個性は後付け
グッピーの生贄捕縛作戦が失敗したということは、公式には未だ盗賊の親玉が捕まっていないということだ。
クジャクに任された街である以上は、クジャクが頑張らねばならない。
手柄を弟に取られるなど、あってはならぬことである。自称神童、熱帯魚男児の評価ばかりが上がっちゃうからね。
しかし首突っ込んできて生贄で解決図ろうとするんだから、やはりグッピーによる謀り事のニオイしかしないんだよね…。
悪意には敏感な私だ。うっせーわ、とでも言わんばかりに兄へと投げたあの視線からも、「神童・善意の勇み足」とかではないと断言します。
早くグッピーが改心すればいいったって、うっせー顔しちゃう時点で、まだまだ悪事を諦めていないよなぁ。
もっと滞在して証拠探して、犯人を上げた方がいいのかしら。
…でも、そんなの私のやることかな。
むしろ正義ヅラして他人の家庭にヒビ入れるとか、心底嫌なヤツだと思うよね。今なら表面上、危うくも平和が保たれているのだもの。
既に壊れそうなご家庭だからと言っても、いっそスッキリ壊しておきましたよ、さぁ喜べ!ってやるのは、ちょっと…サイコにも程があるのでは…。
もしかしたらクジャクだって、不穏な空気に感付いても、弟が可愛いから何も知りたくないと思うタイプかもしれない。
ここの領主も、もしかしたら、家督は兄弟で争わせる方針かもしれない。家の方針やその理由なんて、無関係の他人にはわからないものだ。アンディラートんちの先代がそうだったらしいから、ないとは言えないよね。
さて、そんな領主一家と気まずい朝食。
クジャクもちゃんと着替えてきた。暖色系の刺繍が右肩の辺りに集中した派手な服だった。あれ、戦場で見たら助からないタイプの怪我と見間違えるな。
領主は一見普通だが、よく見ればスラックスは暗色のグラデーションだった。このくらいならお洒落で済むか。大人の理性を感じた。
グッピーのシャツは白かと思いきや、太陽光を反射してピカピカテラテラと青光りしている。君は鯖かな? 秋刀魚かな?
今日も朝からアンディラートの胃袋は健康的。彼の健啖ぶりを昨夜見たからか、容赦なく次々と出される料理達。
アンディラートはマナーを守って綺麗に食べる。皿が空くと次の料理が出てくる。当然のように彼は食べる。ひょいパク、ペロリだ。
合間を縫って、時折好きなものをおかわりする余裕すらある。
そしてそれを驚愕の目で…あんぐりと口を開けて見ているグッピーと、別に気にしない顔をしている領主とクジャク。
グッピーが不躾に見つめるから、アンディラートが少し居心地悪そうだ。しかし当主と次期当主が気に留めないことで、彼も何とか気にしない風を装って食べている。
実際、クジャクだってそこそこおかわりしているのだから、そんなに気にするようなことではない。
ただの男子の成長期。多分。
だから、やめなさいグッピー、うちの天使がおかわりしにくいでしょ!
正直マイストマックはいっぱいなのだが、アンディラートが遠慮して、お腹の満たされない子になっては困る。敢えて私はフードファイターの補助に出ることにした。
「…ステーキ、美味しいから、もう少しいただきましょうか。アンディラートも食べるでしょう?」
「あ、うん。そうしよう」
グッピーが私に驚愕の目を向けた。肉食系女子だと思われたかしら。
大丈夫、本当に食べるわけではない。そっと隠して持ち帰るのだ。任せろ、ステーキ消失マジックならばやったことがある。
…むしろ今さっきまで実はやっておりました。朝からこんなに食べられませんことよ。
当初はパンの香ばしいニオイで食べる気満々だった私も、激しい肉のニオイで食欲減退。夜とは言わないけどせめて昼食に出て。
イモタレンシアの回りの皿はなかなか空かないので、新たに料理も来ないぜ。…芋?
だってアンディラートが昨夜の仕返しか「これ美味しいよ」とか言うからッ…私、1ポンドステーキを朝から食べるハメにッ…。
食えるか!などと言って、アンディラートの純粋な真白き善意を蹴ることはできない。味の感想も言えるよう、一切れ二切れは頑張ったからもう許しておくれ。
食べるふりしながら、口に入れる瞬間に上手にアイテムボックスに仕舞う訓練。
空のお口をモグモグする時、これは女優鍛練タイムなのだなと感じるね。
いや、前はねぇ、気にしなくてももっと上手だったのよ! プロのパントマイマーかってくらいだったのよ!
でもね、キサラギ事変でロールが皆スッ飛んだから。代わりに、オルタンシアチームは誰も命を落とさなかったので、ロールの犠牲は諦めがつきます。
だから女優のレベル上げに丁度いいやい。お昼ご飯も手に入って一石二鳥だい。
逆に、アンディラートがもう少し食べたそうな、そのパンはちょっと隠して持ち帰るのが難しそうなんだよなぁ。
彼はちぎって食べて良いのだが、令嬢がちぎるには固いんで、ナイフが添えられていた。
もちろん私にはちぎれるよ。ちぎれるんだけれども硬度によっては身体強化様の力配分を誤り、勢い余って手からパンがふっ飛んで、どなたかの服をペチーン!と汚しても困る。
令嬢としての見た目を気にすると、ナイフとフォークで扱ってからスープに浸すのが正しい手順だ。汁ドボンにもお作法がある。
見た目が良いとは思えないし、そうしなければいけないような固いパンにもあまり出会ったことはないのだが…たおやかな手でちぎれないようなパンは、ご令嬢に噛み切れるはずがない。
そういうトリティニア貴族マナーだ。
手をつけた汁物にまみれさせたパンなど、アンディラートには差し上げられない。
また、生ゴミ(になるのが目に見えているもの)を無意味にアイテムボックスに保管する趣味もないので遠慮したい。
残念ながら、私のアイテムボックスは時間経過アリだ。手を掛けても、腐るときは腐る。
そして幾ら菌を取り出して捨てていようとも、物がベチョベチョのパンでは…冷めきってまで後で食べたいものではない。
まして日を跨ぐなど言語両断だ。きっと「腐ってない? カビてない? 無事でも、何かコレ嫌じゃない?」となって、精神的な腹痛を起こすよ。
ここは正攻法で行こう。
素直に「パンは後でくれよな!」って言う。お嬢様言語で。
「このパンもとてもお味がよろしくて…王都までまだ馬車で進まねばなりませんから、日持ちがするようなら少し包んで頂いてもよろしいかしら」
パンは作ったことがないので無理しない。
美味しいパンはなるべく確保する方向。こればかりはレシピや材料よりも現物だよね。冷凍しておけば、沢山あっても困らない。
…んん、まぁ、アンディラートに出せばすぐなくなるのだろうけどね。
彼には相変わらず太る様子がないので、エネルギーは順調に消費されているのだろう。
やはり空気清浄作業が常にオートで行われているからかな?
ちゃんと食べさせないとガリ痩せするのではと思うと、我慢などさせずにモリモリ食料を与えたい。
「もちろんです。気に入っていただけて、うちのシェフも喜びます」
当主の顔には嘘はなく、普通にご飯を褒められて嬉しそうだった。
貧乏でもなさそうなのだから、この固いパンは領主一家の好みなのだろう。アンディラートも好んでいるっぽいので、男子にウケる噛みごたえなのかもしれない。
私には普通に美味しい、ハード系のパンだなぁという感想です。
今は仕方ないけれど、できれば汁ポチャせずにバター多めのトーストで食したい。
何かもう、そんなにも柔らかいものしか噛めないなんて、世の令嬢とお年寄りは案外似たようなもんだわね。
ちなみに、山賊貴族達は食事の場にいない。
きっちゃないので、身支度に時間がかかったのだ。お風呂然り、ヒゲ然り。
その後に医師の治療を受けるので、忙しい領主がご飯を我慢してまで待つ道理もない。
すまないねぇ、終わったら彼らは馬車に積んで帰りますからね。
…ん?
彼らは自分の馬車があるはずだが、どうなったのだろう。あれは彼らの個人資産。
徴発されていないか後で確認しなくては。
食後に客間へ一旦休みに戻った。
このまま帰ってしまって良いものかを、仲間達と相談したかったからだ。…フッ、成長したな、私。アンディラートだけだと、まだ巻き込み暴走するけど。
被害者である山賊貴族達が一刻も早く立ち去りたがった場合、私のモヤモヤよりは、そちらを優先するつもりだ。
しかし、アンディラートが手伝いたがった場合には、山賊貴族達だけを王都に返します。天使ファーストは揺らがない。
しかし、まだ山賊貴族達は戻って来ていなかった。何度洗えども落としきれない汚さか…と戦いたがそうではなく、到着したお医者による診察中なのらしい。
それも概ね終わりかけで、使用人が「大きな怪我はないようですよ」と教えてくれた。
大体わかったところで、部屋付きの使用人へ伝達してくれていたらしい。
うむ。領主、やればできる子。
そうしてアンディラートと共にぽやぽや待つこと20分。ようやく待ち人達は現れた。
拉致被害者改め客人となった彼らには、白シャツと黒ズボンという何の変哲もない衣装が与えられていた。
普通の服もあるのね…誰の服借りたの?
ちょっと気になって使用人に聞いてみたら、客人用の予備服として常備されているものとのことだった。
サイズ違いなのにお揃いなのは、客ならば男子には一律これを貸すということなのね。
メイドにはメイド服を着せるように、種別で服装が分けられている、と…。
「…揃ったところで、とりあえず身内だけにしていただきましょうか」
そう口にすると、使用人達は心得たように部屋から出ていった。
戸惑う者や渋る者はいなかったので、きっとここに留まりたい監視要員とかは組み込まれていないね。
…そんなに、聞かれて困ることもないか。
白シャツペアに目を向ける。
特に私に許可を取ろうともせずに、ソファへ腰を下ろしている。あ、何だ、お向かいのアンディラートが座るように誘ったようだ。
死角でアイテムボックスからフード付きマントを出して、装着。
「こっちの方が落ち着くならそうするよ」
さっきは警戒心なのか、距離を取られてしまっていた。見慣れた格好であればそんなこともないだろう。
そう思ってのことだったのだが、アンディラートのお隣へと座った私は、そのままブホッと噴き出すことになる。
「噴いた! 噴き出したね、チビ君!」
「まぁまぁ、主様、落ち着いて…」
私の格好と瞬間噴き出しに、山賊貴族と思しき男は立ち上がって憤慨した。
宥める御者は、最初から顔の見えるタイプだったので汚れが落ちただけだ。容姿に対しては、大した感想もない。
しかし、山賊貴族…これは酷い。
「何というモブ顔…。ヒゲと髪と汚れと共に、個性もどこかへ落としてきたのか…普通さぁ、こう、普段よく見えない顔が見えるようになったら、意外にも眩しい美形だったりするのがお約束なんじゃないの?」
「言ったね! 知らないよ、そんなの!」
ありのままの山賊貴族とは…物凄くモブ顔の青年であった。全然チンピラ感がない。
強いて言えばツリ目だけど、それだけ。街のどこにいても溶け込んでしまいそうだ。
御者君の方がまだ貴族感あるじゃないの。




