式次第は先に教えてほしい
雲ひとつない抜けるような青空が、まるで祝福しているかのよう。
雨でも移動は馬車だし、式自体は屋内でやるから支障はないのだけれど、やはり門出の日が快晴というのは気持ちがいい。
高位貴族にしては少ない人数で、そのくせこの国の最高権力者が列席する無駄に格式高い結婚式。
オルタンシア・エーゼレットが、オルタンシア・ルーヴィスとなるためのお手続きだ。
さて、短期間で無の状態からフルまで一気に詰め込まれた知識によれば、トリティニアの結婚とは、聖職者立ち会いのもとで婚姻届出書に記入し、教会にそれを収めることで成立となる。貴族の結婚だけど、特に王様の許可とかは要らない。王様、そこまで貴族のことを管理してられない。
でも戸籍って役所、王都なら城が管理してるんじゃないの?って思ったら、確かにそれはそれで書類を出す必要はあったよ。貴族籍の管理という意味で。
…なので、平民となるとぐっと管理は甘くなります。
平民はそもそも王城による直接管理ではなく、税収のための、地区長による働く人の人数管理だ。出生率や人口も把握しようと四苦八苦している様子はあるが、これがなかなか進まないみたい。国としては、徴税さえ機能していれば、とりあえずは何とかなる。
庶民の民度も前世ほどにはないので、人により面倒くさがったりして…ちゃんと届出ってものをしないのね。
そうするとそこで生まれた把握されない子の出生から婚姻まで、更にそれが横行する田舎の村とか、言わずもがな。
そりゃあこの国、家の名を使った身分証明も流行るよ。田舎の村なんか特に、小さなコミュニティにおかしな余所者を引き入れたくはないもの。
信頼できる相手からの身分証明なら安心材料にはなるし、そうでなくとも「問題あらば文句を言う先がある」というなら、受入れ先の心理抵抗も減ることだろう。
戸籍整理は王城が頑張るとしても、あくまで結婚は教会の領分。
正しくは婚姻、洗礼、そして葬式が領分だ。
洗礼は…わりと昨今、省略されがちだとか。多神教だから色んな教会がありますのに…王都民、信仰心薄れがちだけど大丈夫かな。
オルタンシアさんは自前の女神教で天使教ですわよ。見知らぬ他人が作った神なんか、私を救わないに決まってるよ! お布施も妙に高いしな!
書類は聖職者が受領した時点で効力を持つので、お持ち帰る途中でうっかり紛失されたとしても、なぜか婚姻は成り立つらしい。
…なぜなんだぜ?
問い詰められる相手が周囲におらず、疑問のまま不思議書類へのサインに至る私です。詰め込み教育の弊害。
まぁ、レンジだって仕組みわからんくてもポチッてしたらあったまるので、深追いしなくてもいいのかな。…いいの?
とにかく、万が一この結婚に反対する人が、帰る途中の聖職者からそれを奪って破いても無効にはならないんだって。
どうやって見分けるのかは知らないが、教会には何か手立てがあるらしい。
ギルドみたいな謎システムが教会にもあるのかもね。あと怪しいのは…聖職者が持ち運び出来る聖印型魔道具の存在、とか?
だって書類が教会という建物まで届いてなくても有効っていうなら、聖職者が即座に更新するための携帯端末か何かあるでしょう…。
逆に、あんまりないだろうけど、手順を踏まず夫婦を名乗ったら、教会では夫婦と認めないので虚偽申告だとバレちゃうらしい。
つまり暗躍中の密偵と暗殺者とかが夫婦設定で潜んでいて、周囲に偽装夫婦だと疑われたらば、教会で判定を受けるハメになるのがトリティニア流だ、と…。
うん。なかなかないな、そんな事態。
また、予め書いておいたものを収めるだけみたいなことも、基本的にはできない。偽造防止なのだろうけれど、聖職者立ち会いという部分も大切らしい。
自分の意志で記入しましたぜ!というところから聖職者に見せつける必要があるのだ。
両人の承諾のない婚姻は基本、存在しない。嫌々でも、サインはしてる。
…私、自分の結婚式の招待状すら、偽造を目の当たりにしたばかりなのに…不可解。
そんなわけで、通常は結婚式に聖職者を呼び、手続きと共に言祝ぎをいただく。
お父様も当然のように聖職者を手配してくれていたよ。
王都で最もポピュラーな宗派の、その教会内で一番偉い人を、だ。
…これ即ち、国一番の聖職者でして…お布施、おいくらまんえん…。うぅ、信じぬ神への無駄な投資なんて…。王様が来る以上は仕方のない選択だとは思うけどさぁ。
婚姻のお作法自体はサインだけなので、本来は永遠の愛を神に誓う必要などないのだが、聖職者が見届けるどころかなぜか進行役になるので自然と宗教色も入ってくる。
支え合っていけよ、神は見ているよ的な説法とかだ。これが、長い…下手に権威のある人頼んじゃったから、話長い…。
しかし、ここで私が「まどろっこしいわ!」と誓いのキスを先行するわけにもいかない。
指輪の交換は式では特にやりませんでした。お揃いデザインの指輪も、その交換も式の必須項目ではないらしい。それどころか「何それ?」みたい。風習が、ない。
お母様の指輪は日替わりかつ全てお父様からのプレゼントだった。知らなかった…お父様は、お母様が選んだという細い指輪を常にしていたし…勝手に「ある」と思ってた。またしても自分の思い込みの強さを知る私。
…でも、やっぱり気分的に欲しいから、今度一緒にお買い物行こう。
ちょいちょい神がどうこう言う話を挟んで来る聖職者。やがて「この場の皆さんが見届け人です」とか言われながら、式は進む。
神前式と人前式の中間みたいなことか…その辺りは前世っぽい感覚かも。
ただ、前世の大衆化された西洋風な教会式の方が、ずっと華やかだったりはする。
何せこっちでは、聖歌隊が歌ったりパイプオルガン奏でたりはしない。指輪交換もないから、司会が「さぁ、皆さんに指輪を見せてあげてね!」みたいに賑やかしをしたりもしない。…ナンチャッテじゃない敬虔な教会式は記憶にないです。
音楽は宴会で楽団が奏でます。楽団ね…どういう伝で、どこの所属なのか…城かな?
そして今、目の前で聖職者の手に婚姻届出書が渡った。この瞬間から、私はもうルーヴィス籍だ。
成人が14歳なので、それさえ越えていれば例え王族が反対しようが一切問題がない。
王族…うん。なんか、横槍入ってたらしいよ、王太子から。何でやねん。
そもそもお前は招待すらしておらぬ。
王が来るなら王太子なんて下位互換のものは不要に決まって…、普通の貴族は未来の王様が来ると喜ぶのかもしれないな。将来に繋がる顔繋ぎとして。
でも、うちは結構ですよ。アンディラートも来てほしくなさそうだったし。
ちょっと難癖つけ男なイメージだったのに、更に悪くなる王子の印象。
物申せば格好いいとでも思っているのかね。正しく中二病を疑うわ。中二病の王様とか、未来の我が国、辛すぎ。
うちのリスターさんを見習えよ。あの美貌ぶち壊しの口の悪さなのに、口撃とは裏腹な面倒見の良さなんだぞ。裏返して更に表返すという一筋縄では行かぬ性格の捻れっぷり!
貴族の付き合い的なヤツのせいで、そんな冒険者リスター(平民扱い)は大分遠くの席になってしまった。
それでも彼は参席してくれたし、銀の杖商会経由で自腹で用意した正装で来てくれている。正装なんて二度と使わなさそうだし…と、私とアンディラートとお父様がバラバラに準備を打診したがそれぞれに断られたというのは後で知った。纏めて一度に聞け!とキレられながら。
得意の顔芸も鳴りを潜め、キリリとした顔でこちらを見ている。こうして見ると、確かになかなかの美形じゃないかね。
正直、美ぢからを甘くみておりました。彼の周辺の方々は私達よりリスターに釘付け。
私の美女力が負けている、だと…?
でも理解はできる。他人のものになる美女より、近くの美形を見てしまうよね。私と初対面の貴族なら尚更に。そして異性の方が視線が熱い。
その人、結婚願望ない上に貴族嫌いなんで触らないであげて下さい。
しかし遠く壇上から見つめるだけの私の心の声は、生憎と誰にも届かない。強く生きろ、リスター…。
もしこの晴れの日に、令嬢を宙でグルグル回転の刑に処してしまったとしても、私は見逃すよ。アンディラートも多分、許してくれるであろう。
ヴィスダード様など大笑い間違いなしだ。奥様には後で男装で謝る。新お母様には、全力の刺繍をご満足いただけるまで贈り誠心誠意謝ろう。お父様は怒るか笑うかちょっとわからない…けど、私が全力でお願いすれば何とかなるはず。そして王様は…お父様が何とかしてくれる。
よし、解決。




