新居と使用人。
そうこうするうちに、アンディラートからおうちへのお誘いが届いた。
娯楽に飢えていた私は即座に飛び付くよ。参加即答だよ。
しかしこちらから馬車を出して訪問するのではなく、お迎え馬車が来たうえ、アンディラート本人も乗ってきた…ので何事かと思ったら。
「おうちって、新居のことだったの!」
「うん。ようやく最低限の準備が出来て、俺はこちらへ引っ越した。今なら内装の変更も容易だから、意見を聞かせてほしい」
ニコニコのアンディラートによると、私への調査結果を参考にして、壁紙や家具が決定されたらしい。
そんな。お気遣いいただいて…?
ごくごく普通の感じで大丈夫なんですけど。
それこそ「あんまり好みとかない」のですけど。強いて言うなら、絵の具使ったりするから、万一の時に汚れが目立たなかったり落ちやすかったりする素材だと助かるかな。
まぁ、アイテムボックスさんにかかれば敵ではない気がするし、最悪落ちなければ逆に塗っちゃうって手もあるよね。
つまり、強いて言ったはずのそれすらどうでも良いな。
っていうかさ、なんか、むしろちょっと心配になる。
だって、質問タイムでは壁紙や家具の話なんて全くしていなかったと思うのに。
さすがに前段的にそういう話をしていれば…絶対わかるとは言えないけれども、冴えてる日なら「これは新居の壁紙の相談!」とか気付いたと思うんだよね。
その、一応、2人の家…ということになるのですからして、一緒に家具見たりしても良かったのでは。
2人でああでもないこうでもないと新居の相談をするのは、キャッキャウフフな新婚ポイントな気がするのに…。
真剣にメモりつつ質問を重ねる姿は、微笑ましくはあったけど、全然新居について話し合った感がないな。
「一緒に色々選んでも良かったのに。1人で準備するのは大変だったでしょう」
「いいや。これは男の仕事だからな」
遠回しに、呼んでくれたら何でも手伝うよ!とアピールしてみたが、全く通じず。
というか、新居の準備は男の仕事なの? 家の中を取り仕切るイコール奥向きの仕事、つまり奥様の仕事かと思っていたけれど…。
いや、もしかしてここも「婚前にやたらと口を出す嫁はダメ」っていうアレなのかも。
彼が男の仕事だと言い切るのなら、婿側のやることリストに載ってるタイプなのかもね。
ならば仕方ないか。
そう、グリューベルも雄が巣作りしてから、伴侶を招くというしな。この世界では小鳥から人間までそういう習性なのだ。
そう思おう。
それにしても、どこで「この家具ならオッケー!」みたいな判定をかけたんだい。
似たような質問が幾つもあったり、わざとじゃないけど、それぞれにちょっと違う答えを返したりもしている気がする。
言い回しで返答も変わったりするよね。
私の「あの質問達で、なぜ壁紙や家具を選べるの…」という疑問。顔にも態度にも出したつもりはないが、相手は背中で察した様子。
はにかみ力は全く落ちないまま、彼は馬車を操りつつ話す。
御者席後ろの小窓がフルオープンなので、少し弾んだような声が爽やかな風を連れてきて、…なんて穏やか…。
楽しそうな君の声は癒しが過ぎて…寝不足でもないのに眠ってしまいそうになるぞ。
マイナスイオンが出てるよ、アンディラート。
「確かに直接的な質問ではないから、最初は俺も本当にこれでわかるのかなって思っていたのだけれど。結果を見ると、あぁ、オルタンシアだなぁという感じだった」
ただの好み調査じゃなかったの?
質問を重ねることで心の状態や性格を把握する、新しいタイプの問診票らしい、と…えっ、心理学的な何かかな?
そんなものどこで手に入れてきたのかと思えば、銀の杖商会がオーダーメイドに対応するために作っているものらしかった。
…銀の杖商会すごいな。
そんな質問集を作ること自体もそうなんだけど、それを分析できる人材がいるってことでしょう。
そして実用に足るほどに、既に統計データは揃っているということだ。事実、内装は長年共に過ごした相手から見ても「私っぽい」と判定されている。
大国の有名な商会というのも伊達ではないな。
やがて馬車は新築ピカピカのお屋敷の門前へと差し掛かった。警備の人が御者台のアンディラートを見付け、「おかえりなさいませ!」と声をかけ、アンディラートも片手を上げてそれに応え…。
…えっ、自動ドア?
警備の人がササッと何かしたら、門が自動であっち側へと畳まれていくのだが。
突然のハイテク!
「防衛機構を諸々積んだら、門もこれにした方がいいって言われて。最新の魔道具だから、インパクトを与えられるからって」
魔道具なのか。自動のゲートなんてものもあるのねぇ。
雨の日でも門番さんが開閉に苦労しないね!
とっても良いことだ!
「確かにインパクトあるわ!」
「だろう?」
私の驚く様子に、アンディラートはホクホクだ。背中からでもご機嫌がわかる。
えぇー、でもこの世界でこんなん見たことないんだけど。これも銀の杖商会が持ってきたのだろうか。
あと、屋敷の防衛機構とやらが大変気になりますが、私はあえて突っ込みませんよ。
…だって、屋敷の防衛って。どれだけ気合い入れて守ってるの。貴族の居住区とはいえ、城勤めもしない無名の私とアンディラートのおうちを襲撃しようとする人なんて、いないのでは?
そんな頑強にせずとも普通の貴族レベルでいいのに、どうにもヴィスダード様の影がチラつく気がする。
ひっそりとロマン武器とか搭載されてそう。
いえ、実用に足るのなら文句は言いませんけれど。
近付いてきた使用人に馬車を預けて、アンディラートは御者席から降りる。
君もそこにすっかり慣れちゃってるけど、本来は中に乗るべき身分なのよね。まずいぞ、父親譲りに見られちゃう。
御者を雇うべきか…でもなぁ。
扉を開けた婚約者にエスコートされつつ降りる私。
身体的には私もぴょんと飛び降りても平気なのだが、令嬢仕様ですからして。
「あら? 見たことのある使用人さんばっかりだね?」
「うん。予定より人数が増えてしまったのだが…皆、オルタンシアに会いたいって」
出会う人出会う人、皆が嬉しそうに頭を下げてくる。
私も笑顔を返しながら、少し心が暖かくなった。
並ぶのはお屋敷に遊びに行った際に見守っていた使用人達。
アンディラートを守ってきた、いつもの使用人ばかりだった。
あー。
多分私に会うというよりは、幼き頃に不憫だったぼっちゃまが、すっかり楽しそうな様をまだまだ見ていたいのだろう。
「そんなに引き抜いて平気かな、君のおうちの使用人は足りているの?」
「さぁ? もし足りなければ雇えば良いのではないかな。多少の不具合など、気にする父上ではないだろうしな」
ライトなお答え。
ヴィスダード様は豪快さんだから、確かに気にしなさそう。
でも今、ルーヴィス邸には義母&義弟もいるはずである。お世話する人が減ると困るのでは。




