七光は強い。
すれ違う私の言い分と、グッピーの言い分。
領主が信じたのは、…私の方だった。
おーい、あんな神童自慢してた息子を信じないのですか。君、パパ上なのでしょうが。
ギスギス関係なのかい。お宅は目の前の我が子を庇わないのですか?
ここが千尋の谷か。そんな。大変ヨ、谷、トテモ!
つまり、(T谷T)こうだ!
私のパニックぶりが大変です。
だって、そいつ確実に嘘はついてるけど、うちのお父様なら常識より正義より私を守るのに。
私が白いものを見て「黒かった…よ…」などと断腸の思いで嘘をついたらば、嘘だと理解しつつも一応白かったことを裏取りつつ「黒だったね」と言ってくれるはずよ。
事情によっては文官らしく証明書類まで作って、そこに国王のサインとか頂いて「これこのようにこの時は黒が正当ですね」なんて言ってくるよ。誰にも文句を言わせないそんなお父様の強さを疑わないオルタンシア・父ラブェーゼレットだよ!(ノンブレスで)
間違えたぞ、焦りのあまり家名のほうを改名してしまった。
代々この家名だとヤバい一族よね。パパスキーさんとか、有りそで無さそだけど。
でも、まず、お父様が確実に自分の父は好きじゃないであろう。滅したものな。
………あの、うん。私、サラッと我が子を信じなかった領主に、驚き過ぎたんだよ。
ふと気が付いたよ。前世の私、本当に成仏してるんだな、と。
胸の中が冷え冷えしてない。
親子なんて所詮他人だから仕方ないよねとか浮かばず、「息子信じないのかよ!」と慌てるだなんて。
いやまぁ、ある種、物凄く気合い入れて庇っているとも言えるよね。その…エーゼレットの洗礼から…ね…。
貴族でも、城やら上層部やらに伝手のあるような人なら知っているはずだ。
もしや王都に住む貴族ならば、貴族というだけで知っていることかもしれない。
…宰相は、実家を滅ぼすほどに妻子を溺愛していたことを。
そして溺愛されし娘のご機嫌は、昨日から下がったり戻ったり下がったりしている。
上げ下げ頻繁だと、疲れるのですが。
遠い目になりかける私に、汗で前髪がおでこに貼り付いた領主が、手の平ドリル芸を披露し始めた。
「ハハッ、ちょっと甘やかしすぎたようですな。上の子ならばもう少し世の中というものを理解しているのですが」
うわぁ。メッチャ無理やり子供の頭を下げさせてる。要らないよ、心の伴わない謝罪!
グッピーがパカパカケータイのようだよ。もう2つに折れそうだよ、やめておあげよ。
いや、子供だからか身体柔らかいな。伸ばしたら、ベタッと床に手の平までつきそう。
…と言いますか、落ち着いてみれば領主は別に息子達を突き放してはいないのよね。
うちのが格上とはいえ、他の貴族相手ならここまでペコペコもしていないことだろう。
他国の貴族事情は知らないが、トリティニア貴族ってそういうとこある。
前世感覚だと大分おかしく感じるが、高位だの何だの格の上下はある割に、格下でも場合によっては平気で噛みついてくるのだ。
それがアグレッシブ・トリティニア貴族。
もちろん高位貴族の方が手札は多いから圧力は掛けられることだろう。
しかし格下でもできる拒否の、最たるものが決闘だ。
立会人をおいて勝てば、絶対に認められる。
野蛮ではあろうが、一縷の望みが存在するのは良いこと。
娯楽の少ない世の中だから、決闘と聞きつければ観客もすぐ集まる。
代闘士は雇えても、あんまり後ろ暗いことをしてる人ならば、簡単に立会人を置きたくはないだろう。
物理的な強ささえあれば、理不尽に抗いたい格下にこそ有利になる、かも。
何とか頭を上げさせはしたが、領主が恐れているのは別に家格の圧ではなくて、お父様の辣腕のみ。
私の言葉が真実かどうかでなく、クジャクがアンディラートに懐くことによって、せっかく表面上は穏やかに収まった関係を乱したくないだけなのだ。
狙ってやったわけではなかろうが、これについては、クジャクの手柄と言って良い。
むしろ狙ってやっていたら、早急に私が処してるぞ。天使を利用なぞさせん!
グッピーは父親の手の平ドリルに不満を見せるでもなく、無邪気を装って「ごめんなさい、僕が間違っていたみたいです」などとアッサリ退いて見せた。
しゅごい。この子供、ここで駄々こねない。
子供ってそんな聞き分け良い?
いや、引っ張る方が不利と判断したのか?
そこまで己の利益を計算する子供か。
君、前世の記憶とか持っていないですよね?
自称神童、逆に怖いわ。
うーん。でも正義の定義も曖昧に、どこまでも残酷になれるのは、子供の持ち味よね。
ある意味では正しく子供らしいのかな。
よし、不思議はないことにして、未だ拘束されたままの知人達の解放を要求だ。
「…仕方ないです。放してやりなさい」
仕方ないとか小声で呟くな。
グッピーは山賊貴族を解放するように指示を出した。
どうやら無罪を勝ち取ったようだ。しかし、迷い込んできた動物を野に放つかのようなその言い方よ。
違うでしょう、拉致してきたんでしょうが。謝罪も賠償もなしかね。
彼らは回復魔法も使えないのに、手当てすらもしないというのか。
マジ、お貴族様だよね。元庶民は許さんよ。
うぅ…早く帰りたいけど。でもこの問題、放置していって平気なのかなぁ。
山賊貴族を解放しても、また別の、外見チンピラ気味の一般人が生贄にされちゃうだけなんじゃないの。
アンディラートが後で聞いて後悔しちゃうような結末だけはご勘弁願いたい。
「そちらが誤って痛めつけたのなら、治療するのが当然では? 使用人が動いているのですし、お風呂と医者が用意できないような時間ではありませんよね?」
「え、えぇ、もちろんです。すぐに手配を」
「王都へ帰る前に綺麗になりそうで良かったですわ。彼らは、うちで招いている魔法使いの知り合いでもありますからね。私には過保護なのですが、随分と気性の荒い魔法使いでして…」
何かあったら、庇いきれるかどうか…そんな言外の呟きを、領主は正確に汲み取った。
領主の指示を受けた使用人達が走る。
よしよし、一仕事終えた気分。
いかにも頑丈そうな山賊貴族が、御者を助け起こしている。
あの様子なら骨が折れてはいないだろうが、踏まれたりどつかれたりと痣くらいにはなっているはず。
ましてこんな朝から踏まれて地べたとお友達になっては、風呂に入らぬ選択肢はない。
…ないよね? 綺麗にしてから治療だよね、普通。
それに常駐しているのでもなければ、街のどこぞへ呼びに走らねばならないお医者よりも、お風呂の方が準備も早いだろう。
王城でもなければ、医者が常駐しているなんてことはないからね。ほら、仕事そんなにないのよ。
一家に一医者とか、日々がサバイバルすぎる。
捕縛が解かれた山賊貴族は、私がチビ君だと認識したはずなのに、何だかこちらと距離を取っている。
頭で理解はできていても、心が納得しきれないのかしら。チビ君がこんなエレガントなご令嬢のわけがない、とか。
それとも、(自分の追っかけの)婚約者に誤解されたら困るから女の子には近付きませんって?
「…本当にどういった関係なの? 見当が付かない…」
ポツリと、耐えきれないようにグッピーが呟いた。
全力で邪魔をした私の態度から、そろそろ本当に知人であろうと理解したのかもしれない。
グッピーに親切にしてあげる義理はない。
答えてあげる必要はないよね。
「貴族の交友関係を、そう根掘り葉掘り聞くものではないよ」
クジャクが弟を宥める。
一瞬だけ不快そうに顔を歪めた子供は、それでも「そういうものですか?」とだけこぼして黙る。
…根深い。父親には無邪気を装っていたのに、兄の何がそんなに嫌いなのか。
派手さならお互い様だよね? 同族嫌悪?
確かにその刺繍過多ぶりは、いっそ何かの呪いかおまじないかと思うレベルだけどね。
こんなに刺繍が好きなら、虎とか龍とか、ジャケットの内側に刺繍したら喜びそう。




