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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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サクリファイス・ヒゲ



 快適(相方の胃袋的)に過ごして速やかに去る、というわけにはいかなかった。

 客を起こすほどの音量ではなかったが、早朝から邸内は慌ただしくなっていたからだ。

 ディクレート領主邸、異常事態発生である。


 以前の失敗を生かして、「異常」についてすり合わせしたオルタンシャドウを見張りに立たせていたので、私は起きられました。

 というか起こされた。強制的に上半身をヨイショと引いて起こすという力業だった。

 あの幼女影、意外と脳筋だったのね…力仕事ばかりさせていたからかしら。そんな風に変換しながら、未設定箇所に反映された無意識に、己の深層心理を知る。

 とりあえず、何かあってもすぐ動けるように身支度を整えて、隣の部屋へ突撃だ。


 気配か第6感かは知らないが、アンディラートは何かを感じ取って、とっくに活動を開始していたらしい。

 私が訪ねた頃には、彼は「こちらに直接関係のあることではなさそうだ」との判定も終え、室内で静かに一鍛練まで済ませたところだった。低血圧とは縁がなさそうね。


 あわあわと私を追い出して着替えようとするので、居座るために汗とホカホカは問答無用で回収!

 代わりにアイテムボックス内の氷室から、そよそよと冷風を断続的に御見舞いしてクールダウンだ。

 居心地悪そうな顔をするんじゃない、ホカホカは後でちゃんと埋め立てるから。大丈夫だから。そういうの集めてどうこうする変態趣味とか持ってないから。っていうか具体的にどうするの? やっぱ嗅ぐの?

 いやぁ、それは…天使であっても、汗は汗でしかないよね。アロマとかじゃねぇんだわ。


 えっ、その備え置かれた水差しから水飲むの?

 そんな…ぬるい上にただの水など味気ない。

 蜂蜜レモンの冷水割りでも飲むがいい。オヤツも出しておいてあげようねぇ。干し果物でいいかしら。

 よぅし、いい笑顔出ましたね。これで今日も戦えるわ。

 朝っぱらから鍛練なんて苦行にせいを出す君の気持ちは、私にはわからないのだがな…。

 うーん、きっと早朝の運動は、朝御飯が美味しくなるスパイスか何かなのであろう。可愛いからいいや。


 起こされた理由も忘れて穏やかに過ごしていると、不意に怒声のような音が聞こえた。

 思わず顔を見合わせ、ピタリと口を閉ざす。

 …今の、何。お外?

 派手な怒声は鳴りを潜めたようだが、言い争いのような声は続いている。

 早朝から、貴族の邸宅で聞くべきものでもないような…。


「こんな時間に来客か?」


「周囲がざわつくっていうんじゃなくて、今のは明確に誰かが騒いでいる声だよね」


 私もアンディラートも、ベルで使用人を呼びつけるよりかは自分で見に行っちゃうタイプだ。

 高位貴族にあるまじき腰の軽さなので、速やかに部屋を抜け出して偵察へ。


「…誰かいるね」


「捕まっているみたいだ」


 階段から玄関ホールを覗くと、小汚れた男達が2名ほど捕らえられており、その前には自称神童のグッピー。早起きな子供だな。

 急ぎ階下へ放った蟻によると、グッピーが盗賊の元凶を捕らえたよ、という話のようだ。


 えー…?

 いや、昨日の態度はどう見てもお前が黒幕だったが。

 しかもそんな都合良く、昨日の今日でお頭をとらえましたぜってのも腑に落ちな…あれ?


「えぇ? 山賊貴族じゃん」


  そしてもう1人は、お付きの御者君だ。

 ちょ…、グッピー!

 それ、賊にしか見えないけど、他国の貴族だよ! 捕らえちゃダメなヤツ!

 外見トラップに引っ掛かって、スケープゴートの山賊として捕まえたのかな。


「まさか、知り合いなのか?」


 そして貴族なのか、とアンディラートは呟いた。私もそっと頷きを返しておく。

 だって、ホントに山賊にしか見えないよね。

 だというのに、相変わらず私の言葉をストンと受け入れる子である。この子からは、「嘘だー」とか「は? 何言ってんの?」みたいな反射的な否定の言葉を聞かない。

 第6感で真偽判定とかしているのだろうか。

 それとも、ただの天使かな。…天使だな。


 それにしても、山賊貴族か。

 なんでトリティニア(こんなところ)にいるのかな。最後に会ったのはいつだったか。

 まさかリスターを追って来たのだろうか。

 …えっ。

 まさか私が魔法使いを連れ去ったから、山賊貴族ももれなく付いてきたの?


 固定パーティではないと聞いていたのだが。わざわざ追いかけてまで、一緒に冒険者ギルドの依頼を受けようとするかなぁ…。

 確かに山賊貴族がリスターに懐いている感じは受けたけれども、借金も清算し終えたのに外国まで追う理由あるかな。

 トリティニア、ダンジョンとかないけど大丈夫? 暇してない?


「グッピーが山賊貴族に、賊の汚名を着せて解決を図る気みたいだね」


「…グッ…ピー? 」


「クジャクの弟」


 私の脳内での呼び名であることを察したアンディラートは頷いたが、表情がイマイチ納得していない。

 考えてみたら、クジャクもグッピーも日本語発音していたよ。説明は…できないな、こっちの世界で代替できる動物を知らないや。

 しかし今は動物の説明に拘っている場合ではない。今度、絵を描いてあげようね。


「とにかくあの派手な子供が、通りすがりの善良な冒険者に、賊の濡れ衣を着せようとしているってことさ」


「…冒険者なのか。どういう知り合いかはよくわからないが、彼らはオルタンシアの知人で、悪い人ではないんだな?」


 ならば何とかして助けなければ、とアンディラートが呟く。

 疑問なんて幾つもあるだろうにな…。まずは信じて行動しようとしてくれるところ、本当に頭が下がる。

 ハグしたいところだが、確実に相手が真っ赤になって逃げようとバタバタし、階下にバレる予感しかしない。婚約者なのに、なんで逃げられることが確定なのか。

 ま、まぁ良い。今は見逃してやろうぞ。


 山賊貴族は、外見こそチンピラだけれども、性格も私生活もわりと正当な貴族だ。ノブレス・オブリージュなるものも心得ている。

 婚約者が近付くと借金を踏み倒してでも逃げるという悪癖はあるが、わざわざ他者を害して金品を奪うなんて真似はしないだろう。

 従者と2人で宿暮らしできる程度には冒険者として稼ぐし、何かあれば奥の手として実家に仕送りしてもらうんだろうしね。

 つまり外国まで来て往来の人を襲う必要はなく、生贄だというのは簡単に察しが付く。

 そして…魔法使いの報復も怖いよね。


「あの人、リスターのお友達なんだよ。正当な理由もなく危害を加えたりしたら、リスターは怒る…くらいには親しいはずよ」


 このまま放っておくと、グッピーは宙で洗濯機の中身の如く回転させられたり、止める間もなく顔面が天井にめりこんだり、最悪は首が飛んだり胴体だけふよふよとデス・パレードさせられる危険がある。

 自称神童は、多分普通に死ぬだろう。

 だがしかし貴族に危害を加えれば、リスターとてただでは済まない。

 お父様に全力でお願いするし、何なら私も「婚約者が騙し討ちされた」とか言って再度決闘令嬢となり、天意を問うという言い訳で力業で世論を捩じ伏せる手もある。



 もちろん山賊貴族に非があれば、その限りではない。ただ、幾らリスターが雑で暴力的な扱いをしていようとも、他者に本気で害されるとなれば話は別よね。

 間違えてはいけない。

 山賊貴族は、リスターが借金を肩代わりしてあげちゃうほどの仲良しさんなのだ。

 一緒に泊まりがけでダンジョンに行っても良いと思えるお友達だ。


「…乱入するね」


「わかった。だが令嬢のままの方がいい」


 令嬢ロール継続ってことね。オッケー。

 確かに、今日も私はドレスアップしている。

 油断して冒険者フランを丸出しにしないようにという天使のお告げに従い、駆けるのではなくエスコートされつつ階段を降りる。

 こちらに気付いたグッピーを筆頭に…なぜか階下はシンと静まった。

 まだ何も言葉を発していないのですが。私達、どこか威圧的だったでしょうか…?


「なぜ彼らは捕まっている」


 アンディラートが、まずは声をかけた。

 グッピーが我に返って、にこやかな顔を作る。うーん、7歳だっけ。取り繕うことくらいできる年齢だよね。

 子供って、別に天使じゃないもの。

 ごく一部の天使的な生き物は幼い頃から天使ではあるが、そういうのはもちろん育っても大天使なのだよ。

 チラリと隣を見る。

 そう…天使にも軍団長とかいるしな。おっさんになっても、私は君を愛でて見せるぜ。


「街道を荒らす賊の頭領を捕らえたのです」


 自信満々なところ悪いが、それは貴族です。

 当然、御者が「違います! こちらは賊の頭領などではないのです!」と声を上げる。御者は…賊にはあまり見えないものね。

 勝手に声を上げた御者を踏み付けて床に張り付け、黙らせたのは、きっとグッピー側の兵なんだろうなぁ。


「それは知人の知り合いのようだ。冒険者をしていると思うが、身分証をあらためたか」


「…冒険者であれども、賊でないとは言えないはずですよ。それに、知人の知り合いということは、他人なのではないですか? 表情を見るに、貴方達はお互いに面識があるわけではなさそうだ」


 我らの登場に困惑気な被疑者達の顔を見て、グッピーが余裕そうに言う。

 うーん。確かに、そんなところをチェックするのは子供としては賢いのかもしれないね?

 神童かと言われると、どうにも違いそうな気がするけど。


「面識があるのは、婚約者のほうでな」


 アンディラートが言うと、全ての視線が私に集まった。山賊貴族と従者も、私には見覚えがないという顔をして目を凝らしている。

 そりゃ、そうだよね!

 でも皆、安心するんだ。そやつは外見に反して、おっとりしたところのある普通のおじ…兄ちゃんだよ。いや、ヒゲ汚いから年齢よくわからんけど。


「ハハッ」


 グッピーが昨夜の領主によく似た引き笑いをする。

 アンディラートならまだしも、(完全に擬態した)令嬢たる私の知り合いと言うのならば、完全に嘘だと認定した様子。

 …それが、嘘じゃないんですわ。


「お久し振りですこと。この度はとんだ災難に遭われたご様子。リスターに会いにいらしたのなら、彼は王都にいるはずですわ」


「…リスターを知っているのか。確かに王都にはいたようだが、もういないだろう。あいつは長くひと所に留まる奴じゃねぇ。…あんたは…どこかで会ったか?」


 え、あ、そんな感じ?


「あら、お忘れですの? リスターと共に、そこの彼の操る馬車にも、同乗させていただきましてよ」


 疑問符だらけの顔をした2人は、一生懸命私を思い出そうとしている。

 ヒントか、ヒントが必要なのか。


「その際には私、フード付きのマントを離さなかったので顔こそ見せておりませんが。リスターが雛を守る親鳥のような有り様でしたから、覚えておりますでしょう?」


「…えっ? あ? では…」


「チビ君ッ…なのか…?」


 そこまで言えば、該当するものは1人しかいないはずだ。しかしながら懐疑的なのか、疑問符が取り去りきれていないな。

 思い返せば、随分と懐かしい気がした。

 私は優雅に一礼し、改めて名乗る。


「ええ、間違いございません。チビ改めオルタンシア・エーゼレットと申します。その節はお世話になりましたわね、お財布君」


 別に本当に常時私が「お財布さん」とか呼び掛けていたわけではない。あだ名にしてもあんまりだよ。

 けれども、何せホラ…インパクトの強すぎたあの「リスター、チビの名は決して教えないぜ事件」だ。

 あの頃のリスターは、まさに雛鳥を守らんとする親怪鳥であった。その雛鳥も牙を備えていたのだがね。


 彼らは私の正体に確信を持ったようだ。山賊と弱みでも握られて小間使いさせられている人にしか見えない彼らだが、希望を見出だしたような目をした。

 しかし、なぜ捕まってるのかな。

 貴族なのに身分証明できそうなものを持っていないのかしら。私やアンディラートは家紋入りの小物を持ち歩いているけど、異国の貴族はそういうの持ち歩かないの?


「昨日の今日でエーゼレットゆかりの者を捕らえて冤罪をかけるとは。ディクレート家はそんなに没落をお望みなのかしら?」


 大きすぎないように、けれど、腹に力を入れて無駄に声を通す。

 おーい、起きろ、領主。お家の危機だぞ!


 グッピーは現状が理解できない様子。

 私が謎の正義感か何かでしゃしゃり出て来て、見知らぬ冒険者を守ろうとしているのだと信じているようだ。

 凄い買い被りだ。見知らぬチンピラなら興味はありません。初見のチンピラ外観の相手を「いいえ、見た目に惑わされないで、彼はきっと無実よ!」とか清い心では見られない。普通にチンピラなんじゃね?と思うわ。


「エーゼレット嬢、世の中には悪人もいるのですよ」


「ええ、存じておりますわ。私、世間知らずではありませんのよ。だから知っているの。年齢の割に知恵の回る悪人もおりますわね」


 目の前に、


 いますわ。

 お巡りさん、このガキです。冤罪なんて、子供の悪戯じゃ済まないのだぞ。

 理由なき悪意を、周囲が信じてくれない恐怖を、私は忘れてなどいない。


「…っ…」


 反射的に何か言い返そうとしたグッピーだが、言葉は出てこなかった。

 だって、その通りだもんね?

 それでも、何とか取り繕った笑みを張り付けるのは凄い。凄い根性だ。

 厚顔無恥に嘘を塗り固める程には、自称神童であるわけだね。


 ようやく知らせが行ったのか、少し髪の乱れた領主が走ってきた。その後ろにはクジャクも…うっ、クジャクのそれパジャマなの? 急いで、着替えもせずガウン羽織って出てきちゃったのかな。

 寝にくくないのかい、その全面カラフル刺繍!

 チカチカした夢を見そう。全ての意識が刺繍に引き付けられてしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと山賊貴族は誰が忘れだ………これは、読み直す機会?! 7歳児いきなりのプロポーズね!私、いつもこういう展開たまんないなあ〜
[一言] まぁ、うん。トコトン運がないね、弟クン。父兄がオルタンシアにちょっかいをかけなきゃ色んな陰謀も判明しなかった……かもしれないし、偶々捕獲した相手がまさかの知人だったとかもうね。 ま、どっかで…
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