増えた。
アンディラートは、にっこにこだ。
どうしてこの子は私が着飾ることを、こんなに喜ぶのだろうね?
しかしながら、天使の笑顔とは、見ているこちらも笑顔になってしまうマジックスマイル。これが相乗効果というものか。
浄化された空気、おいしー!
私とアンディラートは、やたらと上機嫌な笑顔を浮かべながら晩餐の場に現れることとなった。
そうすると不機嫌そうな私しか見ていなかった領主だけではなく、その息子達(何か増えてた)までもがポッカーンと口を開けているという有り様。
何なのだい、こんな麗しいレディーの笑顔を前にして、お口全開とか。
変顔でも返してやりたくなるが、婚約者の隣で優雅に笑むレデェはそんなことはせぬ。
…振りじゃないよ、本当にしないからね!
ホラ、もしもアンディラートに「それはダメだと思う」とか笑顔一転、本気の真顔で諌められたら、結構なダメージを受けると思うからな…。
だが、逆に全く気にせず「いつものことだな」とか流されても、自分の信頼度に悲しくなる気がする。
うん、最初からしないのが正解だね。オルタンシアは少し大人になったのだ。
カラフルブラザーズとして増えていたのは、小さめのクジャク。…顔も似ているし、普通に考えて弟なんだろう。
趣味なのか家風なのか、こちらもやけに彩り多めの服装だ。兄は刺繍、弟は染め物…というか妙にピカピカと金属質な光沢が。あれ、素材は布なの、布じゃないの?
同じカラフル枠でも、あちらは南国の魚っぽい…。兄がクジャクで弟はグッピー?
ちなみに領主は息子達に比べれば地味に見えるが、ご自宅の晩餐だと考えると「誰に見せる気なんだい?」と問いたくなる姿。
グラデーションがかったパイソン柄…あれは奇抜なデザインなのか。むしろ、そういうリアル蛇素材の服なのか。グッピー共々、一体、素材は何なのよ。気になる。
プチ・カーニバルみたいな彼らが、いつワサワサとビバ・サンバな羽根を背負いだしても、もう私は驚かないであろう。
…この家の人達とは気が合いそうにないな。
そんなことを考えていたら、意を決したように立ち上がったグッピーが、小走りに私の近くまで来て片膝を付いた。
何だ、この小僧っこ?
片手を私に差し出しているが、握手?
しないよ。私の両手はアンディラートの左腕にソッとしてある。
これ以上ギュッとしたりして身体が近付くと、シャイボーイが脱走してしまうので、絶妙な力加減を維持だよ。
そう、これが彼が普通の態度で居られる、ギリギリのエスコート姿勢なのだ。
歩きやすいようきちんと寄り添いつつも、育った胸は決して当てない。
それでも他者から見て前のめりにも引け腰にもならないよう、綺麗な姿勢を維持しているのだ。身体強化様が無駄に活躍。このバランス、ホントに大変なのだぞ。
ここで崩す気はない!
「あのっ! 美しい方! ぜひ僕のお嫁さんになってくれませんか!」
そしてグッピーは意味不明な挨拶をした。
オヨ・メサンニ?
デッサン・モデルみたいな何か?
何語かな? 大陸外の方?
己の美しさは存じているのですが、さすがに一瞬でお嫁とは結び付かなかったね。
だって、ようやく「アンディラートが対戦者を一撃で倒します大会」が終わったばかりよ?
新たに兄弟が出てきたので、話題が最初に戻りますねってことはないでしょうよ。
アンディラートがサッと私を背に隠す。おわー、バランス崩れるから急にヤメテー。
くっ、せっかくの上手な姿勢が。
子供は迷惑そうにアンディラートを見上げ、身体を左右に揺らして何とか隙間から私を見ようとするが、天使の盾はどっしりと構えて視線を遮っている。
難攻不落のアイギスラート…。
「…紹介もまだだというのに、少々気が早いのではないだろうか」
貴族的な表現にしては遠回りし足りないが、一応は直接的ではなく「君の行為は失礼だぞ」と伝えてみるアンディラート。
あんまりピシャリというのは貴族的ではないし、相手のプライドを目に見えて傷付ける行為は慎むべきこと。
ましてや淑女としては、何事もなかったふりをするのが正しい。ガキンチョ相手なら「あらあら嬉しいわ」などと躱す大人の対応が最善手。
しかし私は初対面の子供に、なぁなぁのご機嫌取りをしたりなどしない。こういうヤツぁ社交辞令を本気にして成人まで信じ込み、下手すると人妻相手にすら「約束した」なんつって本気で迎えに来ちゃうのだ。
隠され負けずにアンディラートの横から顔を出し、私はきちんと挨拶を返した。
「私の嫁入り先は既に決まっております。ちなみに、こちらが私のラブリーでキュートな婚約者ですので、以後お見知りおき下さい」
皆の様子を見るに、私の言葉は一部聞き取れなかったようだ。あれか、ラブリーやキュートが日本語発音でしたか。でしたね。
しかし婚約者と聞いたグッピーは、ハッとアンディラートを見上げ、眺め回し…そして、フッと笑った。
えっ。
何、お前まさか今、勝てると踏んだの?
よもやよもや?
おぉん? 一体どこに勝てる要素あった? 見当たらんぞ。年齢を盾にしたのかね。こまっしゃくれたグッピーより、どこからどう見ても、うちの天使のが可愛いでしょうが!
余裕の表情を取り戻して立ち上がったクソガキが何かを言う前に、私は言った。
「それに、ご挨拶もまともに出来ないようなお子様では、ね。年齢に開きがありすぎて対象にもなりませんわ。我がエーゼレット家には政略婚の必要がございませんので、結婚には私の意思が最優先ですもの」
すっこんでろぃ、クソガキめー。
惚れ惚れするのは許すけど、私の美しさはお前ごときのためにあるのではない!(脳内で薔薇をくわえつつ)
私の! この容姿は!
両親という奇跡が世に舞い降りたという証なんじゃあ!
「…ぼ、僕は大人びていると評判だし、神童と呼ばれてますから! そんな年齢差を感じることもないと思います!」
あら、オホホホホ。驚き。
自ら神童を名乗ってきたよ。自意識過剰にも程がある。これは、ハタチ過ぎれば唯の人パターンであろうな。
渾身のジョークも笑えないことね。疾く、お口チャックなさいませ。
おーい、パパさん。回収しておくれ。
チラリと領主へ目線を遣り、一瞬だけ笑顔を消して見せた。
慌てて領主が長テーブルのお誕生日席から駆けてきて、ガバッと子供の頭を下げさせる。
「わっ?」
「や、やぁ、どうやらエーゼレット嬢の美しさにのぼせてしまったようだ。本当に神童なので、いつもはこんなことをする子ではないのですが。うちの息子達も私も、こんなお美しいお嬢さんを見たことがないからなぁ、緊張してしまったのかなぁ」
え、今「本当に神童」とか言ったよ。こやつ、親馬鹿か…。
ハハッ、ハハッと誤魔化し笑いを多用しながら領主が息子を紹介してくる。はいはい、パイソンさん。クジャクとグッピー、おつ。
こちらもアンディラートが名乗り、そのまま婚約者として私を紹介した。
男性が同席しているのなら、こういう時、淑女は黙って微笑むだけで良い。楽チン。
神童グッピーは、懲りずに会話の隙間を縫っては私に話題を振ろうとしているようだ。
なのでヤツがこちらを向いて息を吸ったタイミングで、私は常にアンディラートへと微笑みかけます。
広がれ、視野。唸れ、私の動体視力。
「あら、こちらのお料理もアンディラート様のお口に合うのではないかしら?」
「ん、そうかな。…うん、美味しいよ」
別の料理を食べてるところなのに、素直に勧められたお肉をお皿に取り分けて貰うアンディラート。そして結局どれも「美味しい」って答えちゃう。
君、そんな嫌いな食べ物ないものね。大抵美味しくいただけるよね。
苦手なのは概ねアルコールが主張してくるものだと思うので、大人味のデザート以外は平気と判断しております。
料理も…例えば赤ワイン煮とかそういうものだと、アルコールは飛んでいるはずだしね。
私がメチャクチャ適当に料理を勧めるせいで、既に食べ終わった料理を勧められちゃったアンディラートには、慌てて給仕がお代わりを運んでくる始末。
意図せず、彼の胃袋容量埋立てへ貢献したよ。結局、アンディラートはほぼ2人前ずつ食べていた。
そして乾杯のシャンパンは一口で顔を歪めて以降、飲み物はリンゴジュースだった。
うん、リンゴジュース美味しいよね!
ちなみにグッピーは何に敵対心を燃やしたのか料理をお代わりしたが、食べきれずに残した。そりゃあね。グッピーにフードファイターの素質はない模様。
そんなことより、私達が足止めを食らう原因となった、街道穴ボコ盗賊事件である。
偉そうな人相手に調書は取られたが、アンディラートの予想が当たっていれば、賊はまた出る…かもしれない。
それは、下々に伝えたところで対処しきれないのではないだろうか。
正直、ふらふらと迷い込んできた貴族令嬢を嫁にしようと画策するよりも、余程大事な領主の仕事だと思います。
大して弾んでもいない会話が落ち着いた頃、私は領主へ話を振ってみる。
「街道の賊はいつ頃から現れるようになったのですか?」
ピリッと空気に緊張が走った。
いや、何、君ら…。説明責任くらいはあるよね。私達は調書のためにここに来たのよ。
他の貴族の馬車を足止めまでしている以上、賊は領主の失態でしょうが。
まさか私達が好んで「皆でアンディラートに稽古つけてもらおう大会(徐々に格下げ)」に参加したとでも思っているのか。
そんな圧を含んだ笑顔で領主を見つめる。
こちらも、寄り道の理由をお父様にお話ししないといけないのだしね?
エーゼレットとして行動しているときに、舐められちゃいけないものね?
コホン、と領主は咳払いして場の空気と己の心を整える。
デザートを食しつつ弁明混じりの長々とした話が続いたが、要点をまとめるとこうだ。
後継者教育の一環で、クジャクがこの街の責任者になった。すると、しばらくして様々な問題が浮かび上がってきたのだという。
父親が統治していた頃は大きな問題もなかったのだが、最近になって治安や物流にちょいちょい悪化が見られるのだとか。
ついでに「試しに自分もやってみたい」とか言い出した神童グッピーにももう少し小さな街を補佐官付きで仕切らせたところ、こちらは急に発展を始めた。
悪い話の誤魔化しにいい話で終わらせたかったのかもしれないけど、その言い方じゃ、お兄ちゃんの立つ瀬がないわね。
案の定クジャクは少し青ざめて俯いている。
グッピーは特に表情を変えず、空気に徹していた。兄を心配するような顔とかは、特にしないらしい。
まぁね、貴族がそうそう素直に顔色を変えては、うまくない場合もある。
大事でございと初対面の客の前で慌てるのは愚策。ポーカーフェイスを保つのは正しい。
…おうちの問題は、他人が口を突っ込むことじゃないよなぁ。
別にこの領地にも領主一家にも、私の興味はない。兄と弟のどっちがどう優秀だろうと、私には全然関係ないものな。
「しかし、賊の出現は、何者かに仕組まれている可能性がある」
アンディラートが親切に教えてあげた。
お揃いの新しい装備、食うに困りそうにない体躯、クジャクをはめようとしている存在がいるのではないか…等。
思い付いていたことを、ダバーッと暴露してしまったようだ。
…ちょっと。…グッピーの様子がおかしいんですけど…。
今は変に少し微笑んでじっとしているけれど、全然笑い事じゃない話題だよね。
…怪しい。
これ、ここに犯人が同席しているのでは。
「私に恨みを持つ何者かの仕業だと?」
よくわかっていなさそうな領主が呟く。
自分の領内で出た賊が、誰かの手による罠の可能性だと言われてもピンと来ない様子。
ましてや今まで問題がなかったのに。
そこは「クジャクに統治能力がないせい」やら「やはり弟の方が優秀なのでは」などと思っていたようだ。
「そこまではわからないが、単純に盗賊が出現したというだけの話ではないと思う」
「まぁ…お陰様で賊は捕まりましたから、尋問が進めばわかることもあるでしょう」
私はじっとグッピーの様子を見ていたが、彼がそれ以上ポーカーフェイスを崩すことはなかった。




