令嬢の裏表。
2台の馬車は王都へ向けて進む。
私達は、無事に出発を果たしていた。
…実際に立ち去る際は、とてもとてもスムーズであった。
家庭内の下克上「弟の乱」については、私達自身では抉り込んではいかないと決まった。
出立前にクジャクに情報の引渡しだけ、していく方向だ。
クジャクと仲良くなんてしていない私達には自然な接触など到底無理であったので、意見を出したうえに懐かれていたアンディラートにまるっとお任せした。
そのため、彼が一体どのように伝えたのかは定かではない。
一方その間、私は出立を止めようとする意味不明なグッピーに纏わり付かれていた。
婚約者がいない今がチャンスとばかりに、アンディラートがクジャクの元へ行った途端に現れたのだ。
そして未だに求婚と自己アピールを繰り返されていたので、「こいつはハッキリ言わないとわからんヤツなのだな…」と思ってバッサリすることにした。
なんで私がこんなことを。
本来は周りの大人の仕事だよ、この勘違いっ子の天狗鼻を折っとくのは!
しかし私にも遠慮はない。
なぜならこのグッピー、うちのアンディラートを「あんな剣だけの男」呼ばわりしたのだ。更には「調べたら従士中退の冒険者じゃないですか」とか嘲笑いまし、…。
私がヤカンなら、ピーッて湯気噴いてたとこだよね。当然、笛付きヤカンだよ。
でも令嬢仕様だからって顔色ひとつ変えずに微笑んで見せた私。
内心で自分を褒めたね。頑張ったよね。
だが、もう許さん。
剣だけじゃないし! プリティ・ユニバースだし! 従士中退はめちゃんこ私に突き刺さってますよアンディラートごめんよぉ!
今後もこんな子供に、まして求婚で付きまとわれるなんてイヤだ。
二度と私とはお話したくないと思わせねば。
私は、少年に現実を諭すことにした。
具体的には「しつこい。最初から婚約者がいると伝えているし、政略でもない。小賢しさを履き違えて何を自信満々なの、この自称神童。その一芸も悪事にしか使えないなら、いっそない方がマシよ。優しく言っているうちに察して引きなさいな。神童なら空気を読んで下さらないと…全然賢くないじゃない、お世辞を真に受けでもしたの? それとも自領しか知らないから井の中の蛙なの? 親馬鹿含めて聞いているこちらの方が恥ずかしかったわ。自意識過剰な粘着系男子とか、もうホント無理。そして他人のものを奪おうとするその人間性は、心底軽蔑する。気持ち悪いわ、とても不愉快。君と結婚なんて絶対にイヤだし、そもそもどうしてこの私が、そんな苦行を受けなくちゃいけないって言うの? 君ごときに私は御せなくってよ。わきまえてほしいものね」と蔑み顔で伝えました。
グッピーは口が開いたまま、次第に目が虚ろに…。どうやらしっかりと私の声は届いたようだな。素晴らしい。
そこで「あら、貴族らしくない言葉ならば理解するだけの頭はあったようね、自称神童。でも貴族である以上、直接的な言葉で受ける注意は恥と知りなさい。まして女性にこんなことを言わせるなど、紳士の風上にも置けないわ。無粋の極みね。数多の貴族令息からより良い条件の婚家を割り出そうとする令嬢達の目は、既に相手の決まっている私よりも更に厳しいものでしてよ。私でなくとも、こんな不良物件との婚姻などお断りということよ。おわかりかしら?」と追撃しておくと、山賊貴族がドン引きしていました。
そして、なんか御者とヒソヒソしてた。
なんだい? 私、ちゃんと令嬢してたよね?
使用人さえも見ていないことを確認し、折ると決めたらとことん折る!
蟻さん見張り番付きなので、ここは確実。オール身内のみの場所での子供相手。鬼。
溜まっていたストレスの、全てを子供に向けた訳である。酷い。クズいぜ。
万が一にも本当に神童力(?)があり、噂やらを使ってエーゼレット家に反撃しようとしたところで、目撃者はゼロだ。
そしてオルタンシア・エーゼレットの貴族女性としての振る舞いは万全。
如何ようにも対処できるであろう。持てる限りの対処を詰め込んだと思うな。
…本当は、一部ストレスはグッピーのせいではなかった。私の癒し時間を奪った領兵(の訓練祭)と領主(の謎大会)のせいだよ。
連帯責任を子供に向けるのはイクナイよね。
…いや、でも更にこの私から癒しの婚約者本人を取り上げようとしているとも取れるのだから、妥当な対処かもしれない。
1人反省会の途中で、ふと思い直す。
元より権利のない領を継ごうと画策するならば、かように領関連の事柄で他人にキレられるのも本望なのでは…?
利だけ欲するなど非現実的。領主ならば、直接自分がやっていなくても、領内で起きたことの責任を取るわけだし。
ちょっと言いすぎたかなって思ってたけど、貴族言語で幾ら遠回しに言ってもポジティブ変換するんなら、もう仕方なかったよね。
令嬢対応としては、肉体言語では諭せないのだ。言葉のナイフで戦うしかない。
グッサリザックリの正論と、流れるような言葉の物量でポッキリさせるべきですわ。
そうだよ、そもそもこんな見知らぬ口達者なクソガキの嫁になんて、私でなくとも行くわけないじゃん。思い上がるな、自称神童め。
幾ら私が両親の奇跡の容姿を継いでいたとて、なんで自分の嫁にできると思うのよ。
鏡を見て下さい、熱帯魚小僧。もっと自分にお似合いの魚系女子を探してよね。
ウマヅラハギとかお勧めよ、名前しか知らんけど。まぁ、多分名前の印象は間違ってないでしょう。
思えば開幕リスター対応しなかっただけ、私は十分、いや十二分に優しくしてやったわよね。
リスターだったら子供にも容赦あるまい。ツラの皮一枚理論をブチかましながら、魔法でグルグル空中を回されているところだよ。
もし機嫌が悪かったら、そのまま天井にぶつけられていたかもしれない。
貴族の殺人未遂、完全にお縄になるな…。
よし、私は正当だ。
全然やり過ぎてなどいないな。
何なら決闘して天意を問うてやろうじゃないの。がっつり勝ってやるわよ。
お転婆さんな過去を過去とするために令嬢ムーヴを解かないのに、決闘したら台無しである。わかってますわよ。
子供への己のクズ対応に打ちひしがれかけていたが、脳内会議で無罪判決を勝ち取ってオルタンシアさん復活。
御者席のアンディラートへ、小窓からおやつを差し入れながら話し掛ける。
「山あり谷ありだね。ここでは山賊貴族を拾えたから、一応無駄じゃなかったと思いたいんだけどさ。君も疲れたでしょう」
何なら御者代わるから言ってね。
そう付け足してみるが、案の定「気持ちだけで十分だ」とお断りされた。
疲れているはずなんだけどなぁ。ならばもっとたくさん、こまめにおやつを差し入れておこう。幸い、ディクレート家から土産の固いパンをたくさんもらっている。
主食? 何それ?
今日のおやつは、作り置きパウンドケーキ・バーだ。作業中でも食べやすいよう、あらかじめ持ちやすい大きさにカット済みです。
ただし量が量なので、袋ごと渡す。
なんか訳あり品(カステラの端っこの詰め合わせ等)みたいになっていた。
でも御者しながらだもの、お皿に盛るわけにもいかないからね。
小石でも踏んで馬車が跳ねたら、一瞬で皿からどっかへ飛んでいってしまうはずだ。そして落ち込むアンディラートまで幻視した。
御者席ではお皿とフォークなんて邪道。
馬車の中で火は使えないし、揺れる。だから、アイテムボックス内でシャドウにお茶を入れてもらってから、取り出した。
自分の分もあるけれど、基本的には御者席への差し入れだ。
だからこちらもティーカップとはいかないので、せっせと木から削り出した蓋付きコップをご用意。
お茶とお菓子のために自作した、専用の置き場もあるので、多少は良かろうね。
箱状で、中にコップがセットできるようになっているのだ。普段は閉じておけば、飛び出していかないよ。
でも蓋なしの飲み物はどうしたって零れるので入れないで下さい。前世よりずっと道が悪いので、豆腐屋の息子でも回避不可。
御者は暑さや寒さと戦う職業だ。
しかし魔道具でもなければ、この世界の一般人には、外気と同じ温度になってしまう水筒しかないのだ。しかも何かの内臓形が結構な多数派。
魔法瓶とは言わないので、色合いの可愛いステンレスマグとか欲しいよね。
そんなことを考えている私とモリモリおやつを食べているアンディラートを、前方の幌馬車から恨めしげに見てくる山賊貴族。
いやぁ…そちらに差し入れる義理はないし。
おやつ袋を投げ渡すのもちょっとどうかなって思うし、そもそもこれはアンディラートのおやつなのだし。
そちらのお世話は御者君に頼んで下さい。




