私達、結婚します!
ラストスパートまで、忙しくなかった。
別に自己暗示とかそういうアレではなく、本当に私だけ忙しくなかった。
ちなみに日々の仕事と娘の結婚式で娘が関わるべき部分を全て奪…肩代わりして下さったお父様…しばらく、顔見てない。
婚約者など、それこそ式が近くなれば密に連絡を取り合うものかと思っていたが、その連絡がお父様に行ってしまうため接点皆無。
おかしいな。私の仕事、どこ…。
私にできることといえば、相変わらずお父様の愛を甘受して、暇な時間を全て創作活動に当てることくらいだ。
そんなわけで超大作絵画作成。
結婚式前の花嫁は連日お強いエステとか受けて、日々綺麗になるイメージだったが、私は毎日絵の具くさい。
いや、エステは受けている。受けているが、それ毎日丸1日かかるわけじゃないしさぁ。
起き抜けからのエステで午前の部は概ね潰れるけど、午後は自由だよね。
夕方から夜はまた入浴からのエステにかかる時間の長さが異様だけれども。
食事もヘルシー美容食。
夕食など全身エステの合間だから片手間だ。
むしろ最初は施療中に使用人達にアーンされそうになったのだよ。…だが個人的に、そんなのは全く無理な話であるので真顔でお断りした。
そんなんされるくらいなら食べないわよ。
無理でしょ、親しくもない他人からの餌付け。親切面してガンガン前歯にスプーンぶつけてこないって、なんで言い切れるのよ?(小さな嫌がらせの例。大きくなると、それはもう…)
ちなみに終わってからでは、食べるには時間が遅いと、美容面から渋い顔される。
それはそれで、「いや、そんな顔されるならもう食べないよ!」ってなりますよね。
これって私がワガママンシアなのん?
太るのは望ましくないが、不健康にガリるのもまたマズイのでは。何のためのエステか。
そういうアレコレがあって、間を取っての片手間食で折り合いをつけた。
私の使用人との心の距離はバリケード付きで一切の信頼とかはないのに、向こうはまるで長年連れ添った忠臣かのような心の砕き方と美容の苦言提言をしてくるのでなんか辛い。
多分これ、使用人にまた入れ替えでもあって、よりお父様への忠誠厚い者達なのではないかな。きっと、お父様の信頼やらに応えようとしてるんだよね、ねっ?
そうでなければ私にこんな情熱燃やしてくる意味がわからない。こちとら顔も覚えのない使用人達なのに、温度差が酷すぎる…。
しかしてシェフ飯は本当に美容を考えて作ってくれているようなので頑張って食べます。
ただでさえ癒しが来ないのに、ストレス肌で結婚式出られないものな。
…でもね、あのね、あんまり美味しくないんだわ、コレが。
王候貴族ですら美容を保つにはマズメシになってしまう辺り、節制と美食は両立できないものらしい。
健康に悪いものほど美味しいというアレかね。糖と油。
そして前世の国が、如何に食に異様なほどの熱意があったのかを思い知る。
こんな豆と葉っぱばかりを常食しなくても、お蕎麦とか美味しく食べられたと思うの。
蒟蒻もカロリー制限の味方だろうし、何なら人工甘味料だか発酵甘味料だかいう最強の何かがいたはず。
買ったこと多分ないからよく知らんけど、どこぞのスーパーで見た記憶はある。カロリーゼロな砂糖。
くそぉ、唐揚げ食べたい。
何だこのうっすいパンに山盛り野菜のバランス悪い塩サンド。カップだから飲み干せるのかと思いきや、やけにドロリとした豆スープ。これがお嬢様のお食事か!
ちゃんとお席に着くか、使用人からのアーンを受け入れると、もう少し違うメニューになるみたい。
…そっか、じゃあもうこれでいいわ。
病人でもないのに、ダラダラ寝転がって揉まれつつ使用人に食べさせられるなんてのは、絶対に嫌。
どこのローマ人よ。(偏見)
そう、エステの間の私は全然寛いでなどいない。
むしろ結構気を張っているのだ。
使用人達が映り込む鏡やガラスの位置を把握し、時には調度品の陰や棚の上で蟻が哨戒。
いつエステティシャンが暗殺者に転じても、華麗に身を躱してみせるぜ。
だってそんな気を許した関係じゃないから。仕方ないよね。
扱いにくいお嬢様でごめんね。
そんなことを言っている間にも朝が来て夜が来る…私は粛々と与えられた1日を繰り返した。
ちょっと後半は目が死んでいたかもしれない。毎日同じスケジュールの繰り返しだったからね。曜日とか日付とかわからなくなる。
もう当分、塩味のみの野菜モリモリサンドは食べたくない…よ…。ドレッシングが無性に作りたい。オイリーじゃなくたってヘルシーに美味しく出来るはずだよ。
柑橘を使えよ。うちは南国だから手に入りやすいでしょうが。
そもそも馬じゃないんだから、ヘルシーでもそんな野菜偏向では…いくら片手間食でも野菜サンドばかりでは…ツラタンシア。
総評。シェフ、貴方にはクンフーが足りないわ。
忍耐に次ぐ忍耐。
そうしてようやく今日、私はピカピカに磨き上げられた花嫁さんとなったわけです。
あたかも人馴れしていない野生動物かのように、他人に触られ過ぎてストレス溜まったけどね…十円ハゲとか出来なくて良かった。
私が図太いから平気なのか、このボディが強靭なせいなのかはわからない。
でもまぁ、結果が良ければそれで良いのです。
「オルタンシア?」
「ハイ…、…ック!」
ぅわ何だこれ無理。
現実から目を逸らし続ける私にお隣からションボリボイス。
「どうしてさっきからソッポ向いてるんだ? 何か気に触ることをしただろうか…」
「とんでもない。服、似合ってるよ」
眩しすぎて直視できないだけです。
花婿は白タキシードかと勝手に思っていたら、軍礼装みたいなカッコイイ服で出てこられたので初手から萌え死んだ。
軍人じゃないのになぜ…と思ったのだが、別にこれは軍服ではないのだそうです。よってコスプレではない。
そうか、こっちはメインが軍人じゃなくて騎士だったな。
騎士服と軍服はまた違うものね…えっ、待って、何が違うの? 馬に乗るかどうか? 騎士より軍人が近代…ってわけでもないな…うーん、コスプレでもいい、騎士服も見たい。(逸れた)
なんか前世のイメージ的に、花嫁ばかりが飾り立てられているイメージがあったけど、貴族子息が晴れ舞台で着飾らない理由がないよね。
どことなく前世を思い出させる形状だから、ちょっとトリティニア人の目線では変わった構造の服に見えるけど…そう、美しければ、それでいい!
「そうかな。それなら良いのだけれど…オルタンシアが必ず気に入ると、リーシャルド様は仰っていたのだが…。あまりこちらを見ないから、その、もしかして気に入らないのかなって」
上目遣いまでしてきたわよ、カッコイイから可愛くなったわ。
幅広いニーズに対応する、これが、婿…。
私の命日は今日かもわからんわね。死因、失血死。
いつ鼻血の波が訪れても、上手に喉に流して吐血扱いに変えて見せるぜ。
いかん、今日の私は花嫁衣装。血まみれの花嫁はホラー。
むっちゃアンディラートが心配するのも目に見えるから、もし鼻血がタリッたら、素直にアイテムボックスへインしますね。
…いやぁ、耐えられるかなぁ、鼻の粘膜…。
「気に入りまくりだよ、見たいが式前に直視すると目が潰れるのではと危惧していますのよ。なんかそういう美の目潰し神的なヤツ、神話にいそうでしょうが」
「…式後なら平気なのか? あと、褒めてる…ん…だよな?」
「あのね、君の素敵さが私の理性を試している」
全く、こんなあまりにも似合う服を一体どんなデザイナーが考え…………アーッ、あれ、私デザインだ!
おわぁ、小部屋に隠してあった、アンディラートに着せたいデザイン集じゃないか! …好みなわけだよ、お父様。
妄想をプロの手でリアルに反映してしまうだなんて…なんて罪なことを…本当にありがとうございます!
ふと気付けば、隣で真っ赤になって俯いているアンディラート。えっ、どうしたの。何があった。
慌てて彼の手を引けば、チラッとこちらを見て、照れ笑うその姿。
…これ以上の可愛さは供給過多だぞ。私が真面目な顔で式に臨めなくなるぞ。




