記憶に残らない男。
アンディラートの予想は正しかった。
騎馬の一団は側まで近付いて来るなり、馬上から大きな声でハキハキと名乗った。
「我々はディクレート家に仕える騎士である! お前達は何者か! また、そこに転がる者達は、最近ここらを騒がせていた盗賊で間違いないか? 速やかに述べよ!」
おわ、うるっさ。こんな距離で大声って。
怒鳴らなくても聞こえるのだが?
これって威嚇してるのかしら。それともただの体育会系なの?
「…冒険者として、護衛をしている最中だ。王都へ戻る途中に彼らに襲われたが、通りすがりなのでこの辺りのことには詳しくない。そちらが領軍であるならば、ここで引き渡しても良いのだろうか」
アンディラートは賊の編み込みを完成させ、ロープの先端を差し出して見せた。
先頭の騎士ウルサイゾーが馬から降り、倣うように他の騎士達はそれに続いた。
ウルサ男は賊が簡単に引き渡されたことに、気を良くしたようだ。
下馬せず大きな声をかけたのは、やはり圧力をかける意図だったのかな…。
「ご協力に感謝する。詳細を聞き取りしたいが、街まで同行願えるか」
アンディラートはチラリと私を見た。
街ってどこのことだろうね。
この辺りには村しかないと思っていたのだけれど…大きめの街までで済むのかな。まさか領都まで連れていかれちゃう感じ?
街なら王都方面に向かってもある。領都なら、ちょっと進路がずれてしまう。
私は別に彼らに興味はないのだけれど、アンディラートは気になるのだろうか。
性格的にも、捜査協力とかそういうこと、きちんとしたそうだものな。
先程心の叫びが出てしまったせいか、帰りたいと行きたいの狭間を漂う表情に見えます。ならば、行っときますか。後で気になって後悔してもいけないからな。
私達で親玉を探して対処するよりは領軍が頑張った方が良いよね。お互いのために。
「君が必要だと思うのならば構わないよ」
その一言で、決定権が私にあるとでも誤解したのだろうか。アンディラートに頷いて見せた私に、騎士ウルサ男は問う。
「お前は? 怪しいな…何者だ」
おのれ、田舎騎士が上から目線か。呼び方をウルサ男からウサ男にするぞ。一文字足りないだけで大惨事なんだからな。
なんて心の中で言ってはみたが、私には特に高位貴族のプライドとかはない。何よ、嫌なヤツぅ~くらいの感想だ。
そしてそのくらいの奴はいくらでもいる。
クズセンサーが反応しないので、わりとよくいるどうでもいい相手だ。
怪しくないよと言いたいけれど、顔を隠しているので言えないよね。
「護衛してもらっている側だよ。けれど、態度には気を付けないと。お忍びの相手を見誤る様は、見ていてヒヤヒヤするね」
「…何だと? 怪しいものを怪しんで、何が悪いと言う! 早くフードを取るがいい!」
冒険者仕様のフード付きマントに身を包み、顔を見せる気のない私。不審者であるならば困るからと、正体を明らかにさせたい騎士。
いやぁ…メッチャ不信感出されてるけど、どうしようかなぁ。
隠蔽しようとする様が怪しまれているのなら、顔くらいはバラしちゃったほうが怪しまれなくて良いかな。
こんな美少女が顔を隠しもせず旅をするのは危険だからって、それだけでも十分な言い訳にはなるのだ。
…仕方ないかな、顔出しするか。
でも、ちょっと喋っちゃったから、あんまり令嬢モードするのも変だよねぇ?
名乗りはどうしようかな。
フランかな、オルタンシアかな。
ただの街道なのに冒険者が冒険者に護衛されてるの、おかしいのよねぇ。
そうすると、オルタンシアしかないのかぁ。
よぅし、諦めた!
フードをぱさりと肩に落とす。
「…おま、いや、貴女は…!」
騎士は私の顔を見た途端に物凄い驚き顔をして…その後ギューンとテンションを下げた。
あ、あれ? この反応、私をご存じっぽい?
一目で身バレした感じがしましたね。
…つか、誰?
アンディラートと私を交互に見ながら、騎士の尊大な態度が鳴りを潜めていく。
周囲の他の騎士達は私のことを知らないようで、急にションボリしたウルサ隊長の様子に少し動揺している。
「お美しく成長を…コホン、なぜ、こんなところに? 貴女は、国外にいたはずでは?」
は? 私は元々お美しい遺伝子の塊ですが?
それから、まぁ、確かに国外にはいたよね。
見知らぬ相手まで知っているなら、この人は貴族だろう。私の不在理由は、お父様による情報操作がされている。
成人してもなお社交界にデビューしてこない娘。その言い訳として、さる国外の知人に頼まれて、当分貸し出しているのだということにしていたらしい。
だから決闘従士を知っている人は「ははぁ、外国の姫の護衛だな」とか言って、知らない人は「侍女見習いに行ったのかなぁ」とか「娘を溺愛していて嫁にやりたくないから、他国に隠したらしいよ」などとぼんやりした噂になっていたのだとか。
他国の城までは普通行かないけど、令嬢が城で侍女見習いをすることはよくある。
城勤めの実態は、仕事を口実にした大規模婚活会場だと思うね。あ、穿ちすぎですか、そうですか。
少なくとも嫁には出していないはずだが、いつ戻るかもわからないエーゼレットの娘。権力、財力目当ての輩にはいいカモだが、本人がいなければ空手形でしかない。
お父様は、私への婚姻希望者をそうやって蹴散らしてきたというわけだ。
大抵の貴族は家の都合で政略結婚するため、わりと早婚だ。だから、婚約出来たわけでもないのに、帰国予定が不明な私をじっと待つ理由はない。
家の利になる令嬢だとは思っても、現実的に見て手に入らないのであれば、他の優良物件へ目を向けた方が良いからね。
「なぜと言われても。王都へ戻るところと聞いたはず。護衛が必要な距離を移動していただけですが…まさか、こちらの事情を根掘り葉掘り聞くつもりではないでしょう?」
えっへん。素性を怪しみようのない相手ですよね、宰相の娘なんか。
騎士が片手で顔を覆って小さく首を横に振る。え、ちょっと、なんで今、神に祈った。敬虔なタイプの人なの? それともまさか、オーマイガーした?
「エーゼレット嬢。すまないが、まずは街まで移動していただきたい」
「ええ、わかりました」
「…ご協力に感謝します」
あ、身バレしても聞き取り調査は免除にはならないのだね。
…それはそれで、うん。ちゃんとお仕事する気が見えている感じがして良いと思う。
オルタンシアさんは高位貴族だから見逃しますねとか言われたら、きっと心の株価が大暴落だっただろう。
特に、アンディラートが協力したがっている今ならば、私に否やはありませんことよ。
「オルタンシア。彼は知り合い?」
「え。いや、特に記憶にない」
こそりと相棒と会話を交わしたところ、地獄耳だったらしい騎士はズザァ!とこちらに滑り込んできた。
「おっ、覚えてないんですか!?」
えっ。あ、うん。
この悲痛な反応は何なのよ、もしかして、それなりに会話でもしたことがあった?
そもそもコレ、どこで出会った誰なのか。
私の行動範囲も交遊関係も、極端に狭いはずなのだが…うーん。
いなかったよねぇ、騎士見習い隊には。知り合いの顔を想像してみるが、どれを成長させてもこうはならない気がする。
見た感じ、ちょっと年上ぽいよねぇ。同年代でないならば尚更、接点はなさそうだよ。
「…えぇと…、んん…」
人違いじゃない? まぁ、こんな少し変わった目をした美少女だものね、相手の方が見間違えたりはしないよね。
どこでお会いしたのかなぁ?
その時の私は令嬢モードだったのか、貴公子モードだったのか…。
もう少しヒントが欲しいな。
「お、俺です、ダグディス・ヘストバルドです!」
ほほう?
そう言われてもな…ヤバイぞ…名乗られても、全く記憶に引っ掛からない。相当に興味がなかったかな。
私は、そっと唇の両端を持ち上げた。
令嬢の見分けが付かない婚約者のことを、どうこう言えないわね、これは。
「ごめんなさい、あの…わかりません」
ゴシャア!と音を立てて騎士は地に膝を付いた。両手までも付いている。
えぇ、これ、どうしたらいいのだい。
私のせいなのよね?
他の騎士達の視線が痛いので、立ってくれませんかね。
周りの視線があまりに居心地悪すぎて、つい側に寄って手を貸しちゃう。なんかこの人プルプルしとるで。
「あの、言い訳になるんだけれども、わりと最近までリアルに命がけで必死に生きていたので、身の回りに関係ないことは忘却してしまっていて…」
本当は、興味がないだけだと思う。
更に言うと、一切重要とは見なしてなかったんだと思う。欠片も記憶にない。
でも、ここでキッパリそう言うとオニチクンシアになるよねぇ。
なんか語感がシナチクと似てるなぁ。ラーメン食べたいなぁ。(今も相当興味がない)
「…貴女に…決闘で負けた、男だ」
絞り出すようにして、騎士は白状した。
ん? 決闘ですとな?
ということは…所謂、後妻お断り決闘だ。
この人、この若さでなんで参加したんだろう…。あれは、大体強欲なオッサンが後妻を繰り出そうとしてくるイメージだったけど。
代闘士かな? 代闘士はトランサーグ以外は雑魚だった記憶しかない。
いたかなぁ、ヘスト何とかさん…わからん…。
「それは…。…彼女自身への、求婚者か?」
アンディラートが一歩前に出て、私をひょいと背後に隠した。その様を見て、騎士は更に苦い顔をする。
あ~、私に対する求婚者決闘。
そういえばそういうのもあったな。なんか悪ノリ貴族の祭典みたいになってた、ロリコンどもが夢の跡、みたいなやつね。
メイン決闘でもなければ、私の意図が薄まって邪魔だとしか思ってなかったから、記憶から抹消してたようだ。
そう考えると、ちょっと年上ではあるが、このヘスさんは言うほどロリコンではない。
いや、ロリコンかどうか以前に、成人前の子供に婚約を賭けて決闘しようとする年上の男はロクなもんじゃねぇわ。
力で勝てると思ってたんでしょ。勝てば宰相さんちのお金使い込めると思ったんでしょ。
フン、そんな男は願い下げですわ。
「…お前は? ただの冒険者ではあるまい」
「アンディラート・ルーヴィス。ルーヴィス家の長子だ。今は冒険者として、彼女の父親から受けた護衛業務のさなかだ」
「…お前は彼女よりも強いのか?」
突然の強さ確認に、アンディラートはちょっと首を傾げた。
私とアンディラートが戦ったら?
当然、私が剣を明後日の方向にブン投げて土下座するわ。勝負になるわけがない。
狂信者が神に剣を向けると思っているのか。
ちょっとでも傷を付けたら、即座に黒靄を大量発生させて回復魔法かけるわよ。
「強いよ、剣のお師匠だもの」
「いや、状況にもよるだろう。まぁ、純粋な剣技のみで言うならば、俺の方が上だ」
「いや、現実的に考えてよ。私がアンディラートに勝てるわけないじゃないの」
やらないけれども、全力で殺す気で戦ったとしよう。いや、絶対やらないよ、そんな意味のない悲しいこと。
しかし私の強みというのは、はっきり言ってチート能力のみなのだ。
なのに、アンディラートは自力で身体強化まで使えるようになってるのよね。
私のアドバンテージは最早アイテムボックスにしまうか、アイテムボックスから大量に物を射出するかしかないのでは?
ファントムさんで撹乱する? サポートは破損したらすぐ靄に返っちゃうのだぞ。
いやいや君の方が強いだろうなどとお互いに譲り合う様を、ウルサ騎士ヘス男はしばしぼんやりと見ていた。
それから、自分の手をじっと見て、頷き、立ち上がる。
あ、もう街に行きます?
私達は勝者の押し付け合いをやめた。
「では、街まで先導する」
それだけ言うと、彼は賊の編み込みを部下に預けてヒラリと馬に飛び乗った。
お喋りは中断だ。私は馬車へ、アンディラートは御者席へと移動。
騎士に先導されるならば、本当はエーゼレット家紋付の馬車の方がいいな。
本来なら彼らに見つかる前に入れ替えた方が良かったんだろうが…ほら、あんまり貴族アピールして歩きたくなかったからね。
まぁ、途中で何とか入れ替えてみよう。




