空腹のッ…スタンド使い!
領主のタウンハウスに招かれた。
お食事付き一泊コースのご提案である。
領主は賊への対応のために、街まで来て指揮をしていたのらしい。
領都でなくとも、おうちはあるのね…。
私、エーゼレットの領地すら行ったことないから、そういうのよくわからんのよね。
生粋の王都っ子なのだ。
でも小さな集落で指揮することだってなくはないよね。確かに領主がアクシデントの対処のためにと、ちっちゃな宿屋に泊まって指揮を執るのは変にも感じる。
そんな時は町長さんちとかに泊まるのかな。
…町長さん、いい迷惑じゃないかな。
するとやっぱりマイハウスは必要っぽいな。
村や小さな町に家持ってるっていうならちょっと変…酔狂だけど、ここはちゃんと発展した大きめの「街」なので、領主が邸のひとつを持っていても不思議はない。
…えっ、ないよね?
先の続きのようになるけれど、私、別荘とかも行ったことないしな…。
エーゼレット家にも別荘ってあるらしい話を聞いたことはあるけども…。
そもそもが「由緒正しきエーゼレット家」の持ち物であり、養女と婿養子にとっては、書面上の数ある不動産のひとつでしかない。興味も思い入れもなかったと思われる。
ほら…うちの両親って忙しい人達だし。お父様もお母様も、基本的にお互いがいれば良くて…。
おうちでまったりイチャイチャが一番だよねってタイプだったから、わざわざ仕事外で領地への移動はしないし、避暑地だの別荘になんて家族で出掛けたことないのよね。
私、箱入り、必然。
何だかんだと時間を食ったので、疲れているだろうアンディラートを早く休ませてあげたい。そして貴族の屋敷ならば食事と寝具には期待できるはず。
領都でなくタウンハウスなので、地味でこじんまりしていて~…なんて領主が言ってたけど、多分そうでもないと思うよ。
えぇと、その、息子の服装から見てもね…。
でもさぁ、今更親切そうな顔をしようとしても、もう遅いと思うのですよ。
今回は思い付きから実行までに周知する時間が足りなかったから、きっと自分に仕えてる騎士やらの手駒貴族から人員を投入したのだと思う。
場の盛り上げでも、高嶺の花チャレンジの恩情でも何でもなく、アンディラートを疲弊させるための要員だ。
卑怯!
私達のような「実家が子を政略に使わない」貴族は本当に一握りだと言えよう。
金と権力は、幾らあっても満ち足りないのが人の常。
今回の参加者には、私達と年齢の近そうな騎士達が目立った。
しかし、優秀な騎士と縁を繋ぎたい貴族は多い。出世が見込まれるなら、大いにハニトラを含んでモテモテのはずだ。
仕事の出来る文官よりも、強い騎士の方が、誰にでも優秀さがわかりやすいからね。
つまりは早売れ必至なので、優良物件の貴族は既婚か売約済が殆ど。
だが、今回出場した人達は、当然のことだが未婚だろう。
婚約者の有無までは知らないが、手当たり次第の有象無象から期待の新星まで…精々がその程度のレベルであるはずだ。
ならば、身体強化まで自力で身に付けたアンディラートが勝つのは当然だよね。
父親と騎士と冒険者に鍛えられていた彼は、その辺の貴族子弟より強くて当たり前なのだ。訓練に費やした時間が違いますわよ。
今回は我々と同世代ばかりだったからアンディラートの圧勝で済んだけれど、手段を選ばぬ狡猾な百戦練磨のオッサン戦士とか投入されたら、わからなかったよね。
彼とて誰にも負けないわけではない。本人の談では、正騎士にも凄腕冒険者にも負ける。
素直ボーイは不意打ちやフェイクに弱いのでは…とか推測している私だ。
今回は女子不参加だからアレだけど、シャイだからお色気作戦もきっと有効よね。
先に警戒を植え付けたせいか如月さんには塩対応だったが、悪者っぷりを隠せるタイプの女子であればきっと危ない。
…後ろから刺される直前には第6感で躱すか。予知夢様さえ下手に囀ずらなければ、最悪は免れるかな。
やっぱり危険なのは手練れの騎士や戦士かな。
魔法使いは滅多にいないから、トリティニアにおいては考えなくて良い。
とはいえ、私もチート全開のゴリ押しでないとアンディラートに勝てる気はしない。
イコール、盾であるアンディラートが負けたらピンチ。あれ…鍛え直さないとマズイかな? 私、筋肉つかないのが難点なのよね。
誰か美味いプロテイン開発、はよ!
本当は面倒だから、領主んちなんて猫被らなきゃいけないところへ行きたくない。
だが…アンディラートがクジャクに絡まれており…しかして天使パゥワーにより懐柔まで果たしているようなので…。
なんて考えている間に、えぇー、もうそんな仲良くなっちゃったの?
なぜなんだぜ? 私の癒しが男子に奪われっぱなしな今日この頃。
しかし自分を省みても、アンディラートには直ぐ様懐いた記憶しかない。
彼からは何かそういう、他人が懐きたくなるオーラでも出ているのかもしれないな。
…天使だもんな。仕方ないかぁ…。
クジャクが一生懸命お泊まりに誘っているので、アンディラートが私をチラチラし始めた。そうだね、むしろ迷惑料としては晩餐に招待されてやっても良いのかもね。
よろしくてよ。領主には、アンディラートの胃袋を満たす栄誉をくれてやりますわよ。
健啖家は腕っぷしも強いものだ。(偏見)
皆、存分にフードファイトするがいいよ。
そんなこんなで、天使はクジャクに許しを与えた。仲直りだ。謝れば大抵のことは許してくれる子だものね。
私自身もその恩恵にあずかってきたのだから文句は言えない。
負けて目が覚めたのか、クジャクがヤレヤレ顔を脱ぎ捨てて素直に謝ったようだったが、対峙の際に彼を怒らせた一言とは何だったのだろうな…。
領主もまた、お父様へチクッてほしくない一心でこちらを歓待しようとしてくる。
…だが、やらかしたことは諦めなさい。
クジャクはまだしも、オッサンはもう「知らなかった」「そんなつもりはなかった」などと言って許される年ではない。
例え私達が黙っていても、お父様大好き家令が、きっと情報を集めてしまうよ。
家に帰りついた頃には知ってると思うな。
まぁ、私も多少はチクるけどね。
見せしめとなり、同じようなことを考える浅はかなオッサンとかを牽制しておくれ。
大丈夫、峰打ち峰打ち。取り潰しまではされないさ。何せちゃんとアンディラートが勝ったからね。
一族郎党に被害を出すほどのオッサンへの興味も、お父様にはないだろう。
そうして私達は領主のおうちにお邪魔した。
わりと何も考えずに、そうしてしまった。
具体的にはアンディラートのお腹が高音でキューッて言ったから、速やかに手に入る多量で美味しいご飯を求めました。
お腹の音ですら可愛いの何なの。君のお腹、小動物なの?
私のお腹なんて「ゴゴゴゴ…」とかスタンド出そうな低い音で空腹を告げるというのに。
低いせいか意外と環境音にかき消されやすいので、それはそれで別に良いんだけどね。
いやぁ、それでもさあ…領主は人を招くタイミングとかちゃんと考えてくれないかな。私達、本当に無関係だと思うのに。
…ディクレートさんち、クジャクとその弟による後継争奪戦真っ最中であったらしい。
晩餐、ギッスギス!
クジャクVS腹黒弟。
弟が見掛け倒しの兄を廃し、次期当主の座を狙っているらしい。貴族ってどういう習性なのか知らないけども、すぐそういうことするのよね。
何度でも溜息が出ちゃうけれど、本当、貴族ってのはこれだから…。




