「お前の世界は狭い」
従士隊の坊ちゃん達とは、もちろん仲良くなれなかった。
某絡み男は相も変わらず絡んでくるので、私のつけた二つ名の正しさが証明される日々。
イルステン、超、邪魔っ子!
なぜだ。なぜ打ち合いや組み手の際に私のペアになってくるのだ。
正騎士先生! たまには違う人と組みたいです!
こちとら手加減などしないので、イルステンは今日も「くっそぉ!」と床を叩いている。
「お前なんてゴリラだ!」
黙れ。お前の相手しかできないせいで技が磨けないんじゃい。
力任せのゴリラ戦法になっているのを少々反省しつつも、フフンと鼻で笑って見せる。
「おや、私は小柄なので速度重視のつもりだったのだが。力もついてきたのなら、良かったよ」
「褒め言葉じゃない!」
そんな負け越しイルステンが、他の人と戦うと決して弱くはないので、周囲は私の力をはかりかねているようだ。
イルステンがわざと負けているのではないかという邪推も一時期あったのだが…毎回の全力での戦いぶりと負けたあとの心底の悔しがりぶりを見て、「お前、女相手だからって手ェ抜いてんじゃないの?」などとイルステンに言おうとするものはいない。
多分、言ったら決闘待ったなし。
決闘といえば、私が啖呵を切ったクズ貴族トリプルとの果し合いだが、正式な立会人を依頼したため勝手に始めるわけにはいかなくなっている。
城から立会人の選定と日程の通知が来てからの予定だ。必要ならば、この期間に代闘士を探したりするのだとか。
意外と決闘まで時間がかかっていて、この間に後妻をブチ込まれるのではないかとハラハラしていたのだが、どうやら既に貴族には私の噂は出回っているらしい。
後妻勧め隊達はまずは決闘が終わるまで様子見をしているようだと家令に聞いた。
腕を上げるためには、他の人とも戦わないといけないと思うのだけれど。
決闘までに少しでも戦力を上げたい私としては、子供の意地のお相手などしている場合ではないのだ。
「オルタンシア君は専属従士に興味はないのか? 幾らか君に興味を持っている騎士はいるようだが」
正騎士先生が唐突にそんなことを聞いてくる。
途端に、周囲の従士達がしんと静まり返った。
まだ従士隊が始まったばかりなのに、もう専属従士って…。
従士達の高度目標かと思っていたので、少し困惑する。
「正直に申し上げて、お受けすることはないでしょう。入隊時にお答えした通りですね」
まず、専属従士って騎士の身の回りの世話をするのよね。
…住み込みで。
無理だね。そんな、見も知らない人の世話とか。
それに、一応貴族令嬢なので、男子の世話をしに騎士寮泊り込みはさすがに。
お父様も許してくれないだろうし…いや、私の言う通りにするって言ってたからわからないけど…騎士にお父様からの監視がつけられる気がする。そんな必要でも重要でもないことについて説得までしたくない…。
「だから、女が入隊したって仕方ないじゃないか。同じようにはできないんだから」
ぼそりと誰かが呟いた。
「愚痴かい? 君よりも先に女に専属従士の声がかかってしまったという事実こそを恥と思いなよ」
挑発するつもりではないけれど、あまりに下らなくて笑ってしまった。
正騎士先生の窘めるような目をかわして、級友達へと向き直る。
「私は騎士にならないよ?」
級友達は、何を言われたのかわからないようだった。
けれど従士はあくまで従士なのだ。
従士隊に入ったからといって、成人したら必ず騎士の入隊試験を受けなければいけないという規則はない。
「私には、今、剣が必要だった。けれどこの手で守れる範囲など狭いものだよ。私は私の守るべきものを差し置いて国に剣を捧げることは出来ない」
正騎士先生も特段何も言う様子はない。
騎士になるつもりがないことは試験の際にも明確にしてあるし、その上で入隊の許可は出た。
剣を振るう女という存在。それが男よりも強いという事実。
私には多分、ぼんぼん従士達の意識改革としての役割を期待されていると思うのだ。
もちろん、望むのであれば騎士の道もあったのだろうが。
そもそも正騎士は、私の姓がエーゼレットであることを知っている。
…そしてお父様が圧力を込め気味の目力でこちらを睨んでいることを知っている。
誰から見たって、騎士隊にまで所属するなんて、家の許可が出ないはずの人間なのだ。今更である。
「君達は何のために騎士になるんだい? 君達の考える騎士道って何? 級友を女だからと見下す者が、女子供を守れるかな。守るものを選り好みする騎士に、国は守れるのかね?」
まだ子供なのだ。そんなことなど考えもしなかったのだろう。
従士達は呆然としたような顔をしている。
まぁ、どうだっていいけどね。
彼らの行く末など、私には関係のない話だ。
「そもそも高貴な身分の女性を守護するためには女性騎士だって必要なのだけれど。君達の我儘で王族に不便を強いるのか?」
「ぬぐっ…」
どうだって、いいけどね。
二度目の呟きを胸の中に落として、肩を竦める。
私は正騎士先生に向き直った。
「…気は変わらないようで、残念だ」
「むしろ、ご提案に驚きました。ご存知でしょうに」
「それこそ君自身に期待するものがいるということだ」
そう言われると悪い気はしない。
…単に女子を潰そうとする勢力でないとは、ちょっと断言できないけどね。
だけど正騎士先生の目から見て、お父様に睨まれる危険を冒してまで、私を鍛えてくれるつもりの人間がいたということなのだろう。
既に何人かの騎士から、怯え気味に「宰相によく頼まれている」という発言を聞いている。
脳筋騎士でなければそれがある種の牽制であることには気付く。
怪我はしないように気をつけているので、あまり教官を脅されるのは困るけれど…従士隊に入れたからといって、お父様は決して娘に対して無関心なわけではないのだ。
それから、少しだけ級友達の意識は変わったようだ。
必要以上に突っかかるのは相変わらずのイルステンだけ。
あとは遠巻きなだけで嫌味を言うものは減った。
癒しの天使はまた遠征に出てしまったので、私は一人寂しく裏庭でお昼ご飯だ。
そして、いそいそとランチボックスを広げる私の前に現れる、絡み男
イルステン…もう、ジャマステンとかに改名したらどうかな…。
「こんなところで食べていたのか」
「…何か用?」
イルステンは無言で私の隣に陣取り、パンを取り出した。
「…何の、用なのかな?」
一緒にご飯を食べる仲ではない。
迷惑だと隠しもしない私に、ちょっぴり怯んだ様子を見せる。
それでも引く気はないのだろう、こちらを睨んでパンを噛み千切った。
場所、変えようかしら…。
ランチボックスの蓋を手にした途端に「時間がなくなるから食え」とか言われる。
むぎぃ。せっかくのご飯がまずくなってしまうわ。
見つかってしまった以上、また人目に付かないランチ場所を探さなければいけないな…。
そんなことを考えて現実逃避し、私も食事を取ることにする。
黙々と食べ続ける私とイルステン。
会話はない。
やはり男の子のほうが食べるのが早いものなのか、私が半分を空にする間に隣を陣取る少年は手持ち無沙汰になったようだ。
…やめたまえ。女子の食べる様をじっと見るのは。
足りないのだとしても、決して分けてあげないぞ。
消化に悪そうな昼食を終え、ランチボックスを片付けてもイルステンはまだじっとこちらを見ている。
「…いい加減にしてくれないかな?」
他のご令嬢にやるなよ、失礼だから。そう言いそうになって、口を噤んだ。
もしかしてアンディラートも、「他の人にやるな」系の台詞のときって結構苛立っていたのかしら。
なんてこったーい。
「…アンディラートがいないから、こんなところで食べているのか?」
相手の口からまでも幼馴染の名が出たので、思わず顔を上げた。
イルステンは口を引き結んでいる。
「アンディラートがいても、人目のないところで食べるほうが楽だけど」
本音がポロリ。
しまった、低めのヅカボイスを意識し忘れて普通に話してしまった。
イルステンの目がちょっと大きくなる。
コホンと小さく咳払いをしてから、私は男装の麗人ロールを意識し直す。
「それが、何か? 私の食事に対してご意見でもあったのかな?」
「あいつがいるときは、食堂で食べてた」
「…それが、何か? どこでだって食事が出来ないわけではない」
私がうっかり素を出しそうになるとアンディラートが目で牽制してくれたりするので、1人のときよりボロを出しづらいだけだ。
…アンディラート相手の会話、という油断から出そうになる素なので、本当は1人のときよりボロを出しやすいのかもしれない。
「やっぱりお前、さっきのが本当の話し方なんだろう」
引きつりかける表情を抑えて、私は無言を貫く。
元々イルステンは私の見習い隊時代を知っているのだ。大したことではない。
私がメンタルバランスを保とうとしている間も、イルステンの独白は続く。
「そうだよな。あんな場違いだった女が、急にこんな話し方に変わるわけない。お前はただ、人と壁を作っただけなんだ」
いや、見習い隊時代から元々壁を作っておりましたが。
イルステンは確信を得たような顔で私を見た。
「お前、変わっていないんだろう」
「私が変わったかどうかなど、君には関係のないことだと思うが」
「そ、れは。その…俺のせいで、そんな話し方なんだろう?」
…えぇー。
何なのだ、こやつ。やめてくんない、何か「理解しているよ」みたいな空気出すのやめてくんない。
「君が何を言いたいのか、よくわからないな」
「う。だ、だからっ…」
「私は必要なことを必要なだけしているに過ぎない」
ランチボックスを持って立ち上がると、手を掴まれた。
片膝立ちのイルステンが、動揺したような顔でこちらを見ている。
「や、わい」
悪かったわね!
持って生まれた身体強化様のせいか、手の皮がいまいち厚くならないんですよ! マメもタコもできないし!
私の口元は盛大に引きつっていたと思う。
「…離してくれるかな。君は級友の手を撫でる趣味があるのか。周りは男ばかりなのに大変だな」
「ばっ、馬鹿、違う!」
離された手を思わず取り出したハンカチでごしごしと拭ってしまうと、イルステンは傷付いたような顔をした。
いや、隣にいただけの他人の手を突然握るヤツは変態だ。
「…お前、女友達っているのか?」
唐突に訊かれて、私はますます困惑する。
こやつは何がしたいのだ。
「特段、友達と呼べる女の子はいないが…必要がない」
確実に気が合わないからなぁ、貴族のご令嬢…。
お茶会の様子を思い出して、そう思う。
「男友達は」
「アンディラートがいる」
「他には」
「必要がない」
イルステンはひとつ頷いて、立ち上がった。
私よりも目線は高いので、少し見上げる格好になる。
「お前の世界は狭い」
唐突に、イルステンはそんなことを言った。
…えっと、はい。
「そろそろ戻ろうと思う。君は好きなだけそこにいたらいい」
私は笑顔を作って、言い捨てた。
振り返らずに早足で立ち去る。
後ろでイルステンが何か喚いていたが、無視だ。
私の世界は狭いよ、狭いけど、そんなのイルステンに口出しされることじゃないわー!




