自転の速さとは裏腹に、人が歩くくらいの速度で誰にもぶつからず移動していったので、気付かない人は気付かず。
気付いた人は、これが巷で噂の魔法使いの仕業だとわかったらしい。魔法なんてなかなか見る機会がないから、まるで楽しい余興かのように喜ばれていた。
…名も知らぬ嫌みマンよ…チキンレッグを頬張りながら高速回転して去っていく姿は、招待客達の心に残り続けるであろう…。
あっ、会場警備の人にキャッチされた。そのままどこかへ連れ去られるようだ。
さすが野生の護衛魔法使いリスター、良くやってくれました。
「…うわ…」
様々な思いを一言に詰め込んだイルステンが私を見る。何だね、私の護衛だからおかしいとかじゃないぞ。
ちらりと視線トスして私は魔法使いを見る。
無関係ですとばかりにそっぽを向き、私の後ろに立つリスター。
微妙に横じゃなく背後に目線を避けに下がる辺り、ちょっと悪いことした意識があるみたいですね。叱りませんけど。むしろ褒める。
そんな魔法使いの前に浮く、もりもりに皿に盛られたチキン。詰め込みレッグの出所が判明しました。
いつの間にかちゃんと食べていたのだね。そうよね、自分がテクテク歩いて取りに行く必要、彼にはない。
イルステンなら給仕に適当に取ってきて貰うだろうが、リスターはそうしないよね。
「…やらねぇぞ」
視線に片眉を上げて見せるリスター。
別にチキンが食べたいわけではないんですよ。いや、もしかしたらアンディラートは欲しいかもしれないな。
野菜まみれに慣らされた私のお腹はスン…としている。気分としてはガッツリお肉も食べたいけど、私の悟りきった胃袋さんはまだまだ後で大丈夫。
うっかりガツガツ食べて、ドレスのお腹がポコンと出たら格好悪いしな。
「アンディラートにも取ってあげてよ。そろそろお腹に何かちょっと入れておかないと、会話中に鳴ったら可哀想でしょう」
「…それもそうだな」
平気だぞ、と言い募る声は無視された。
強がるな。私とリスターは、アンディラートがよく食べることを知っているのだ。
2皿飛んできたからてっきりおかわりかと思ったら、リスターはひとつを…なんと、イルステンにあげた!
見知らぬ他人に気遣いするリスターに驚愕。
ふよふよ浮いている皿を困惑げに見つめ、イルステンは恐る恐るそれを受け取る。
「魔法使いなんて本当に存在するんだな…」
騎士団長の息子でも、そうそうお目にかかれない職業らしい。
トリティニアに魔法使いがあまり生まれないのは、ダンジョン同様に魔力の少ない土地柄だからかもわからんわね。
会話の隙を縫って肉オンリーの片寄った食事を済ませる男性陣。私は時折飲み物で口を湿らせる程度だ。
雛壇は人目を引きやすいので、花嫁はなるべく何もせずに借りてきた猫になるよう、事前にレクチャーを受けている。
誰からって? 家令よ。
招待客リストから始まった家令のブライダルレクチャー。様々な慣習、ジンクスなどを詰め込まれましたよ。
お父様の結婚時に間違いなく執り行うよう、覚えたのかなぁ。家令としての当然の知識と言うには、ちょっと深広すぎる気がする。
ようやく人が切れたので、私達は雛壇から解放された。ここからは誰かと談笑していてもいいし、飲食に制限もないし、ある程度で席を外しても良い。
花嫁と花婿はバラけて互いの友人の元に行くのが良くある光景のようなのだが、如何せん嫁の招待客としては護衛モドキ1人のみでして…バラけていく必要がないのです。
雛壇から下りた私では防波堤として不安を感じたのか、リスターはふと気が付くと居なくなっていた。
詳しく言うと、にじり寄ってきた令嬢やオッサン達が「あれ? いないぞ?」という顔をしていたので何気なく振り向くと、既にドロンしていた。離脱、素早い。




