兵士Aは察していた
馬車は初日の夜中にそっと入れ替えたので、今は燦然と家紋輝く貴族仕様。エーゼレットさんのお出ましだよ。
野営の翌朝に皆「アレ?」ってなってたけど、特に誰も触れては来ませんでした。
魔道具か何かで家紋を隠していたと思われたのかもね。知らんけど。
身バレタンシアも、翌日からは冒険者マントの下にお忍び風お嬢様服となっており、好き勝手出来るフランでいられないことが少々面倒くさい。屋敷の中ならまだしも、野営のスカートなんて落ち着かないじゃないですか。生足にちょっと丈のある草が掠めたら、虫かと思ってヒイッ!てなるよ。そりゃ一見スカートの私も、中にはこっそりおズボン様だわ。オズボーン様…誰?
他領の騎士達なんて別に仲良くしたくもない相手なので、同じ道を通るだけの他人だ。
食事時も馬車の中へ籠る気満々。お嬢様は男に囲まれて食事などしないものだ。
もちろん彼らが見たこともない料理を、私がサクサク作る様など見せるわけにもいかず…。道中は、アンディラートには諦めて作り置きを出そうかなと思っていたのだが…。
アンディラートが「それならば、しばらくは俺が作ろうと思う」とか言い出して突然の男飯を作成したよ。
しかも騎士達に振る舞い出したよ。
結果、アンディラートと騎士達はいつの間にか仲良くなっていた。
こ、婚約者のコミュ力が凄い…。
しかし、騎士達を意識したメニューなのか、何かいつもよりカロリー爆弾です。肉と油の祭典。ジャガ芽以外の野菜もお食べ。
通常の令嬢の胃には少々重たいわね。まぁ、私には平気なんですけど。(独りメシ馬車の小窓から、天使と騎士のムキムキ男祭りを覗きながら)(ムキムキ祭り、胃もたれ気味ですわぁ…遠目の馬すらも何かムキムキ…あれが軍馬?)(ちょっ、そこ退きなさいよ、天使が見えないでしょうが!)
連れて行かれたのは幸いにも進路を外れない、王都方面にある街だった。
アンディラートは完全に騎士達に馴染んだ。私は令嬢の意地でアンディラート以外と接点を作っていない。
侍女もいないのだから、意地も何も、高位令嬢的には当たり前のことなんだけどね。溶け込んでたら、むしろマズイ。
まして「他領の騎士」との同道なので、下手に親しげに振る舞ったら大惨事。
エーゼレットの「他領」へのすり寄りか「その騎士」へのすり寄りかは物議を醸すとしても、未婚の高位令嬢としては外聞に致命的なエラーが起こる可能性がある。
適齢期の貴族令嬢とはそういうものらしかった。更に言えば、例えばもしこれが王家の姫ならば、握手ひとつですら意味合いが変わるし、貴族の派閥情勢も変わる可能性を秘めている。多分。
貴族女性とは時に、ただの駒なんて卑下できない働きをするのだぜ。
隊に女性騎士1人も見ないとか、男女平等の叫ばれる世の現代っ子には理解できないよね。女性管理職の登用どころではない。
まぁ、婚約者のいる女性としては、なるべくすっこんでるのが妥当ということですね。女子のあり方が、世界跨ぎで違うから仕方ないよ。余計な口を出さないように気を付ける。
婚約者に迷惑かけないで良い子にしとくよ!
村を3つも越えたので、想像以上の期間を騎士に取り囲まれている。
こりゃストレス溜まるわね。
しかし溜まる端から天使にクリーンエネルギーとして分解されていくので、実際の収支はトントン。
結果として、オルタンシアは元気です。
街の入り口では普通、貴族は家紋が身分証明になる。
だから今回は、冒険者証は提出しない。
冒険絵師フランさんの存在はバレないままに、オルタンシアさんが滞在記録を取られました。
そして帰り道を「ラッシュさん」で通す予定であった天使も身バレしたため、ルーヴィス家の長子として街の門をくぐりました。
賊は先行した騎士に連行されたので、数人の騎士と私達だけが訓練場に佇んでいる現在。
…訓練場、に。
領主から兵が派遣されてくるくらいの大事なので、この度は賊を預けてサヨナラというわけにはいかず。
まずは賊を捕らえたことを上司に報告し、「冒険者ラッシュさん」への報奨金を用意してくれるらしい。
それはとても良い心がけよ。お布施、大事。
対外的にはお忍びなので冒険者身分で対応してくれるようだが、領主としては見過ごすわけにはいかない。
そう、お忍びが見つかると、痛くもない腹を探られるのです。この領地に忍び込んだと思われちゃうからね。宰相の娘という肩書きも、却って「何しに来たの? 通りすがり? 嘘でしょ?」となるのである。
そこまで言われたら普通に「新お母様への婚約者紹介&弟見学」って言うけどね。
言うけど、向こうが信じるかはわからない。後ろ暗いところがないなら気にしないはずよ。監査じゃないです、本当です。
とにかく我々は、賊を引き渡したから無事に放免とはいかない。上司が直接話を聞きたがるはずだから訓練して待っていようぜとかいうわけです。
普通に待たせてほしい。
何ならお茶を出しなさい。貴族として対応してほしいぞ。
…と思っていたら、別の騎士がお茶を出してくれた。あら、これはどうも。
「ルーヴィス、頼めるか」
「ああ」
そんな短いやり取りで、連れ去られるアンディラート。そりゃ、私も思わず溜め息と共に言っちゃうよ。「…また?」って。
しかし溜め息と共に吐き出した程度の小さな声は、騎士達の訓練場という環境音には勝てなかったのです。ガッキンガッキン剣をぶつけたり、野太い声でオッスオッスしてるからね。誰にも聞こえず。
なぜか隙を見つけてはアンディラートに挑み、敗退しているウサ騎士。
今の彼のお仕事は私の護衛なのですよ、君の遊び相手じゃないんだが。
代わりに手勢を貸してくれているつもりなのかもしれないけど、初対面の騎士達に取り囲まれても、守られているとは思えない私ですよ。
軟禁感の方が強い。
プンスコしたいところだけれど、訓練大好きアンディラートは、快く相手を引き受けてしまう。
お陰様でウサ騎士が遠慮ない脳内ネームになるのに時間はかからなかったよ。ウルサイウザイの二重苦ウサァ。
過去に会っていたことをスポンと忘れていた申し訳なさなど、もう欠片もない。私の癒し、取られたァ。悔しい。
しかしお忍び令嬢は成人しているので、訓練に混ざったり、改めて腕力ゴリラぶりを印象付けるわけにはいかない。
弟達…と、新お母様のために、ちょっと私の変人感を薄めてあげないとな。
そんな義務感が少し湧き出ております。ほんの少しだけね。
「街についたのだから、少しおとなしくしていた方がよろしいのでは?」
「…どうでしょう。もしや、少し身体を温めておいた方が良いのかもしれません」
独り言染みて零れた私の呆れ声に、斜め後方に位置していた兵士が答えた。
なんでアンディラートにウォーミングアップが必要だと言うのかね。




