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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~遠征と魔物の出現。【アンディラート視点】



 騎士たちの呆然とした声を聞いていた。


「どういうことだ」


「魔獣なのか? それにしたって…」


「盗賊の可能性もないわけじゃない。落ち着いて、生存者がいないか調べるんだ」


 周囲からバタバタと人がいなくなるのに、慌てて俺も隣を仰ぎ見た。

 焦茶の馬に跨っているのは大柄な男。馬と同じ色の髪と目をしている。

 騎士タハロ。

 今回の遠征では、彼に従うように言われていた。


 ちらりとタハロは俺を見下ろした。

 困ったような顔をしている。

 こちらもすまない気分になった。

 従士のお守りを任されているせいで、彼は簡単には探索に混ざれないのだ。


「我々は周囲を警戒する。何か気付いたらすぐ声をかけてくれ」


「はい」


 動揺していないわけではなかったが、フラフラと歩き回って良いことがあるとも思えなかった。


 唇を引き結んで、周囲をぐるりと見る。

 村の中まで進んでみれば、異常は明白だった。


 村人なのだろう。男も女も関係なく、地べたに倒れ伏している。

 ぴくりとも動かぬ彼らは、恐らく生きてはいない。

 村に入って数回、既に同じような死体を確認していた。


 始めは村の入り口に立つ、見張りの男だった。

 続いて、畑に倒れていたのは老人。井戸の周りでは、水を汲んでいたのだろう子供達が。

 そして今、目の前で調べられているのは野菜を撒き散らした女だ。


 どの遺体にも、首に絞められたような跡があった。


「…ダメだ、家の中も」


「何なんだ、これは。全員絞殺したってのか」


「遺体を広場に出せ。2班は火の用意を」


 聞こえてくる声には変わらずに困惑だけが乗せられている。

 わけがわからない。

 それでも、遺体を見つけた以上放置することはできなかった。

 火葬しなくては、魔物になって甦りうる。


「タハロ! アンディラートを薪集めに貸してくれ」


 こちらに手を振っている騎士がいる。

 前回共に行動した、騎士トリステルだ。


「行ってこい。でも、あいつがサボるために働かされそうになったら、無視して帰ってくるんだぞ」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。ふらつきかけるのを堪えて「はい」と返事を返す。

 どうしてか、皆、やたらと俺の頭を撫でたがる。

 逃げるようにトリステルのもとへ向かった。


「いいか、村を回って薪を集めてくるぞ。この量の遺体じゃ、ちょっと足りるかわからないけどなぁ…」


 死んだ人を見るのは、今日が初めてだった。

 遺体が損傷していないのは、救いだったのかもしれない。

 現実感がないような、恐ろしいような。不安な気分でトリステルを追う。


「騎士トリステル。魔獣の仕業でしょうか…」


 思わず問うが、相手も首を傾げていた。

 家の裏手に積み上げられていた薪を、拝借した荷車に載せていく。


「わからん。この辺りで出る魔獣は大体決まってる。狼、兎、鼠、鳥、蝙蝠…そいつらじゃあ絞殺なんて無理だろ。ならば人間なのかというと、絞殺に拘る理由がわからない。殺すだけなら剣のほうが余程簡単だ」


「…そうですよね。一体なぜ…」


 トリステルの引く荷車を、後ろから押して広場へ引き返す。

 ふと俺の目が違和感を認めた。

 それは、女の遺体が倒れていた辺り。

 カゴと、そこに入っていたのだろう野菜が未だ転がったままで。


「騎士トリステル」


「猿っぽくて両手が器用な魔獣なら、ないとは言えないけど…魔獣だって元々そこにいなくても遠くから移動してくることはあるしなぁ」


「騎士、トリステル!」


「おお? どうした、乗せすぎたか? 荷車重すぎたか?」


 違うとだけ伝え、俺は道に散らばったままの野菜に近付いた。

 慌てたようにトリステルも荷車を放置し、追いかけてくる。


「アンディラート、勝手にウロウロするなって!」


「蔓じゃないですか?」


「うん?」


 野菜の中に、異質なもの。

 収穫物とは思えない、植物の蔓。


「他の死体の側でも、この植物を見た気がします。あれは…多分村の入り口の男」


 そうだ。なんで草なんて握って死んでいるのかと、思った。

 あれは首を絞めていた蔓を、止めようとして握ったのでは…。


「…蔓で絞めたって? まぁ、このくらいの太さの跡ではあったけど…っ、下がれ!」


 不意に突き飛ばされた。

 転ばないようにバランスを取り、慌てて腰の剣を抜く。

 敵を探して、けれどトリステルの手に巻き付く蔓を見付けて、思わず声を上げた。


「トリステル!」


 拾おうとしたところで、絡みつかれたんだ。

 腕を振り払い、必死に蔓を落とそうとしている。


 援護したいけど、寄るなと一喝されてしまった。

 ウロウロと剣を手にしたまま見ているしか出来ず、不甲斐ない。

 やがてボタリと蔓が地面に落ちた。

 即座に剣を叩きつけて分断し、素早く間合いを取ったトリステルは、締め付けられた腕を痛そうに擦っていた。


 異変に気付いた他の騎士が数名、バタバタとこちらに向かってくる。

 トリステルはそちらに向かって叫んだ。


「動く植物がいるぞ! 気を付けろ!」


 蔓で殺したんじゃない。蔓が殺したのか。

 動物ではないはずなのに、ヘビかミミズのようにのたうつそれに、ぞわりとした。


「くそっ、ダメだな、切っても動く。燃やすかなんかしないと…」


 何度か剣を振るった騎士から、そんな言葉が聞こえた。

 俺は手にした剣を鞘に戻し、代わりにベルトにつけた荷物入れを探る。


 取り出したハンカチを地面に落として、着火具で火をつけた。

 横目で確認したトリステルが、剣の先で素早くそれを掬い取っていく。


 火をかけられた蔓はそこから逃れようと蠢いていた。

 トリステルの剣が行く手を阻んでは火の中へと押し戻すが、あまり燃えが良くない。

 ハンカチだけじゃ足りない。火のほうが先に消えてしまいそうだ。

 従士服を捲り、中に着ていたシャツの裾をナイフで裂いて蔓の側へと放る。これもすぐ燃え尽きてしまうだろうが、火を消すわけにはいかない。

 トリステルがそれも剣先で拾って、火にくべた。


 何か燃やすものを探しに…そう考えたところで駆け寄ってきた騎士が薪を細かくして投げ込んだ。

 次第に勢いを増す炎に、焼けた蔓は動きを緩慢にさせていく。


 燃え落ちて、崩れた。


「…魔物か…見たことがないな」


 いつの間にか、騎士が周囲を囲んでいる。

 焦げた蔓を入念に踏みにじったトリステルが戻ってきて、側に来ていた隊長に言った。


「従士アンディラートが、入り口の死体の側でもこの蔓を見たようです。調べようとしたところ動き、襲い掛かってきました」


「おい、他の遺体の側にもないか探せ。徽章程度の長さのものがあれば捕獲しろ、他は焼却だ」


 騎士達はすぐに散っていった。

 トリステルに声をかけようとしたが、後ろから隊長に頭を掴まれる。


「わっ」


「よく気付いたな」


 まただ。なんで、皆、俺の頭を撫でるのか。しかも乱暴に。

 勢い付けて撫でやすい高さなのか?

 舌を噛まないように注意しながら、言葉を返した。


「いえ、偶然記憶に引っかかっていただけです。…隊長、これは魔物、なんでしょうか」


「少なくとも意思を持って人を襲うのならば、そうだろう。出来れば捕獲して帰りたいが、人を絞め殺す程度の力は持っているようだから無理は出来ないな。短いものを選んでも、持ち帰るまでに成長しないとも限らないが」


 他にも蔓がいたのだろう、遠くが少し騒がしくなった。

 そちらを振り向こうとしたが、隊長に「今しばらくトリステルと行動しろ」と命令される。

 …薪運びに戻ることになった。


 荷車を引こうとしたら、持ち手をトリステルに奪われる。やっぱり、後ろから押す係に任命された。進む速度があんまりにも遅いので、腕が痛いのかと聞いてみる。

 痛むのなら代わろうと思ったのだが、相手からの返答は「まったり行こうよ」だった。

 そういうわけにはいかない。皆働いてるのに。


「押しすぎ、速い速い! 足浮いちゃうからっ」


「サボっていたら、また騎士タハロに怒られますよ」


「今、変な草と戦ったぞ、サボってなかっただろ。ちゃんと弁護しろよ?」


「引くほうを代わりますか」


「子供に引かせてサボるとか、俺は鬼か!」


 真面目なのか、不真面目なのか。

 何度か荷車に薪を載せて、広場と家々を往復する。

 俺1人でも引けない重さじゃない。だけど、従士はあくまで従士なので、勝手な行動は出来なかった。


「お前、本当に専属従士にならないのか? 俺とも気が合うと思うけど」


 ぽつりと言われて、思わず苦笑する。

 気が合うかな? 俺の気苦労のほうが多そうだ。

 でもトリステルの奔放な性格は、少しだけ幼馴染を思い出させる。

 オルタンシアは、トリステルは逆に、何もかもを自分で片付けてしまおうとするけれど。


 この隊の騎士達は随分と親切で、何人も専属従士の誘いをくれていた。

 …確かに従士隊の仲間には、専属従士になることを目指している者も多いんだ。


 専属従士になれば騎士の付き人として身の回りの世話をすることと引き換えに、一足早く騎士隊に参加できる。

 だけど俺は、人の世話を焼くより、自分の訓練がしたい。


「専属従士になると、騎士寮に住み込まなくちゃいけませんし。遠征は魅力的なんですが…平時の訓練は従士隊で連携なんかを学んだほうがいいかと」


「それにヴィスダード様に稽古つけられてたら、騎士訓練に混ざる必要ないもんな」


 ちょっと言葉に詰まってしまった。

 正直な話をすると、実際に魔獣と戦える遠征には参加したいのだが、平時の騎士訓練にはあまり参加したくない。

 父やその知人とする訓練のほうが有用に思えるからだ。怪我も疲労も多い分、実践的で、強くなっている実感がある。

 そして父があまり教えてくれない他人との連携は、従士隊が今教えてくれている。


「…まぁ…父のほうが容赦はないですね」


「怖ぇ。やっぱ家でもあんなんなんだ?」


「止める人間がいないので、もっと解放的です」


「うわぁ、更に凶悪なんだな。だよなぁ。騎士訓練はすごく手加減しなくちゃいけないからつまらないって公言してるものなぁ」


 …父上…公言はダメだよ…。騎士隊の方々、本当にすみません。

 一定周期でリーシャルド様のところに「一緒に訓練しよう」と突撃して、追い返されているなんて話も聞く。ちょっと恥ずかしい。

 宰相が騎士訓練に参加するはずがない。本当にやめてほしい。


 父の凄かった話と、残念な話の両方を騎士達から聞かされ続け、俺はちょっと微妙な気持ちだ。

 しかしながら父は意外と騎士達から親しまれているらしく、息子の俺に良くしてくれる人は多い。

 それを感じるたびに、やっぱり父は外で戦うのが合っているんだろうなぁと思う。


 昔みたいに反発する気持ちはないけれど、父に対する感情は、今もどこか複雑なままだ。


「それじゃあやっぱり、持ち回りで試用従士にするしかないか」


 俺が専属従士でもないのに遠征に連れてきてもらえるのは、専属に登用する前の試用扱いだからだ。


 専属従士は言わば主人と従者の関係だ。

 しかし貴族階級の子供はしばしば甘やかされ、傅かれることに慣れ過ぎている場合がある。

 相手を見極めないうちに登用すると、トラブルになることも少なくない。

 そのため、専属として召し抱える前に試用従士というものがある。


 専属を断っているというのに、俺の訓練が従士隊だけでは足りないだろうと、騎士達は率先して試用従士に申請してくれるのだ。

 お陰で、参加したい遠征には全て連れて行ってもらえている。

 体力的にはきついけれど、俺は強くなりたいのだから、休むために断るという選択肢はない。


「ご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いします」


「…ヴィスダード様の息子って聞いたときはどんなのが来るかと思ってたけど…お前、本当に真面目だよね」


 そう言われると困る。父も、決して不真面目な人間ではない。

 ちょっと根回しが苦手で、飽き性で、ルールとか集団行動を忘れがち…自分本位なところはある…けど…自分本位な…ところしか…。

 いや、ちょっと興味が戦うことにしか向きにくくて、他人の迷惑とか気が付けないだけ…えっと…。

 …やっぱり騎士としては不真面目、かな…?


「交代で野営の支度を始めろ。気を緩めるなよ、明日は、ここに半数を残して次の村へ行くぞ」


 隊長の声が響いて、俺達は慌てて口を噤んだ。


 遺体の側に、必ずしも蔓が残されているわけではなかった。


 切られた破片など、幾つか短いものを捕獲したのだが、数個まとめて袋に入れるとどういうわけかくっついて長くなってしまう。

 持ち帰るために、小さいものを煮て殺すという意見にもチャレンジした。しかし逃げ出す蔓は虫よりも厄介で、騎士の手から手、荷物や服の中を逃げ回り、最終的には熱湯煮え滾る鍋がほんの数cmの蔓に引っ繰り返され断念。

 蔓は長さや見かけによらず力が強く、口紐をきつく縛った袋からもいつの間にか這い出てくるので、隊長は捕獲を諦めた。


 本来は、訓練がてら周辺の村々に異常がないかを確認しつつ、森の魔獣を間引くという遠征だった。

 街道沿いにない、つまりは冒険者の通り道になりにくい町や村は孤立しやすく、脅威にさらされやすい。

 そのため定期的に騎士団が遠征し、周囲に魔獣が増えていないか、盗賊が住み着いていないかなどを確認している。


 今回確認する予定だった集落は4つ。この村で3つ目だ。2つ目の集落までは、異常はなかった。


 一般市民の安全のため、この村を襲ったものの正体は究明せねばならない。

 しかし次の村に襲撃が行われなかったかどうかを確認する必要もある。


 4つ目の集落にはあいつがいる。

 オルタンシアと同じ、生まれる前の記憶があると言う男、テヴェル。


 ここで足止めだと聞いて、少し安心している自分がいる。

 無事を確認して、それから少し話をしたい…そう思う自分もいる。


 テヴェルはオルタンシアに手紙を書いた。

 オルタンシアはメモ程度の返事すら書かなかった。


 見知らぬ男に簡単に手紙なんて書き残して、万が一他人の手に渡れば、それは醜聞になる。

 貴族の女性なら、そんなことをする人はいないだろう。

 それでもテヴェルの話から、理解した上で思い留まれないくらい…オルタンシアが連絡を取りたがるのかと思っていた。


 返事の要点は3点だけだった。


『手紙を書いて渡すことはできない。状況を鑑みても、顔を合わせる日は来ない。出来る支援はこれっきりで、これが限界』


 オルタンシアはテヴェルに対して拒絶を示したのだ。

 伝える言葉自体は俺に任されていたから、出来るだけ、傷つけない言葉を選んだつもりだった。

 2人の間に無関係な、俺の気持ちが出てこないように、伝わってしまわないように。


 …でも、そのせいだろうか。

 2度目に会ったときに伝えたその返事を、テヴェルはあんまり信じていなかった。

 いつか必ずオルタンシアは、自分に会いに来ると思っているようだった。


 彼は幾つもの聞き慣れない言葉を発して「あれもこれもないのだから不便だ。それに今時身分に拘るなんて馬鹿げている。飯はマズイし、元の世界に帰りたい」と言い切った。

 元いた世界に比べればレベルが低い、オルタンシアだってこんなところには居たくないはずだ、分かち合えるのは自分しかいないと。


 そう言われて眩暈がした。

 前世だの別の世界だの、妄言だと切り捨てることは簡単だ。

 けれどもそれをすれば、俺はオルタンシアの言うことも切り捨てることになる。


 だから少し、テヴェルに会うのは憂鬱で…。

 けれど、彼の絶対の自信となるほどの『前世の知識』は、聞いてみたくて。


 




 …4つ目の集落へ向かった騎士達は、何日も戻ってこなかった。

 伝令は何度か来た。


 集落は全滅。

 住人は大半が魔物化してしまっていて、討伐と後処理に時間がかかったらしい。

 ここよりも先に襲われたのではないかと、騎士達が話していた。


 テヴェルはどうなったのだろう。

 無事に逃げられたのだろうか、それとも、村から離れた場所で死んだのか。


 処理された遺体の中に、それらしき姿はなかったという。




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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは! 楽しく読ませて頂いております。 [気になる点] テヴェルくん…もしかして… チートなバイオがハザードしちゃった?
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