スキマライフ!~罰とウェルカーと私
拘束期間が意外と長いのは憂鬱。
どうして即座に処刑しないのか…そんな疑問はわざわざ口にする必要もなかった。同種とはいえ私に隠し事はできない。
問わずとも周囲から漏れ聞こえる「声」から理解できた。
…何のことはない。
ウェルカーは元々の数が少ない。
最低限度の数を差し向けたのではあろうけれど、予想よりも私に撃破されたウェルカーが多かった。
彼らに押し付けていた業務が回らないのだ。
だから私がこの世界での罪人であろうとも、それならいっそ罰として働かせようか、なんて馬鹿げた案が出てくる。
けれども私を働かせながら、能力を押さえておけるような拘束具はないはず。
こんな風に閉じ込めておくのでなければ、返り討ちにされるのはわかっているのでしょうね。
私は強いのだから。
悠長だわ。
どう考えたって、あまり時間に余裕はないのではないかしら。
上位世界から廃棄されてくる魂は、増加の一途を辿っているはず。それらを逃がさないように、かつて力のある同胞が張ったという結界も、今では同じように出来る者がいない。
…能力が足りない。
広げられない檻に、増え続ける囚人。
閉じ込めた領域は今にも溢れんばかり。
肉体のない、エネルギーの塊にすぎない。しかし、押し込め、蓋をして…見ないふりをしても結末はきっと変わらない。
元より負の感情値が高い者達だ、いつかは抱えた不平不満で一致団結し、反乱する。
あの結界の力で呆けさせておける時間も、徐々に短くなっているはず。内部にいる対象が多すぎるせいだ。
あれらがそれに気付き、この檻を破壊したいと願った時に、この世界の人々は、きっとようやく焦るのでしょうね。
下らないわね。
それでもウェルカーという少数派に押し付けていた仕事を、大多数の同族はやりたがらないというわけ。
管理者たるウェルカーを減らした以上、居並ぶ魂を大人しくさせておくにも限りがある。
あれらが結託すれば、魂の振り分け業務すらまともに出来ないような住人達に、どんな抵抗が出来るというのか。
一時管理できたことに胡座をかき、同胞の中で付けた序列に固執した結果、過去にあれらのせいでこの世界が滅びかけたことを、忘れかけている。
ウェルカーは知っている。
この世界がいずれ滅ぶことを。
押し付けられてきた魂の管理が追い付いていないことを。
どれだけ訴えようとも、無能な上層部が職場環境の改善を聞き入れなかったことを。
ウェルカーだけが、この世界が滅ぶ時期を大まかに知っていた。
魂が溢れたなら、今度は我々が押しやられて…分解されるか、選別もなくただ適当に下界に堕とされるに決まっている。
多数となったものが、世界を支配するのよ。
お前達と私達のように。
…あぁ、やはりここは退屈。
私達には元々身体がない。だから、食べなくとも飲まなくとも、本来は問題がない。世界を漂う力を取り込んでいればそれで十分に意識体を維持していける。
だというのに、服だの食事だの己の形状の維持だのと…身体が必要な者達が行うはずのことを、この世界の住民達はわざわざ漂う力を加工してまで、擬似的に行う。
長きに渡り、流れ来た魂達に、影響されたからだ。
ヒトとはこんな形をしている、だから服を纏わねばいけない…なんてことから始まって。漂う力を直接を取り込むなんて野蛮だとか、料理の姿に加工しないと食欲もわかないなんて些末なままごとはまだましな方で。
…あいつは自分より上だ下だなんて、差別意識まで…。
私達の世界はかつてあれらを「我々に似た意識体」と判断して受け入れた。
故にもう、本来の価値観には戻れない。
もしかしたら、何か良いこともあったのかもしれない。
だが、圧倒的に悪くなったことが多いはずだ。
外来種を受け入れるには、昔の同胞達は素朴すぎた。
彼らは受け入れてしまった。
不要な物を身に纏い、ねじくれた心根をそうとは気付かずに学んだ。取り入れて、拡散して、変質した。
あぁ、つまらない。つまらない。
今はただ、自力では抜け出せない場所へと閉じ込められているだけ。閉じ込められてしまえば時間の感覚もないけれど、それで困るような要素は、種族としては何もない。
けれども、退屈。
それだけが苦痛で私を蝕んでいく。
…もう、限界だわ。
見張りが私と会話などせずに居ようとするのは、ただ、それが命令だから。何をされると危ういのか、本来的な危機を理解せずに、上から言われるままの注意として受け止めている。
だから見張りの隠れた「声」を聞いて、好む形を見せて、耳触りの良い言葉だけを繋げて、陥落させるのは簡単。
同族であろうとも、私の能力の方が強い。
話すつもりのない本心までよく聞こえる。
相手を完全に把握すれば、必ず私が勝つ。
そうね…完全に把握…。
出来なかったわね。今考えても不思議な子。
ちゃんと心の声が聞こえるのに、何を言っているのかわからない事があったわ。あんな子は他に見たことがない。
あぁ、もったいなかった。
あの人間さえ上手く手に入れば、こんなことにはならなかったのに。もっと長く遊べたのに。
腹が立つけれど、それでも予測の付かない彼女は、面白い。面白かった。
絶望に支配された姿の、なんと可愛らしかったこと。今でもゾクゾクしちゃう。まだまだ遊びようはあったわ。
けれど、ウェルカーの紐付きだったとはね。
お陰でこの有り様。
テヴェルはウェルカーに回収された。
その魂はエネルギーへと分解されて、もう生まれ変わることさえ出来ないだろう。
一度、下位世界へと堕とした魂だから出来ることだ。
下位の世界で転生を果たしたからこそ、その魂は「この世界の我々」にとっても完全な下位のエネルギーとなる。
私達の世界には、魂をリサイクルするなんて機構がない。
発生すれば居座り続け、死の代わりに、幾つも下位世界への穴があるだけの…シンプルな世界。
肉体がない、精神体ばかりが集う世界だ。物理的に害そうなど…殺すも壊すも容易ではない。
上位世界の魂はもちろん、ここの住人達でさえ一度は下位世界のモノに変質させなければ、他者による力ずくでの分解は出来なかった。
…それさえできれば、あの魂どもも問題ではなかったのに。
だが、だから、この世界は滅ぶ寸前なのだ。
まぁ、存在を分解してただのエネルギーに還す作業なのだもの。そう簡単に出来ても困るわね。
よし。決めたわ。
次に顔を会わせた見張りを、取り込もう。
そして身体を作る材料を調達させて…もう一度、どこか下界へと逃げよう。
そうよ、何をのんきに囚われていたの。その気になれば、こんなところは簡単に出られるわ…私が本気にさえなれば。
丁度良く、ほぅら、犠牲者の足音。
意識体でしかない私達には本来靴など必要ないのに、わざわざ音の鳴るようなモノを仕立てて身につけて。
廊下を歩き、扉を開ける。
身体もないのに、本当に滑稽だわ。
「忠告とは大抵無視されるものです。後始末をしてくれる者が居るのなら、上の者は面倒を体験しない。それで済む話だからなのかもしれませんね」
…ウェルカー…!
聞かせるための「声」をこちらに向けたのは、いとも簡単に私の身体をバラした相手。
私は周りの同族よりも一際能力が強かった。
私の用意した身体が、簡単に壊されるはずはなかった。
だというのに、あの時……あっという間に、私は狩られる側へと転じた。
同種にして異端、そのはずの私を覆した、異端の中の異端。
この私を退屈な世界に引き戻した、最低な相手。
「本当にまだ処分されていなかったんですね。かけた手間隙を何だと思っているのかな。あぁ、私は貴女の処遇の損得会議に掛かりきりの方達に、あらゆる雑務を押し付けられていましてね…ようやく一段落したところなのです」
読めない。
心の声が、聞こえない。
それがたまらなく不安。
私よりも強い力を持つものなどいないはずだったのに。
なぜ、こんなモノが…こんな力を秘匿したまま。
こんなにも当たり前のように、好き勝手に出歩くことを許されているの…!
聞こえないはずの私の声を、相手は聞く。
私が、私こそが優位であったはずなのに、この忌々しいウェルカーはそれを簡単に引っくり返していく。
偉そうにふんぞり返っているだけのあいつらなら、こんな力を持つモノを放置しておくはずがないのに。
私は、あんなに、虐げられたのに。
なぜ、…なぜ…!
「なぜ、と言われても…同種ですら忘れ去るほどの長い時間、まるで従っているように見えたからでしょうね。昔は普通の力でしたから、誇示していないだけで、従属したつもりもなかったのですけれど…。それよりも、退屈でしょう」
閉じ込められたこの狭苦しい檻に、するりと流し込まれた毒。
じわじわと私を不安に侵す、その言葉。
「ここにいようが、あの世界に下りようが、結果として貴女は退屈でしたよ。よくわかります。貴女がそのままの貴女である限り、退屈は決して貴女を離さないはず」
淡々と語られるそれは、私にとっての恐怖。
お前に何がわかるというのか。
多少の能力差で私をここに押し込めようとする、そんな者どもに疑問もなく従う、ウェルカー如きが。
「他者を恨み見下しながら、さりとて自身をも一貫しない…大抵の脱走者達もそうでしたから、今までそれほど下界に興味もなかったのです。貴女は手持ちの優性を捨てないから退屈なんですよ。有限であることこそが、きっと退屈しない秘訣だ。せっかく訪れた変化さえも単調に思えるのは、それが既に見た物の焼き直しだからです」
まるで自分だけは違うとでも言いたげじゃない。
けれど、それこそお前が同じウェルカーどもを見下しているのだわ。私と同じ穴の狢ではないの?
いいえ、お前の方がタチが悪い。私はもう、とっくの昔にウェルカーではないのだから。
ねぇ、未だウェルカーなのはなぜ?
この世に憎しみを持たないウェルカーなど、存在しないのではないかしら。
だって私達は、この能力の強さを隔離するために凡人どもに迫害されているのよ。
聞こえているのでしょう?
…そう、聞こえているはずなのに、このウェルカーの表情は変わらない。
「私から見れば、貴女と彼らの能力差なんて誤差のようなものですね。忙しさとは充実であり、世界の延命こそ調和なのだと思っていました。それを理と呼ぶのだと。ですが…私は神ではないし、年長というだけで管理責任もない。世界が壊れても特に不利益を被らない。他にやることもないので、新たに出来たウェルカーという枠組の中に落ち着いていただけにすぎません」
それこそ、そう…退屈しのぎ。
そう気付いた途端に私は、相手が何者なのだかわからなくなった。
ウェルカー?
そもそも、ウェルカーとはこの世界の管理者だ。
流入する魂を導き排除する、世界を延命する者。
強者であるが故に異端である私達は、始めから同胞によりウェルカーとして育てられた。
…けれど。
新たに出来た、枠組…?
ならば、彼は一体何?
私とは違い、彼にとってウェルカーとは後付けの情報なのだ。
有り余る、他所の世界の負債を押し付けられたこの世界。
いつからこれを見ていて、もともと、彼は何だったの?
「私は行くことにしましたよ」
そんな声が聞こえた。
言われた意味が、理解できた。でも。
言われた意味は、理解できなかった。
私を凌ぐ能力を持ちながら、それを捨てると彼は言うのだ。
ズルイ。
とっさに浮かんだのはそんな言葉だ。
しかし羨むことではないはずだ。
このウェルカーは、憎しみも諦めもなく、ただ興味だけで「生まれ変わろうとしている」のだから。
いるのよ、たまに。
身体を持たずにそのまま、自ら下位世界へ堕ちようとする馬鹿が。
己の優位を捨てることが理解できない。今まで持っていた能力の全てを、手放すことが理解できない。
己という存在が分解されて、私が私でなくなって、所詮は下位でしかない世界へ組み込まれるなんて。
それが恐怖でしかないと皆が考えるから、この世界ではそれを処刑と呼ぶのに。
「狂っているわ」
自らそれを選ぶ同族なんて。狂っている。
けれども相手は首を傾げて「そうでしょうか」と応えた。
あの世界に堕ちる気なの。
己を構成する全ての分解と引き換えにして、あの世界で作られる肉体を得て、新たに生まれる気なのね。
2度とこの世界には戻れないのに。
でも…私とて。
この世界に戻りたくなど、なかったわね。
「そろそろ失礼させていただきます。ご存じのように、人間は脆くて短命です。彼らの寿命が尽きぬうちに降りねば、色々と見逃してしまいますからね」
「待ちなさい!」
来たときとは正反対。
呼び止めようとする私を置いて、気配は消えた。
去るはずの靴音も、聞こえない。
心底不安も無いように、立ち去るあの男は。
私をこんなところに閉じ込めたまま…きっと、今からこの世界を捨てるのだ。
羨ましい。
なぜだか、とても羨ましい。
そんなものは無謀で無意味。
マイナスの行いでしかないはずなのに。
誰にとっても、処刑に等しいはずなのに。
どうしてかしら。
…酷く、魅力的に映ったの。
楽しそうに、見えた、から。
「…ずるいわ。私が出られないように、ここの結界を強化しにきたのね」
おかしいと思っていた。
大した能力もない同胞が、あの結界を管理できる理由。
もう結界を広げられないと言われて久しいのに、この私を閉じ込められるような檻を、用意できた理由。
彼なら、本当はあの結界さえ広げられるのじゃないかしら。
もしかして今までは、広げてきたのじゃないかしら。
これ以上は本当に出来なくなったのか、それとも…単に、止めたのか。
私達が「いつか来る」と知っていた世界の終わり。
それを押し遣り、先延ばして「いつか」にしていたのは…。
彼の、退屈しのぎ。
あぁ、もうすぐ、世界が終わる。




