準備に空振る。
お父様へ無事に帰還報告を終えると、私が出歩く用事はなくなった。また、退屈な引き籠り令嬢生活だ。
時折…と言うには少し頻度高く婚約者がやって来る他は静かなものである。
平穏が、落ち着かない…よ…。
アンディラートはアンディラートでやることは尽きないようで、暇だからうちに来ているというわけでもないようだった。
何かクリップボードに挟んだ紙を持って、私の好みとかを詳細に調査しに来ている。
聞かれれば答えるけども、君、何してるの?
私も調査員側に参加したいんだが…あ、ハの字眉…ダメなの、そう…。
天使の詳細な好みとやらは教えてもらえず。等価交換してほしいのだぜ。
いや、その笑顔のためなら、個人情報ボロボロ差し出す一方でも全く構わない自分もいますね。これは困った。
むしろ癒しを貰いすぎで心が潤ってるので、もう少し積極的に、こちらからお布施していきたい。お外で振り回してきた分も含めて還元していきたい。
そんなことを繰り返す中で、上手いことアンディラートに聞き返しが成功しても、「あんまり好みとかない。何でも平気」みたいなのしか返ってこないぜよ。
情報…手に入らず。
あれかな、天界の企業秘密、みたいな…。
それともこれが「教えるものじゃねぇ、見て盗め」というヤツか。
えっ、職人かな? …まぁ、ピュアエアー製造職人(人間国宝)ではあるかな…。
しかし、婚約者殿が来ない日は暇だ。
忙しいとわかっている人の予定を、こっちは暇だからこの日においでよ!なんて予約はできないよね。
お忙しい彼がいつ来るのかすら、「今から行っていい?」みたいな先触れが来るまではわからないし、令嬢は頻繁に出歩かない。
抜け出すことに無言の許可が出ていても、町娘スタイルが毎日ではいけない。
アンディラートに「速やかに結婚準備してくれるのでは…?」って疑惑の目で見られちゃう。お父様の過保護が爆発した結果、今私にはやることないとか…言いにくいわよ…。
連絡も単に私から伝達する分には小鳥便でも良いけれど、おうちの行き来の許可取りや相手からの連絡手段となると時代に則したものしかない。
間に人を挟まないと密会扱いされるし、生真面目なアンディラートが「もう結婚秒読みだから密会でも良し!」とか思うはずもない。
前世は、そういう意味では本当に自由だったよね。一応は成人を越えるまで、何とかオルタン人生を重ねてはきたけど…多分前世生きた時間の方がまだ長いし、染み付いた庶民色の方がやはり色濃い。
出奔して一度得た自由が、貴族生活をより窮屈に感じさせるのだぜ…。
お父様、あの冒険者の解放感の後に、よく自力で宰相まで上り詰めたな。
ただでさえ四方の目に気を遣う城勤めだというのに。私には到底、無理っぽい。
そんなお父様による過保護大爆発。
冒険者ギルド経由で遣り取りしていたから、お父様は結婚準備を出来る部分から始めてしまっていた。新お母様への報告が済んだなら、もはや隠すことなどないというわけ。
定型文の結婚式招待状も既に大量に刷られ、サインだけは自分でするという予定であったはずが…なんか既にそこまで終了されていた。
数枚だけ予備として空欄だったので、リスターへの招待状は自分でサインした。
他?
他は別にいいや、仲良しとかいないし。
私の字なんて知らないような相手ばかりだものね。礼を尽くすような義理もない。
娘への負荷を極限まで排除した、お父様の愛である。そこは、間違いなかった。
繰り返して言おう。
私の作業、リスター用の招待状への署名ひとつ、のみ。
招待状は完成して発送待ちの状態だし、お父様からのゴーサインを待って、使用人が発送する…というか郵便局などないので一軒一軒お届けに行く。
王都中にバラ撒かなくて済んだので、普通の貴族より枚数は少ない。当然、自分自身では配らないので、私の出番はカケラもない。
ちなみに発送は、アンディラートのおうちと合わせて行われる予定だ。
つまりあちらはまだ作業が終わっていない。
多分アンディラートは、日々めっちゃサインしてる。その合間にうちに来たり、諸々の手配をこなしている。忙しいわけである。
ヴィスダード様は手伝ってくれそうに見えないしなぁ。頼んだら、逆に足引っ張りそうじゃないかしら。(義父予定者への偏見)
今一度、招待状見本を見る。
…いや、てゆかさ。
これ、誰のサインなの?
私本人が見ても自分の字と見分けがつかないのですが。自署が偽造されとる。
とっても楽できたし、正直「印刷でも芋版でもいいじゃないの。書き取り練習でもあるまいし、自分の名前がゲシュタルト崩壊しちゃうな」って思っていたから助かるけれど…けれどもォ!
誰なの。怖い。いつでも私と入れ替われるヤツがいるぞ。お父様の部下? それとも王都には偽造の専門職があるの?
この、至高の両親の娘であり、大天使の婚約者という唯一無二の立ち位置…狙われてるのか? 絶対に替わらんからな!
結婚式の準備に関しても、ドレスデザインも決めてしまえば、仮縫いまで私が立ち会う必要はなく。
宝飾品は余程のご意見がなければドレスに合わせて見立てられるし、何なら男性側から贈るものらしい。
…それ、下手したら婚前に破産するのでは?
疑問に思う私だが、一応は結婚の際に持っていく娘の個人財産になるので、親が用意するのが基本。もしくは、熱烈にこの花嫁をお迎えしたいぞ!の意を示す男性側が出す、と。
貴族女子の因習的には、間違っても花嫁が自腹を切っては良くない部分なのだとか。
結婚式のアクセサリーを、花嫁が自分で選んだら破局するジンクスすらある。一生に一度だぞ、選ぶくらい許したまえよ…。
因習も守れないくらいペラペラ口出してくる女とは、上手くやっていけないよね!という男尊女卑の無言の圧力かもしれない。
そのくせ結婚したら女主人の役とか振り始めるのキツくないの?
姑その他から教わるにしても、意思など無視した人形として育てといて、婚家では采配学べとか勝手じゃないかしらね。
…あ、婚家でちゃんと言うことがきけるようにと、お人形みたいに育てているのかな。
幼い頃がお転婆でも、大体同じような感じに育つものね。
仲良くならなければ個性も綺麗に隠した、金太郎飴令嬢だ。どれを掴んでも同じなので、存分に利益だけを見て、親が相手を決められるのだろう。
…花嫁も花婿も、実際一緒に暮らしてみたら「相手のココが無理」とか出てくると思うんだよね。でも、相手の性格が嫌だからって離婚もそうそう出来ない。政略結婚は家同士の契約だし、貴族の勢力拡大の手段でもある。
…幸い、どれも私には関係ない話だけどね。
先程アクセサリーの話をしたけれど…まぁ、ドレス代もお父様が出してくれている。
ドレスには自腹不可の謎の因習はない…と思う。とはいえ1回しか着ないものだから、そんな豪華じゃなくていいよ…という私の意見はスルーされたよ。
そして多分よくある「娘が母のウェディングドレスを引き継ぐ」というのは、所持しているお父様自身に拒否されました。
あれはお父様の嫁に来た時のものだから、中身も外身もお父様のものなので、娘にはくれないそうです。
そうだよ、お父様の嫁のドレスだもの。そりゃあどう考えてもお父様のものだよね。
サイズ調整のためだろうと、鋏を入れるなどもってのほか! 私が間違っておりました!(サー、イエッサー!)
帰ってきたら大忙しの予定だったのに、いざ準備を始めて良しとなったらば、既にお父様が手を回しすぎていて、することがありません…。
いいんだ、うん。これもお父様の愛だからな。
私は全力を以て受け止めるよ。
父子関係、うちはこれで良いのだ。
でも、世のお父さんはもう少し気を付けないといけないかもしれないぞ。
もしも結婚式に夢を持っているタイプの娘だったら「私はあれもこれもやりたいのに、主役を差し置いて勝手に決めないで!」って怒られちゃうかも知れないからな。




